2013年12月31日火曜日

いらち

あっという間に今年もおしまいである。
12月は「師走」というのであるが、先生だけではなく、世間様もみんな走っている。特に道路は仕事納めの間際になると、殺気立った運転をよく見かける。

さて、大晦日と言えばそばである。そば屋は朝から大忙しである。
同居人は「そばはそば屋で食う方がうまい」と思っているクチなので、たいてい大晦日は昼間にそば屋に出かけることになる。営業していても、店内営業はなし、お持ち帰りのみ、というケースもあるので、数日前に営業を電話で確認したりして、念の入ったことである。
今日出かけたそば屋は、席数がそこそこある店内、11時を過ぎると、座りきれないお客がどんどんと外に行列を作り始めた。店内メニューは「年越しそば」の臨時メニュー、普段のメニューからだいぶ品数を減らして対処している。
そうは言っても、それなりに注文が入るので、厨房もお給仕さんもてんてこ舞いのご様子。注文を聞くお姉さんは「天ぷらは時間がかかります」と念を入れているのだが、隣近所の卓の注文は「天ぷらそば」がダントツに多い。
同居人はいつものパターンで、板わさをつまみながらせいろを待つ。どのお客も、それほどすぐには注文はやってこない。さすがに大晦日である。
しばらくすると、2つ隣の卓のおばさまが、お給仕に声を荒げた。「いつになったら来るの! もう1時間は待ってるわよ!」

いやいやおばさま、まだ30分くらいです。
師走はどなたも殺気立つものなのかもしれない。

2013年12月23日月曜日

つながり

学生さんの制作課題を見ていると、ひんぱんに小道具として携帯電話あるいはスマートフォンが出現する。下手をすると、のべつ耳元の端末にしゃべりっぱなしだったりする。

初心者が制作する場合は、ストレートに「自分の現実の生活」が反映されることが多い。彼らもきっとそうなのだろうと思う。
ただ、映像でドラマやドキュメントをつくろうと思っているにもかかわらず、事件の発端は「携帯電話がかかってきた」ことで始まり、それに対して「携帯電話で誰かを呼び出し」たり、「携帯電話で誰かに相談」したり、「スマホでメールを送信」したり、「スマホをいじって解決方法をググってみた」りして、事件が終わると「携帯電話で誰かに報告」したり、「お礼メールを打った」りするのである。


携帯電話の宣伝のようである。


彼らにとって携帯電話やスマホは、他人とつながるためのツールではあるのだろう。「直接顔を見て会話する」のであれば、会話のやり取り、双方のリアクションを映像で見せることが出来るが、電話では片方だけしか見せることが出来ない。芝居としては、片方だけで二人分の状況を見せる訳だから、難しい。言語的な情報を伝えることは出来るかもしれないが、見えない相手の感情を見せることはさらに難しい。
コミュニケーションとは相手あってのものだからだ。

2013年12月19日木曜日

公衆電話

今や学生生活はもとより、一般的な市民の生活でも、携帯電話あるいはスマートフォンはたいがいの人が持っている。
日々の連絡に使うようになって街中に減ったのは公衆電話と駅の伝言板だ。

小学校の頃、ランドセルには、お守りと一緒に、10円玉が入った小さな小銭入れがぶる下がっていた。何かのときにはうちへ電話しなさい、である。
その後は、テレフォンカード、というのが出来て、小銭をじゃらじゃら入れずに会話できるようになった。
携帯電話の普及で、公衆電話が次々と撤去されたが、先だっての大地震の時は携帯電話がつながらず、公衆電話に長蛇の列が出来た。日頃携帯電話にどっぷりな生活の家人は、小銭の持ち合わせも、テレフォンカードも持っておらず、なかなか電話が出来なかったらしい。

通信手段の変化は、時として、不自由なこともあるものである。文明の便利さに慣れていると、非常時には困ることを、震災時に学んだと思っていたのだが、数年で「のどもと」を過ぎてしまった感じがする。

2013年12月17日火曜日

テレックスを借りに行った新聞社は、ちょっとモダンな建物である。外から見ると雨樋のパイプがきれいにならんでいる。屋上のパイプの突端に、鳩の彫刻が乗っている。ほぼ原寸大なのだろう、地上からではちょっと見にくいので、小さな双眼鏡などあるとベストである。

