2013年2月27日水曜日


さて、美術の分野の中には、危険な作業が含まれるものがあったりする。

木工や金工の工房はもちろん、刃物や工作機械がずらりと並んでいる。最初に教わるのは「応急処置」で、事故があったときの対処方法である。怪我をして使い方を覚えていたのでは、身体がいくつあってももたないような機械である。
彫刻の工房も、粘土を扱うくらいなら怪我はないかもしれないが、木彫をやれば小さければ鑿、大きければチェーンソー、金属を扱えばガスバーナーを使って溶接をする。

彫刻の先生で、石で大きなものをつくる人がいた。そのときに制作していたのは「靴」である。学校の工房で作業をしていて、けっこうな大きさだった。学生は密かにそれを「ガリバーの靴」と名付けていた。
作品完成後、展覧会に搬入するために、「靴」はリフターで持ち上げられ移動することになった。途中、「靴」がリフターから落ちてしまった。作品は無事だったが、先生の足が「靴」の下にあって怪我をしてしまったそうである。靴に踏まれてしまったのだった。

美術も危険な作業を伴うことがあるので、先生であっても要注意、というのが基本である。

2013年2月26日火曜日

先手


そうやって、先手をとってあれこれ教え込む、というのは良いことなのかと、ときどき考えることがある。

カッターとかはさみなどの文房具でも、痛い思いをして使い方を覚える子どももいる。ただし、危険な電動工具などを扱う場合はかなり厳密に操作を教え、禁止事項を遵守させないと、大怪我をするが。

私が教えているのは、映像制作の分野だが、個人制作を実習の課題にしている。基本的に自分の身の回りの物を利用して、身の丈でつくる、という作業である。
まあ写真とか映像とかという表現ジャンルでは、よっぽどのことがなければ「命に関わる」ような作業はない、のが普通である。機械は壊れるかもしれないが、本人ごと壊れることはあまりない。
授業のスタンスとしては、つくってみる、失敗してみる、学んでいく、という方向をとっている。先手を取り、手を取り足を取り教えても、経験値になっていかないからだ。
手取り足取り方式では、当面見栄えの良い作品はできるかもしれない。しかし、将来自主制作や卒業制作をするときには、教員がべったりと四六時中つきあうわけではない。一人になったときにどうやって問題解決するか、ということは、「失敗した数」がものを言うことがある。だから、失敗した後は、なぜまずかったのかを考え、解決策を考えておくこと、できればリベンジにチャレンジすることを指導する。

ただ、ここ数年気になっているのは、つくるまえに学生がいろいろと聞きにくることだ。以前の参考作品を見たい、あるいは、どうすれば評価の高い作品になるのか、といったことである。
たかが課題なので、せいぜい好きにすればいいのに、と思うのだが、当の学生は真剣である。「良いもの」は自分にとって「良い」のではなく、採点者にとって「良い」ものである。あるいは、作品制作において失敗をしてはならない、と刷り込まれているようだ。作品をつくるために、もがいたりあがいたりすることは、彼らの辞書にはない。最短距離で高評価を得ることが目的のようだ。
「学ぶ」ということが、違う意味になっているような気がする。

大人が、失敗をさせないためにいろいろと先手で教え込むことは、当面は良いことのように見えるが、実は当面だけ良いのであり、将来的にも良い、というわけではないような気がする。

2013年2月25日月曜日

往復


今日の大学生はとても忙しい、とよく言われる。
翻って自分の学生時代は、と言えば、「そうだったかなあ」という印象が大きい。忙しい、という元学生に限って、勉強よりも飲み会とナンパが忙しかったりしたものである。
忙しい、と思う前に楽しかったからかもしれない。

勤務校で言えば、学校と近所に借りたアパートとの往復、美術館や博物館へも行かない、映画も行かない、といった「通学オンリー」な学生が増えたような気がする。
だから、アルバイト命、な学生も減ったような印象がある。美術学校は授業料以外にも金がかかるので、我々の世代はせっせと制作費を稼いだ。最近は「親のすね」な学生が増えたのか、アルバイトに行くか授業に来るかと、学生を説得する機会も減ったような気がする。

学生はアルバイトで社会勉強をしたりしたものだったが、その機会が減ってきたということなのだろう。就職活動が始まる頃になると、就職課がいろいろと手取り足取り教える講習会の告知があちこちに貼られている。卒業生への問い合わせの方法やら、面談の予行演習やら、応募書類の書き方やら、いろいろである。そんなことは自分で調べたり、あたって砕けて学ぶものだろうと思うのだが、最近は手回しよく予習をさせて失敗させない、というのが世間の方針らしい。

だから、失敗を知らず、打たれ弱い子どもが増えるわけだ。

2013年2月23日土曜日

タメ


我々の頃のアルバイトの定番と言えば、喫茶店、定食屋、本屋、といったところだろうか。

大人数で雇われることはあまりないし、個人経営のお店も多いので、マスターとかおばちゃんが、学生の顔色と適正を見ながら作業を割り振ったり教えたりしていた。
ファーストフードやコンビニ、ファミレスと言った今時の職場では、日本全国画一的な応対が期待される。だから「マニュアル化」するのだろう。
しかし一方で、学生の様子を見ていると、それだけが理由ではないような気がする。

