ラベル 授業 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 授業 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年1月18日水曜日

年度末

ここしばらく、と言っても、トシのせいか、数年が十数年というスパンに近くなるのだが。

大学の入学選考試験のバリエーションがやたら多くなった。入学試験の科目選択から始まって、センター入試利用、学校推薦、自主推薦、AO入試、適性資格推薦だのともろもろ。何が選考の基準になるのか、はたから見ると分かりにくい。しばらく前から、実技試験を経て入学に至らず、「絵を描くのは苦手ですう」「美術は不得意ですう」という学生が出現するようになった。「描くことは下手だが、美術好きなので、描くことはやぶさかではなく、上手くなるためにはがんばりたい」と言うのならまだしも、「苦手なので出来れば絵は描きたくない」のがなぜか多い。世間一般で言う、「美術学校」のスタンダードは、今や昔、である。美術学校の卒業生だからといって、絵が描けるとは言えない。さらにこれに留学生試験が加わるので、入学試験は5−6種類にもなる。選考側としては、共通の合格基準があり、よく言えば「多様性」があるわけだ。

おかげで、新入生の実技授業は、学科試験だけで合格した実技超初心者を相手に始めざるを得ない。もちろん、ある程度のスキルのある学生も入ってくるので、こちらにとっては超初心者向けの講座は、当然、面白くはない。今の学生にとっては「タイパ」は重要なので、「復習」とか、違う視点での学習の再構成、といったものは、「無駄」にしか見えない。

こういったことを考えながら、年度末の3月いっぱい、新年度の授業についてあれこれ悩むことになる。

2022年4月3日日曜日

プロセス

 美術館では、ワークショップという教育普及活動の写真記録を手伝っている。広報として使うこともあり、講座の工程を踏まえながら活動の様子をドキュメントとしてまとめている。ある講師は、工程を見せないで欲しい、と通達があった。作業工程はオリジナルであり、公開することによって同様の工程で制作される恐れがある、ということだった。まあそれも、わからなくはないが、同じ課題、同じ工程でも、指導教員によって、最終的なアウトプットはかなり違ってくるものである。

R.マリー・シェーファーという人の本に「サウンド・エデュケーション」というのがあり、いわゆる「音系」のワークショップネタが並んでいる。出版された後の数年は、あちこちでこのネタやプロセスを使った講座やワークショップが行われていた。今もその手の活動で、マリー・シェーファーという名前が表には出ないにせよ、ネタを使っていることがある。温故知新、ぐるっとまわって、若い人には新鮮なのかもしれない。

2022年4月2日土曜日

夏休みの宿題

 課題として制作されたのであれば、そもそも作品のコンセプトが「課題」であり、純粋に自主的な作品ではない。そこまで目くじら立てるのはナンだなあ、と思ったことがある。

美術館で夏休みに行っているワークショップという教育普及活動がある。子どものコースで制作された作品が、「夏休みの自由制作」として提出されていたことがあった。自主制作なのに、同じコンセプト、似たようなスタイルとタイトルの作品が複数出てきて、学級担任が疑問に思ったらしい。制作のコンセプトとプロセスは、美術館が用意したので、全部が子どもの「自主」ではないからだ。

こういったことは、ビミョーな部分も多くて、どうすべき、とは正解が出ないものかもしれない。

2022年4月1日金曜日

公開

 義務教育の現場はこういった様相で、どちらかといえばオープンな感じだった。わからん、うまくいかん、などとつぶやこうものなら、「教えたがり」が多いこともあって、いろいろと教えてもらえることが多かった。逆に言えば、教育現場は著作権については、少し「ゆるい」印象がある。授業内で見せているさまざまな作家の作品はもとより、出来上がった生徒の作品などなど、今日ではいろいろなかたちで発信されている。

以前関わっていた専門学校で、授業内で制作された課題作品が、学校案内に無断で使われた、学生氏名が記載されており個人情報保護法違反ではないか、と訴訟騒ぎになりかけたことがあった。以降、入学前の書類審査のための提出書類の中に、課題作品の著作権と使用権についての条項が盛り込まれた。作品のオリジナルは学校が所有する。著作権は学生が持つが、作品の使用公開権は学校が持つ、というものだ。つまり、学生に著作権はあるが、作品を個人では公開できない。がっつり文書になって、署名捺印の上、入学時に提出することになった。

