2017年1月27日金曜日

変換


そういうわけで、今年度からレポートはワープロ作成可、という条件がついた。いわゆる標準的な書式と書体で、表紙をつけて、カウントされた文字数を表記しておいてね、というものだ。
ただし、プリントアウトの提出である。データで提出ではない。ワープロ、と言っても、単なる「タイプライター状態」ではある。蛇がのたうち回っているような文字で、解読に苦労する、ということはなくなったが、逆に妙に漢字が多くて漢和辞典を抱えるようになった。
ワープロで作業するときに、仮名漢字変換、というのを使う。ひらがなで入力して、変換キーで漢字にする。ぼーっとしていると妙な変換ミスが発生する。
たいていは「同音異義語」の様相を呈するのだが、なかには「やたら漢字」というのがある。とにかく、文節ごとに変換してしまうのである。其れは兎に角この様な状態の事である。普段からこんなに漢字の多い文章に接しているのだろうかと考えてしまう。

2017年1月26日木曜日

解読


時代の波に乗らなくてはならないときがあって、昨年あたりからレポートの課題はワープロ提出も可、という条件をつけなくてはならなくなった。いまどき手書き、というのは流行らないようである。

以前は誤字脱字おもしろ当て字などリストアップしていた。
レポートでは手書き、という条件にしていた。なぜかと言えば、たとえコピペであっても書くことで少しでも頭に入れることが出来るかもしれない。ひとさまに読んでもらうために丁寧に作業をする、かもしれない、という親心である。年に数本は悲しいかな、かなり殴り書きなレポートが届く。生来の悪筆なのか、急いでいたのかは分からない。
ただ、悪筆であっても、ゆっくりと丁寧に書くことで、かなり読みやすくなる。丁寧に書いているか、ということのほうが、字面から読めることが多い。妹などは悪筆の部類なので、テストの点数が低いのは字が汚いからだ、などとよく言うのだが、そんなことはない。字がきれいで中身のない答案と、字が汚いが中身のある答案であれば、前者の方が点数は低いのである。中身があっても、蛇がのたうち回っているような解読不可能な答案なら、有無を言わさず低得点であるが。きれいであっても、悪筆であっても、少なくとも「読める」ことが大切なのである。それには、急ぐのではなく、時間をかけてゆっくりと書けば良い。早くきれいに書きたいのであれば、それなりに練習は必要である。

2017年1月25日水曜日

整理


そういうわけで、毎度1月の半ばまでは年賀状を眺めながら住所録を整理することになる。よその家の息子が大学に行こうが、嫁をもらおうが、関係もないし、関心もない。年賀状は単なる「年中行事」、あるいは生存確認になりつつある。
住所録もそろそろ「恩師」といった世代が鬼籍に入りつつあり、喪中葉書で住所を削除する。返事が来ないのは、病気療養中かあちらに行ってしまったか、である。そうやって住所録の人数もぼちぼち減少していく。

2017年1月24日火曜日

ごあいさつ


毎年暮れには、毎度毎度と言いながら、年末年始の挨拶状などしたためる。最も多い年に比べれば半分程度なのだが、それでもそれなりの枚数にはなる。めんどくさいなあと言いつつ、年が明ければ年賀状が配達される。おおかたは友人なので、年齢に併せて、披露宴の写真、赤ん坊の写真、幼稚園入園と、家族写真がやってくる。ひところこれが「大きなお世話だ」と話題になったこともあった。他人の家族状況など知りたくもない、という人もいるからだ。
写真で多少なりともクチを糊している側から言えば、写真が身近になったという感慨ひとしおである。以前はちょっととっつきにくい「趣味」であったものが、フィルム付きカメラ、街中のスピードDPEサービス、それに伴った各種プリントサービスと、外注でそれなりのクオリティが出せる、というのが画期的だった。
今やフィルムもそろそろ「下火」なサービスになりつつあるが、取って代わったのはデジタルカメラと自宅でプリントアウトである。それも「下火」になりつつあるようで、最近はスマホでプリントアウトサービスとか、スマホでそのまま自宅プリント、という作戦である。機械や発注先は変わっても、配達される「葉書」は変わりはない。
携帯電話がポピュラーになった頃は「あけおめコール」で電話がパンクしたことがあったし、昨年はSNS上の「あけおめメッセージ」を自粛して、などとニュースになっていた。
ぼちぼち「葉書」から脱する方向になるのかもしれないが、ご挨拶はまだまだ続く。