核家族化のおかげか、あまり大人と話したことがない。いわゆる「おこさま」な世代である。先生の端くれかもしれないが、少なくとも年上の私に対しても、悪びれない態度で「タメ口」をきく学生もよくいる。

「あーここは、こうした方が上手く作業が進められますよ」と指導する。
学生の答えは
「うん、そうしてみる」
だったりする。

オトナとしては、口のききかたを注意しなくてはならないのかもしれない。しかし大学生になってもなあと思ったり、そんなことは家庭の領分だろうと思ったり、彼らが授業料を払っているのは口のききかたのためではなく技術取得のためであると思ったりすると、こちらも細かく注意などしたくはなくなる。

口のききかたは、アルバイトのマニュアル研修に委ねられるようになったのかもしれない。

2013年2月22日金曜日

ごあいさつ


学生が春休みにすることと言えば、旅行とバイトである。

昔は旅行だったり、自動車だったり、バイクだったり、というのがお小遣いの使い道だった。最近は携帯電話とパソコンで小遣いが払底してしまうらしい。
まあしかし、相変わらず、学生はアルバイトに精を出す。

アルバイト、と言えば、最初に行くのはあまり技術や実績がなくても大丈夫、な接客業がポピュラーである。
最近は、コンビニ、ファストフード、ファミレス、などが定番だ。定番職場の特色は「接客マニュアル」があることだろう。定食屋さんなんかでは、マスターがいろいろ教えたり、学生の様子を見ながら作業を割り振ったりしたが、ファーストフードなどでは一気に「マニュアル講習」である。

定型通りの受け答えしかやれない、と言われたりもする。「見れば分かる」ようなことも、いちいち聞かれたりするし、日頃使い慣れないこともあって「ミョー」な敬語を使われたりする。いろいろ批判もあるようだが、ここでのバイトがなかったら「ご挨拶」ができなかった、というハナシもある。むっつり無口で無愛想な兄ちゃんが、ファミレスでバイトを始めたら、やけに明るく大声で「ありがとうございましたー」と言うようになったらしい。

まあだから「マニュアル接客」というのも、ある意味では効果的なわけである。

2013年2月21日木曜日

滑り込み


この時期、通信教育課程では課題の締め切りや、進級の申告やら、学籍の手続きやらで忙しくなる。
進級や進学も、学生がそれぞれ申告する。単位の取得状況を見込んで、4月からの人生について事務手続きをする。

単位を取得するためには、課題を出さなくてはならない。しかし出せば単位をもらえるわけではない。それなりのレベルとかハードルがあって「課題」である。
たいていは「締め切りは後回し」な人が多いので、来年度の進級や進学に関わるような課題締め切り日の間際には、提出が込んでくる。
勤務校の場合は、この日までに提出があり、そのあと何日以内に合格すれば、年度内の単位取得とする、というルールがある。例えば、1月末までに「とりあえず提出」する。それは不合格でもいいのである。その後期限内に再提出して合格点をとれば年度内の単位として認められる。1月末に提出するのが「不合格だなあ」と思って提出を見送ると、来年度の提出、ということになる。

だから、締め切り間際は「とりあえずダメモト」な課題もたくさんやってくる。字が書いてさえあればいい、というレベルではないにせよ、課題の出題文くらい読んでほしい、というのがあったりする。
通学課程であれば、授業に強制的に出席してさえいれば「とんでもない」レポートや作品は出ないものだが、通信教育課程では、締め切りに気づいたのであわてて書いたようなものがあったりする。
身に覚えもあるので、他人にことをとやかく言う資格はないのだが、もう少し時間をかけてほしいと思いながらこの時期は赤ペン先生をしている。

2013年2月20日水曜日

駆け込み


ぼちぼち勤務校も入学試験が終わる頃である。
通学課程の学生さんはお休みだが、学内の方は忙しい。入試の後は入学手続き、在校生の進級審査やら卒業審査などが控えている。
一方通信教育課程はと言えば、課題や卒業制作の締め切り、審査などが立て込む。こちらの方は、自分で取得単位を計算したり、今後の取得予定など考えなくてはならない。何年かかって卒業するかによって、取得単位を逆算する。課題にしろレポートにしろ、ぎりぎりで作業していると大変だ。

郵送で課題を送るので、配達日数も逆算して、ぎりぎり滑り込みセーフを決め込む学生がときどきいる。のんびりレポートを送れば一通15円なのに、速達書留、宅急便など、5-600円かけて送ってくるケースがある。
同封されたお手紙には、教職課程をとってます。これがとれないと実習に行けません、教員採用試験が受けられないのです、お願いします、という泣き落としな文章が並ぶ。しかし、だからと言って、大甘な採点ができないのが辛いところである。

通学課程よりも、通信教育課程の方がシビアである。計画性が必要だし、実行が伴わなければならないからだ。人生崖っぷち、なスリルが得意な人は、通信教育には向かないなあと、毎年この時期、宅急便で配達された封筒を見るたびに思う。