2016年12月31日土曜日

書類

今年も年の暮れである。
非常勤講師をしていると、年の暮れの行事は採点結果の提出、来年度のシラバスの執筆、それから折り返して教務課から「来年度の出校のお願い」などという書類がやってくる。

昨年度から書類の様式が変わったなあと思っていた。いつもは「来年度の非常勤講師」の「辞令」というちょっと仰々しい書類が入っていた。それがいつの間にか、なくなっていた。
雇用契約に関する法律の変更に伴うモノだったらしい。非常勤は、「正社員」にあたる「専任教員」ではない。大学教員任期法改正により無期契約転換申込権の発生する非常勤を10年続けても、大学としては専任教員には格上げできない。勤務校では、非常勤がかなりの高比率である。つまりそれで「経営している」ということだ。
また、10年以上非常勤を続けるためには、「1年に限る契約」を繰り返す、しかも従来の定年を5年前倒し、という作戦になったようだ。
同居人は、公立の学校で非常勤をしていたが、その時は毎年4月に雇用され、3月に退職をする、という方式だった。来年度のシラバスを書いているにも関わらず、3月に「退職願」、4月に「履歴書」を提出、という不思議なやりとりをしていた。
勤務校の場合はもっと細切れで、私の授業は5月始まりで10月に終わるので、雇用期間は「5月から10月」という書類になっている。しかも、びっくりしたのは身分証明書で、「裏面の授業期間内に限り有効」で、裏面には「5月から10月」という但し書き付きである。おおお、これでは11月から4月までは勤務校の福利施設や図書館を利用できない、ということか。
もっとびっくりしたのは、非常勤講師仲間で、お子さんが保育園に通っている人だ。「来年度の雇用期間は4月から3月」、つまり「通年」ではないので、保育園に通える資格がなくなりそうだという人がいた。どちらにしても非常勤は1月から3月までは授業期間ではないので、当然のように全員が「通年契約」ではなくなるわけだ。これを無理無理「通年契約」という書類にしてしまうと、3年で非常勤を辞める羽目になる、というルールらしい。もちろん、保育園に預けずに仕事を続けるのは難しい。保育園に預けるお子さんをお持ちの女性非常勤講師はますます辛くなる、という構図である。その後書類が整ったのか、確認せずに授業期間が終了したので、来年度の動向を心配している。


政府の掲げる女性活躍が云々とか、大学の教育環境やら基礎研究がどうやら、という次元ではないのでは、と、少し怒りながら書類を眺めている大晦日である。 

2016年12月25日日曜日

写メ

そういう話を同居人にしていたら、同居人の授業でも同様な問題が発生しつつあるらしい。同居人の授業は講義科目なので、パワポを使っていて、サマリーを配布している。サマリーはパワポのプリントアウトではなく、アウトラインの上位二つくらいの見出し程度である。どうやら学生が、授業中の黒板やスクリーンに投影されているパワポの画面をスマホで撮影したようだ。スマホの撮影ではシャッター音がしたり、自動でフラッシュが発光したりするので、びっくりしたらしい。
結局、スマホで撮影するのは、授業で配布されるサマリーではなく、パワポの画面が欲しいらしい。同居人は、授業を聞きながらノートを取るためにサマリーを配布していたので、どうやらその意図が通じなかったようだ。
そんな話をしていたら、そもそも板書を丸写しするか、という話になった。同居人と私はどうもそういう教育を受けていなかったようだ。ところが、同居人が勤務している中学校の授業では「板書丸写し」がスタンダードで、日頃からそういう指導をしているそうだ。

だから、授業中の黒板やパワポの画面を撮影するのは、「ノートを取ること」だと思っているのだろう。それはちょっと違うような気がするのだが。 

2016年12月24日土曜日

アリバイ

反例だなあと思うのだが、授業ではやはりプリントを配布してしまう。大学の授業では、ある意味「アリバイ」になるからだ。一応伝えたもんね、という証拠である。
参考図書をシラバスで挙げてあっても、事前にそれを読んでくる学生はほとんどいない。熟読してくる学生など勤務校では皆無だ。だから、参考図書を読んである、という前提の授業は成立しない。
もちろん、授業時間内で提示した図書も読むべくもない。結局、必要なところを抜き書きしてプリントして、一緒に読む、という羽目になる。
授業で伝えたことも馬耳東風、だから板書するのだが、これもノートを取らない。最近の学生さんは、板書をスマホで撮影しておしまいである。いやいや板書はサマリーとかキーワードしか書かないから、それだけ撮影しても意味が分からないのではないか。それをおうちに帰って復習するのだろうか。撮影したら安心してしまうらしく、たいていは「先週の授業で伝えたんだが」「板書もしておいたんだが」などと言いながら、また再三説明する羽目になる。

結局、あれこれとフォローしない方が、自主的に学習するようになるのではないだろうかと考えたりもする。しかし、そうするようになったのは、学生自身の「学習方法」が変化してしまったからなのではないか、とも思うこの頃である。 

2016年12月23日金曜日

トリプル

さて、大学の授業の現場でも、手取り足取り、というか、ともかく書類にして、というのが、最近の風潮ではある。ゼロックス、つまりコピー機という文明の利器の発達、コストダウンが大きく貢献している。ただ、いつも苦い思いをして見ているのは、学会とか講演会の発表である。
講師はきっとずいぶん時間をかけて用意してきたんだろうなと思われるパワーポイントの書類を使ってプレゼンテーションする。それがものすごい文字数が入ったスライドである。横20字で15行などというペースである。講師はご丁寧に、スライドの画面の文字を見ながら、一言一句違わず読んでいる。しかもレジメとして配布されるのは、パワポをそのままプリントアウトしたモノである。
聴いている側から言えば、パワポの文字を読むだけで済むのに、わざわざそれを読み上げてくれて、プリントアウトまでしてくれる三重攻撃である。ノートを取る気にすらならない。

プレゼンテーションの技術、というのがこれからは必要なんだなあと、いつも反例のように感じてしまう。 

2016年12月22日木曜日

名物

私が学生の頃、ご推薦されたのは「生物学」である。教授が授業中に突然歌い出すので、「歌う生物学」というサブタイトルで、学生の間では人気だった。人気なので受講生が多く、アナログな時代なので出席などつける方が大変だから、出席は「甘い」。でも面白いので、いつも講義室は満員である。私が受講した年の試験は、白紙を配られた。試験問題は教室内で「学内の植物の細密画」である。
開講時間の制約のため選択できなかったが、ほかにもいくつか「名物授業」があった。
学内のサークルにまでなってしまった科目もあった。サークル名は「経済ゼミ」。
OBがよく潜り込んでいて、なぜか数代にわたる元学生と学生が一緒に授業を聞いていた科目もある。
あまりにも先生の熱が入って、授業は面白いのだが、授業時間終了後も「終わらない」のもあった。続きは近所の喫茶店、それから居酒屋へなだれ込む、というエンドレス方式だ。今では考えられないが。 

2016年12月21日水曜日

楽ちん

まあとりあえず、学生さんにとって「いい授業」とは、今も昔も、出席が甘く、テストも甘く、楽に単位が取れるもの、である。そんなことは分かっているのにアンケートするのもどうかなあ、と思う。
これは私が学生だった頃もそうだったので、先輩に「どれが単位を取りやすい授業科目なのか」と、登録前にリサーチした。もちろん、そういった授業科目をとるのは、別にやりたいことがあるからで、それがサークル活動だったり、自分の制作活動だったりしたわけだ。
美術学校だともちろん実技科目もあって、そちらは「楽ちん」ではないから、せめて講義科目は「楽ちん」なものを多くしておく、という選択でもある。ただし、そういった「楽ちん」科目であっても、それなりのハードルはあって、出席は甘いが試験が厳しかったり、出席はがっつりレポートのみだったりした。

先生の方も心得たモノで、美術学校でまともに一般科目をしても、学生はだれるし、寝るし、サボるので、かなり工夫されていた科目が多かった。名物授業、というものがいくつかあった。厳しくても面白いよ、と先輩から「ご推薦」されるのである。

2016年12月20日火曜日

アンケート

授業内アンケートと言い、シラバスと言い、学生には親切なのか余計なお世話なのかよくわからない作業がたくさんある。もとい、増えたのである。たいてい「なんでこんなことやるのか」とまともに言うと、「文科省の指導」なのでノルマになった、というニュアンスで返される。
前にも書いたが、授業後のアンケートも、とりあえず「ご指導」のため「ノルマ」なので、回収してはいる。学生さんが「コンシューマー」つまり、お客様として大学の授業を買って、それを評価する、というスタンスである。文科省は教育を「サービス」だと思っているのかもしれない。

学生が自分で学費を払っているのであればそれもアリだろう、と思う。ただ、勤務校ではそういう学生にはあまりお目にかからない。私学でそれなりに学費が高く、美術系なので学費以外の制作費というのがかかる。以前、そのような学生がいたが、アルバイトしまくっても学費に追いつかず、学費を稼ぐために授業を休む羽目になり、結局数年で退学した。学費を貯金した、という社会人経験者の入学生も何人か担当したが、授業以外の出費が多く、結局途中でフェードアウトするケースが多い。そういったケースを除いては、親御さんが授業料を出すことがはるかに多いわけで、アンケートをとるなら出資者に取った方が良いのではないかと思う。 

2016年12月19日月曜日

シラバス

年度末恒例、とは言うものの、来年にすらなっていないのである。まだ受験してもいない新入生に向けた授業の計画を立てている。概ね、今年度通り、とは言うものの、それなりに細かいスケジュール調整や、進行の微調整などをする。ここだけの話だが、けっこう大変なのはシラバスである。
今年はかなり事務方が「添削」しているようで、研究室ごとごっそりと「差し戻し」だったようだ。記述要請は「自由記述」だったのに、「箇条書き」「学生を主語にする」「ディプロマポリシーの何に該当するか明示する」「授業準備の配当時間を明示する」「授業評価の採点配分を明示する」など「改善点」がついて戻ってきた。
もともと冊子で配布していたころは、印刷物としての物理的な制約もあるせいか「1科目300字」などというざっくばらんな配当だった。文科省のご指導の賜物か、電子閲覧になってからは項目数が増えてやたら細目を記載するようになった。授業など、毎日のスケジュールまで書くような勢いだ。

ところが一方学生の方は、記載項目が多くなり詳細になったからと言って、シラバスを読み込んで選択するとは限らない。印刷物なら目の前にあるので目を通すこともあろうが、電子媒体であればかなり能動的に読みに行かなくてはならない。選択科目にも関わらず、シラバスを全く読まずに授業初日にやってくる学生が増えた。ビミョーな問題である。 

2016年12月15日木曜日

年度末

今年度は授業終了と美術館の仕事の開始時期が重なってしまい、例年以上にばたばたと過ごしている。おかげで年末年始の作業が始まらない。相変わらず、「貧乏暇なし」な性分である。

授業というのは、授業日だけでは終わらない。後で「採点」などという作業がある。事務方の都合があるので、早めの締め切りがあり、それに合わせて集計作業などをしている。実習授業なので、出席と作品、それだけでは撃沈学生が多くなるので、ノートやらレポートやらフォローする提出物を集めている。
ところが、授業が終わったら「おしまいだもんね」とばかりに、提出物を出さない学生も、ときどきは、いる。これが頭痛のタネ状態である。未提出のものがあれば、採点のしようがない。
提出をしない、あるいは怠るのは本人の意思なので、何も言わず「撃沈」すればいいのだが、そうは問屋、ではなく教務課がおろさない。極力単位を出す、というのが方針なのである。
おかげで、再提出をしなさい、と掲示を出したり、助手を通じて連絡したり、学内のメール通知システムを使ったりと、あの手この手で本人に告知する。最後の最後まで待つ。
早めに本人から「単位不要」という意思表示があれば問題はないのだが、進級したいのかしたくないのか分からないので、フォローしまくる羽目になる。
いまどきの大学の採点は大変なのである。 

2016年11月26日土曜日

直売

通学途中に大きな工場がある。タイヤで有名なメーカーだ。小さな私鉄の支線の駅の正面、歩いて数分が工場の正門である。
大きな敷地に、研究棟があって、その奥が工場。車道に面した敷地沿いは木が植えられていて、その向こうはよく見えない。木の高さが、工場が建てられてからの年月を感じさせる。やはり大きな煙突があって、太いパイプが建物の脇を這う。
敷地の隣にはタイヤショップがある。そのメーカーのタイヤ専門のショップである。

さて、工場には「直売所」がついているところがある。うちの近所だと「文明堂」。久助ならぬ、「切り落とし」などというものが大袋で置いてあったりする。ちょっと北に行くと、ドーナツメーカーがある。ここで買ったのは、ドーナツではなく、食用油や粉を入れていたプラスチックの蓋付きバケツである。もちろん正規品なども売っていて、工場直送新鮮な感じである。


さてさて、タイヤ工場の横のタイヤショップである。タイヤにも工場直送新鮮、というのがあるのだろうか。安全性をうたうのだから「久助」はないだろうし。 

2016年10月14日金曜日

確認

たいてい一緒に町を歩くと、学生さんが見つけるものがここ数年同じようなものであることが気になる。メディアで取り上げられていた店、どこかの広告で使われていた風景、町を歩く若い女性の持ち物のブランド、ファミレスやコンビニの場所。
以前は、テレビや雑誌で見た情報をなぞるな、というのが多かった。テレビや雑誌で見た「あの店」があったなどと喜んでいる学生がいる。例えば、テレビで旅行番組がある、その情報を確認するために旅行に出向く、あの番組でやっていたあの風景を確認した、良かった、という旅行の方法があるが、その様相である。メディアの情報を「確認」するだけであって、「見つける」わけではない。

授業はフィールドワークなので、自分で歩いて発見することから始まる。既存の情報を確認するわけではない。…のだが、やはりどうしても既存の情報に頼りたくなるのがいまどきの学生なのかもしれない。ここ数年だと、インターネットで情報を探しながら街を歩くようになった。
フィールドワークの見本で、みんなで月島を歩くのだが、なぜか数名は歩きスマホである。地図でも見ながら、路地を確認して歩いているのかと思ったら、「おいしいもんじゃ焼き屋さんの場所」を確認している。まあ、ポケモンGoしながらじゃないだけ、マシなのかもしれないが。 

2016年10月13日木曜日

歩く

東京の街歩き、というフィールドワークをもとに授業を初めて10年ほどになる。勤務校は東京都下なのだが、多摩地域にある。私が学生の頃は地方出身者が多かったが、現在は7割近くが首都圏の出身者である。

首都圏、とは言っても、千葉埼玉神奈川、というところが多い。学生さんは「首都圏」イコール「東京」と思っていたりするのだが、しょせん「思い込み」なので、知らないことがはるかに多い。まあそんな学生に、東京という「場所」でフィールドワークをして、自分なりの発見をして、コンテンツにまとめなさい、という授業をやっている。自分の足で歩いて、見て、聞いて、それをネタにして、コンテンツに仕上げるのが目標である。
犬も歩けば、ではないが、面白いネタは町中にたくさん転がっている。まずは自分が面白がれるネタを見いだすことから始まる。
歩いているだけで、ネタをたくさん拾ってくる学生もいれば、歩いてみたけれど何も見つからないと言う学生もいる。何を見つけるか、ではなく、何を面白がれるか、という方が勝負になってくることがある。それは「好奇心」の違いなのかもしれない。 

2016年10月12日水曜日

遅刻

担当している授業は、実習で、学生さんのグループ制作である。
朝9時に集合、早速グループに分かれて作業開始、なのだが、たいてい遅刻してくる学生がいる。そういう学生はたいてい、教室に入って、私のところへ直行して、こう言う。
「遅刻してすみません」。

私にではなく、所属しているグループのメンバーにまず言うべきだろう。その学生が15分遅刻したとする。遅刻した学生は15分授業に出られない「損」をしている。グループは4名、残りの3名は遅刻者を待つために15分過ごす。他者の15分、3名分、45分の無駄である。自分の遅刻は、他者の時間の無駄、なのである。
そうして、遅刻しがちな学生は、何度か遅刻をすると、メンバーからの信頼度が落ちていく。最初は「早く来てよ」だったのが、数回後には「どうせ来ない」になる。そのうち、それをカバーするほかのメンバーが「不公平感」を抱く。いつも遅刻しているあの人と、提出する作品は共同制作で「同じ」、つまり同じ評価になるのではないか。

いまどきの学生さんは、自分にも甘くて他者にも甘い、良い意味で言えば「優しい」のか、あまり不平を漏らすことはない。10年ほど前だと、明らかに不公平だ、と叫ぶ学生がいた。私は朝5時に起きて始発に乗って学校に来る。あの人の遅刻の理由は「単なる寝坊」である。しかも下宿で学校から徒歩10分に住んでいる。許せない、というわけだ。
「すみません」、と学生が談判に来る。
「遅刻しているあの人と、授業の評価が同じであることは理解できない。できれば、遅刻者の評価をひとつ下げて欲しい」。

自分に厳しいと、他者にも厳しい。良い意味で言えば「フェア」ではある。 

2016年10月11日火曜日

台風

9月、10月の授業が面倒臭いのは、台風のせいである。
午前6時に多摩東部地域に暴風警報が出ていると、午前中の授業は休講である。
代替日は設定されない。
つまり、台風が来れば休講、その日の授業はシワヨセしてやれ、ということである。

担当しているのは実習授業なので、当然のように、4日の作業が3日間、ということになる。そりゃ学生も大変である。小学生のように、お休みだバンザーイ、などと言っている場合ではない。

ところが私が学生だったウン十年前は、転校による休講はなかった。もちろんいまどきの学生さんのように全員がスマホか携帯持ち、いつでもどこでも連絡が取れるわけではなく、下宿学生も電話持ちが少なかったので、学校に来る以外ない、という状況ではあった。
おかげで、台風が来ようが、槍が降ろうが、風で傘が吹き飛ばされても、学校に来るしかない。
電車に乗ったら途中で止まり、私鉄を乗り継いでバスに乗って学校に向かった。もう既に授業は始まっており、そうとう遅刻である。バスの中でイライラしていたら、学校の手前でバスが止まった。運転手が振り向いてアナウンスする。「道が冠水しているので、バスが止められないので別経路を通ります」。バス停のある学校の前を通らず、別の道で素通りである。
最寄りのバス停で下りたのだが、そうとう水が上がっている。授業は既に終盤、これから行ってもなあ、という状況である。ずぶ濡れの上、膝上まで水に浸かり、そろそろと歩く。あああ、もう授業終了時刻である。何のためにここまで来たのだろうか。
結局学校に着いて、学食でコーヒーを飲んで帰った。