2022年3月31日木曜日

免状

 私は教員免許を持っていない。「教えること」について、学問として系統立てて学んだことはない。大学では、専門領域を教えるということで、教員免許は必須ではない。だから、大学の授業は、どうしても、経験値から始めることになった。

10年ほど前まで、同居人は小学校の教員だったので、こちらのご専門は「教える内容」そのものではなく、「教えること」、である。文科省で指定されている学習の内容や目的があり、教科書があり、それを使って教えるノウハウを、教員間でいろいろと情報交換していた。授業公開や科目ごとの教科研修会、雑誌などもあったりした。実践研究とか、実践報告会などというものがあり、門外漢の私はびっくりした。

そこで得られたノウハウは、ご自身の授業内で行われるのだろうが、授業内で何をやっているのか、どのように行われたのか、わからない。授業はすべからく記録されているものでもなく、公開されているものではないからだ。結果としての「授業の成果」が客観的に見えないこともある。

2022年3月28日月曜日

年度末

 通信教育課程での課題締め切りは、2月末日である。

通学課程だと、やたら小刻みに課題の締め切りがあったりするのだが、通信教育では「スケジュールは自分で管理」が原則なので、締め切りが2月末だけ、あとは好きなときに提出してね、という状態で、各自学習が進められていく。

提出した作品の採点評価、という作業があるので、もちろん、提出は合格とイコールではない。提出がまばらな時期であれば、提出して数日後に採点評価して返送、という流れになるのだが、担当している科目では、受講生がそこそこな人数なこともあり、2月末になるに従って、毎日10本近い提出が来るようになる。私のペースでは明らかにオーバースペックな数なので、締め切り間際に提出しても、返却は2週間以上はかかってしまう。申し訳ない。

締め切り間際になると、ぼちぼち「速達」で発送されているのが多くなる。もっと間際になると、宅急便である。通常であれば第四種郵便で15円、間際で滑り込みを狙うと、送料がかかるものである。

2021年12月25日土曜日

提出物

 一方、元気なのは通信教育課程である。

ここ1年半ほどは提出も多く、また課題の進行も早い。「おうち時間」が増えているせいもあるのだろう。反面、スクーリングなどの面接授業やテストなどはやりにくくなったようである。例年数十人のクラスで行っていたものが、参加応募者が数名、と「参加自粛」な学生が多くなったらしく、試行錯誤も含めてあれこれやっているようだ。昨年度は、卒業制作展示の自粛とか、講評会の中止もあり、通信教育であっても、全面「おうち時間増加オッケー」にはならないものである。

担当している授業は、テストなし、面接授業なしといった課題進行をしているので、単に提出物が増えるというよりも、例年だと締め切り間際にどーーーーっとやってくる提出物が、コンスタントに来るようになっており、まあ良い方向でもあるかしら。

今日も赤ペン先生業務である。

2021年12月24日金曜日

ぼちぼち。

さて、ぼちぼち年末である。

昨年来コロナのおかげでバタバタと過ごすことになってしまった。大変である。

1年もたてば、元通り、などと考えていた頃が懐かしいくらいだ。昨年の夏頃は、第二波あるかもなどと笑っていたが、気がつけば新種の変異株、第六波はどうか、という話題である。このまま永遠に変異株がやってきて、また波が続くのかと懸念している。

昨年度は4月から休校措置が取られ、授業は夏休み前後に再開、担当している授業は実習なので対面が前提、夏休み返上で授業した。今年度は休校はなかったものの、講義科目はオンラインが前提。実習授業が行われたものの、夏休み最終週に学内が全面入構禁止、全科目オンラインで開講、と至上命令がやってきた。えええええ、である。実習をそのままオンラインにするのは、内容上ムリ。課題の改変、授業進行の調整、配布資料などの再構成、プレゼン資料の作り直し、オンラインのテストなどなど、授業開始1週間前に怒涛のように作業することになった。そもそも「実習」でオンラインなどハナから考えていなかったので、実際の授業を進行しながら当日中に実施状況の確認、翌日の準備と微調整をせざるを得ない。しかも平日午前午後と別クラスを見ることになっており、4週間の集中授業期間である。もうヘトヘトだった。授業終了後は案の定グロッキー、復帰するのにしばらくかかった。