新聞社に送る記事や写真を鳩に持たせて、記者が取材先で鳩を放ち、本社に帰らせるのである。新聞社の屋上には鳩小屋があり、鳩専門の職員がいた。
早く確実に帰ってくるのが良い伝書鳩である。ドバトではなく、きちんと管理されていて、良い雛はそれなりのお値段で売買される。
巷でも「鳩レース」というのをよくやっていて、鳩小屋のある家が街中にときどきあった。

今はもう、新聞記事は運ばなくなっているだろう。ただ、数年前の震災時に思ったのは、こういうプリミティブな手段も維持しておかないといけないのかも、ということだった。電気もなく、電話も、もちろん交通手段も不通なら、連絡手段は限られるからだ。

2013年12月16日月曜日

距離感

携帯電話もインターネットも、世界中どこにいても即時に連絡がつく便利なツールである。
電話をかけ、しばらく会話をした後で、今パリなんだよねー、と言われたりする。
メールを投げた返信の送信した場所が、ロンドンだったりする。
地球上の距離感が、ずいぶんと「近く」なったなあと思う。

40年近く前の話になるが、妹がヨーロッパに行くことになった。
彼女は当時スポーツ選手で、ヨーロッパで試合を転戦するのである。
試合の状況、つまり勝てばそのまま逗留、負ければさっさと次の試合の開催地へ行く、というやつだ。日本国内の旅行代理店では「そんなプランは組めない」と匙を投げられた。とりあえず、ヨーロッパオープンの飛行機の往復を買い、あとは現地調達である。ただ、大きな試合の開催地の宿だけは、確保しておかなくてはならない。観客も多いので、開催中の最低限の宿泊先は抑えなくてはならない。
「地球の歩き方」などというガイドブックもなく、もちろんインターネットもありはしない。旅行代理店でざっくりとホテルの連絡先を聞くが、海外電話はまだ回線がよろしくなく、雑音が多くて、通話が間延びする。よくわからないうちに、迷惑電話だと間違えられることが何回か続いた。確実なのはテレックスだと、あるホテルの交換手が教えてくれた。しかし、一般的な市民の家庭にテレックスなどある訳がない。よく取材に来てくれる新聞社の記者に頼んで、新聞社のテレックスでホテルの予約を打たせてもらった。

その後しばらくするとファックスが普及しはじめた。実家では飛びついて機械を購入した。海外宿泊先連絡用にもっとも確実な連絡手段だったのである。

2013年12月15日日曜日

便利

最近の学生さんは、すべてではないが、概ねスマホユーザーである。パソコン宛の添付ファイル付きのメールも見られるし、いろいろなアプリも入っているし、インターネットに接続していろいろな情報も見ることが出来る。便利である。

便利すぎて、テスト会場でつい使ってしまった学生がいたりする。
入試で使ったのは、話題になった。大震災の頃だ。
同居人の授業では、テストのお答えにスマホで覗き見したwikipedia丸写し、というのがいて、頭を抱えていた。
対策は色々あるようで、某大学では「マナーモードなしで電源on、机の上に必ず出す」とか、他大学では大学の教授がwikipediaを試験期間中改ざんするとか。ほんとかしらん。

でもそういう便利なツールがあるのに、レポートや報告は誤字だらけなのはなぜなのだろう。スマホなら、辞書アプリくらい入れて使うのは、容易いことだと思うのだが。

2013年12月12日木曜日

連絡手段

最近の学生さんは、すべてではないが、概ねスマホユーザーである。
グループワークで連絡先を交換するのに、最低三つの手段を控えるように、と言うのだが、「携帯電話番号」「LINE」「skype名」をまず交換している。

スマホが手の中にあることが前提である。「他の手段」にはなりにくい。
少し機転のきく学生がいると「メアド」。もう少し回転の速い学生だと「携帯メールとPCメール」または「自宅の固定電話」である。

グループワークであまり作業が進んでいないのは、たいていが「連絡が上手くとれない」「約束が守れない」である。
連絡先、と言った携帯に出ない、LINEで応答しない、skypeをオンラインにしない、のである。しかも「授業に出ない」「指定したミーティングに現れない」「そのくせ、決まったことに文句を言う」のがいたりすると、チームのモチベーションはどんどん悪くなり、作業が沈滞する。
授業中はひたすら机の下でLINEでおしゃべりしているのに、授業の作業と言うと無視するのである。彼らにとって、LINEは単なる井戸端会議の場所だったり、暇つぶしだったりするだけで、「連絡をとる」ためのツールではもはやないのかもしれない。