2016年10月10日月曜日

9月

夏休みが終わると、午後にも授業が入り、10月いっぱいは授業三昧な日々になる。カリキュラムというやつは、研究室主体なのか、専任教員主体なのか、はたまた学生主体と大義名分があるのか、非常勤教員というパートタイマーの都合は考えられていない。おかげで、1年のうち半分に授業が入るのだが、9月10月が最も忙しくなってしまう。現在、来年度の授業変更調整中なのだが、9月10月の2ヶ月分の授業を来年度は9月に集中させるというつもりになっているらしく、この分では9月が現在の1.5倍ほど忙しくなるらしい。

そもそも、非常勤教員が授業をする、という視点で言えば、週に1-2回のパートタイマー、というところが普通だと思っているのだが、現在担当している授業は集中講座なので月曜日から土曜日まで、というスケジュールである。考えてみたら学生時代よりも真面目に学校に通っているような気もするが。 

2016年9月11日日曜日

検索

まあそんなわけで、トマトの画像をスマホで見ながらスケッチしている人を後ろから見ていた。トマト、の特徴が、イメージとして思い浮かばないのであれば、スマホで検索、というのも便利な手段ではある。こういう人は、イメージを脳みそにスタック出来ない人なのかもしれないなあ、と密かに納得する。
例えば近所の農家の無人販売所にお野菜を買いに行く。スーパーと違って、野菜の品種などいちいち書いていない。一袋100円、という貯金箱が置いてあるだけである。丸くて赤いのが「トマト」だと思っているので、買って帰ったら家人にそれは「赤カブ」だと怒られる。えーカブなの−、と叫んだら、「違うよ、リンゴだよ」と別の家人に言われる。いやいやそれはレッドオニオン。販売所でスマホで検索しなかったのが失敗の元、ではなく、それ以前だろう。
例えば秋になって、子どもと一緒に山に行く。ハイキング、山登り、あるいはキャンピングカーで一泊、である。実りの秋、なので、木の実やキノコもある。おいしそう、と子どもが手を出す木の実が有毒ではないか、おいしそうなので今日の晩ご飯のおつゆにいれようとむしったキノコが「ワライダケ」ではないのか、とふと考えたときに、その場で「スマホで検索」するのだろうか。圏外であれば検索も出来ない。キノコ図鑑をメモリに突っ込んで持っていくのだろうか。おつゆが出来た頃に通信が出来て、「有毒」だと知ったらどうするのだろうか。うーむ。キノコ狩りも無人販売所も大変である。 

2016年9月10日土曜日

記憶

トマトを画像検索していた人は、日頃トマトなど「記憶」していないのだろう。赤くて丸いもの、くらいにしか記憶していないので、「トマト」らしく見える「特徴」を把握していないわけだ。
その一方で、「ほんものそっくり」に描くことに、価値がありすぎはしないか、とも思う。多少デッサンが狂っていても、思い入れや情熱は絵に込められてしまうからだ。「ほんものそっくり」なのが「いい絵」なのだろうか。だとすれば、モディリアーニや奈良美智の絵は「よろしくない」のだろうか。
「本物そっくり」なのが「いい」ということが、「一般論」なんだと言われれば、それまでなのかもしれないが。


翻って、「本物そっくり」なのが「いい」ということは、どこで刷り込まれたのだろうか。つい先日新聞で読んだ「デジタル教科書導入」についての識者の文章を思い出す。東京23区内の「教委指導室長」の文章である。彼はタブレット導入賛成派で、その理由をいくつか書いているのだが、そのうちのひとつにこんな文章があった。「例えば、美術の時間に校庭の植物を撮影して、教室で画像を拡大しながらスケッチさせることもできる。」。
スマホでトマト検索と同程度である。校庭の植物を「視る」のではなく、「撮影」である。それは「美術」ではないし、理科の「観察」日記、にもならない。ちょっと悲しかった。

2016年9月9日金曜日

写実的

ここ1−2年で増えてきたのは、実技講座で何かを描くときに、スマホで画像を検索して、それを見ながら描くことだ。
カメラオブスクーラやカメラルシーダの時代から、それは穴の向こうを「描く」ための補助道具、であったわけだ。
しかし、一昔前の美術学生だと、ひたすら「デッサン」という人生修行のような課題をこなすことを要求された。写真があるのに、である。大学に入って、デッサンの授業で言われたことは「ひたすら視る」ことだった。モチーフの裏に回ったり、触ってみたりすることもやった。人体デッサンは、生身のモデルさんである。絵を描く、ということは、そこにあるものを「映す」ことでも「写す」ことでもない。
大学に民俗学の研究室があるのだが、そこの収集資料は写真ではなく、ドローイングで整理されているものがある。写真よりも、ドローイングの方がよく分かるものがあるのだそうだ。

小さな画用紙に「トマト」を描くために、スマホをすりすりしている参加者を見た。写真通りの「トマト」を描きたいのだろうが、記憶の中の「トマト」でもいいのになあ、と思う。それは価値観の違いかもしれないが、「ほんものそっくり」なのが良いことなのかどうか、わからない。 

2016年9月8日木曜日

記録

そんなことを思い出すのは、美術館の普及活動で参加者や親御さんがスマホで撮影しているのをよく見るようになったからだ。
公開講座などではスマホで録音、講師の書いたホワイトボードを撮影、スライドショーを録画撮影、とスマホフル活用である。あまりにも堂々と記録する参加者がいたので、しばらく前から「講座中の録音録画はご遠慮」願うことになった。スマホの録音開始と同時に居眠りする参加者を見るようになったからである。
まあ学生と一緒で、話を聞きながら調べ物、という人もいるわけだから使用そのものは禁止することはないかなあ、と思っていた。しかし、やはり学生さんと一緒で、端末を一生懸命いじっているのは、誰かとLINEでチャット中だからである。学生さんとは違って、いいトシした大人である。
私の教室でも、録音録画黒板撮影も学生さんはよくおやりになる。しかし、そういう学生さんが「出来が良い」とは限らないことは、不思議ではある。そこまでやっているにもかかわらず、板書した注意事項を口頭でも伝えている羽目になる。二度手間である。

ボタンを押すことで安心してしまうのだろうが、記録する作業と記憶する作業とは、質が違う。 

2016年9月7日水曜日

ブルーライト

同居人が小学校に勤務していたので、運動会とか学芸会を手伝いに行くことが何度かあった。10年以上前の話だが、その頃からお母さんはホームビデオ、お父さんは一眼レフ、という両親カメラマン状態の客席をよく見た。デジタル機材になってきてからは、デジタル一眼レフとデジタルビデオカメラである。
よく学芸会で怖じ気づく子どもに、「客席は真っ暗で何も見えないから大丈夫」という妙な励ましをする教師がいたりするものだが、今日では客席は真っ暗ではなく、ぼーっと青い光に充ち満ちている。液晶モニターである。だから誰がどこに座っているのか、舞台からは丸見え。お母さんがあそこで眉間に6本ほどしわを寄せているのが見えるのである。しわを寄せているのは、台詞につっかえる息子にではなく、構えているカメラのピントがなかなか上手く合わないからであることは、舞台の息子には知る由もない。ほぼ全員がモニターを見るために顔を伏せていて、舞台を凝視している客はほとんどいない。妙な風景である。
今日だとそれがスマホになっている。日本のスマホは盗撮防止のためか、シャッター音がする。しゃかーしゃかー、とミラーもドライブもないのに機械風の音が響く。構え方は左手でスマホをホールドするスタイルになったのだが、顔は前を向いているが見ているのはやっぱりモニター画面。

行事が終わると、舞台ではなくモニターを凝視していてお疲れの親が会場から出てくる。 

2016年9月6日火曜日

TPO

無意識ちゃんが増えてきたのはいつごろからなのだろうか。
ペットボトルはここ10年あまりのことで、やはり「熱中症予防」や「ペットボトル容器」が浸透してきたこともあるのだろう。ただ、TPOが分からない、というのも、ここ十数年のことなのではないかと思ったりもする。
展示室で携帯電話のベルが鳴るので、展示室ではマナーモードに、という貼り紙を出した。
マナーモードにしても、展示室で電話に応対してしまう人がいたので、展示室では携帯電話を使用しないで、という貼り紙を出した。
スマホがぼちぼちと普及し始めた頃は、展示室で作品ではなく、スマホに見入っている人を見かけるようになった。ここ数年は、作品を背景に「自撮り」までする中学生が出現した。写真機にバッテンマークの「撮影禁止マーク」が貼ってあるのだが、中学生にとって「カメラで撮影」と「スマホで自撮り」とは、ベツモノであるらしい。

メディアやガジェットの開発と普及、利用の方法は、世間様の方がどうしても早いものである。 

2016年9月5日月曜日

無意識

夏は暑い。ニュースを見ていると「熱中症情報」というのが出てくる。予報士かアナウンサーが必ず「水分補給をお忘れなく」と一言添える。
こういった「健康情報」もブームがあったり、学術的研究の裏付けがあったりして、いろいろと変わってくる。子どもの頃は「運動中の水分補給はなるべくしない」のが原則だったので、今思えば熱中症でふらふらになったことが何度かあった。
最近の子どもが学校に行く持ち物は、教科書ノート水筒、である。学校の水道の生水は飲まないらしい。過保護なんだか、ご苦労なんだか。
「水分補給をお忘れなく」と言うのが浸透しているのか、駅だろうが電車だろうが信号待ちだろうが本屋の中だろうが、ペットボトルを鞄から取り出して蓋を開けてぐいーっと飲む様子をよく見かける。子どもの頃は「公共の場所では飲み食いしない」のが原則だったので、我慢しないのが今時、というものなのだろう。

様子を見ているとごくごく自然に鞄から別途ボトルを取り出してお飲みになっている。慣れ親しんでいるので、無意識にやっているのだろう。のどかわいたなー、ペットボトルぐびー、である。その間に、ここはどこか、飲んでも良いところか、という逡巡はない。だから、夏に美術館で作業をしていると、何気なしに作品の前で、ペットボトルぐびー、な人を見かけてしまう。慌てて監視員が注意はするのだが、「あっ」くらいで、あまり悪びれた様子もない。だから本当に「無意識」なんだなあと思う。 

2016年9月4日日曜日

空調

毎年夏は美術館での催事記録撮影というお仕事である。担当の催事は夏休みに併せた企画になるので、必然的に、学校の授業が終了するとほぼ同時に、美術館の作業が始まり、そちらが終わると同時に、学校の授業が始まる。夏休みはどうだったか、と言えば、美術館の作業中、である。ほぼ20年以上もこういったペースなので、学生の顔を見ずに済むことが「夏休み」であると思うようにしている。課題を考えなくても良いし、評価もしなくても良いので、ある意味では単純に作業に集中できる、というものである。
とは言え、真夏の作業ではある。外は炎天下、美術館内は空調が効いている、のだが、人間様用に調整しているわけではない。当然だが、外気温との差は、「クールビズ」仕様ではない。館内にずーっといればかなり冷えてくる。時々、外に「暖まりに」出なくてはならない。
一方自宅作業は、西南向きの部屋、屋根裏なしなので、暑い。こちらは全館冷暖房完備ではないので、出入りのたびに温度差が気になる。冬と違ってやはり能率が悪い。振り返ると悪すぎる。夏は仕事しない方が健全だと思わざるを得ない。
さてそこで、自宅のエアコンも15年選手なので、今年はいっちょはりこんで買い換えてみた。

電気製品の進歩は甚だしく、なかなか冷えなかったのが、一気に「快適」モードである。…でもやっぱり能率はいまいち上がらない。夏に弱い体質だと、自分に言い訳している今日この頃である。 

2016年9月1日木曜日

back to school

基本的に8月は「夏休み」なので、学生さんとも学校ともあまり接点がなく、したがってネタもあまり拾えない。それに乗じてこちらも「夏休み」を決め込んで、のんびり過ごそうと思ってはいた。いたのだが、それなりに雑用というのは生じるので、あっという間に日が過ぎた。これだから「トシをとると月日の過ぎるのは早い」といわれるのだろう。あれもやらなくてはと思ってはいるのだが、つい後回しにしてしまうことが積み重なっていく。いかんいかん。
そうやって9月に入ってしまったので、そろそろ学校に戻る用意もしなければ、と着手し始める。
欧米だと、6月が終業式、国によってはえらくながーい夏休みがある。今やインターネットで情報収集の時代なので、あちらのショッピング系のサイトは「Back to School」セールが山盛りである。2ヶ月以上の休みであれば、学校に戻るのも憂鬱、せめてセールでモチベーション上げねば。
翻って国内事情を見ると、9月1日が全国的に始業式かと思っていたのに、最近はそれもずいぶん様変わりしている。もちろん、北海道と沖縄では夏と冬の休みの期間が違うので、北の方では8月下旬に始業式、というのが報道されていたりした。いまどきだと、2学期制の公立校も多くて、8月25日に始業式、というところもあるようだ。10年ほど前に姪の通っていた公立小学校もその方式で、なぜか9月末に5日ほどの「秋休み」があった。
私が数十年前に通っていた中学校も2学期制だったので、前期の終業式は9月末、つまり期末試験が9月にある。ということは、夏休みは「定期試験対策」も兼ねるわけで、日頃の行いをよーく振り返って反省して、教科書丸暗記、などという荒技もやってみたこともある。 
何はともあれ、台風と一緒に夏は過ぎ、夏休みもおしまいである。

2016年7月22日金曜日

いろいろ

もう少し学生数の多い大学だと、もうずいぶん以前から「配慮願い」というのが出ていた。健康上、あるいは心身のさまざまな障がい、ご家庭の事情など、配慮の理由はいろいろである。今日では、通常つまり従前通りの授業というスタイルには向かない学生さんも入学してきている、ということである。
大学としては、そういう学生さんも幅広く受け入れますよ、というアピールも出来るだろうが、対処するのは現場である教室。で、しかもこちとら一介のパートタイマー、非常勤、もちろん「配慮手当」などはない。授業は講義と違って実習なので、肉体労働であったり、グループワークでコミュニケーション活動を伴ったりもする。どんな「配慮が必要な」学生さんでも幅広く、というわけにはいかないこともある。
そういった事情も含めて、通信教育という作戦も考えられるだろう。もっと単位の流動性も配慮できるといいなあと思う。入学した大学で卒業するのではなく、さまざまな学校で単位を取り、それらを集めて卒業できる制度、というものがあれば、学生さんとしてはもっと多様な、あるいは自分に適したスタイルの授業を選択して学習できるのではないかとも思う。午前中に病気で出席できないことが多い学生さんなら、ある程度の単位は通信課程でまかなえるかもしれない。

まあ実際には、制度上そう簡単にはいかないので、こういった「配慮」が必要なのでもあるだろうが。 

2016年7月21日木曜日

配慮

同居人の授業は、教育学系の講座、つまり教職をとる人は必修、である。こちらの授業は14回でワンクール、2単位の講義、試験付きである。規定で言えば、10回の出席で、試験を受ける権利を取得する、というやつだ。100人前後の受講生がいて、いまのところ、ほとんど来ていなくて、投げ出しているのが7−8名、やはり資格取得には学生さんは熱心である。「デモしか先生」という言い方があるが、数少ない就職先として、「先生」はセーフティネットでもあるのだろう。

ところが先週になって教務課から紙が2枚ほど回ってきた。「先生にご配慮のお願い」という紙である。
1枚は「体調不良で出席が出来ないことが多いと本人から申し出があり、出席日数の配慮をお願いしたい」、もう1枚は「体調不良で出席が出来ないことが多いと保護者から申し出があり、以下同文」。診断書の添付も裏付けもなく、本人あるいは保護者の一方的な言い分で「配慮」しなくてはいけないようである。
こうなると、どんなに遅刻が多く、欠席していても、あるいはもしかしたらどんな理由であっても、教務課に本人が「体調不良でした」と届ければオッケー、欠席は免除、ということになる。なんだこれは、状態である。教務課は本人の言うことをそのまま書類にして回しているだけのようだが。
そもそも、授業に来なくてもいいのであれば、学校に行く意味があるのだろうか。

もっとも、出席していなければ、試験の解答などできないので、どっちにせよ落ちることにはなる可能性の方が大きいのが、同居人の授業である。「出席」すれば単位が取れるわけではない。

人生、そんなに甘くはないことを教わるのも授業である。 

2016年7月20日水曜日

ご相談

ところが、別のクールの授業でやはり遅刻常習の別の女子学生が発生した。
「体調不良のため出られない」と友だちを通して連絡することもあるが、遅刻ばかりか欠席も多い。最終講評日の後、あまりにも出席日数がはかばかしくないので、注意をしたところ、しくしくと泣き出し始めてしまった。いわく、偏頭痛持ちで治療中なのだが、朝は調子が良くないことが多く、どうしても起きられないと言う。うーむ、そういう状況なら、午前中の授業に出席できない恐れの方が高くなるわけだが、大学のシステムとしては午前中の授業に出席できなければ進級できないようになっている。通学して続けられるかどうか、じっくり医者と家族と話してみてはどうか、と言うと、またしくしく。

いやあ、泣かれても、遅刻が出席になるわけではないからなあ。ともかくおうちの人とお話ししてきなさい、とその日は帰ってもらった。 

2016年7月19日火曜日

病気

小学生は8時前には校庭で遊んでいたりするものだが、午前9時の授業開始時に大学生は遅刻する。
他のクラスの話だが、遅刻常習の女子学生がいた。あまりにも遅刻するので注意すると、「朝、起きられない病気なんです」。まあそれでも彼女のためだけに授業を遅らせるわけにはいかないので、当然のように本人の作業は遅れがちになる。大学として対処すべきなのかどうかは、担当の研究室とも協議しなくてはならないので、診断書を持ってくるように、と話したそうだ。1クールの授業が終わって、次のクールでは、何事もなかったかのように遅刻をしないようになった。