オンライン授業は初めてだったが、やってみたらみたで、何らかの発見や気づきはあるものだ。あながち徒労とは言えなかったが、そうならそうでもっと時間をかけてオンライン用の授業内容など、大学全体として研修できるのではなかったのか。

やはり実習授業は「同一空間内に一緒にいる」ことで学んでいるんだと再確認した。隣の人の様子を見ながら、技術を真似して学んでいく、といった方法は、自宅でオンラインでひとりで布団の上で作業している状態では全く無理。一方、オンライン用の教材を作っておけば、学生が好きな時に繰り返し見ながら作業できる、というメリットがあったものの、それで全員が身につくか、といえばちょいとビミョーだなと思うことが多い。共同作業はもうひとつやりにくいので、いわゆるブレストとかディスカッションは、オンラインのハード的な制約もあって、こちらでかなりお膳立てする必要があった。いずれにせよ、従前のやり方を踏襲することでしか授業進行が考えられないようであれば、いきおい授業内の課題やレポートを増やすことで、学生の学習成果が見えてこない。こういった授業のノウハウはこれから蓄積され、公開され、共有され、次第に洗練されてくるのだろうが、それが末端まで届くころには、コロナはどうなっているのだろうか。


2021年3月6日土曜日

レシピ

 そんな話をしていたら、そういえば、という友人がいた。

昨今は、レシピ本でお料理が作れない人が多いらしい。もっぱらレシピサイトの動画を見ながらつくるのだそうである。まあ、具体的に見ながらつくれるのは確実だが。だから、「千六本に切っておいて」では通じないらしい。

課題文を読み込んで完成形態を想定するのではなく、具体的なビジュアルの完成形態を見なければ作業できないのかもしれない。

料理なら、着実に同じものが出来るのだろうが、ハプニングとか、瓢箪から駒などという状況はあり得ないのかもしれない。実はそれが面白いものだったりする、かもしれない。


2021年3月5日金曜日

サンプル

 ここ数年のことではあるが、学生さんから「参考作品を見せて欲しい」とよく言われる。なぜか、と問えば、「良い評価の作品をつくるため」である。

作業の合間も、機材の使い方についてよく質問する学生がいる。「使い方については自分で取扱説明書を読む」ことが前提なのだが、「わかりません」と来る。いやいや、いまどきのデジタル機材、特にコンピュータのアプリケーション上の作業は「アンドゥ」がきくので、「やってみて」と言うのだが、やる前に聞きに来る。

授業の課題は「トライ アンド エラー」がモットーなのだが、どうも様相が違う。学生さんは、「トライ」したら「サクセス」する、あるいは「サクセス」するために作業するので、「トライ」という認識すらない。エラーすることを厭う、言い方を変えると「無駄骨は絶対折らない」ようにしたいのかもしれない。

2020年10月31日土曜日

マスキング効果

 講義科目では、巷で言う「ウェビナー」方式が多い。

先生が学生さんの顔をずらーっと並べて、カメラに向かって話をする。学生さんは、オンラインでカメラの前にいる。

先生の方はノイズになるので学生さんのマイクはオフにする。リアル講義と違って、私語はなく、静かである。

…というより、聞こえないだけである。オフにされているマイクの向こうでは、賑やかな音楽が流れており、先生のお話はマスキングされているかもしれない。

…が先生側にはわからない。

「わかっているのかどうだか」というのが、先生の実感であり、従ってレポートやら宿題が増える、という循環になる。

なかなかお互いに悩ましい状況である。

2020年10月30日金曜日

質問

 コンピュータを扱った他の実習授業では、「リモート方式」、クラス全員がオンラインで繋がった授業方式である。

自宅ではなくクラスルームに来る学生も含めて、同じツールでオンラインにつなげて、同時進行で授業が進められる。先生は学生の顔をカメラで確認しながら、先生の手元は別のツール、別画面でオンライン配信、という合わせ技である。