2013年12月9日月曜日

連携作業

最近の学生さんは、すべてではないが、概ねスマホユーザーである。パソコン宛の添付ファイル付きのメールも見られるし、いろいろなアプリも入っていて便利である。

先日終了した授業は、学生のグループ作業である。4人ほどのグループで、フィールドワークをもとに企画を立ち上げ、最終的なアウトプットを出す、というものだ。授業期間が7週間と短いので、チームワークが必須である。仕事が進むと、作業は分担することが多くなる。そのため、情報の共有と相互連絡、意思疎通が大切だ。
まあ、完成作品の善し悪しよりも、グループワークのプロセス学習がメインである。

携帯電話でお互いに気軽に連絡が取れるようになって、作業に応じて、分散して進行出来るようになった。ひとりは図書館、ひとりはフィールド、ひとりは学内で機材準備、などのような感じである。
インターネットを使ったデータの共有も敷居が低くなったので、フィールドで撮影した写真をクラウドドライブにアップロード、学校でそれをダウンロードして画像加工、それを自室で作業中の学生が受け取ってウェブサイトに埋め込む、などという作業をする。

日頃からスマホをいじっていたりするので、一昔ほどツールやガジェットの使い方を細かく言わなくても済むようになった。ありがたいのか、ありがたくないのか、よくわからないこともあるのだが。

2013年12月8日日曜日

白紙

最近の学生さんは、すべてではないが、概ねスマホユーザーである。
パソコン宛の添付ファイル付きのメールも見られるし、いろいろなアプリも入っていて便利である。

私はスマホ持ちではないし、学内では携帯電話も持ち歩かないようにしている。どちらかと言えばアナログな状況をわざわざ作っているわけだ。のべつメールがやってきたり、電話がかかってきたりしようものなら、気が散ってしょうがない。結局は、授業に集中できなくなってしまう、不器用な性格だからだ。

ところが学生さんの方は授業中に気が散っても一向に頓着しないらしい。鞄やポケットの中で着信音を鳴らしたり、机の上でブルブルと震えるように動いているスマホに応対したりしている。机の下で、メールをやり取りしていたり、というのは数年前の話で、ここ2−3年は「LINE」である。
メールの場合は送信後しばらくしてからお返事が来たりするのだが、LINEの場合は時間差があまりない。従って、学生は終始スマホの画面に注視することになる。いつノートをとっているんだろう、と思ってある日ノートを回収した。案の定ノートは白紙である。

これが「依存症」の走りなんだろうなあ、と思う。だが、「授業中はLINEは禁止です」などというのも、大学ではなんだかなあ、と思う。

2013年12月5日木曜日

依存

学生が携帯電話を持つようになってから何年になるだろうか。
その昔、「ポケベル」というのが連絡必須ツールだった。たぶんそれが、個人用の連絡ガジェットとして実用的、かつ普及し始めのものだったと思う。
それが通話できるPHSになり、携帯電話になり、スマホになるのに、それほど時間がかからなかったような気がする。

グループワークでは、メンバー相互のコミュニケーションが不可欠である。携帯電話のなかった頃は、待ち合わせた場所に指定の時間にいないとコミュニケーションは成立しなかった。必然的に授業に来ることになるわけである。
携帯電話を使い始めると、それが少しずつ「ずれ」てくるようになった。遅れる、場所を変える、というのが臨機応変にできるようになったので、授業に来ないで放課後に集まろう、という作戦に出たりするようになった。
一方で、携帯電話でしか連絡を付けられない、というケースが出てきた。携帯電話を落としたり、バッテリーが切れたりしたら「音信不通」になるのでお手上げ、という状態になる。

便利になった一方で、それだけに依存したコネクションというのは、少し危うい気がする。

2013年12月4日水曜日

待機

学生さんがPHSや携帯電話を持つようになって、就職活動も変わった。ところかまわず電話で通話することが出来る、ということは、自分の部屋の通信機器で待ち構えなくても良い、ということである。それまでは「火曜日に会社から結果をお電話します」などと言われたら、火曜日は24時間電話の前で待機状態だった。

インターネットが普及して、会社が連絡用に使うようになった。パソコン通信やインターネット通信、というのは、学生にはちょっと敷居が高くて手が出なかったりした。
携帯電話では、メールのやり取りが出来るので便利である。
ところが携帯メールでは、テキストや簡単な画像だけが読めるので、添付ファイルやデータの読み込みが出来ない。会社から、「明日ここに来なさい」というメールは読めるが、添付された地図は見えなかったりする。
実家から通う学生は、家族共有でパソコンを買い、インターネット回線を用意するケースも出たりした。その頃たくさん出現したのが「インターネット喫茶」だったりする。ゲーマーだけが入り浸るのではなく、就職活動のために通う学生もいた。