病気、というのは、五月病のことだったようだ。 

2016年7月18日月曜日

4人分

担当している授業は3週間、つまり18日で1クール。これで単位を出している。
大学の規定としては、3分の2以上の出席によって、単位取得のための試験受験、あるいはレポートや作品の提出の「権利」を持つことが出来る、ようになっている。つまり、出席だけしていてもダメ。出席してなおかつ試験を受ける、あるいはレポートや作品を出す、だけでもダメで、合格点を取らなくてはいけない。つまり、皆勤賞でもレポートが白紙であれば、不合格、というわけだ。
面倒くさいのが遅刻、早退の扱いである。勤務校では先生によっていろいろなパターンがある。遅刻3回が欠席1回に相当するとか、授業内30分以内が遅刻でそれ以降は欠席扱いなどである。実技実習だと、肝心要の説明が授業冒頭にあって、作業を始めることになるので、途中から入ってきても訳が分からない、という状況がままある。
写真の暗室実習ではフィルムの現像などもあって、途中で出入りは出来ない完全暗黒の中の作業、ということがある。作業開始後、フィルムの定着が終了するまで30分以上は缶詰状態なので、遅刻したら参加出来ない。

担当している授業では暗室作業こそないものの、グループ作業なので、一人が10分遅刻すると、残りの3人も10分待ちぼうけを食らう羽目になる。本人は10分の遅刻と思っているかも知れないが、残りの3人も遅刻同然、ということになる。遅刻してきたら積算して40分の遅刻、という計算になる。 

2016年7月17日日曜日

宿題

さてそろそろ2学期制の大学では前期授業終了の頃合いである。
担当している学科では現役の学生が8割越え、というのが大学入試対策室の統計でやっとこさ判明した。どうりで教室にはいるが、意識は教室の外側、という「単にいるだけ」という学生が増えているのが納得できる。教室に来ているのが「義務」でもあるかのようで、覇気がない。
授業終了時に「夏休みの宿題があるのか」と聞きに来た学生がいた。「そんなものはない」と言ったら、喜色満面「やったー、勉強から解放される」と小躍りしていた。いやあ、それは反対だろう。「やったー、自分で勉強できる」と小躍りするのが大学生ではなかろうか。

一方で夏休み明けの授業で「夏休みは何をしていたか」と聞くと、概ね「ぼーっとしていた」「田舎でのんびり過ごした」というのが増える。大学というのは思いっきり勉強できる身分、ではなかったのかと、がっくりする。 

2016年7月16日土曜日

オチ

私が教わった映画監督の基本的なスタンスは、「死にオチなし」だった。

死ぬことは、人生では大きな出来事のうちのひとつであり、それだけで「ドラマチック」だからである。シナリオを書く上では「ドラマチック」な展開を目指すものだが、そもそも「ドラマチック」な「死」という要素を持ち込めば、どんな下手くそなシナリオでもドラマチックに見えるからだ。
一方で、どんなに辻褄が合わないシナリオでも最終的に主人公が死ぬことで結末にしてしまう、という作戦がある。これも、あまりよろしくない展開方法のひとつでよく例に挙げられる。連続テレビドラマなどでは、視聴率低下のための打ち切り、俳優の降板などでよく使われる作戦である。

同じようなオチのつけ方に「夢オチ」というのもある。どんな荒唐無稽な設定と展開でも、「ああ夢だった」で終わらせるものだ。

どちらも「安易に使うな」という意味で、「出来れば禁じ手」。「芝浜」「邯鄲の夢」などという夢オチの名作もあるが、やはりこれを越えるものはなかなか出来ないものである。 

2016年7月15日金曜日

憧れ

さて、今年のブームは「死」だった。
死にオチ、殺しオチ、ゾンビ、自殺、死人がらみ、などである。
昨年までは、アイディアとしては出ていても、実際の作品にまではならないことが多かった。ドラマや映画で見ているような「血糊」は、入手しにくかったり、高価だったりした。死人を見たこともないのに死体のふりは出来ないので、どうみても「死体のふりをしているひと」になってしまう。
しかし今年はそんなことをものともせずに「死にオチ」が多い。どのクラスでも必ず出現するプランである。現在見ているクラスでは、「人の殺し方」というコンセプトの作品企画さえ出ていた。

人が死ぬことは日常では経験しにくいことなので、「憧れ」ているのか。あるいはテレビやゲームで刺激的な描写が多く「慣れ」ているのか。ちょいと「死んでみよう」とでも思うのだろうか。子どもの自殺は、「リセット」なのだと聞いたことがある。これで「おしまい」、リセットなし、だとは思えない、のかもしれない。

勤務している学科の創設時の入試に、三好達治の「雪」を映像とするためのストーリーボードをつくる、というのがあった。簡単な絵コンテ、という感じで、数カットの構図をスケッチして、演出の方法を記述する、というものである。詩そのものの解釈と、それを映像化するための具体的な被写体を描くわけだ。たいていの受験生は、雪のつもった民家、いろり端、お母さんの添い寝、といった状況を描く。
その中に「墓石」を描いたものがあった。夜の墓地。墓石に雪が積もる。カメラがパンすると、隣の墓石にも雪が積もっている。雪は高く積もり、崩れ落ちる。墓碑が読み取れる。「…家太郎之墓」。カメラがパンすると隣の墓碑もかすかに読める。「…家次郎之墓」。カメラはズームダウンして、二つ寄り添うように並ぶ小さな墓石。
絵は上手かったのだが、結局点数があまり良くなかった。技術ではなく、コンセプトに対しての配点だったのだろう。

たまたまその後、小学校で国語を教えている先生と話をしていて、三好達治の話になった。その当時受験生の世代は、国語の教科書でこの詩を習ったのだそうである。文法的にはどうか、と言う話は別にして、学校ではもう少し牧歌的な状況として教えているのだそうだ。雪、太郎と次郎、夜、をキーワードに、イメージとして風景を膨らませる、ということが教材の目的だそうである。どちらかと言えば、雪の深い田舎や、降りしきる雪の風景、いろり端、お母さんとの添い寝、などを挙げるのだそうだ。「墓石とはなあ」と笑われてしまった。教えた側としては「想定外」なのだろうか。 

2016年7月14日木曜日

紙袋

自己紹介と限らず、数年前まで良く出てきたのが、いわゆるPOV、主観ショットである。
紙袋の底にビデオカメラを仕込み、レンズの前面だけ穴を開ける。紙袋をぶる下げて構内を歩く。
出来た作品は、「学内に住んでいる猫の視点」で描かれた「猫の1日」である。

いやいや、単にローポジションの手ぶれ画面にしか見えない。なぜか、と言えば、そのブレブレの画面は「猫の視点である」という前提が伝えられていないからである。その上で言えば、猫がこんなふうに、きょろきょろと左右を見回しながら歩くのか、いやいや猫ってどちらかと言えば「近眼」だし、色覚もずいぶんと違うのではなかったのか、と考え始めると、「単にカメラがとらえている画像を提示しているだけ」に見えてくる。

「吾輩は猫である」という小説がある。文章では一人称の文体というのが成立するが、映像では成立しにくいのである。

2016年7月13日水曜日

作業中

他にもここ数年で多くなっているのは、ラップトップを机上で開いて、キーを叩き始める、というものだ。

女子学生が教室で机上のラップトップに向かって、速いピッチでタイピングをしている。途中であくびをしながら伸びをして窓の外を眺める。またタイピングを始める。

机の上にはラップトップと缶コーヒーだけがある。こういうのはたいてい「課題をしている」という状況を示していることが多い。何の課題か、は設定されていないので、ラップトップの画面は映されない。
彼らの普段の生活はそうなのかもしれないが、どう見ても、タイピングの練習以前、ゲームをやっているようにしか見えない。やけに速いピッチのタイピングなので、文章をひねり出している、感じに見えない。

そういえば、同居人が仕事で行っている中学校に、ある中年の先生がいるそうだ。ずーっと職員室にいてラップトップに向かってポチポチ。しばらく画面をにらんでまたポチポチ。仕事熱心なのかと思ったら、あだ名は「ヤフーオジサン」だと他の先生が教えてくれた。見ているのはヤフーのトップページで、個人的なことでネットサーフィンばかりをしているらしい。干されているのかどうかは分からないが、「窓際族」の新しい生態のようである。 

2016年7月12日火曜日

イヤフォン

「趣味、嗜好」で多いのは「音楽鑑賞」。ただし、いまどきの学生は、ヘッドフォンとかイヤフォンで、スマホかデジタルプレーヤーをご使用である。

ベンチに座り、耳にイヤフォンをツッコミ、身体でリズムを取り始める。動きがだんだん大きくなり、踊り出し、どこかへ行ってしまう

これもステレオタイプな描写で、イヤフォンが耳に突っ込まれると同時に、映像からノリのいい音楽が流れてくる。サイレント仕上げの場合は、リズムや踊りがそれなりに大きなアクションになる。
前者の場合は、どうしてもヘッドフォンプレーヤーのコマーシャルの焼き直しな演出である。映像は客観的だが、効果音は主観的、つまり本人だけが聞いている音楽であって、決して「派手な音漏れ」ではない。実際の生活の中では、どちらかと言えば後者の状況の方が「見慣れた」光景である。

どちらにせよ、学生同士だと「ヘッドフォンもしくはイヤフォン」イコール「ノリのいい音楽を聞く」という図式になっているようで、これも暗黙の了解のようである。これが音楽学校の学生さんが聞いているものだとクラシック、だろうと思うと、友人は邦楽専攻なので聞いているのは常磐津、同居人のプレイリストには「いや〜ん、ばか〜ん」。常磐津で「ノリノリ」だとすごいなあと思うのだが。 

2016年7月11日月曜日

中毒

「行動記録」の他に多いもの、と言えば「趣味、嗜好」である。

十数年前は、読書好き、ピアノは10年習った、実は黒帯、といった「得意技」、隠し芸大会のような講評会だった。いまどきの若者、と言えば、スマホ中毒、音楽中毒、テレビゲームや漫画、アニメ好き、と言ったところで、クラスに数名同じネタがかぶり、「自己紹介」とは言いにくい状態だったりもする。特に「いまどき」だと、映像上の表現もほぼ似たり寄ったりになる。毎年100本近く見ていると「ああまたか」というのが出てくるようになった。どうしてもステレオタイプになりやすいネタである。

授業中にスマホ、食事しながらスマホ、歩きながらスマホ、中庭のベンチでスマホ

特にスマホ世代でない世代から見ると不思議なのは、「スマホでぽちぽちしている」という描写はするのに、「スマホで何をしているのか」という描写が少ないことである。「歩きスマホしている」のは地図を見ていないと全く歩けない「とんでもない方向音痴」なのかもしれないし、授業中は辞書を引いているのかもしれない。もっとも、学生の作品ではこんなところのバリエーションでしかない。むしろ先日の新聞で読んだ、「電車のホームで歩きスマホをしていて、スマホをホームから線路に落とし、飛び降りて拾おうとして電車にはねられて大けが、無傷で拾い上げたスマホの画面を眺めてすりすりしながら救急搬送された」ネタの方が、「いかにも今日的」ではある。 

2016年7月10日日曜日

眠い

「行動記録」で多いもの、と言えば、「眠いネタ」である。

授業中によく眠る、いつでもどこでもすぐに寝られる、寝坊癖がある、などがよく出てくる。
「自己紹介」というお題なのに、「私はよく眠ります」というのは大学生としてはいかがなものか、というツッコミはこの際置いておく。親に学費を出してもらっているのに「授業中によく眠る」のはいかがなものか、というツッコミも、この際置いておく。映像として伝えることに、「眠る」というネタを選ぶのはなぜか、という疑問もこの際置いておく。たいてい20余名のクラスで2−3名はこのネタである。

教室の机に座り、ノートを開いている。シャーペンでノートに文字を書いている。文字を書くスピードが遅くなる。舟を漕いでいる。頭が机にぶつかる。

30秒だとこんな構成が多い。映像では、習性や癖は表現しにくい。映像では、固有名詞の特定のアクションを伝えるからだ。特定の学生が授業中に寝始める、というアクションを伝えているが、それは「授業中に居眠りする」癖までは伝えない。講義で寝る、デッサン中にも寝る、体育館での授業中にも寝る、などという「パターン」を見せなければ、習性には見えてこない。難しいのは、自分では見えていないだろう「寝姿」と、寝入る「アクション」である。たいていの場合は好意的に「眠たいんだね」と理解してあげられるのだが、ときどき、どうしてもこれはナルコレプシーにしか見えない、というのが出てくる。休憩中食事中、あるいはトイレの個室の中でも寝てしまうネタを使っていたりする。それは「習性」や「癖」を通り越して、「病気」に見えてしまう。 

2016年7月8日金曜日

大食漢

行動記録の中でも「食べる」ことは、取り上げたいもののひとつのようである。
自己紹介、というテーマの課題だと、たいてい「食べることが好き」、あるいは「私の好きな食べ物」といったコンセプトの作品が出てくる。
生理的現象で共感が得やすいということは、本能的に知っているのだろう。それだけに、他者の何と共感できるのかということは曖昧なまま、表現に走ることが多い。

教室内で女子学生がスパゲッティを食べる。カツ丼を食べる。カレーライスを食べる。

場所は同じ教室内で、衣装もメイクも同じである。
どう見ても「大食漢な女子」あるいは「過食症」なのだが、本人的には「食べることが好き」で「普通に小食」だそうである。

映像で表現するときには「時間」と「場所」の情報を的確に提示する。場所が同じで衣装が同じであれば、時間的に継続していると認識される。これがスパゲッティを教室で食べる。カツ丼を学食で違う衣装で食べる。カレーライスをラウンジで違う衣装とメイクで食べる。そうすると、それぞれ全く違う場所と日時に見えるので、いちどきに「三食平らげている」という認識にはならない。

これも、「つくること」を通して知る、映像の読み解き方の基本である。 

2016年7月7日木曜日

走る理由

30年来の定番は「行動記録」である。
テーマが自己紹介だろうが、フィクションだろうがノンフィクションだろうが、必ずクラスに数名が同じネタを使う。

学生が校門から走ってくる、中庭を走り、階段を駆け上り、廊下を走り、ドアの前に走り込む。

本人的には「遅刻」なのだが、観客的には「単純に走っているだけ」である。
映像ではかように、本人的に「つもり」なのだが、ストレートには伝わらない、というものがけっこうある。走ってくるのは「学生」であり、走っているのは「学校内」であり、「1分後に授業が始まる」ということが分からないと、「遅刻しそう」ということは伝わらない。トレーニングなのか、隣の猛犬に追いかけられているのか、はたまた走る先にあんパンがぶる下がっているのか、提示された情報だけでは分からない。
実はそういうことは、役者の行動以外に提示されている情報から読み解く。だからオーディエンスに読み解かせるためには、的確な情報を提示しなくてはならない。それは、作ってみて初めて気付くことのようだ。

「走れメロス」という小説があるが、なぜ走っているのかを文脈として伝えているから小説になるのである。理由が分からなくては、単に「走っているメロス」だけを見せているだけだ。 

2016年7月5日火曜日

告白

ブーム、と言わず、たいてい出てくるのは「恋愛」ものである。男女共学、その年代はそれしか考えることがないからである。
10年ほど前だと、男子学生と女子学生のなれそめ、みたいなものが「ブーム」だった。階段ですれ違う、ものを落として拾ってもらう、宿題を見せてもらう、レポートを出しに行ってもらう。自分たちの生活の延長なのだが、いかんせん、制作している本人たちは恋愛中ではないことが多く、リアリティがない。どうしても自分たちが見ていたドラマや映画の「なぞり」になってしまう。描き方がステレオタイプ、である。
そのうち、自分たちの恋愛体験をそのまま描こう、というのが「ブーム」になった。

男子学生が学食にいる。携帯電話がポケットで鳴る。電話を見るとメールが来ている。「好きよ、慶子より」。男子学生はぽちぽちとボタンを押す。「僕もだよ。太郎」。笑顔である。

実際の体験がそうであったのかもしれないが、映像としてはあまり「面白い」とは言えない。学食の学生と携帯電話のディスプレイしか画面では出てこないからである。

トシをとると疑心暗鬼になるのか、人間ひねくれてくるのかよく分からないが、わたくしほどになると、最初のメールを「慶子」本人が送ったものかどうかすら疑う。慶子の携帯電話をお母さんが取り上げて打っていたらどうするのか。いやあ、お父さんかもしれないなあ。そういえば、おうちに電話、という時代は、よく妹や姉が本人の振りをして声色で返事したりしたよなあ。その傳で、一家全員でうぶな太郎君をおちょくっているのではないか。

今で言えばオレオレ詐欺とか、なりすまし詐欺にすぐひっかかっちゃう太郎君であった。 

2016年7月4日月曜日

ブーム

現在担当しているクラスの学生は概ね同い年、離れていても2−3歳くらいである。生活環境があまり変わらなければ、受け取っている情報もそうそうは変わらない。実技実習なので、作品をつくるためのアイディアやネタだし、と言う作業は、どうしても似たり寄ったりになってしまう。1−2年のスパンでは変わりはないような気がするが、3−4年程度の幅を考えれば、確かに「傾向」というのがある。作品のアイディアやネタというものは、真っ白なアタマの中から、忽然とわき出すものではなく、彼らが生活していた環境で得たものに根ざすからだ。

この授業を始めた頃の「流行り」は、「世にも奇妙な物語」だった。テレビで良く見ていたのだろう。視聴率も高い、単発のシリーズものだ。現実の世界とはちょっと違う世界のエピソードを語る、という方式である。だから例えば、「人は必ず後ろ向きに歩く」とか、「何かの合図で誰かがどうにかなる」といった設定があって、その上のエピソードが語られる。それを子ども時代に見ていた学生さんたちは、それをやってみたいものらしかった。類似の企画案がたくさん出てきた。「猫が先生をしている学校」「誰かがヘッドフォンで音楽を聴くと全員が踊り出す」「家を出るときに右足から出ないと不幸なことがおこる」といったものだ。
ところが、作品は90秒程度の尺が条件である。エピソードを描くためには、その前提となる「世界観」を最初に伝えなくてはならない。結局、世界の設定を描写して時間切れ、そうでなければ「この学校の先生は猫なんです」などとナレーションを入れることになる。なんで猫なんだ、と考える間もなくエピソードが始まってしまい、犬は生徒にはなれないのかなどと思っていると尺が終わってしまう。気にしているとストーリーの展開が追えない。

