2017年6月23日金曜日

世代

スマホ依存、という学生さんも多くなったわけだが、ある意味では、こういった電子機器の扱いには慣れてきたという見方もあるだろう。
コンピュータが必須の授業が始まった頃は、キーボードが「コワい」という学生さんが少なからずいた。タイピング、ということすらしたことがなかったので、キーボードで「d」はどこか、「k」はどこか、などと大騒ぎだった。ブラインドタッチなど申すまでもない。一本指打法である。「左クリック」を、右手でクリックするから「右クリック」と信じて疑わない学生さんもいた。マシンの電源を落として、と言ったら、すかさず電源ボタンを押して、作業中のデータを全部飛ばしてしまった学生さんもいた。
ここ数年だと、スマホのフリック入力は出来るのに、キーボードをあまり知らない、という学生さんもいる。「コントロールキー」や「デリートキー」を知らない、というわけだ。違う授業科目の話だが、レポートを作成するのにスマホで作業している学生がいたらしい。あんな細かい画面で良くやるなあ、と感心したが、それより前に親指が腱鞘炎にならないか心配にもなった。データでテキストレポートを送ってきたらしい。印刷の方法は知らなかったようだ。ここいらへんも、「スマホ世代」である。

2017年6月22日木曜日

現場

担当している授業の一つは、1年生のクラスである。当然のように、毎年1年生を見るわけだ。最近の学生さんは浪人が少ないので、概ね18−19歳くらいの「青二才」である。
10年以上前から「ケータイ」世代。そういえば、「ポケベル」世代というのもあったよな、などと思うのだが、ここ数年は「スマホ」世代である。ケータイ以上に、自他共に認める「依存症」が多い。いくらケータイ好き、と言っても、今のスマホ好きにはかなうまい。
構内の廊下や、通路など、こっちが気をつけないと、歩きスマホ学生に正面衝突しかねない。教室や廊下のコンセントは、必ずどこかで「充電中」のガジェットがぶる下がっている。そんなに熱中していてバッテリーを消耗して、肝心の連絡がつかなかったらどうするのだろうと思っていたら、鞄の中からモバイルバッテリーを出して見せてくれた学生がいた。ひとつ、ではない。二つ、三つである。
授業中のtwitterが数年前までのトレンドだった。「いま授業なう」、である。さて、ここ1−2年はLINEが流行である。twitterやfacebookなどは、投稿すれば一段落するSNSだが、LINEは常時相手がいてやりとりするような構造で、必然的にスマホ凝視状態である。もちろん授業中もひっきりなしに何か打っている。打ち終わると、1−2分したらまた打ち始める。私の世代で言えば、長電話状態である。受話器を置かずにずーっと抱えている感じである。
授業中に情報を収集したり、デバイスで書類を参照したりすることが多くなって、授業中スマホ禁止と大声でアナウンスはしていない。デバイス上のマニュアルを見るついでにLINEを始めてしまうと、授業の方は上の空である。途中でお腹が痛いのでトイレに行っていいですか、というので、本当に具合が悪いのであれば保健室に行きなさいね、と言ってドアを開けたら、ハンカチではなくスマホを握りしめている。お腹が痛くてトイレに行くのに、なぜスマホが必要なのか、理解に苦しむ。あげくに、スマホで授業以外の作業はしないように、特にLINEは、などと中学生に言うような注意をする羽目になる。これが高等教育の現場なのかと思うとがっくりである。

2017年6月21日水曜日

ダイエット

時折、すれ違う車は真っ赤なのだが、ボンネットの色が真っ黒。色が違うのが気になっていた。詳しい人に聞くと、ボンネットだけをカーボンにしているのでは、ということだった。
クルマのボディーは一般的にスチールでつくられている。鋼鉄だから、それなりに重たい。一方、乗り物などで速度をそれなりに出すには、自重を少なくするというのが基本だ。競馬のジョッキーは小柄である。自転車で言えば、サイクリング用のそれはママチャリよりもかなり軽い。それと同等で、クルマもボディーを軽くすればスピードを出しやすい。街乗り、一般車両であれば、まずはアルミホイルにする、というのが常識、その次にやることは、パネルをカーボンファイバーにするのだそうだ。ただし、全部カーボンにしてしまうと、かなりお高くなってしまうことと、紫外線による劣化が大きく、またクルマの強度は小さくなる。その兼ね合いが面倒らしい。ちょっとでも軽くするために、パネルをひとつカーボンにする、という作戦をとることがあるらしい。
さて、すれ違うクルマのボンネットは黒いので、カーボンファイバーだろうと思われる。従って、オーナーはクルマ好き、しかもラリーとかレース好きなのかもしれない、と思われる。カーボンはお高いので、それなりに懐具合もあるりそうだと思われる。
だから、というわけではないが、ついドライバーに目が行くことになってしまう。
若い、とは言えない。スマート、とも言えない、むしろ懐具合並にフクフク、といった体型である。
うーむ、ボンネットをカーボンにすれば、どの程度自重が減るか知らないが、ドライバーのダイエットの方が効果的な気がするのだが。