利用しているツールで、オンライン配信、作業結果の提出(アップロード)、チャットで適宜質問することが出来る、というのがソフトウェア会社のセールスポイントである。最初のうちは、効率的だったようだ。いつもならあまり質問しないような学生が、比較的積極的に質問するようになった。簡単な質問であれば、先生ではなく、他の学生が答えてくれたりもする。

しかし、夜中に、先生が課題提出チェックのためにツールを使うと、チャットも同時に繋がってしまうことが判明。繋がってしまうと同時に、学生さんからチャットが飛んでくる。「本日の授業の質問ですが」。夜中の2時である。一度や二度ではなく、頻繁に夜中に出現する学生がいるらしい。

来年度、同様の授業で進行することが決まったら、どうするかー、と考えている様子である。

2020年10月29日木曜日

隣の席は

 大学では、未入国の外国人留学生、感染症予防のための登校自粛、もちろん地方在住であれば学校の近くにすら居住していないこともあり、大学の授業は概ねオンライン授業から始まり、入構禁止措置が緩和になったと同時に対面授業もぼちぼち始められた。

担当している授業は対面授業である。グループワークが授業の目的のひとつでもあるので、オンラインで個人作業、という形式にはそぐわない。一方で、個人作業などは、オンラインの方が適している、という話もある。こういった授業形式になって数ヶ月、メリットやデメリットもあれこれと聞くようになった。

オンライン形式の授業では、プログラミングなど、個人作業が効果的だと思われていた。他の先生の授業では、「オンデマンド」方式である。動画で講義を配信、学生さんはビデオを見ながら、好きなペースで作業が出来る、はずだったのだが、クラス全体の作業クオリティが例年よりも低い、という。教室で集まって、隣の人の作業を垣間見ながら、あるいは適宜分からないことをおしゃべりしながら作業することのほうが良かったらしい。独学でプログラミング、というのは、実は効率が悪いのではないか、という話になった。

手取り足取り、という言い方があるが、スキルを学ぶときは、あまり自覚はしないものだが、実際には他人の様子をうかがったり、手軽に質問したり、という作業が、実は大切なのかもしれない。

2020年10月26日月曜日

go to school

 新聞など読んでいると、年間通してリモート授業、などという、放送大学もかくやと思われる授業形態を継続している大学もある。多くの大学は対面授業を再開しており、リモート授業と併用、という作戦が多いようだ。旅行は良くて、学校はダメ、というのは、そりゃ学生さんは納得できないだろうと思われる。

ただし、未入国、登校自粛、体調不良で欠席、あるいは10日ほど自宅で経過観察、など、学生の方も「一斉登校」状況にはならない。学校も手探り状態で、三密状態の解除、「すっかり元通り」になるには、感染症終息後、かなり時間がかかりそうな気がする。

学生によって「大学」をどのように考えているか、それは個人差がかなり大きい。勉強をするだけ、ではなく、場所であったり施設であったり友だち作りの場であったり、である。担当している学生の中には、そもそも「コミュニケーションが苦手」というタイプがいる。コミュニケーションは何とかなるが、いつも一緒にいる友だち、というのは思い当たらない、というタイプもいる。今年度で言えば、リモート授業の方が参加しやすいというタイプもクラスに数名はいる。

一概に、大学とはこういうところだ、というのは、ない。かなり枠としては「ゆるい」ものなので、どちらかと言えば「自分」をしっかり考えておかないと流される恐れの方が、以前も今も大きいだろう。上を向いているだけでは、何も降っては来ない。自分でもぎ取りに行くものだ、と我々の世代では教わった。ただ、今はむしろ、「黙って座っているだけ」なタイプが増えつつあるのは気になる。いずれにせよ、前代未聞の状況ではある。以前と同じことを期待するのは難しい。むしろプラスの方向に考えたい。