現実世界とは違う世界を描くのがその頃の「ブーム」、つまるところ、世界観の設定を説明しておしまい、である。 

2016年7月3日日曜日

多様さ

授業の方も3クラスめ、同じ内容の授業をしている。悪く言えば、毎度同じことの繰り返し、よく言えば、前のクラスで少しずつ方向修正しながら授業している、というところだろうか。
学年はもちろん一緒なのだが、やはりクラスが違えば、微妙に雰囲気が違う。ムードメーカーがいたり、やけにモチベーションを下げるのがいたりする。
授業内ではグループ作業をさせている。仲良しグループにならないように、こちらでランダムにチームを組む。もちろん、社会に出たら仲良しだけでつるんではいられない。相性が悪い人、初対面、年齢差があったりしても、一緒に作業をすることになる。特に映像系の作業は共同で行われることが多い。ただ、苦手な人と作業をしていると、ときどき新しい発見もある。人間が違えば見方が違うわけだから、新しい視点に気付いたり、作業の緻密さが正確に反映されたりしているんだなあと思ったり。仲良しだと「なあなあ」になってしまうところを、相性が悪ければとことん話し合う羽目になったりする。話し合う間に、自分で曖昧だったところが確認できたり、再発見できたりする。

だから本来大学というのは、もっと多様な人が通った方が良いのになあと思う。文科省は少子化をにらんだ施策をしているようだが、むしろ社会人やリタイアした人、会社の研修制度としての利用などを広く受け入れることに積極的になっても良いのでは、と思う。 

2016年7月2日土曜日

おとな

小学生と変わらないと思う一方で、大人並みだなあと思うこともある。

美術館の講座で、工具を使うことがある。木材や金属も使うので、大型のカッターやノコギリ、ノミ、ヤスリなどを使う講座もある。子どもは自宅では大切な「お子様」なので、危険な工具など使わないだろうから、丁寧に使い方を教える。持ち方、構え方はもちろん、怪我の仕方も指南する。こんなふうにつかうと、指を怪我していたいですからねー、注意しましょう、という具合である。大人の講座では、使ったことがあるだろうから、一応念のためにだが、使い方は教える。

怪我をしたり、工具を壊したりするのは、大人の方が断然多い。カッターで直線切りをするときに、着る直線の上に自分の指を置かないように、と注意する。子どもの方は、「定規を置く。カッターの刃を出す。定規を押さえる。指の位置を確認」と、一つ一つの動作を指さし確認している。一方大人の方は、定規を置いたら、カッターの刃を出し、確認もせずに使い始める。案の定、定規の端から指の先がはみ出ている。カッターの刃は使い古されていて切れ味が鈍いので、力任せに切ろうとする。つい刃先に力が入り、勢いで指まで切ってしまう。「わかっているつもり」なのが、危ないのである。

先週も学生がカメラを落とした。三脚の上にカメラを載せたまま、脚の長さを調節しようとしてバランスを崩したらしい。
その数日前には、「三脚の脚の長さを調節し、安定していることを確認してからカメラを載せる」ことを注意していたのに、である。

うーむ、やはり小学生ではないようだ。 

2016年7月1日金曜日

がんばったで賞

さて、いまどきの学生さんは、小さな時から「褒められて育った」タイプが多い。少子化のおかげだろうか、ふんだんに手をかけられている、という気がする。少なくとも、ほったらかしで育った野生児、という印象の学生は少ない。
こういう学生さんの反応で多いのは、「自分を褒めたがる」ことと、大人(学校で言えば先生や、研究室のスタッフ)に「構ってもらいたがる」ことだろう。
美術館で教育普及活動をしているので、小学校低学年の子どもを見る機会が多いのだが、そんな子どもたちとあまり反応の違いがないのが、最近不思議に思うことである。作品をつくる講座の発表会では、自分の作品に対して「どこを頑張ったか」ということを伝えることが多い。まあ、作品を評価をするわけではないし、努力目標と成果という視点は、こういう場合は有効だ。

翻って大学教育の現場はそういうものではないので、自分の作品のプレゼンで「頑張りました」などという発言が出るといかがなものかと思ってしまう。頑張るのは当たり前だからだ。 

2016年6月28日火曜日

責任

そういうわけで、ここ数年は授業を地団駄踏みながらやっているので、こちらの健康上よろしくないような気がしている。毎日のように、教える側としては帰宅後傾向と対策を練り、改善策を探り、明日の教材の手直しをする。もちろん授業時間以外のペイはない。ボランティアなのか、習い性となっているのか、というところだろう。たいていの非常勤講師というのはこういった勤務状況ではないだろうか。好きでなければ続かない。
もちろん社会的にこれで良いのか、と言えば疑問が出てくる。明らかに非正規雇用者が大学の授業を支えている。勤務校も専任教員の2倍どころではない人数の非常勤講師がいる。非常勤の立場から言えば、授業実施の時間給をいただく単なる「パートタイマー」なので、大学としての授業を担保するどころの話ではなく、授業時間に出向き、授業をやる、授業時間以外のサービス残業も打ち合わせもなし、にしてほしいところである。そもそも、大学の学生は自発的に「責任」をもって学習することが前提だったから、この手の教え方でもやってこられた。教室に座っているだけの学生が増え、役所が大学教育のクオリティについていろいろとご希望をおっしゃるのだが、大学は設備投資に熱心である。

私などはすでにある程度トシもいっているし、学校以外のお仕事も多少はある。しかし、正直なところ、非常勤だけでは食ってはいくことはできない。組合も共済年金も退職金もない、年度契約だから来年度も雇用されるとは限らない。専業としては、かなり不安定な商売である。若い世代の非常勤だと、本人としては「責任持って学生の面倒を見る」前に、自分や家族の面倒を心配することになる。 

2016年6月27日月曜日

教室

今年度は、こういった「横並び」な学生が多い。
こういう場合は、得てして学生さんの気分は「高校生の延長」である。遅刻は少ないし、欠席も少ない。言ったことは当面きちんと作業をする。
反面、実習中に居眠り、授業中のスマホいじり、最近はTwitterでなくLINEでおしゃべり、授業中にこちらが伝えたことはアタマの中を素通り(こういうのを青函トンネル状態と言う)、授業の予習復習はあまりしない。教室には「いるだけ」になる。
どうなるかと言えば、同じことを何度も注意する、具体的な作業内容を伝えないと作業が出来ない、前日に伝えたことも反復できず健忘症状況になる。欠席が多くなった学生がやってきて心配するのは「単位は取れるのでしょうか」であり、自分の学習状況の進行具合ではない。

学生数に対して学校が多くなると、必然的に競争率が下がる。そのため、学生の質は必然的に落ちてくる。以前のような授業をやっていては学生はついてこられなくなっている。
今日では、学生に授業の参考図書を口頭で伝えてはだめなのである。参考図書を板書しても、参考図書のリストを配っても読まない。参考図書を強制的に買わせても読まない。必要箇所をコピーして配布し、授業中にみんなでつきあわせて声に出して読み合わせなくては読みこむことができない。
担当している授業では教材としてチャップリンの「移民」という映画を見せているのだが、時代背景を分かる学生はほとんどいない。物語が描いているのは「1400年頃」と言ってはばからない。どんどん授業は授業内容以外のことでフォローが増え、脱線する。結局以前よりも伝える内容が減る。

うーむこれで大学の授業内容を担保しろ、などという人の気が知れない。 

2016年6月26日日曜日

多様性

居住地域が首都圏、年齢がほぼ横並び、というクラス編成が多くなる。何がよろしくないか、と言えば、クラスのメンバーに多様性がなくなってしまうことだ。どうしても井の中の蛙、どんぐりの背比べ状態である。とてつもない苦学生と大金持ちは出現率が低いので、家庭環境も経済環境もほぼ横並び、考えていることもほぼ横並びである。中学校や高校のクラス構成とあまり変わらない。
こういったクラスで何が起きるか、と言えば「楽屋落ち」で終始することである。年齢がほぼ同じだと、遊んでいるビデオゲーム、流行している歌手の唄、熱中した漫画などが似通ってくる。彼らにとっての「共通認識」が、世界の全てのように思えているようだ。
一方、学校の外に出れば、同じ年齢、境遇の人間などごくわずかである。自分たちの共通認識が、他の世代や他の国の人に通じないことなどいくらでもある。そういった想像すら出来ないのが新入生、ということなのかもしれない。60を越えた教授に向かって、「ジョジョを知らないなんて」とハナで笑っていた学生がいた。教授から見れば学生は「ゲバゲバを知らない」のである。

海外の学校の講座などを見ていると、人種も年代もいろいろな人が混ざっていることが多い。最近だと萩本欽一が大学入学、ということがニュースになった。こういう多様性が多くなると、大学というのは人生開眼する場所になり得るのになあと思ったりする。

2016年6月25日土曜日

傾向

ここ10年ほどの傾向は、と言えば、ほぼ全員が現役で入学してくる学生になったことだ。
留学生は語学学校へ行ったりするので、1−3歳ほど年上になるが、日本人はほぼ9割が現役である。日本少子化による全入時代である。浪人していたと言っても1年ほどで、私の世代のように2浪3浪がごろごろ、というのはあり得ない。
ほぼ8割が首都圏出身者である。地方にさまざまな大学が新設され、美術をやろうと思ったら居住地域で美術系の学校が探せるようになった。美術や造形学部、でなくても、教育学部の美術系のコースが増えたりすることもある。しばらく前に流行ったのは、女子短期大学の家政学部が、4年制になり、共学になり、美術や造形系の専門コースを増設、というパターンである。そもそも家政学部には、インテリアやクラフトといったコースがあるところが多かったので、こういう流れになっている。
もうひとつは、美術学校の学費が以前より高額になってきたということもある。いまどきの美術学校は、建物も設備も新築でご立派、デザインなどの分野だとコンピュータが必須なので機材費がかかる。学費以外に施設費や機材充当費などもあり、こちらもかなりの金額になる。首都圏に出して下宿をさせると、月に10万近くが下宿代食費など生活費、その他もろもろで必要だ。実家から通うのなら学費は出そう、という家庭内会議があったことは想像に難くない。
もちろんこういう時代でなくとも、美術学校を卒業したので作家としてやっていける、などという保証などどこにもない。下手をすれば就職すら危なっかしい。大学が「就職予備校」だと思っているのであれば、教育学部の美術コースの方が、まだ安全に思えるはずだ。

そんな彼らにとっての「普通」、という認識が、実はクセモノである。

2016年6月24日金曜日

クラス編成

学校では実写による動画制作の基礎実習を担当している。初心者の考えることは常に新鮮である。
その一方で、常識と非常識、人間の認識と認知について考えさせられることも多い。

クラスは24名が基本だが、入学辞退者や中途退学、あるいは留年や休学復帰などがあって、プラスマイナス2名ほどになる。
ここ10年以上は女子学生が多く、基本的には7−8割が女子である。今年は少し男子が多いかな、といった感じでやっと3割である。
景気が悪いと男子学生は実学系で学び、手堅く就職コースをとる。就職状況が良ければ、大学院に残らず就職することが多くなる。修士課程は女子が多くなるが、ここ1−2年はほぼ留学生なクラス編成になっており、院生が集まると中国語と韓国語が飛び交い、日本語は少数派である。一瞬ここはどこのアジアの国かと思ってしまう。
通学課程、つまり通信教育ではないので、朝やってきて授業を受けて帰る、という日常を送る。彼らにとっては、それが「普通」な日々である。

2016年6月20日月曜日

お祭り

10日ほど前、週末は勤務校で「オープンキャンパス」というイベントがあった。いまどきの学生募集の販促活動である。受験志望者、つまりいつもは「学外関係者以外」を学内に入れて、学内を見てもらおう、というものである。

勤務校で始まったのは十数年前だと思うのだが、最初の頃は「普段の様子を見せる」ということで始まった。ところが年を追うごとにだんだんと様相が変わってきた。学生の作品展示、授業公開だけではなく、受験志望者対象のワークショップ、制作体験、入学試験合格者の作品展示、専任教員による受験相談会。学内はそれに向けて大掃除が行われる。植木屋がやたら丁寧に植木の世話をし、刈り込む。いつもは学内にごろごろしている学生の課題作品なども一掃、期限切れの壁に貼ってあるビラも一掃である。教室や廊下は展示会場となり、いつもと違う様相、とても授業どころの話ではない。普段学校にいる側からすれば、一大イベント、お祭り騒ぎである。

受験志望者はお祭り騒ぎを見に来るのだろうか。普段の授業の様子がこれ、と誤解しないと良いのだが。毎日がお祭り騒ぎだと思われたらどうするのだろうか。入学してから「オープンキャンパスな毎日ではない」ことでがっくり、意気消沈したりしないのだろうか。心配である。 

2016年6月12日日曜日

とある美術学校にこんな張り紙があったというのが、ネット上で話題になっていた。
「学長からのお願い 建物の裏で犬の首が発見されました。(中略)このような呪いの行為は学校で行うものではありません。本学では呪いの行為を禁止します」。
文面から見ると公示ではないようなので、学生のやったことなのだろうが。

そこは、同居人が週1回教えに行っている学校である。
同居人曰く、
「イノシシの首じゃないの?」。
裏手に山のある学校だそうなので、「イノシシ出没注意」という看板が学内にあるそうだ。

そういえば、その学校の移転前のキャンパスでは「マムシ出没注意」、保健室に血清常備、という噂もあった。

犬の首くらいじゃ、驚かない学校である。

2016年6月10日金曜日

ごあいさつ

放送業界では昼でも夜でも夜中でも、出会い頭は「おはようございます」という挨拶が定番だ、というのはよく知られた話である。終わりの挨拶はたいていどんな現場でも「お疲れさま」がベースである。

最近メディアで良く見かけるのは、「ご苦労さま」と「お疲れさま」の違いである。我々の世代だと、ハウツー本もなかったし、ネットで情報を集めたり確認したりすることはなかったので、現場で見よう見まねで挨拶を探すことから始まった。若造として現場に入れば、たいていは一番下っ端なので、最後の挨拶は「お疲れさまでした」、あるいは「お先に失礼します」である。上の人から返される挨拶は「お疲れさま」で、「でした」はない。もう少し上の人だと、たいていは「ご苦労さま」、そうではければ「はいはい」「はいよ」などという合いの手である。こんなもんなのだろうと、了見していた。
翻って、メディアで良く取り上げられるのは、現場のいちばん下っ端、私の場合で言えば学生から「ご苦労さま」と言われるようなことである。使い分けをしていた自分としては、確かに妙な気分になる。そんなわけで「使い方の違い」というコンテンツが出来上がる。
なぜなのか、と考えてみると、いまどきの学生さんは「オウム返し」なことが多いと思い当たる。
ずいぶん前からチームティーチングをしている同年代の相方から「先生」と呼ばれることが多くなった。最初は相手に対して教えた覚えもないのに「先生扱い」で面食らった。出来れば止めて欲しい、と言うと、そんなわけにはいかない、そうである。理由を聞くと、「先生」と呼ばないと、学生が同じようには呼ばないからですよ、と言うのである。相方を「ナントカさん」という呼称にしていると、学生が「ナントカさん」と呼ぶのだそうである。学生にとっては「ナントカさん」は同僚でもクラスメートでもなく「先生」なのだが、「先生」という呼称をつけない。オウム返し、というか、TPOがわからない、というか、学生もその相方も、なんとも子どもっぽい対応だなあと思った覚えがある。
「ご苦労さま」「お疲れさま」も同様で、相手から言われたのだからオウム返しにしているだけなのだろう。他の人の挨拶を見て、観察して、TPOを読み取って、自分が使う場合のケースを想定する、というステップを踏まない。違いを知らない、知ろうとしないので、使い分けも出来ない。

大学の授業だからご苦労さまとお疲れさまの違いを教えるのは、ちと守備範囲外ではないかとも思う。大学では「オウム返しでOK」な挨拶をするようにしなくてはならないのかもしれない。やはりここは「ごきげんよう」でシメるべきだろうか。何か違うような気もするが。 

2016年6月9日木曜日

チープ

学生さんの作品でこういった「嘘」が下手なのは、リアルな現象を再現しようとするからである。なまじ現実を知っている人物が見ると、一目瞭然で「嘘」なので、全体が信用できない、ということになる。
逆手に取ると、「チープ」な仕上がり、という作戦がある。メリエスの作品や、メトロポリスなどの古典的なSF映画は、現在見ると子どもっぽい舞台背景、CGもなく、特撮技術も無く、今よりもはるかに安っぽい見え方だ。しかしそれが今日も見ていられるのは、美術や舞台、衣装を見せているわけではないからだ。サイレントだから音声はなく、画像によって、テーマやコンセプト、作者のメッセージがきちんと伝わるつくりになっている。そういった「様式」や「スタイル」というのがある。ファッション業界で言う「チープシック」がいちばん近いかもしれない。
学生さんが見る今日的な映像では、どうしてもリアルさを追求する表現が多い。丹念に考証をして、お金をかけて道具をつくり、特殊撮影をして、CGで仕上げである。一方で古典と言われる作品をほとんど見ていないので、チープだが面白い、といった世界観を知らない。

上手く使えば、血糊のつもりのアクリル絵の具を塗りたくるなどという身体に良くないことをしなくとも、十分に表現出来るものなのに。 

2016年6月8日水曜日

では映像制作にとっての基本とは何か、と言えば、「映像は嘘つきである」。

多くの学生は、カメラを向ければ「真実を捉えることができる」と思っている。映像にとっての真実とは虚像の向こうにあるものだ。だからこそ、フィクションであるドラマに感動し、史実を再現したドラマに共感する。
それゆえに、現代であっても、古代ローマや江戸時代のドラマを制作することが出来る。しかし、丁寧に、しかも周到に嘘をつかなくてはいけない。水戸黄門が印籠を出す懐からスマホの着信音が聞こえたり、シーザーが丘の上に立っているその背景に鉄筋コンクリート、カーテンウォールの高層ビルが建っていてはいけない。