就職活動は、学生の情報活動をどんどん変えるもの、である。

2013年12月3日火曜日

オプション

ファックスがあった方が、就職活動に便利だよねー、などと言っているうちに、世の中に「移動できる電話」というのが出現しつつあった。
「マルサの女」に出てくるような、ショルダーバッグに受話器のついたような「携帯電話」は、まだまだ高嶺の花だった。

バブルの時期に世の中に出てきた「ラグジュアリーなマイカー」では、「自動車電話」というのが「ラグジュアリーなオプション」である。
運転席と助手席の間に受話器が鎮座ましましているのだが、自動車のオプションである。自動車のバッテリーから電源を供給する。だから、キーをさして電源を入れなくてはならない。

授業に来ていただいている先生のうちの一人が、「ラグジュアリー」なお車に、自動車電話をつけた。ご自慢である。何かというと、自動車から電話がかかってくる。

「あー、ちょっと今日の授業は遅刻しそうだ。いま、途中まで来ているんだけど。実は出がけに郵便屋が来てねえ」
…自宅を出るのが遅くなるのだったら、自宅からお電話いただいても良かったんですけど。

「明日の授業の確認なんだけどねえ、おっと赤信号だ」
……打ち合わせはとうに終わっているんだけど。

まだまだ普及率が低いので、「運転中は通話禁止」などという認識もなかった時代である。

2013年12月2日月曜日

必需品

大学に進学した学生さんが、一人暮らしをする。
生活必需品というのがいくつかあって、我々の世代だとまあ冷蔵庫、くらいだろうか。女子学生はmy洗濯機が欲しいものだが、男子学生はコインランドリーなんかをよく利用した。固定電話は、ちょいと高嶺の花だ。開設するのに、電話の権利を買ったり、回線を手配したりと、けっこうな金額と手間が必要だったからだ。

私が助手をやっていた頃の、就職活動の必需品に「電話」がリストアップされた。面接の予定の打ち合わせやら、合否の連絡を、会社から学生個人宛に電話するようになったからだ。それまでは、実家に電話連絡だったり、下宿に郵送だったりしたのだが、時代はスピードアップしていくものである。当人に連絡がつかなければ、補欠の1番に連絡がいくようになるわけだ。合格を逃すわけにはいかない。就職と電話と、どっちか大切かと言えば、就職である。コインランドリー通いをけちっても、電話を用意するのである。

ところが、就職活動をしている学生は、日がな1日電話の前で待ち構えているわけにはいかない。次に流行ったのは留守番電話、その次は外出先から留守電を聞けるリモコン機能付きの留守番電話、その次はファックス付きの留守番電話である。

就職活動は、学生の生活必需品を変えるものだったのである。

2013年12月1日日曜日

親指

ポケベルの次がPHSや携帯電話であった。

最初の頃は大きくて、重たく、通話範囲も大きくなく、通信料金も高かった。伊丹十三の「マルサの女」という映画に、当時の携帯電話が使われている。携帯、といっても、ショルダーバッグくらいのものである。ポケットにはとても入らない。
それが、ポケットに入るほど、小さくなり、軽くなり、通話料金も下がった「PHS」というのが、個人持ちの情報携帯端末になり、ポケベルは流行らなくなった。入れ替わりにサービスの終了がアナウンスされた、という感じだった。

最初の頃は単に通話だけだったのが、携帯メール、というのが使えるようになって、ポケベルに取って代わった、というのが印象だった。女子高校生が打つのは、公衆電話のプッシュボタンではなく、自分の携帯電話のボタンになっただけである。右手の親指が恐ろしく早く正確に文字を打つ。「親指姫」などという言葉も出てきた。
PHSは都市圏の、あまり広くない範囲でのサービスだったが、それなりに利用料金が安く、瞬く間に若年層が使うようになった。
競争のように、携帯電話がだんだんサービスの範囲を広げ、通話料金を下げるようになり、決定打だったのは「iモード」だったかもしれない。携帯電話でネットワークで通信できる、というのが売り物だ。
パソコン通信がインターネットになり、そろそろ普及し始めようかという頃、の話である。

学生さんも、携帯電話で連絡を取るようになった。下宿に固定電話を引かなくなったのは、この頃だった。