2023年1月18日水曜日

年度末

ここしばらく、と言っても、トシのせいか、数年が十数年というスパンに近くなるのだが。

大学の入学選考試験のバリエーションがやたら多くなった。入学試験の科目選択から始まって、センター入試利用、学校推薦、自主推薦、AO入試、適性資格推薦だのともろもろ。何が選考の基準になるのか、はたから見ると分かりにくい。しばらく前から、実技試験を経て入学に至らず、「絵を描くのは苦手ですう」「美術は不得意ですう」という学生が出現するようになった。「描くことは下手だが、美術好きなので、描くことはやぶさかではなく、上手くなるためにはがんばりたい」と言うのならまだしも、「苦手なので出来れば絵は描きたくない」のがなぜか多い。世間一般で言う、「美術学校」のスタンダードは、今や昔、である。美術学校の卒業生だからといって、絵が描けるとは言えない。さらにこれに留学生試験が加わるので、入学試験は5−6種類にもなる。選考側としては、共通の合格基準があり、よく言えば「多様性」があるわけだ。

おかげで、新入生の実技授業は、学科試験だけで合格した実技超初心者を相手に始めざるを得ない。もちろん、ある程度のスキルのある学生も入ってくるので、こちらにとっては超初心者向けの講座は、当然、面白くはない。今の学生にとっては「タイパ」は重要なので、「復習」とか、違う視点での学習の再構成、といったものは、「無駄」にしか見えない。

こういったことを考えながら、年度末の3月いっぱい、新年度の授業についてあれこれ悩むことになる。

2023年1月9日月曜日

お土産

 元日の朝は、例年やたら分厚い朝刊が届く。販売店から「いつもより厚いので、新聞受けには入らない場合、まわりをぐるっと見渡すように」という、ご注意のチラシも年末に入る。

ところが今年は、あれ?というくらい、分厚くはなかったので、ちょっと印象が違った。初売りセールのチラシも少ない。なんだか景気が悪いのかしら、という気分がする。

私は習い性で、朝は新聞を広げないと気が済まない。だからと言って、隅から隅まで熟読するというわけではないが。

妹の家は、かなり前から新聞購読はしていない。以前、ビジネスマンであるところの旦那様は、駅売りの朝刊を買って、電車内で読んでいた。そんな家庭習慣なので、甥っ子は新聞を読むという習慣がない。ニュースはもっぱらLINEだそうだ。

というわけで、実家に集まったときに、妹が持ち帰る「お土産」のひとつが、「古新聞」である。新聞は読まないが、古新聞は野菜の保管や掃除に便利なので、欲しいらしい。なんだか不思議な「お土産」である。

2023年1月4日水曜日

年賀状

 年末年始恒例の作業で「年賀状」というのがある。海外からだと、12月初めにクリスマスカードをやりとりすることが多い。いずれにせよ「ご挨拶」ではある。

ここ数年多くなってきたのが「年賀状じまい」を書き添えた「ご挨拶」である。定年退職、引っ越し、高齢、何となく理由がないのもある。一方、「年賀状じまい」もなく、返信もない、という人もいる。訃報がないので、こちらから止めるのもナンだなあ、と思いつつ、住所録を眺める。

「年賀状を送ることを控えることにしました」というご挨拶に対して、こちらが困るのは、「ちょっと返事は勘弁してね。でも年賀状は送ってくれて構わない」のか、「年賀状を送ってくれるのも勘弁してね」なのか、「音信不通希望」で「絶縁希望」でそもそも「住所録から削除してくれ」なのか、よく分からないことである。

年賀状だけで繋がっている友人もそれなりにおり、そういった人に「年賀状を控えることにしましたが、これからも変わらぬ交流をしたいです」と書かれた日には、変わらぬ交流とは年賀状だけだったのではあるまいかと突っ込みたくなる。どうすればいいのかしら。

2023年1月3日火曜日

年頭に

 ブログの更新も滞っており、気にはなっていたのだが。

別の意味で、「トシ頃」とでも言うのだろうか。以前よりも体力的健康的にも無理が利かなくなった。マルチタスクのような作業も、ちょっとしんどくなった。家族内高齢者にも時間を割かなければならない。当然のように仕事や作業もセーブせざるを得ない。コロナのおかげで仕事も日常生活もあれこれ変更したり戻したり戻らなかったりで、「予想外」「想定外」なことも多くなった。以前は、という形容詞が、10年くらいではなく20年30年ぐらいのスパンにもなってきた。だからというのではないが、ブログの更新も間遠になってきたのかもしれない。

年頭としては、もう少し文章を書きたいなあ、などと考えているのだが、さて、どうなることか。