学生がやろうとしているのは「一番手前にある嘘」だけで、その奥に見える「嘘」はそのままほったらかしていることが多い。赤い絵の具を塗りたくって「血のつもり」、それで倒れているだけで「死体のつもり」。でも赤いのはあからさまに絵の具の顔料の気配がするので、血にも見えない、だから、死体にも見えなくなる、ということになる。 

2016年6月7日火曜日

なぞなぞ

映像制作超初心者が作業する授業である。こちらにとって、学生の反応はある意味ではプリミティブで新鮮である。多くの学生にとっては「映像は夢のような表現」であるようだ。たいていの学生は、今までに扱ったどのような表現よりも多くの情報を的確に、瞬時に伝えるもの、という認識がある。なぜか、と言えば、それまでの学校生活の中で、映像に関する基本的な学習をしてこなかったからである。自分がオーディエンスとして受け取っている印象が、その表現の特徴だと思ってしまうようだ。それはカメラと編集ソフトで出来ている、と思っている。だから、大学でその機材を触れば、自分の思うように表現が出来ると思っている。彼らが見てきたものは、プロ中のプロがつくっていたものであるにも関わらず、である。
すでに機材が低価格化し、スマホで動画が撮影できる時代である。中学高校時代に「映画をつくりました」などという学生もちらほらいる。中学高校の美術の教科書を見れば、映像制作の手引き、のような項目すらある。もっとも、基本的だと我々が思っていることとは少し違うアプローチではあるのだが。
ともあれ、学生がやろうとしていることは、日本語のたどたどしい小学校低学年の子どもが、俳句や短歌をつくる、あるいは小説を書こうとしていることと似ているような気がする。それらしいものは出来るのかもしれないが、基本的な文法を踏まえていないので、こちとら理解に苦しむ、という感じだ。だから、1年生の授業は、学生の作品の裏を読む、謎解きの様相である。

絵を描いたり、粘土で立体を作ったりするのとは、表現の方法論が違う。小学生に油絵の具を渡しただけでは、油絵は描けない。絵の具の使い方、表現できることや出来ないことを知らなければ、表現には至らない。 

2016年6月6日月曜日

禁じ手

学生にテーマを決めさせて制作をさせている実習である。撮影場所や機材、スケジュールなど、課題であるからそれなりの制約はある。ずいぶん以前に「一億円」のネタを書いた。まあ、そんな感じで、こちらの想定しない内容というのもそこそこ出ては来る。
今年最初に担当したクラスでは、なぜか「死にオチ」がブームである。痴話げんかの末衝動的に男を殴り殺す女、だとか、学内に悪霊がいてつぎつぎに学生を殺して回る、などという内容である。
私の頃は「死にオチ」「夢オチ」は禁じ手だった。どんな荒唐無稽なお話であっても、最後にチャラになる、あるいは途中がどんなにまずい構成になっていても、ドラマチックに見えてしまう、という卑怯な作戦だからである。
今年はさらに、血糊や絵の具を塗りたくり、床に赤い絵の具をぶちまけ、「死体演技」つきである。

うーむ、君たちはよほど他人を傷つけたいのか、自分で傷つきたいのか、どちらなのだろう。 

2016年6月1日水曜日

定番

映像系の実習授業を担当している。実習、なので、学生がそれぞれ作品制作をする。お題があって、それについてそれぞれが作品を制作するという、美術学校方式である。実習には「正解」はない。それぞれがじたばたしながら作品をつくる、ということになる。基本的には個人制作になる。授業はそれぞれのケースに応じて対応しながら実習指導する、というかたちである。会話をしていると、どうしても「サンプル」になるような事例を挙げることになる。
以前は「誰でも知っているような」テレビ番組やドラマ、映画があり、あんな感じの、という会話が成立した。ところがここ数年は、なかなかそういう会話にならなくなった。
インターネットが生活に入り込むようになり、アパートや下宿住まいの学生には新聞はもとより「テレビ」が必需品ではなくなった。
実家にもテレビがない、あるいは茶の間にあるのはインターネット接続のテレビ型のディスプレイだったりする。見ているのは、配信された映像番組、あるいは数多くあるケーブルテレビのチャンネルだったりする。視聴できるチャンネルや番組の分母が大きくなり、共通の番組を見る機会が減った、ということなのだろう。
我々の世代で言えば、「8時だョ!全員集合」が放送翌日の教室の話題だった。クラスのほぼ全員が見ていて、見ていないのが数名、話題に乗れなかった。今や既にそんなことはない。翌日教室で話題のテレビ番組などない。一方で、たくさんのDVDがレンタルでき、配信される映画もあるのに、見ている映画のバリエーションが少ない。彼らの世代、テレビで宣伝され、シネコンプレックスで配信され、話題になるハリウッド映画は見ているが、時代や制作された国が違えば見たこともない。親などの他の世代や人たちと、一緒に見る機会が無いのかもしれない。

おかげで、サンプルになるような作品を放課後に見ておいて、と言うことが増えた。それを見越して学校には映像のライブラリーをつくってもらい、たくさんの映像ソフトを集めてもらっている。ところが「見ておいて」と言ったものの、あまり見はしないようだ。ライブラリーでもっとも貸し出しの多いソフトは、ジブリ、ディズニーなどのアニメーション、制作年がごく最近の製作費がおそろしくかかったハリウッド映画だそうだ。サンプルとしてあげているのは古典、定番といったところなのだが。 

2016年5月31日火曜日

開始

今年も新学期始まってしばらく後、5月のゴールデンウィーク明けから授業が始まった。ここのところ、3週間1クールを5回、というスケジュールで1年生の授業を担当している。例年通り、初めの1クールは、新入生の傾向と対策が読めないので対応でばたばたする。入学試験のせいなのか、それとも義務教育における文科省の舵の方向のせいなのか、毎年同じような学生が来るとは限らない。元気の良い学年もあれば、とんがった学生の多い学年もある。「今年の新入社員はナントカ型」というのが4月初めの新聞の見出しになったりするが、そのセンで言えば今年の1年生は「あたらず騒がず仲良し型」のようである。
最初は、おとなしかった。こういう時は、「しばらく猫をかぶっている」ことがある。1週間もすれば私語が多くなり、授業はあらぬ方向に行ってしまいがちで、こちらの想定した内容が収まりきらなくなる。
しかし、そうではなかった。私語も少なく、遅刻欠席も比較的少ない。授業中の昼寝やスマホいじりも昨年以下である。おおすごい、と思ったのも束の間だった。

おとなしい、ことは、授業に参加していることとは別なのだった。朝にアナウンスしたことが、翌日には無効になっていた。昨日アナウンスしたよね、と確認すると、「あ、忘れていました」「うっかりしていました」「そうでしたっけ」とい反応が返ってくる。結局、何度も何度も同じ注意をするはめになった。同居人以上に健忘症、今年は「馬耳東風型」である。 

2016年4月28日木曜日

親心

臨床心理士は、美術系の学校出身ではないし、美術家を志したこともないのだろう。先生方に対する心理士の「ご要望」は、申し訳ないが、少し違うのではないかと思う。
大学での授業に興味が持てないのであれば、勉強する必要はない。さっさと自分の興味範囲を探した方が良い。大学は義務教育ではないのだから、大学の授業に迎合する必要はないはずだ。興味のあること、勉強したいことがあれば、授業が退屈なものだったとしても、講義を聞いたり本を読んだりすることは出来る。
実技授業の講評では、基本的には作品について「講評」していて、作者について「講評」しているわけではない。ここ数年の学生の特徴は、「批判」の対象が、作品ではなく本人であると勘違いしていて、本人を否定されているような気になるところだ。ただし、美術家やデザイナーとして仕事をするのであれば、社会に出てから、いくらでも「けちょんけちょん」に叩かれることは覚悟しておかなくてはならない。それでもコツコツと作業を続けて最後に笑う作家だって、たくさんいるからだ。褒めてやる気にさせてみても、社会に出て叩かれて、ポキッと折れてしまったら、それこそ元も子もない。学生時代に少しは耐性をつけようという親心を、臨床心理士は知らない。

2016年4月27日水曜日

フィードバック


同居人の勤務校も同様の「ご相談室」があり、週に数回「臨床心理士」が来て、学生のご相談を受け付けている、そうである。臨床心理士、というのは、イメージで言えば「カウンセラー」なのかもしれない。よろずご相談を聞く、というのがお仕事である。一方でお節介な友だちよろしく、一緒に問題について解決しよう、というのではない。だから、学生の相談内容によっては、学生が話しただけ、おしまい、になるわけだ。
まあ、愚痴っておしまい、であれば良いのだろうが、同居人の勤務校ではなぜか年度末に「ご相談室配備の臨床心理士によるお勉強会」というのがあった。学生の相談内容を、教える側の先生にフィードバックする、という趣旨である。カウンセラーとしては基本的に守秘義務があるので、個人名などは伏せられた状態で、当該年度の相談内容を発表する。それを聞いて、授業を教える側の先生にも、対処を求める、という会である。出席した同居人がレジメを持ち帰ったので、読ませてもらった。
たいていの学生のお悩みは、「授業が面白くない」、あるいは「興味が持てない」ことであったり、講評で「けちょんけちょんに批判された」り、「無視された」りすることだそうである。同居人も私も美術系の学校なので、学生が相談する内容はよく分かる。まあ、古今東西、昔も今も、美術系の学生が考えることはあまり変わらない。基本的に人間が単純なのかもしれないが。
臨床心理士による先生方へのフィードバックは、学生に対して「授業を面白くする工夫する」、あるいは「興味が持てるような授業内容にする」ことであったり、「講評で一方的に批判しない」「必ず褒めてやる気にさせる」ことなのだそうである。

2016年4月26日火曜日

ご相談

事務方から送られてくる事務書類には必ず「学校内相談窓口」のパンフレットが入ってくる。セクシャルハラスメントが話題になった頃から、「ご相談室」というのが出来たらしく、そのご案内である。
学内に設置された「ご相談室」には、週に数回「臨床心理士」と、学内担当者がおり、学生の皆様のご相談に応じます。セクシャルハラスメント、とは明確に書いていなかったりするのだが、「学生生活」のご相談全般に応じる、と書いてある。学内担当者は、学内の教授が持ち回りでやるようで、毎年メンバーが替わっているようだ。今年の担当者に相談したら、一緒に頭を抱えて底知れぬ泥沼に引き込んでくれそうだ、などと思ってしまう。去年の担当者は元気なおっさんである。相談に行ったら、一緒に「ファイト—、いっぱーつ」、などと叫ぶに違いない。
新入生は先生のことなど知らないので、親身に相談にのってくれる、と思うのだろうが。

2016年4月25日月曜日

ナンバー

さて勤務校では、やはり仕事をしているセクションではなく、純然たる事務方が新学期の事務的な書類を郵送してくる。給料の振込口座の指定とか、住所変更届とか、である。今年度からはまためんどくさいことに「マイナンバー」関連の書類が増える。私などはフリーで仕事を請け負っていたりもするので、ギャラが発生するところにはすべからく「マイナンバー」を届けることになる。これがまた会社によってまちまちでめんどくさい。
勤務校では、外注の業者に給料関係の経理を委託しているらしく、そちらから「マイナンバーを届けなさい」という書類が来た。通知書のコピーに、写真付きの身分証明になるような書類2通、である。しかし、なぜか勤務校の図書館で使える身分証明書は「除外」である。
ほかのところでは、電話で口頭試問、仕事を担当している人にマイナンバーと身分証明書を提示、などいろいろである。20年も一緒に仕事をしているのに今さら身分証明書もないよねえ、などと、他人に運転免許証を見せるのである。妙な雰囲気である。そこは「マイナンバーカードと写真付きの身分証明書2種類を担当者に提示、担当者が確認してハンコをつき、担当者がマイナンバーを書類に手書きで記入」方式である。担当者は今までなかった仕事が、しかも手間仕事が増えたわけだ。事務方も提出書類が増えるわけで、これまた仕事増量である。
よく役所の窓口で本人確認に見せてください、と言われることはあるが、コピーまではさすがに取ることは少ない。運転免許証の番号だけでは、あまり悪用する方法もないだろうと思うからだ。しかし、マイナンバーは「番号」だけなのだから、番号が一人歩きしないのだろうか。よくわからない。
私の場合は、旧姓で仕事をしているのだが、振込口座は戸籍上のお名前、もちろんマイナンバーも免許証も戸籍名である。世の中には同じように、旧姓やペンネームや芸名でお仕事をしている人もいる。ギャラをもらう人が戸籍上の人ということも折り込み済みなのだろうかと、頭をかしげながら書類を作成する。
個人を特定するのに「マイナンバー」が有効なら、結婚後の名字選択など不思議な議論に思える。戸籍名をマイナンバーにしてしまえば、どんな名前でいようとかまわないではないか、という気になるのだが。

2016年4月24日日曜日

歴史

同居人の行っている別の学校のひとつは、やはり小さな学校である。こちらも事務員がひとりでさまざまな業務を切り盛りしている。
数年前までは、けっこう貫禄のある「おばさま」だったそうである。ずいぶんと長い間勤務されていて、学校の「昔」のことをよく知っていたそうだ。
こういう事務員の場合、「以前はこうだった」という前例で作業が進むことが多い。だから、新参の講師だと勝手が分からなかったりする。こんな場合は、事務員と仲良くなるのが手っ取り早い。同居人はたいてい「甘いもの」を手土産に何回か持っていく。こういうことはやけに「気が利く」質である。

2016年4月23日土曜日

事務方

新学期の間際になると、何種類かの事務書類が送られてくる。勤務校といわず、たいがいの学校的な組織であれば、「教える」セクションと、「事務方」のセクションは、別に組織されていて動くことが多い。大きな学校であれば、それぞれに関わる人数が多くなり、担当業務ごとにまた細分化された部署があったりする。大きな学校であればあるほど、組織は細分化され、縦割りされるようになる。
昨年もこういった「縦割りな困った」ことを書いたが、その一方、小さな学校では、業務も多くはないのかもしれないが、雑多な作業をこなすことになる。講師のサポートをしながら、会計処理をして、発注したテキストの数を確認して、先生のお昼の弁当を発注する。大きな組織と違うところは、なんでも質問すれば即座に答えが出てくるところだ。名簿、去年の備品の修理状況、昨年の卒業生の進路、先生の連絡先、どんなことでもまずその事務員に聞いてみることになる。
コンピューターがさまざまな現場で導入されると、どうしてもそちらのスキルも要求される。それに絡んで、作成書類も増えることになる。15年前と比べると作業量がかなり増えた。一生懸命に対応しすぎて、事務員が「壊れた」ことがあった。小さな学校で、ほぼ一人で切り盛りしていた。サポートのバイトはいたのだが、重要な作業はやっていない。ある日突然「しばらく休みます」状態になったそうである。
しばらくは大変だったそうだが、数ヶ月後に事務員は復帰した。

2016年4月14日木曜日

手段

学生時代にヨーロッパでバックパッカー旅行というのをやった。日本で買っていくのは、ユーレイルユースパスである。ヨーロッパに入ってしまうと買えない。若造向けに1等は使えない、特急や特別列車は別料金、というのが当時のルールだった。だから鈍行でロンドンからギリシャまで行った。トーマスクックの時刻表をにらみ、列車の時刻と行き先をにらみ、途中下車の計画を立てる。ところが現地に行けば、日本のように時刻通りに列車は来ない。相席になった人に誘われて途中下車してしまう。旅は予定通りにはいかないもので、でもそれなりに楽しく2ヶ月ほど列車であちこちをまわった。

列車が旅の目的ではなくて手段になってしまうと、結局途中の駅は素通りになる。熱狂的な新幹線誘致の看板を見ていると、何かちょっと違う気がしてしまう。 

2016年4月13日水曜日

誘致

あちらで立ち寄った諫早駅は、小さな地方都市の典型のような可愛い駅舎だった。改札口からホームが見える、東京圏内に住んでいるともう見かけなくなった佇まいだ。駅の横には大きな大段幕があって、「長崎新幹線で地域を活性化!」といった勇ましいスローガンが踊っていた。
人口は14万弱、東京で言えばちょっと多摩地区の小さめの市くらい、という規模だ。在住している市と同等くらいなのだが、こちらは現在都営地下鉄絶賛誘致中である。

鉄道が市の中心になり活性化する、という考え方は同じなのだが、果たしてそうなのだろうかというのが、先日の北海道新幹線だ。開業当初は物珍しさもあって賑わうのだろうが、果たしてそれがいつまで続くのだろう。同居人は毎年1回札幌で仕事があるのだが、北海道新幹線の計画を知ると、開通したら新幹線で行こうかな、と言っていた。開通した現状では、結局札幌で仕事なのだから、直通で札幌に行けなければ飛行機でなければ不便、なのだそうだ。 

2016年4月12日火曜日

移管

関東から九州くらいだと、新幹線か飛行機で移動する感じになる。先日は北海道新幹線の開通がニュースになっていた。
列車で移動することが目的ではなくて手段になっているのだろう。開通と同時に寝台列車や長距離列車が廃止、旅もせっかちになったものである。もっと困るのは青春18きっぷが使えなくなる区間が出てくることだそうだ。新幹線開通と同時に在来線が第三セクター運営になると、そこは「JR」ではなくなってしまう。微妙な「移管」である。
先日向かったのは博多。飛行場が街中にあって、博多駅もすぐそこ。こうなると飛行機か新幹線か、というチョイスである。東京からのぞみに乗るのと、飛行機の待ち時間を考えれば、どちらが「早い」か、という距離感だ。結局飛行機に乗ったのは、早期予約割引チケット、というのがあったからだ。新幹線のほぼ半額である。