2020年8月5日水曜日

一段落

感染症拡大防止のため、入構禁止措置がとられていたが、段階的に緩和され、勤務校では対面授業が可能になった。早々に、夏期休暇を削って担当科目の実習授業が始まり、3週間、一つのクラスの集中講座が終了した。
梅雨明けが遅かったというのもあって、何となくいつも通り、夏期休暇前の授業のペースに近かったような気がする。
講義科目はほぼ「リモート授業」に移行しつつあり、感染症終息の見通しがつかなければ、来年度も続行の可能性が否めない。勤務校では別途通信教育課程も併設しており、こちらは例年より提出物も多く、また学習ペースが早いような気がする。ステイホーム効果、とスタッフは称している。
対面授業は例年よりも出席率が高く、脱落者も少なかった。入学以降、この授業開始が初登校日という学生がほとんどで、新鮮な気分だったということもあるだろう。一方で、感染症が不安なので、「通学したくない」という学生もいたり、未入国の留学生も若干おり、こちらは別課題で個別対応することになった。はっきり言うと、時間外労働である。
リモート授業も増えて考えることは、通信教育課程と通学課程の違いでもある。通信教育課程は履修登録をすると、登録授業のテキストと課題が送付されてきて、それに沿ってレポート作成、テスト、というのがいわゆる講義科目にあたる。実技の方は、課題に沿って作品を作成する、対面授業で作品を制作する、というのが授業によって違っている。両方行う科目もあれば、どちらか一方で進行する科目もある。対面授業は、スクーリングと呼ばれていて、以前は通学課程の夏期休暇中と冬期休暇中、工房や教室が空いている時期に設定されていた。現在は、駅近くのビルなどで週末を使って開催されていたりする。社会人の学生が減少した、スクーリングのための長期休暇が取りにくい学生が増えた、ということも聞いた。学生の方の状況も変わるのが、通信教育の特徴でもある。リモート授業が続行する、あるいは増えるのであれば、通信教育との違いは何だろうか、と考える。

2020年7月26日日曜日

学内風景

学生に入構禁止措置緩和から2週間、学内はぼちぼち事務手続きに来る学生がくるようになった。現在学事予定上では夏期休暇中なのだが、当方、そんな中で実技授業である。例年と違って、学内にいる学生が少ないこともあって、静かな作業中だ。
学生用に、図書館やギャラリースペースなどは限定的開放中、画材店は営業時間短縮営業中、学食はテイクアウトだけ、という状態である。入構禁止中に、学内はかなり整理されていて、今まであちこちに置いてあったベンチ類がかなり撤去されていた。学食やラウンジなどにあるテーブルもかなり減らされていて、なおかつ、あますところなくアクリルの衝立が出現している。建築学科出身の同僚とその風景を眺めて、アクリル衝立の数をざっくり見ながら経費を計算しようとしてしまったのは、習い性と言うべきかもしれない。
オンライン授業の受講用にいくつか講義室は開放されており、学生が自前のノートパソコンとヘッドフォンを持ち込んでいた。ただし、見ているのはそれぞれ違う授業なので、後ろから眺めると不思議な状況である。語学の授業を見ている学生の隣は、美術史の「授業中」である。
オンライン授業開始にあたり、学内のWiFi設備がかなり増強されたらしく、今まであまり無線が届かなかった教室も、それなりに強い電波が届いている。教室内20台ほど無線につなぐと、今までは「どよーん」としたスピードだったのだが、今や実用に耐えるくらいである。ただし、授業あるいはシステムそのもののフォローはあまりないようで、ハードウェア先行という日本人の特徴をそこはかとなく感じてしまう。
授業終了のチャイムが鳴ると、お掃除のオジサン数名がアルコールスプレーとウェスをもって扉の脇で待機している。学生を早々に追い出すと、あちこち拭きまくってくれる。消毒作業もかなり大変で気を使うだろう、お疲れさまである。
学生は全く「通常通り」授業に参加している気分なのだろう、今日もアタマをひっつけるように、おしゃべりに興じている。

