2017年4月21日金曜日

発信


先日のニュースで、とある大臣の発言が取り上げられていた。「学芸員はがん」。
見出しだけだと非常にセンセーショナルである。間髪を入れず、twitterではお祭り状態である。
当の発言をした大臣の人となりや経歴、発言のリソースとなっていそうな資料、言及した施設のデータなど、よくよく集めてくるものだと思う。こういうのが集合知なのかもしれないが、怖いところでもある。
先日の、とある航空会社のオーバーブッキングのニュースもそうだった。前後関係がよくわからないまま、引きずり出されている男性しか見えない。次第に、その人物の過去の業績や、勤務先などもあちこちに雨後の筍のように出てくる。航空会社炎上、ではなく、被害者炎上、になりつつある。そもそもの問題の発端とか、解決策に向かっていかない。なぜかテレビのニュースでも、インターネットの情報をそのまま出したりする。ジャーナリズム、というのは、日本の報道では認識されていないのかもしれない。
インターネットで情報を入手するようになった以上に、「発信する」ことがらくちんになった。らくちん、ということは、それなりの対価がある、ということでもある。タダほど高いものはない。

2017年4月20日木曜日

変化


実家の近所も典型的な新興住宅地である。私鉄沿線、郊外、駅からバス、一戸建て庭付きが並んでいる。私鉄が開発しただけあって、それぞれの駅に住宅地が並ぶ。数駅隣は、一世を風靡した「金曜日の妻たち」というドラマのロケ地だった。サラリーマン、亭主元気で留守が良い、というコピーがあった頃だ。人口ドーナツ化現象、という言葉もあった。郊外に家を買い、都心に働きに出てくる、という状況だ。東京都心の昼間人口と夜間人口の違い、なども、社会科の教科書には出ていた。
さて、金妻エリア、こちらも世代交代で子ども世代は独立している。子ども世代は夫婦共稼ぎなので、駅近くの物件に引っ越して戻らない。かくして、高齢化した住宅街だけが残される。
一方、現在住んでいるところも、郊外の住宅地なのだが、近所の雑木林や畑は庭もないような一戸建て建売住宅に変貌している。こんなに建て込んでいたら、外壁の塗り替えは大変だろうなあと余計なお世話を考えたりもする。
住宅政策、というのがあったのかどうかわからない。社会情勢が変わっていない、と考えているのは政治家だけなのかもしれないと思ったりもする。

2017年4月19日水曜日

値段


近所の空き家が売りに出ていた。数日内に、ちらしが郵便受けに投函されていて、お値段が判明した。そこそこのお値段ではあるが、まあ手が出せないわけではない、という感じだ。都内のマンションだったら、ちょっと郊外で手狭な中古になってしまう。
その向かいにあった家は解体され、現在新築中である。近くにあった家も現在解体中、更地になっている。
数年前は、更地が駐車場になっていた。今や、その駐車場も空きが多い。高齢者が多いと、クルマも減ってくるわけだ。
エリアとしては少子高齢化の典型である。ただ、年寄りが多いと、昼間人口が多くなる。朝と言わず、夕方と言わず、誰かしらがどこかにいる。昼間は誰もいないワンルームマンションよりは、用心がいい。騒いで遊ぶ子どもも少ない。ぶいぶい言わす暴走族な兄ちゃんも、夜中に騒ぐ酔っ払いもいない。年寄りは早く寝る。必然的に静かである。まあちょっと、静かすぎるかもしれないが。

2017年4月18日火曜日

基準


東日本大震災の後、建築物の耐震性能がずいぶんと話題になった。
同居人が以前つとめていた小学校が建て替えになる、という話が出た。築30年にも満たない、比較的新しい校舎だ。耐震基準が変わって、建て替えざるを得ない、という。ずいぶんともったいない感じがした。まあそこで、けちってしまって、いざ地震で倒壊してしまったら元も子もないのだろうが。
その頃はそういった理由で、古い建物がずいぶんと建て替えになったり、取り壊されたり、大きくてごっつい鉄骨が建物の外側にがっつり貼り付けられたりした。
スクラップアンドビルド、という言葉が浮かぶ。あるいは、日本の経済は建築で回っているんだなあと言う気もする。