時は金なり、なのだが、ちょっとサビシイ。 

2016年4月11日月曜日

時刻表

しばらく所用があって、博多長崎方面に出向いていた。関東に住んでおり、親類縁者も近しい人がいないと、関東以外の地域は旅行でしか出向かない。遠くて移動の旅費が高いとなおさらモチベーションが必要になる。どちらかと言えば「出不精」なので、機会がなくては出向けない。損な性分だとは思うのだが。
同居人はいたって腰の軽い人なので、どんな旅行でも支度は前日1時間でほいほいと出かけてしまう。こういうのを旅慣れている、というのだろう。中学時代は、「鉄道クラブ」だったそうである。時刻表とにらめっこして鉄道旅行の計画を立てて、長期休暇中に先生と旅行、である。「点と線」という小説があるが、停車時刻と乗り継ぎ発車時刻を比べて、駅構内の地図を探して、などという「計算」をして計画を立てたそうだ。時代である。

いまやスマホで「乗り換え案内」なので、該当の電車の乗車駅と降車駅しか分からない。途中がない、という典型的な今時のスタイルである。 

2016年4月2日土曜日

時代

この手の資料整理は、いろいろな人の目が重なると、いろいろな見方や読み方が出てくる。正解が見つかることもあれば、なんじゃこりゃというものも、他の人にとっての貴重な資料であったりもする。今回の複写はデジタルデータなので、例えば資料画像の整理、提供や閲覧は、20年前と比較すると格段に楽チンである。資料の文面のフランス語を読んでもらうために、遠隔地の知人にデータを送って読んでもらう、などという芸当ができるわけだ。
結局複写の点数は1800弱、その他にあったフィルムやデータを整理したのが700ほどになった。
これまたデジタル時代のありがたいことは、整理したデータを速攻で担当者に送れることだ。点数が多いので添付ファイル、というわけにはいかないから、今やオンラインストレージで共有である。
フォルムで作業していた時代は、ラボからバイク便でポジフィルムだけ送ったり、誰かにクーリエよろしく運んでもらったりした。デジタルで作業することになって、数点なら添付ファイル、そこそこならデータ送信サービス、大量ならディスクをバイク便、という作戦になった。添付ファイルなら相手のメールサーバーの容量、データ送信サービスなら相手のPCの空き容量を気にしなくてはならなかった。オンラインストレージなら、どこでもデータが見られるし、スマホやタブレットでも通信環境さえあれば確認できる。

便利な時代ではある。 

2016年3月12日土曜日

サイダー

もともとは、20年ほど前から資料整理が始まっていたのだが、昨年度から一気に再整理をすることになったようで、全部の資料を開いて詳細なリストを作り始めた。当時と今では何が違うかといえば、資料整理にあたってインターネットで情報が探せることである。
地名や、劇場名、演目や出演俳優、イベントのタイトルなどは、とりあえずグーグルさんで探してみる。当時では想像もつかないほど、多くの情報を探せる。劇場のチケットには日付と劇場名、座席指定しか入っていない。しかしグーグルさんで、当日どんな芝居を、どんな場所の席から鑑賞していたのか、ざっくり判明してしまう。びっくりである。
一方で、オンラインの翻訳ツールやサイトは、フランス語ではあまり役に立たないことも発見した。電子書籍の辞書も、英語以外はあまり適切なのがなく、結局大きな辞書を抱え込んで券面を読むことになった。複写に来たはずが、半分以上の日程が「資料整理」になってしまった。
ところがこれが、当時の風俗や文化もわかってなかなか面白い。違う世界を知る、というよりは、他人の生活の覗き見のような資料でもある。いつどこに行き、何を見て何を買ったのか、わかるわけで、船旅の途中でやけにサイダーの注文が多かったりする。連日のように「レモネード」と「サイダー」のレシートがある。サイダー好きな画家である。

思わず自宅のテーブルの上のレシートの品名を思い出し、帰ったら捨てなくちゃと考えた。 

2016年3月11日金曜日

整理

最初は700点、ということだったので、足掛け10日くらいの作業かなあと思っていた。
資料の箱の蓋を開けてびっくり、700というのは件数だった。つまり同類な資料は「1件」とカウントされていた。例えば、「メトロのチケット」などという「件名」で、14枚の切符があった。加えて「表と裏」という撮影が発生した。例えばチラシの類である。
撮影を始めて「同類の14枚の切符」でいいのかな、という話になった。資料リスト上では個別の識別番号がなく、撮影しても区別がつかないのではという話になった。急遽、資料整理に突入。個別の識別番号を確認、なければ振り直し、リストアップ、という作業を始めることになった。
始めてみたら、こっちの方がすごかった。例えば、件名「劇場のチケット」である。袋の中には数十枚のチケットが入っている。開けてみたら、席の番号や日付が入っており、現物資料上では「個別に識別可能」、そこで識別番号を振り、券面を読み取ってリストにする。

それがなかなか微に入り細に入りな作業で、面白くて止まらない。文面はほとんどがフランス語なので、大きな辞書を抱え込んで資料を読む。デパートの領収書が「赤ん坊用のおしめ」「女性用下着」だったりする。うーむ。これが資料というものなのか。大きな数字が印刷してある切符は「馬券」、賭け方によって微妙にデザインが違う。パドックの入場料は女性は半額。劇場やキャパレーのチケットもあって、留学よりは遊学なのか、よく遊んでいるのがびっくりである。ありあまるエネルギーである。 

2016年3月10日木曜日

複写

年末年始年度末のエキストラの作業は、美術館に寄贈されていた資料の複写だった。
1926年から28年ごろをパリで過ごしていた日本人画家の収集物で、図書館学で言えば「エフェメラ」と分類されるのかもしれない。担当学芸員が曰く、「目の前を通り過ぎた紙を全て掴んで帰国した」ようである。帰国したのが1929年、戦争を経て、家事や引越しにも遭遇せず、そのまま箱詰めされたような資料である。ヨーロッパへ行く船の中のメニューや、現地の交通機関や美術館のチケット、旅行の切符、くらいは、普通の人なら持って帰るかもしれないが、生活費の領収書、絵の具やさんのカタログ、デパートの包装紙や商品案内、書店の新刊案内、キャバレーのグラビアパンフレット、ホテルカード、ハイヤーの予約票、レストランの爪楊枝、絵葉書、新聞、などなどである。

ともかく数があるので、複写して資料整理、ということになり、複写を手伝うことになった。 

2016年2月23日火曜日

横並び

横長の画面になったのはなぜか、という議論が出るたびに出てくるのは、「人間の目玉は横に並んでいるので視野は横長」という話である。
油絵のキャンバスで言えば、ポートレート用にF、風景用にP、海を描くのにM、とだんだん横に長くなっていく。人間は縦に長い動物なので、横長の構図では周囲ががら空きになってしまう。だから、撮影するときに、人物以外のスペースに何を入れるか、というのをしつこく注意したりする。特に初心者は人物しか見ていないので、がら空きになったスペースなど見ていないことが多い。主人公以外の「空きスペース」に、犬がいようが猫がいようがヤギがいようが、気づいていない。横位置は人物を含めた環境や状況も伝えるが、縦位置だとそういった情報は排除できる。人物だけを見せたいのであれば、この方が効率的で、ぼろがでにくい。

必要は発明の母なので、そのうち縦位置専門の放送チャンネルや縦位置専用モニターなどが出るのかもしれない。一般的に現状では圧倒的な横位置な業界なので、全世界的全面的にそうなるとは限らないだろうが。 

2016年2月22日月曜日

アスペクト比

動くものを記録し、再生する、というフィルムの発明から百数十年、フィルム送りの機構の制約もあるのだが、基本的に動画のアスペクト比は横位置、途中では変更できない。一方シートフィルムの方は、そういった制約はなく、ポートレートを撮影することも多かったので、縦位置の構図もよく使われた。動画の場合は撮影も再生も同じアスペクト比の画面を使う。
そもそもフィルムのアスペクト比もどうやってそうなったのか、という話もあるかもしれないし、テレビ画面のアスペクト比は誰が決めたんだ、という話もあるかもしれないが、人間どうやら横位置が落ち着いて見ていられる、ということだったのかもしれない。スタンダード、という比率があって、フィルムで言えば16ミリ、テレビで言えばNTSCアナログ放送などは、4:3。今時のハイビジョンテレビは16:9なので、かなり横長である。そもそもそれも、映画館で見るようなワイドな画面、シネスコサイズを志向していたので、という話もあった。少なくとも、その頃は「縦位置」の動画はインスタレーションなどの特殊な上映形態が必要だった。
そういった経緯で、基本的に動画は横位置、再生画面も横位置、だからカメラも編集ソフトも「縦位置」はフォローしない。ところがスマホで撮影したら縦位置、一眼レフでもひょいと持ち替えて縦位置で撮影する学生が出てきた。編集ソフトで作業しようとしてパニックになっていたりする。「先生っ、画面が縦位置になりませんっっ」。そうなのである。ならないのである。

スマホで撮影してスマホで再生する、デジタルサイネージ用に使うという用途なら、縦位置で編集できるソフトというのもぼちぼちと出現してくるのかもしれないが、あくまでもイレギュラーなものである。 

2016年2月21日日曜日

スタンダード

考えてみれば、彼らは、中学高校からスマホを持ち、自撮りしてSNSにアップロード、友達と共有、などというのが日常茶飯事である。スマホで写真を撮影したり、動画を撮影したりするときは、必然的に「縦位置」になる。

携帯電話端末でワンセグ放送が受信できるようになった頃、画面側が90度回転する機種が出てきてびっくりしたことがあった。電車では画面を回転させて、イヤホンをつないで、プロ野球を見ているおじさんがいた。確かに、二つ折りの携帯電話端末で、横長の画面を見るのはちょいと見難いのだろう。必要は発明の母である。

一方、スマホの方は二つ折りではない。写真を撮るなら片手でほいっと持ち上げてそのままボタンを押す。機器がそうなっているので、逆に横位置だと両手を使わなくてはならない。操作は常に縦位置の画面を見るので、どうしてもそこで見やすいものは「縦位置」の構図になる。スマホが彼らの生活で使われる機器の全てになりつつある現在、そこでの使い勝手は彼らの「スタンダード」になっているわけだ。 

2016年2月20日土曜日

縦位置

日本の高校までの教育課程では映像制作というものを教えてはいない。教えている授業があるなら、私学で自由にカリキュラムが組めたり、特別熱心な先生がいたり、ということで、全生徒が学んでいるわけではない。だから、まるっきり初心者に映像制作の基礎を教えることが多い。
私などの世代だと、映画館で映画、テレビで番組を見る、というのが「映像の入り口」である。一方、現在の学生さんだと、子守代わりにテレビ番組やストリーミング配信のアニメ、という世代である。

さて、授業で映像を作るための基本を教えている。カメラと編集ソフトがあれば作れる、というものではなく、ある程度の企画と計画と準備が必要なものを課題にしている。だから、作者が頭の中で考えたことを、アウトプットしていくことになる。撮影の準備としては、どういう構図でどういう絵を撮るか、ということをドローイングするのをノルマにしている。最近気になるのは、縦位置の構図でドローイングする学生が増えてきた、ということだ。 

2016年2月19日金曜日

明確

自分で実際に撮影してみると、無理、と言うことが実感できるのだろうが、たいていの学生さんは実験せずに撮影の計画を立ててしまう。紙の上での試行錯誤も少ない。もやもやとしたアタマの中のイメージが、ビデオカメラを持つことで必ず撮影できると過信しているようだ。

映画やテレビの業界であれば、スタッフの業務分担がかなりはっきりしている。
「真っ暗な闇の中、浜辺で女が歩いている。海を見つめてさみしげな表情で空を見上げると満天の星」。
こんな文章があれば、プロはよってたかって準備を始めてしまう。ロケーションコーディネーター、キャスティングディレクター、照明、撮影、録音、もちろん現場にはヘアメイクや小道具大道具も必要になるかもしれない。1−2名くらいのスタッフではない。十数名、アシスタントや雑用係を含めたり、撮影当日には来ないスタッフもいたりするので、延べ人数にすればもう少し増えることもある。

ただ、プロと作業していると必要なことは「こうしたい」「これはだめ」という意思をはっきり表明しなくてはいけない。ぼーっと立っていて、お膳立てされるまま、という状況はあり得ない。スタッフはどうしたいのかと根掘り葉掘り聞いてくるし、途中経過でチェックを要求される。これもまた制作者のアタマの中のイメージがかなり具体的でなくてはならないわけだ。 

2016年2月18日木曜日

用意

「真っ暗な闇の中、浜辺で女が歩いている。海を見つめてさみしげな表情で空を見上げると満天の星」。

次に考えなくてはならないことは機材である。三脚が必要か、移動撮影するならドリーかトラックレールが必要か。いやいや砂浜の上でそれはないから、ステディカム+オペレーターという作戦か。
もちろん真夜中に撮影するわけにはいかない。学生さんは夜のシーンを、実際に夜間に撮影していると思っていることが多いようだ。映像は嘘をつくのである。夜中にカメラを回しても、なかなか上手くは撮影できない。もちろん満天の星など一般コンシューマ向けのビデオカメラでは機械的にかなり無理。
いまどきの学生さんは劇映画もテレビドラマも相当お金をかけているものを見ているので、当然撮れるでしょ、と思っているフシがある。いやいや、そんなことはないのである。

実写の映像制作を高校以下でやっていることは少ないが、やっていたとしても「画をつくりこむ」ことにはあまり注力されていない。コンセプトを立てること、技術的には、ビデオカメラと編集ソフトの扱い方、くらいではないかと思う。

夜中にビデオカメラを回して、自分の希望しているイメージになるのかどうか、という想像ができない。それはカメラとソフトが映像をつくっていると考えているからなのだろう。 

2016年2月17日水曜日

材料

「真っ暗な闇の中、浜辺で女が歩いている。海を見つめてさみしげな表情で空を見上げると満天の星」。


まず考えなくてはならないことは「場所」である。浜辺ってどこよ。
撮影したい画面のサイズ、背景に何が欲しいのかによって、場所は選ばれる。九十九里浜なのか、鳥取砂丘なのか、伊豆の白浜海岸なのか、それとも東尋坊か。

次にキャスティングである。年齢、姿形、髪型、衣装一式である。アラフォーが歩くのと、10代の女子が歩くのでは、見え方が全く違う。さみしげな表情に見える面立ちであることも必要だ。

撮影場所とキャスティングで予算がかかることは一目瞭然である。たいていの学生の場合、自宅近くの海岸などで撮影してしまい、狭い砂浜で国道がすぐ横を通っていて、ファミリーレストランが並び、頭上に飛行機ルートがあったりする。さみしい表情がまた別の意味に見えてしまうし、満天の星など明るくて見えない。つい友だちにキャストを頼んで、手持ちの衣装を持って来てもらったら、ユニクロのTシャツとショートパンツだったりする。しかもショートカットだったりするので遠目には「オンナ」なのか「女の子」なのか、もしかしたら「男の子なのかも?」に見えてしまうかも知れない。

2016年2月16日火曜日

意図

通信教育で担当している科目課題のうちひとつは、実写による映像制作のプランニングを立てるものだ。映像制作は、カメラと編集アプリケーションがあれば何となるというものではなくて、むしろカメラを構える前のコンセプト作りや、準備、計画が大切なことが多い。通信教育で、実技授業が難しいこともあって、映像制作の基本的なプランの立て方を学ぶ、という方向で授業を組んでいる。コンセプトをはっきりさせて、企画の意図や目的を明確にし、どのような映像作品にするのかを計画するわけだ。
制作では、具体的な撮影場所や被写体が必要になる。アタマの中にあるイメージを、どうにかして画像として定着させなくてはならないからである。
たいていの学生さんは、ことばからイメージを紡ぎ出す傾向があるようだ。生まれた頃から映像に囲まれて育った世代だと思うのだが、自分のイメージを「映像」として考えることはあまりないのだろう。企画書ではこんな文章が出てくる。
「真っ暗な闇の中、浜辺で女が歩いている。海を見つめてさみしげな表情で空を見上げると満天の星」。

映像で見たことがあまりないので、こういう場面を映像にしたいと思うのだろうか。スタッフになった状態で、これ撮影して、と言われたら、大変なのである。 

2016年2月15日月曜日

間際

今年も2月、通信教育課程の方はそろそろ学期末である。毎年のように同じようなことを書いているので、人間は誰もが同じことを考える傾向があるのか、こちらが成長していないのか、と思うようになってきた。
数年前と違うことは、学生の数が減っているのか、提出される作品のペースが遅い、ということである。世間様の景気をもろにかぶる業界なのである。
通信教育課程を手伝うようになってから10年あまりになる。最初の頃は、通学生とあまり変わらない年齢の学生も多かったが、最近はもう少し年が上、むしろ学習意欲がはっきりしている人が多いような気がする。
それでも「締め切り間際にすべりこみ」するのは、年齢や居住地域に関係ない。そろそろ提出が増えてくる時期にはなっている。私が担当しているのはレポートなどの書類提出だが、一方実技科目というのも同様に締め切りがある。提出されるのは立体や絵画もある。油絵の場合は乾いてから木枠からはずしてキャンバスを丸めて送付、などという作業が出来るのだが、締め切り間際になると「木枠張り込みのまま」しかも「絵の具が乾いていない」、立体だとやっぱり「支持体あるいは接着剤が乾いていない」したがって「送付用段ボール箱で形状が変更されてしまった」というのが配達される。時間が無いとこういうのが増えるので、対応する側は大変そうである。 

2016年2月14日日曜日

嫌い

コメントした教員は、いわゆる「アーティスト」なお仕事をしている人なので、そういう発言になったのかもしれない。私はどちらかと言えば「デザイン」な畑で教育を受けて仕事をしてきていることもあって、「好き」とか「嫌い」という物差しはなるべく使わないようにしてきたからだ。
自分が「好き」な表現であっても、クライアントに受け入れられなければ、それは「チャラ」である。一方で、自分が「嫌い」な表現であっても、クライアントの言うとおりに作業しなくてはならないこともある。仕事を請け負っている側で言えば、折衷ポイントを見つけていくことになる。
「アーティスト」を養成するのであれば、学生が「好き」な表現を追及すれば良いのかもしれない。もっとも、それが世の中に受け入れられるかどうか、という問題はある。ただ、そういう方向を目指すのであれば、先生の「好き」というコメントを学生が必要としているのかどうかは、疑問だが。
そう考えると、授業が「アーティスト養成」なのか、あるいはそうではないのか、という授業の根本が気になってくる。さて、担当科目ではアーティストをつくるための授業、というオファーがあったかしらん。