2020年7月24日金曜日

オンライン

入構禁止措置緩和の中、授業が始まった。外出自粛中、講義科目はインターネットを利用した「オンライン授業」になった。授業を録画した「オンデマンド」方式、生中継だとテレビ会議のような「zoom」授業、ゼミなどではやりとりが多く「microsoft team」授業、などなど、さまざまな方法があって、研究室でも試行錯誤中である。教わる方も初めてなら、教える方も初めてなので、手探り状態である。当方、実技授業なので、オンラインに向く内容ではなく、幸い、なのか不幸なのかよく分からないが、今のところ「オールドスタイル」なスタンスである。
研究室で様子を聞いていると、オンライン授業もメリットあり、デメリットあり、なので、どのあたりが折り合いのつけどころなのかも、手探り状態。まだ日本未入国の留学生もいるのだが、海外ともインターネットならオンライン授業で進行することが出来る反面、受講者数が多い講義形式だと学生はマイクをオフにしてしまうので「講義を聞いているのか、別に音楽を聴いているのか分からん」という状況になるらしい。対面で学生の反応が見えにくいし把握しにくいこともあり、レポートやミニテストが多くなった授業も多く、以前よりも「むしろ大変」という声も聞く。
「今日の感染者数」がニュースのトップ、東京では感染者数増加の今日この頃、講義科目は今のところ後期も引き続きオンライン、が基本的な方針らしい。いや、大変な年度である。

2020年7月23日木曜日

再開

外出自粛期間が落ち着いた7月、勤務校は入構禁止措置を緩和し始めた。段階的に、施設を開放している。「大学生に日常生活」といったSNSの発信が話題になっているが、実技授業が主体な学校であるから、全部オンライン、には到底ならない。おかげで、本来は夏期休暇中なのだが、学生さんには対面授業をしに来てもらうことになる。
13日が授業初日だったのだが、この日が「初登校」という学生も多かった。自粛中は何をやっていたか、と言えば、オンラインの講義授業をして、ゲームして、といった手合いが多くいる中で、「引っ越ししてました」という女子がいた。実家からは電車を乗り継いで通わねばならず、この際、学校から徒歩圏内にアパート借りた、という「孟母三遷」という故事を思い出す。
授業中は「2メートル離れなさい」と言っているにもかかわらず、フェイスシールドを配布したにもかかわらず、気がつくと学生たちはアタマをつきあわせて話し始める。課題のことでも雑談でも、である。寄り集まるのは本能なのかも、と思いながら、今日も「離れなさーい」と言いながら実習である。

2020年5月7日木曜日

リスケ

延長である。
相変わらずお詫びはするが責任はとらない首相の、あまり前回と代わり映えしない記者会見で、何だまたかと思ってしまうところが相手の思うツボなのかも知れないが。
結局、7月半ばまで学生は入構禁止になった。皆勤まで、講義科目は流行の「オンライン授業」である。
しつこいようだが、担当しているのは実習授業なので、オンラインではあり得ない。どうやら研究室のスタッフはアクロバティックな方法で、試験期間の隙間や補習期間をかきあつめ、なんと7月半ばからの授業実施を宣告してきた。
あああ、やっぱり、である。
夏休みは暑くて授業にならないから夏休みなのではなかったのか。オリンピックは暑い時期なので非現実的だと思っていたら、授業が現実になってしまっていた。7月初旬の授業では、学生の熱中症に気を使うものだが、8月ではなおのことである。

2020年4月2日木曜日

延期

コロナである。
ほとんど震災以来の、いつもと違う日常である。
勤務校では、3月になって、新年度の学事予定が変更になった。半ば過ぎまで授業日程が決まらなかったのだが、やっと決まったのが3月下旬。4月の授業開始が繰り下げで、夏休みをはさんで、9月は予定通り、という日程だ。ほぼ2−3週間の繰り下げなので、前期末の授業終了は7月末、これは屋外実習では暑いさなかで辛いなあと思っていた。
報道で出てくる他の大学は、インターネットを使った遠隔講義などがあるようだが、実習はそうはいかない。うーむ、実習で熱中症を出してはいかんなあと思っていたら、再度授業開始延期のお知らせがやってきた。2日だから、エイプリルフールではなさそうだ。授業開始はゴールデンウィーク明け。ほぼ1ヶ月の繰り下げである。詳細な日程がまだ送られてこないのだが、夏休み皆無になりそうな気がする。暑くてオリンピックどころでは、と言っていたような気がするが、暑くて勉強どころではないので夏休みがあるのではなかったのだろうかと脳裏をよぎる。