2017年4月11日火曜日

エリア


もうひとつ近所に東久留米団地というのがある。
これも築4−50年ほどのいわゆる「公団住宅」だ。10年ほど前から建て替え、再開発をしている。これも高層の住宅に集約して、公園のエリアを増やし、余剰地を事業地としている。商店街があったところに大手スーパーが入り、南の端に老人ホームが新設された。いろいろな意味でリニューアルである。
同じエリアで人生を過ごす、というわけだ。近所の小学校の桜は満開、ひらひらと花びらの舞う今日この頃である。

2017年4月10日月曜日

整理


4−50年も経てば、社会状況が変わった、というだけではなく、ハードウェアとしての機能とか耐震基準なども影響するのか、近隣の公団住宅ではいくつか建て替えているところがある。
団地、といえば老舗、ひばりが丘団地、というのも近所にある。ここも、数年かけて建て替えていた。以前はメゾネットの長屋風「テラスハウス」があった。築年数も古く、2階建てなので、庭の木の方がはるかに背が高い。それなりに生活感があって、眺めるのは楽しかった。終の棲家に良いなあなどと思っていたのだが、住んでいる方にすれば違うのだろう、しばらくぶりに通りかかると、空き家が増え、解体されてしまった。その後、区画整理されて、建て替えになった。テラスハウスのエリアには、庭もないような小さな一戸建てが並んでいた。いわゆる普通の新興住宅地風である。集合住宅のエリアも、エレベーターのある高層住宅になっていた。その分、というわけでもないのかもしれないが、芝生のある公園エリアが増えた。
新築を機会に、また新しい住民が入るようになるのだろう。日本では住宅は消耗品、である。

2017年4月9日日曜日

階段


東京郊外のこの辺りでは、やたら「団地」が多い。築40年から50年ほど、それこそ「団地族」と言われていた頃の「公団住宅」である。広い敷地に平行に建てられた、階段室型5階建ての集合住宅棟が並んでいる。
5階建、というのは、エレベーターを設置しないフロア数だと聞いたことがある。案の定、エレベーターはない。
違う市になるのだが、やはり団地の5階に住んでいる友人がいた。遊びに行くために、えっちらおっちら階段をのぼる。私は団地住まいの経験がないので、息をついたところで何階にいるのか失念したり、だいぶ上がったところで「違う階段」を上っていることに気がついたりした。自然に足腰の鍛えられる日常である。
妹の婿殿のご実家は大阪の団地住まいだった。あちらは万博を機に建てられたもっと大規模団地である。が、やはり5階建エレベーターなし5階住まい、だそうである。初めて会った婿殿のお母さんはかなり恰幅が良い人だった。押し出しのいい、大阪のおばちゃんである。5階住まいは大変だろうなあと思ったら、やはりそうだったらしい。体格もあって糖尿病、高血圧。5階まで上がるのが大変なので、次第に日常の買い出しなど外出は小柄なお父さんのお仕事になり、お母さんは必要最小限しか外出しなくなった。運動不足に輪がかかってしまい、もっと恰幅が良くなっていった。糖尿病で目が悪くなってしまい、家の中でもあまり動くことが出来なくなった。その後、自宅で具合が悪くなり、救急車を呼んだ。ところが、古い団地なのでエレベーターがない。階段室型で、ストレッチャーが階段を回らない。結局救急士がお母さんを抱えて降りることになったのだが、これが重たい。途中で救急士が音を上げて大変だったそうだ。結局、運び下ろすまでに相当な時間がかかったそうだ。
この話を聞いたのは、彼女がその後亡くなったときだ。頭に浮かんだのは、ラッセ・ハルストレムの「ギルバート・グレイプ」という映画だった。
団地を建てた頃は「バリアフリー」などという言葉はなかった。こんな事態になるとは考えてもいなかったのかもしれない。