翻って現在の学生は、繊細なのか神経質なのかかまってちゃんなのか空気読みすぎなのか、こちらの気に入るような作品をつくろうとする傾向もある。「参考作品を見せてください」などと言う学生に、言うとおりに参考作品を見せようものなら、コピーと見まごうようなものをつくってくることがある。なぜこんな作品になったのかと言えば、「高評価が欲しい」。参考作品なら、高評価、だから高得点になる、というわけだ。だから先生が「これが好きでいいよねー」などと言おうものなら、そちらに走ってしまわないか、心配になる。

だから私としては、講評で「好き嫌い」は禁句にしている。

2016年2月13日土曜日

好き

教える側になると、当然のことだが、見ているクラスのことしか見なくなるので、回りは何をする人ぞ、という感覚に陥る。もちろん自分のクラスはほっておいて、隣のクラスに紛れ込むわけにはいかない。小学校と違って、学習指導進行のモデルケースがない。自分の時代を考えると、独学しかなかったので、興味津々である。プリントを配布しているよと言えば、1部くださいと図々しくコピーをもらったりする。独学世代は失敗も多く経験していることもあって、なかなか内容もツボを得ている。
一昨年は1年生の授業で「合同講評」、他のクラスの作品を見ましょう会、というのをやった。他のクラスの作品や講評には参加できないが、まあ片鱗でも覗こう、という趣旨である。こっちの授業ではぱっとしなかった学生が、他の科目では結構良い作品をつくっていたりする。人間誰しも得手不得手があると、こっちも少し安心する。そんなときに、ひとりの専任教員が学生の作品にコメントをしていた。「僕はこの作品が好きですね」。

うーむ。講評で「好き嫌い」を公言するのは、いいのだろうか。 

2016年2月12日金曜日

マネージャー

教える側になると、当然のことだが、見ているクラスのことしか見なくなるので、回りは何をする人ぞ、という感覚に陥る。専門性を要求される授業であれば、それでも構わないと思うのだが、実技授業の基礎教育課程ではそうはいかんだろう、と思うようになった。
1年生の基礎的な実技実習が4科目、学年は4クラスに分けて3週間ごとのローテーションで授業を受ける。最初はこちらも「ばらばら」だったのだが、そのうちに授業準備中にちょいちょいと話すようになった。最初は学生の対応方法リレーだったのだが、そのうち授業内容も少しずつ話すようになった。そのうちに気になったのは、4科目ばらばらではいかんのではないか、ということだった。
授業全体を把握し、それぞれの専門性を理解しつつ、各授業の内容をコントロールする「マネージャー」役が必要なことがあるからだ。下手をすると隣の授業と同じことをしていたり、同じ意味なのに違う用語を使っていたりした。呑気に「それでもいいですよ」などと言う専任教員もいたりするのだが、学生の側から見れば単なる出前授業が散発的に行われていて、連続性も継続性も感じられない。だから、学習の成果が蓄積しない。学生の時間をロスさせているだけなのではないかと思ってしまう。

専攻科目は映像関係なので、教える方はもちろん大学でそんな専攻など無かった時代の人である。設立されて20年あまり、そろそろ結果が社会からフィードバックされてくる頃なのだろうが。 

2016年2月11日木曜日

オーライ

担当している授業では、途中経過を授業では評価の軸の一つにするよ、と明言しているにも関わらず、ときどき「結果オーライ」な学生がいる。授業は欠席がち、回りとのコミュニケーションもよろしくはなく、途中経過の報告もなく、従って途中の指導もほとんどない。しかし、最終講評ではそこそこの作品をバリッと出す、というタイプの学生がいる。
得てして、授業で教えるスキルは既に身につけていることが多いので、学ぶことはない、と思っているのかも知れない。そういう学生も数年に1人ほどいる。何十年か前は、回りは多浪ばかりで海千山千、浪人中に学校の基礎課題もそれなりにこなしちゃったもんねという同級生もいたが、いまは違う。情報過多の時代らしく、技術的なことが先行しているケースが多い。「パリッ」とは見えるのだが、実はねえ、というのが多いのが気になっている。こういう学生ほど、上級生や社会人になってから挫折するケースをよく見てきたからだ。昔神童、と言うことがあるが、ちょうどそんな感じ。

いまから将来を心配してしまうのは杞憂ではあるが。 

2016年2月10日水曜日

経過

実技授業の提出物であるので、もちろん「お題」があり、途中経過報告をして、途中経過指導などが入る。最終的に出来上がった作品は、完璧にノーチェック、というわけではないことが多い。
最終的に提出できた作品が「ひどくまずい」ものであっても、途中経過を見てもらっていれば、「作品がよろしくないので落第」にはならない。再提出でリベンジ、という作戦もあったりする。
実技にあまり自信の無い私のようなタイプの学生は、ともかく途中で何度もしつこく指導をもらう作戦をとるか、実技自信満々の学生と一緒に作業する作戦をとる。門前の小僧、ではないが、周りが見えていると、やれそうな気もしてくる。課題のゴールに正解はないので、自分なりの正解を探す努力は、それなりに必要である。

教える側になって気をつけているのは、最終的に提出された結果としての作品だけを見ない、ということである。お題に対する考え方や、作業の計画、それを実行するプロセスが、あまり方向ハズレでなければ、作品はそこそこのものになってくる。最終的なグレードに影響するのは、作者のモチベーションの維持であったり、作業の工夫や段取りといったところだ。それは「場数」を踏むことで解決することも多い。それは社会人になるまでに、あるいは社会人になって数年で会得できることが多い。 

2016年2月9日火曜日

考え方

閑話休題。実技授業の講評の続きである。
ペーパーテストと違って、さまざまな作品が提出され、並ぶのが、実技授業である。課題によっては「正解」があるのだが、たいていの場合は同じものは二つと並ばない。作品に対して、先生が「講評」と称してコメントするのが、美術学校のスタイルである。
私が学生だった頃は、「良い」のにヒトコト、「よろしくない」のにヒトコト、あとは「その他大勢」なのでノーコメント、だった授業があった。コメントをもらうためには「良い」作品にしなくてはならない、ということである。
複数の教師が担当している授業だと、先生がディスカッションしながら進める、というスタイルもあった。一つの作品に対して、複数の教師がそれぞれにコメントする、といったケースもある。ドンドン脱線したり、時間が押してしまったり、授業が飲み屋に移動したり、ということもあった。面白かったのは、たくさんの「ものの見方」がある、ということである。途中で教師同士が討論を始めることもあった。さて、誰の作品を見ていたんだっけ、という感じである。

最終的に成績はどうあれ、そういった考え方を知ることは、私にとっては面白かった。 

2016年2月8日月曜日

通信簿

普通の一般教育などの学科の場合は、学期末は試験かレポート、採点されて終わりである。
実技授業の場合は、制作、提出、場合によってはクラス全員の作品を並べてみんなで見る「講評」というのがある。制作中はたいてい、隣の人は何する人ぞ、という感じなので、課題によっては開けてびっくり玉手箱状態になる。いやあダイナミックですごいなあと思ったら、あっさり「課題違反」で「再提出」になっていたりする。入試だったら「不合格」だが、通常の課題であればたいてい「再提出」で済む。将来がかかっていない分、お気楽な学生もいる。

私が学生だった当時、最終的に就職先に提出する成績表は、「単位取得」しか明記されないので、再提出だろうが、ぎりぎり「可」だろうが、先方には分からなかった。どんな状態であろうが「取れればオッケー」。ただし落とし穴もある。
たいていの学生は、一般教育科目では、単位が出やすい授業を選択しがちである。一方で、勉強したい「方面」の科目は、単位が取りやすいとは限らない。安全パイ、という考え方で授業を組み、時間割を見ると、「とめどもない」授業科目が並んだりする。専攻とは全く関係ないジャンルが散発的に並ぶことになる。成績表を眺めると、学生の趣味嗜好が分かったりするものだが、学内的には「安全パイ」だが、学外的には「散漫指向」にしか見えなかったりする。 

2016年2月7日日曜日

はおえど

何度も再提出を食らえば、「トラウマ」になったり、「思い出」になったりするものだ。

グラフィックデザインを専攻したので、学習必須なジャンルに「文字」がある。「タイポグラフィ」という授業で、まず最初は「視覚調整」から作業開始である。やっと「文字」になったと思ったら、いわゆる「レタリング」をする。烏口と定規と面相筆の世界である。ヘルベチカという書体で、H/A/O/E/Dを別々に書き、切り離して、それぞれの間が同じボリュームになるように、並べ直す。最初から再提出をくらい、合格した友達と同じ寸法で作図しても再提出だった。なぜだーと叫びながら何度も作図して、提出期限内ぎりぎりで受け取ってもらった。
この授業は、ベーシックな作業が多く、再提出が多い名物授業だった。同じ先生に習った同窓生はたいていこの「ハオエド」という課題で盛り上がる。

コンピュータでデザインをするようになって、烏口も面相筆も使わなくなって久しいが、やはりそれなりにポスターや雑誌を見ると「文字の間隔」が気になる。習い性である。 

2016年2月6日土曜日

知恵

実技の学校だと、実技授業というものがあり、そこでは「課題」というものが出される。その「課題」に対して、学生が作品を制作して提出する。大抵は、学習ジャンルや範囲、制作期間や提出形態など、いろいろな「条件」があらかじめ提示される。
そういった作業を、学生はコツコツと4年間続けるわけだ。
基本的には好きなことを好きなようにやりなさい、ということにはならない。課題ごとのテーマとか、目的とか、学習の目標などが、設定されていたりする。学生の身分で授業をやっていると、設定された目標が見えにくいことがあったり、学生の方で「やりたいこと」があったりする場合は、どうしても「はみ出した」ものを作りがちになる。
ほとんどの先生は、「はみ出した」ものに対しては、「再提出」というハンコを押す。リベンジしてね、というわけだ。「合格」のハンコをもらうまでに何度も作業することになる。

こういったことを4年も続けていれば、学生はそれなりに知恵をつける。得意ではなかったり、嫌いな作業であれば、要領よく過ごしてしまおう、作戦である。数名でチームを組んで共同作業、得意な学生を巻き込んで補完作業。講義ではないので、ノート丸写し、というわけにはいかないが。

2016年1月24日日曜日

自由

いろいろな意味で気合いが入っているのが卒業制作展である。勤務校では会期は3−4日ほど、展示期間中に講評があり、その意味でも学生さんは緊張している。
少なくともお祭り騒ぎをしているわけではなく、真面目に学業の成果を見せるわけだから、受験生には芸術祭よりも卒業制作展を見に来なさい、と言うべきである。
見ている方は気楽なものだから、単純に「作品並んでる−」だけで終わるのかもしれないが、教える側になるともう少し複雑ではある。
ここしばらくの卒業制作展の傾向は、といえば、良くも悪くもアート、ではある。難しいのは、並んでいる作品が、どういった「成果物」なのか、読みにくい、ということかもしれない。
少なくとも、油絵学科で絵画が並んでいたり、彫刻学科で木彫が並んでいたり、建築学科で図面と模型が並んでいたりすれば、学習の成果としては分かりやすい。デザイン学科や文化学科で、どちらかといえばインスタレーションやドローイングが並んでいたりするのが、最近は多いので、これはいったい、どういった「デザイン」なんだろうと、考えてしまうことがある。

私が助手だったずいぶんと前のことだが、となりの学科は、4年で選択したゼミの学習範囲の作品しか提出を認めなかった。舞台設計ゼミなら、並ぶ作品は舞台の図面と立面のドローイング、模型といったのが「作品」である。オペラ、現代演劇、古典劇、シェークスピア、歌舞伎、ミュージカル、といった違いはあるのだが。ある年、学生がゼミの学習範囲ではなく好きなことを自由に制作したい、と言い出してごねたそうだ。舞台設計ではなく、イラストや、インスタレーション、空間造形、油絵や日本画など、舞台設計ゼミでは教えてはいない技術である。担当の先生はうーむ、とうなって黙った後で言ったそうだ。
「学生なんだから、好きなものをつくりたい、という意欲は分かる。それなら、こちらも日頃の学習のプロセスや態度、これまでの学習の成果や成績などとは関係なく、好きなように採点させてもらう」。提出の規定として「学習範囲」なのだから条件外で対象外でも良いよね、あるいは、プロとしてそれなりにシビアにジャッジさせてもらうからね、という暗黙のだめ押しである。

その年にはそういった条件外の提出作品は展示されなかった。 

2016年1月23日土曜日

卒業制作展

先週末は勤務校では卒業制作展だった。
論文で卒業できる学科もあるのだが、実技中心の学科が多いので、実技制作で卒業審査が行われる。学内が「総展覧会場」状態である。
アトリエや教室はもとより、体育館、廊下、階段、中庭、ピロティ、こんなところにというところにまで作品が鎮座ましましている。
外部のお客さんから見れば物珍しく、面白いものだろうが、当事者はいつも大変なのである。
そもそも卒業制作なので、担当教員の指導が必要だが、指導されるためには作品制作のプランが必要である。
もちろん、つくっただけではダメなので、展示をしてなんぼ。まずは「場所取り」である。所属学科研究室の管轄のスペースと、大学事務が管理するスペースは別なので、こちらもたいていは秋ぐらいに「場所取りのスケジュール」が公開される。希望展示場所、そこに展示される作品プランを提出し、競合すれば、管理者と当事者で話し合いながら場所を決めていく。
当然、展示作品だけをもちこんでもダメで、もちろん設置方法や設営も本人のプランに含まれる。作品だけを提出すれば卒業できるわけではなく、展示設営や運営も含めての「制作」になる。
当然、自分だけの作品をやっていてもダメで、同じ場所を共有する他学生との連携も必要になるし、所属学科内での共同展示作業も必要になる。普段使っている教室を展示会場にするので、机や椅子の移動、壁面の建て込み、展示作業、所属学科の展示プログラムやパンフレットの作成、終わればもちろん撤去作業、卒業式までのイベント各種管理運営である。

昔も今も、学生はわがままで自己チューなので、そこをなだめすかして、段取りを教えながら、自らの手は出しすぎずに、適度にお尻をたたくのが、研究室のスタッフの仕事である。 

2016年1月22日金曜日

雪かき

東京では17日の夜から雪が降り、朝方には郊外の自宅の近くはずいぶんと積もっていた。数日経った今日もまだ畑は白く見えるところが多い。
同居人は小学校勤務時代に気にしていたのは、雪と台風、である。小学校が「休校」になるかどうかは、朝の6時くらいの気象警報で決まるので、それを見てから出勤していたら、交通機関の遅延を考えると遅刻になってしまう。近所の児童はそんなこと関係なしに来たりもするので、たとえ休校であっても誰かが職員室に詰めていなくてはならない。雪ならついでに雪かきという肉体労働もセットなので、合羽長靴軍手持参である。こういう時は、たいてい勤務地の近くに宿をとって、自前で前泊である。
講師で行っている保育園は、シフトにあたっていない保育士も総動員で駐車場と周囲の雪かきに精を出していたらしい。送り迎え、子どもが歩くところはすっかり雪をかいてあり、同居人は感動していた。

なぜかというと、帰り道に寄った大手キャリア携帯電話の店舗駐車場は、雪をかいておらず、入れなかったらしい。近所に駐車して店に入ると、担当者が雪のため「お休み」で対応できないと言われたらしい。お客もごった返しておらず、カウンターの中で人待ち顔をしている姉ちゃんがいる一方で、店の周囲の雪はそのままである。「殿様商売」な印象で、早速キャリア変更の計画を立て始めていた。 

2016年1月20日水曜日

現場

結局塾の講師も先日辞める宣言をしてきた。
個人教授ではないので、一人の子どもを丁寧にフォローするシステムにはなってはいない。「先生」としては不完全燃焼になってしまい、フラストレーションがたまる一方だったからだ。
一方で、こういった学習産業というのは、「受験」という目の前にある人参だけを目標にして成立している面がある。それに適応できない子どもは、どこに行っても「落ちこぼれ」扱いされるのが辛かった、らしい。
もっとも、塾というのはそれが目下のセールスポイントで評価の対象になる。いくら落ちこぼれの子どもが出来るようになりました、と言ってもそれは数値として目に見える評価にはならない。

ともあれ、学校現場以外の「教育現場」を見ただけでも「社会勉強」にはなった、ようではある。 

2016年1月19日火曜日

教える

アルバイトの大学生講師は、問題集の答えを教える。、問題の答えを教えることと、考え方を教えることは違う、と同居人は言う。
担当していた子どもの一人は、問題を解くのにとても時間がかかっていたそうだ。大学生の講師にとっては、「とろい」子どもで、「早くやりなさい」と叱咤してしまうケースである。子どもの方は非常に慎重に答えを探していく性格らしい。納得できなければ先に進まない。闇雲に方程式や公式を丸暗記する、というやり方をしないわけだ。
一般的にはそれは「できない子ども」として扱われがちだ。同居人は小学校勤務時代にいろいろな子どもを受け持ってきたわけだから、そういう子どもと話をするのことは慣れている。問題集の進行は遅いかも知れないが、数週間でその子どもは問題集をやってくることが苦にならなくなったらしい。それまではなかなか問題集をやってくることがなく、勉強も「いやいや」だったのだそうだ。

教え方は子どもそれぞれに応じて変える方がいい、と同居人は言う。しかし、アルバイトの大学生ではその方法も知らないし、経験も無いので、自分がたどってきたケースでしか話が出来ない。採用試験から言っても、たいていアルバイトの学生はそもそも「お勉強が出来てテストの点が取れる」というタイプだから「なぜわからないんだ」という禅問答になるのだそうだ。 

2016年1月18日月曜日

合間

ほぼ個人教授、というのが売り文句の塾である。それは、言い得て妙なものらしい。
その塾で教えることは、あらかじめ子どもに渡されている問題集であり、それを答え合わせしながら質問に答える、というスタイルだったらしい。子どもの方は近所とは言え、いろいろな地域や学校から来ているし、使っている教科書も違うので、教える方の「簡便化」「マニュアル化」が図れる、というわけだ。先生の方には「解答集」があるので、それを見ながら答え合わせをすることになる。
ところが、子どもの方は案配良く問題集をやってくるとは限らないし、自分の学校で使っている教科書の進行とは違ったりする。目下の学校で抱いている疑問点は、問題集とは関係なかったりするので、質問しづらい。
先生の方は「担当制」ではないようで、先週とは違う子どもを担当していたりする。子どもの方は欠席、アルバイトの先生の方も都合により欠席だったりして、経営者はシフトに追われている。お昼頃に電話が来て、「今日は子どもが風邪で来ないので出勤しなくて良い」ことになったり、「今日は講師が一人休んだので、もう1コマやってほしい」という連絡だったりする。
そういう状況でも対応できるように「問題集」を使うのだろうが、いきなり初対面の子どもが、どういう性格で何を勉強しようとしているのか分からずに相手をするのは、大変である。

そのために、塾の方では「授業連絡」のような日誌を書くようになっている。ところがこれは休憩5分の間に「授業後の進行状況を報告する」ために、担当した2−3名の子どもそれぞれについてを書き、その上で次のコマで担当する子ども2−3名の「進行状況を確認」するために前任者の報告書を見て頭に入れる。その間にトイレと水分補給などをするというスケジュールである。3倍速で動かなくてはならない。 

2016年1月17日日曜日

ドレスコード

実地演習は、経営者相手に、実際の教授法を見せるもので、こちらの方はよろしかったらしく、早速来週から来てくれと言われたらしい。
行ってみると、ご同僚というのは、リタイアした女性教師の他は、ほとんどが大学生。教える方はドレスコードがあり、「スーツ着用」。青臭い大学生でもスーツを着れば「先生」らしく見えるのでは、という日本人ならではの制服信仰が見え隠れする。当人は小学校勤務時代も背広など着ていかないクチで、むしろ作業着だったりした。あわててネクタイと上着など引っ張り出した。

塾としては4−5コマほどの授業があり、1コマが60分で休憩が5分。まあ最初は慣れないからと、週に1日1コマからお仕事を始めた。 

2016年1月16日土曜日

試験

もとは小学校の先生なのであるから、まあ一番手っ取り早いのは家庭教師か塾の講師かということで、その後に求人情報を探して、応募したのは駅の近くのビルで営業しているグループ指導の塾である。最近はこういう塾が多いらしく、言われてみれば駅の近くには必ず似たような、いくつかのお教室がある。個人教授や家庭教師よりはお月謝はお安く、しかし集団指導ではないので行き届きます、というのが売り文句である。

出かけてみて初めて知ったのは、応募した塾はいわゆる「フランチャイズ」だったことだ。あちこちに同じ名前の塾があるのだが、経営者はそれぞれ違っていて、応募者も「フランチャイズ元」ではなく、ご当地の経営者が面接する。

さて、「採用試験」があるというので出かけていくと、同時に待合にいたのが大学生数名。最初にペーパーテストである。内容はいわゆる高校や大学受験に類するような問題で、同居人には歯が立たなかったそうだ。そりゃそうだろう、高校大学もエスカレーターだったので受験経験はなし、在学もすでに40年も前なので、教科書の内容など現在とは全く違う。こういうペーパーテストのスキルを教えるなら現役に年齢的に近い方がベターだろう。試験結果はさんざんだったそうだが、翌日は実地演習試験、というので出かけていった。 

2016年1月15日金曜日

パック

食品産業も「ブラック」とよく言われる職場のひとつではある。きつい労働によって、我々の消費生活は賄われている。

きつい作業ではあったが、いい社会勉強であると前向きに考えることにした。その後もいくつか単発のアルバイトなどしていた。どんなきつい仕事を請け負っても、コレに比べれば何のことはないと考えられるようになっただけでも良かったかもしれない。
ただ、やはりスーパーに買い物に行って、総菜売り場を通りかかると、ついパックの「製造元」の会社名を確認してしまうようになった。

総菜も、血と汗と涙の結晶である。

2016年1月14日木曜日

不振

同居人は、翌年春のクルージングの予定を立てたので、取り急ぎそのご予算に見合う現金を稼がねばならない。誰でも出来るお仕事、というのはあるのだが、あまりペイはよろしくない。手っ取り早く稼ぐには、人の働いていない時間に働くことである。同じ仕事でも、深夜労働の方が賃金が高い。

…ということで、次に挑んだのは、食品関係。「食いしんぼ」の考えそうなことである。年末年始ぶっ通し、早朝出勤、8時間労働、2週間の短期雇用、という条件である。仕事は、大手スーパーの総菜売り場に並ぶ食品作業である。ここのところ、新年と言えども、文字通り年中無休、あるいはお休みは元日だけ、というスーパーも多い。普通の社員やパートの働き手が年末年始の休暇をとる間のピンチヒッターという触れ込みである。厨房、という名前の「工場」に、出社が7時前、全身白衣で白長靴を着込み、出来上がった総菜のパック詰めがお仕事である。
…これが泣きそうなほど大変だったらしい。立ちっぱなしの作業、食品を扱うので室内は低温で寒い。流れ作業なので、トイレ休憩はない、あるいは行きづらい雰囲気、昼食もそこそこに夕方までまた作業。
初日は本当に帰宅するなり食事もそこそこに布団に直行、翌日は「行きたくないよ」と不登校児童のように泣きながら出勤した。ようやく2週間の勤務期間が終わると、使った白衣の洗濯とアイロンがけをして、給料を取りに行った。

働いて食欲不振など、食いしんぼな同居人には考えられないことであった。 

2016年1月13日水曜日

一石

同居人が定職を退職したのが数年前、「月給取り」ではなくなったわけだから、黙っていても預金に定額が振り込まれなくなった。人間働かなくては現金は手に入らない。というわけで、まだ体力も目下の預金残高も余裕がある時期に、いろいろな仕事をしてみようと思った、らしい。ついては、翌年春にクルージングの予定を立て、そのご予算に見合うだけの小遣い稼ぎをしようと考えた、らしい。いくつかの求人情報を見ては、履歴書を作成して面接に出かけていった。

まず最初にやったことは、運動不足解消の「ポスティング」である。小遣い稼ぎと体力作りと一石二鳥と考えた、らしい。不動産会社のちらしなどを、郵便受けに直接、投函して歩くのである。居住地域でやるにはあまりにも目立つので、隣の駅のいくつかのご町内をご希望、何度か出かけていった。
ご家庭としてはあまり喜んで受け取るトコロは少ないので、「チラシお断り」などという郵便受けもある。マンションなどでは、配布しているのが目立つし、犬に吠えられるし、いつもお散歩日和とは限らないしで、お散歩以上の「やりがい」があまり感じられなかったらしい。ある日、出かけていった当日が東日本大震災で、ポスティング中に地震に遭遇、隣の駅というのに帰宅に何時間もかかり、それ以来やめてしまった。

まあそれなりに三日坊主ではある。 

2016年1月12日火曜日

確保

どんなお仕事であれ、やってみなくては分からないことがたくさんある。若い頃はどんな無理なことでも乗り切れる、と思ってしまうところがあり、回りに無謀、と言われても、そんな業界に入っていくこともある。

勤務校でやっている授業が「映像」関係なので、当然のようにそういった嗜好の学生が集まってくる。ゲーム業界はもとより、アニメ、映画、テレビ局、映像アーティスト、などというのが代表的な「憧れの職業」である。業界では「即戦力」が好まれるので、そういった方向を目指す若者は、専門学校を目指すことになる。
特にこの業界は、ずいぶんと以前から「下請け」な体質である。お仕事の量は大量、作業期間が短く、テレビシリーズなどになると、とても予算が小さくなる。当然のようにしわ寄せは下請けの人件費に影響する。例えば、ここ10年ほどは、アニメーションもデジタルな作業になった。だから、作業はデータのやりとりで済むようになった。日本国内の人件費では賄えなくなって、外国への下請けも行われるようになった。ただし、国内同様のクオリティが担保されるとは限らないので、外注したが納品後国内で再調整が必要になるケースもある。だから国内の作業員もある程度の数は確保されているのだが、作業としてはかなり大変なので、「入れ替わり」が激しい。だからこそ、毎年一定数の「求人」がかかる。

「夢の世界」は、血と汗と涙でつくられている。

2016年1月11日月曜日

業界

もちろん好きなことだから、数年は「若い」がゆえの体力と根性で乗り切ることができる。会社側としてはこうやって若い人を淘汰していくことで業績を伸ばしているという側面もある。

ファミコン世代以降の学生は「ゲーム業界志望」というのが多かった。自分が身近で楽しんだ世界なので、作り手に回りたいと思うのだろう。当時のゲームメーカーは、毎年多くの学生を新卒で雇用していた。油絵や彫刻などはもとより、一般文系や理系、デザインやプログラミングなどとは全く関係のないジャンルの学生も雇用されていた。
とあるメーカーに就職した卒業生である。家庭用ゲームだけではなく、アーケードゲームなども作っていたメーカーに就職した。最初の仕事はどの新入社員も「外回り営業」である。そこである程度の実績ができると次のステップへの権利が得られる。新しいゲームの企画である。採用されたら、市販化するための企画として採用される。営業をしながら、週に10本企画を提出、数ヶ月以内に採用されなければならない。企画が採用されれば、晴れて「制作側」である。採用されなければ、永久外回り営業である。採用されるのは、年に何本か、ということだった。作りたいと入ったのだから、作れなければ、会社にいる意味を見いだせない。採用されないことが見えてくると、いまどきの人は、意外とさっさと辞めてしまう。メーカーは翌年、新たな社員を雇用する、というサイクルである。
辞めたときには、既に「新卒」ではないので、就職したければ、中途採用してくれる企業を探すことになる。ゲーム業界では「若さが命」のようなところがあり、中途採用はそれなりの経験やキャリアがなければ難しい。外回り営業だけではキャリアにはならない。
そうやって、2カ所目は、全く異なった業種や職種で飯を食う、ということになる。

私などの世代は「喫茶店のマスター」が定番だった。田舎に帰って家業を継ぐ、という友人もいた。いまどきの人はどうかというと、数年前に卒業した知人の娘は、油絵学科卒業大手ゲーム会社就職翌年退職現在ホームヘルパー。20代半ば過ぎ、早くも人生経験豊富である。 

2016年1月10日日曜日

戦う

ブラック企業、ブラックバイトというのが、メディアで目についた2015年だった。社員を使い倒して放り出す、というのは、普通の社会ではあまり考えられないことなのだろうが、デザインや映像の現場では以前から聞くことがあった。好きなことを仕事にすることは、ある意味で幸せなことなのだろうが。

私が大学で助手をしていた頃は、バブルな時期でもあった。仕事はモーレツだったがペイはいい、という職種や業種もあった。
学生がよくあこがれていたテレビ業界の話である。
ポストプロダクション、というテレビ番組制作下請けの現場である。月曜日の朝、ボストンバッグを持って仕事場に行き、土曜日の深夜にバッグを持って自宅に帰る。日曜日にバッグの中身をコインランドリーで洗濯乾燥して、月曜日にその中身を詰めて仕事場に行くのである。職場には「仮眠室」があり、蚕棚のように2段ベッドが並んでいる。月間残業時間累計は、通常勤務時間を遙かに超える。ずいぶん以前のコマーシャルのコピーに「24時間戦えますか」というのがあった。もちろん「戦います!」な状態である。ペイはよかったが、金を使う暇がない。若い人がそれを貯めるか、といえばそんなことはなく、若造のくせに、ブランドバッグやファッション、ホステスが侍るような高級クラブにブランデーのボトルキープなど、妙な無駄遣いに走る。食事に行く暇がないから、高カロリー高脂肪の店屋物か、若い人のことで毎日ラーメン屋通いである。そんな働き方なので、数年で体を壊す。「しばらく休みます」な職場ではないので、当然のように代替社員を探す。お休み社員に給与を払う余裕はないから、辞めてゆっくり養生した方が、と人事担当者からはそれとなく言われる。医者からはしばらく休養、モーレツな仕事は辞めなさい、などと言われている。休職できそうな雰囲気ではないので、辞表を出す。若いから退職金は雀の涙、ちょっと休養して医者通いしたり入院したりしたら、たちまち貯金は底をつく。

すべてがそういった現場ではないし、ある程度の経験で少しずつ働き方が変わる会社もある。こうやって会社を渡り歩きながら、少しずつステップアップしたり、起業したりする人もいた。全員、ではないのだが。 

2016年1月9日土曜日

ファン

さて、現在は、自分の家ではなく、著名人や文士の墓を探して参ることが、ある種のブームらしい。そのようにして歩く人を、「墓マイラー」というのだそうだ。
東京の街歩きを授業でやっているので、数年に1件ほど、墓関係のコンテンツを考えつく学生がいる。ただし、たいていの場合は元文学少年や少女である。

勤務校の近くには玉川上水がある。玉川上水と言えば、太宰の心中。現場は、もう少し下流、である。私の学生の頃は水を通していなかったので、ずいぶんと深い「谷」だったのだが、当時は水量もあっただろうし、流れもそれなりにあったのだろう。太宰の命日、桜桃忌の頃には、三鷹のお寺に参るファンが多い。
以前受け持っていた学生も太宰好きだった。授業ネタにしようと、写真を持って来た。「太宰の墓なんです。見つけました!」と勢い込んでいる。ファンならばたいてい知っている場所だし、秘密の場所でもないので、見つけるのはあまり苦労しないはずだ。ただ、学生にとって墓参りというのはあまりしたことがないらしく、墓地そのものも面白かったようだ。彼女の写真を見ると、太宰の墓以外の墓石もいくつかある。「面白いでしょう」、と本人はいたく得意である。「昔の人の墓はナントカ家ではなく、個人名なんですねえ」。まあそういうのも、ある。「面白い名字もありましたー。ほらこれ、しんりん、たろう、の墓。しんりんさん、て名前、聞いたことないですー」。

…彼女は「太宰だけファン」であったようだ。 

2016年1月8日金曜日

公園

一方、同居人の墓所は名古屋である。同居人の母親が名古屋の人である。
義母の家は尾張藩の藩士だったそうだ。お役目は「台所」方面、お城に納品する食材の調達係である。同居人の食い意地が張っているのは、血筋である。
明治になってからは、武士の商法で、映画館を作ったり、豆腐屋をやっていたりしたそうだ。商売はうまくいかず、結局同居人の祖父の死去で名古屋の家はたたんだそうだ。義母の生家だったところは、今はテレビ局が建っている。
名古屋は戦争で市内を焼かれた。そのため、市街地は計画的に作り直された。作り直すにあたって、「墓地」は郊外に集団移転した。東山動物園の近く、平和公園というネーミングである。広大な丘陵地が更地にされ、墓石だけが並んでいる。壮観である。宗派ごとにエリアが分けられ、そのエリアでお寺ごとにまたエリアが分けられる。丘陵地なので、段々畑のように墓石だけが並ぶ。墓所は砂利が敷き詰められ、雑草すら生えていない。夏は照り返しがきつく、日陰になるような木もない。冬は吹きっさらしで、風よけになるような植え込みも東屋も少ない。

今はもう名古屋に親戚もいない。檀家になっているお寺も、現住職には跡取りがおらず、次の住職は全く知らない人が来るらしい。しばらくうちに、こちらは引っ越しすることになるかもしれない。 

2016年1月7日木曜日

こころ

染井は古い墓地なので、いろいろな墓石があって、それを眺めて歩く。
海軍大将とか、勲一等とか、いろいろな肩書きのついた墓石がある。ヨーロッパ風に、「家」みたいなものも数件ある。外人墓地もあって、変わったかたちの石もある。真新しい墓石は、今の流行なのか小さなもので、「心」などと一文字彫ってあったりする。個人的には赤塚不二夫のキャラクター、「ココロの親分」を連想してしまうので、ビミョーな感じもするが。

墓地の片隅に空き地があり、ベンチが置いてある。そちらから、今日は小さな子供たちの声がした。行ってみると、近所の保育園の子供と保育士が鬼ごっこをしていた。 

2016年1月6日水曜日

染井墓地の入り口には花屋がある。
染井にはいくつかの入り口があり、そこにそれぞれ花屋が構えている。墓所には「かかりつけ」の花屋があって、たぶんずっと、最初から、お掃除などをお願いしている。
私が通うようになった頃は、先代のお母さんが店番だった。亡くなった旦那さんは詩人で、サトウハチローに師事していて、待合に詩集がたくさんあった。お母さんは明治大正の人で、常に和服で、鬢を大きく膨らませた結髪だった。
お母さんがだいぶお年を召して、立ち居ぶるまいが少し不自由になっても、店の奥にちんまりと座っていた。
今は代替わりしてお嬢さんだった人が、店を切り盛りしている。今のお母さんである。その息子もずいぶん大きくなって、店を手伝っている。

40年以上通っているが、花屋の佇まいも内装も、全く変わらない。中の人が少しずつ代替わりしていって、時が変わっていくのがわかるだけだ。 

2016年1月5日火曜日

墓と言えば、である。
祖父母に連れ歩いてもらっていたこともあり、墓参りは苦にならないタイプである。たいていは、墓参りの後の余録、どこかに寄ったりすることの方が楽しかったりした、ということもある。
祖父母の家の墓は染井の都営墓地である。明治の頃に墓地を開設されてすぐに借りていたらしい。借りた当時の図面が残っていて、100坪超と自宅の地所より広い。昭和の初期に親戚に分けたりなどして、私が通うようになってからはほぼ半分以下になっていた。それでも30坪くらいはあり、大きな桜の木が2本あった。地名に由来するソメイヨシノである。遠くからも見えるほど大きなきだったが、ソメイヨシノは短命な樹木である。大きな枝が折れ、根で墓石が傾き始め、ある年台風でかなり痛んでしまった。桜の木を「始末」せざるを得ず、まあよい機会なので、と墓石を整理してひとつにまとめ、数坪の地所にした。

祖母の納骨はカトリックだったので神父さんに来てもらった。豪放磊落な神父さんで、祖母がいたく「ファン」だった。学生時代は授業に行かずに映画館に入り浸りだったことや、はす向かいに二葉亭四迷の墓があって四迷の話を、待ち時間にしてくれたことを思い出す。