2017年6月20日火曜日

マクラ

いまどきの、とマクラがつくようになったら年寄り、と言われる。若いもんに「昔の」などと、生まれる前のことを言っても意味はない。彼らには「いま」しかないからだ。
まあそれでも、年をとってみると、以前との比較で考えることは多くなる。大学の1年生相手でよく考えるのは、高校までの教育成果としての「学生」さんである。
年寄り世代になくて、いまどきの学生にあるのは、「情報科」という科目である。コンピュータとか、情報リテラシーを教える、という科目である。一方減っているんだろうなあと思うのは、いわゆる工学系の技術科、家事系の家庭科である。男子でも5寸釘が打てない、図面が読めない、女子でも裁縫が出来ない、包丁が扱えない、という場面を見かける。個人差なのかもしれないが、授業でやったのでは、と聞いたら、やってません、と堂々と答える。おうちのお手伝いもしたことがないのだろう。
ではいまどきの学生さんは、情報系はばっちり、なはずだが。簡単なプログラミングをやったことがある学生から、パワポで何かつくったことがある、インターネットで調べものをした、程度までかなりばらつきがある。情報科には、学習指導要領などというものがないような印象すらある。教える側の能力差が大きい、と言えばそれまでだろうが、義務あるいはそれに近い教育制度で、なおかつ、いまどきのリテラシーとして重要な「情報」系の科目で、それはまずくはないだろうか、と思う。
今や昔、であるが、技術科という科目でも、学校によってはかなりばらつきがあった。私の世代の男子に聞くと、エンジン全部分解再構築、丸太から板を切り出して椅子と机を作る、などというのがあった。私は女子校だったので、家庭科オンリー。やはりお裁縫が多く、ボタンホールはフランス風を教わった。中学生の頃、ブラウスやスカートをつくったのだが、ジャストサイズで型紙をつくったのが4月、出来上がるのが数ヶ月後で、出来た頃にはサイズが変わっていた。成長期まっただなか、だったのである。
いやしかし、今考えると、エンジン分解など面白そうだなあ、と思うのだが。

2017年6月16日金曜日

蕎麦屋

曾祖父は、大学で教えていた。大正から戦前の話である。
大学は今ほど給料を出さなかったので、ほぼ無給というのが雇用の条件だったらしい。その頃の家訓が、そば屋で昼飯を食べない、というものだったそうだ。
授業の合間に昼食を外でとることになると、どうしても同僚と一緒になる。話はどうしても授業の話だったり、教え子の話になったり、愚痴だったり、する。どこで誰が耳をそばだてているか分からない。学内のことは外部に出すな、という教訓である。
翻って、いまどきの先生たちはよく外に食べに行く。同僚も伴う。近所の飲み屋で大騒ぎしているグループがいて、様子をよーく観察していると、近所の学校の先生だったりする。がっかりである。
新学期になってから、先生のtwitterが話題になった。「思っていたようなクラスのメンバーにならなかった」といった趣旨のコメントである。案の定炎上である。
発言の内容以前に、twitterがいまどき「ひとりごと」だと思っている方もいかがなものか。お仕事の愚痴を外には出さない、というのは、先生という職業以前に、どんなお勤めであっても前提なのだと思っていたが。
人はさまざまな失敗を重ねて大人になるものだが、今日ではちょっとした失敗も、大問題になってしまい、「重ねる」どころの話ではない。辛い世の中、ではある。

2017年6月15日木曜日

未来

食洗機が故障した。杞憂してから2ヶ月である。https://tcd5m.blogspot.jp/2017/04/blog-post_6.html
製造がとっくに中止されている業務用メーカーの家庭用卓上型機器である。修理が出来るかと電話をしたら、速攻でサービスマンがやってきた。製造中止機器なので修理できるのかと言えば、倉庫にある在庫のパーツをかき集めてみます、と言う。翌日見積書をわざわざ持参して、ほぼ8割のパーツが集まったので、オーバーホールしますか、と言う。軽く大手メーカーの卓上型製品値段になる。これで数年はしのげるのか、と一発奮発である。
入院中は食器手洗い、ということになる。いない間に食洗機のありがたみをしみじみ感じる。手荒れのひどい人や、油汚れの多いものを洗う人には、文明の利器である。アンダーカウンターの据え付け型だと、4人家族1日分まとめて洗う、という感じになる。少人数の家や、食器をよく使い回す家なら、小容量で回転を多くした方が便利に思える。
大手家電メーカーだと、小容量だが1回の運転が小1時間である。実家でもそうだが、鍋釜までは突っ込めない。
ほとんどの国産電機メーカーが撤退した現在、食洗機の未来が心配である。

2017年6月14日水曜日

煎餅屋

学生さんと話をしていると、世の中は「自分たち世代」しかいない、という感じがすることが多い。流行の歌や番組など、「知っていてしかるべき」という前提で話をする。他の世代は「世の中に存在しない」というのが彼らの常識である。
さて、2年生の授業ではフィールドワークを含めて作業をする。学外に放り出すと、いろいろなものを見るし、さまざまな人と関わる。そして自分たちの視野の狭さを知る。ただし、「自分たち世代しかいない」と思っている学生さんは、視野の狭さを知るのにすごく時間がかかる。ところが1学年に数名ほど、早い時期に、視野がものすごーく広がる学生さんがいる。こういう学生さんは、フィールドで他人のお話を聞くのが上手である。決まった傾向があって、他人、といっても年寄り、にである。ニコニコと挨拶をして、おしゃべりをするのが上手い。あげくに、あめ玉をもらったり、缶コーヒーを買ってもらっていたりする。
こういうタイプを、授業内用語で「年寄り転がし」と言っている。
ある学年で、地味な女子学生がいた。小柄で声が小さく、引っ込みがち、目立たない学生である。ところがフィールドワークをすると、年寄りとおしゃべりするのがえらく上手い。一気に「デビュー」、クラスで注目の的、である。よく聞いてみると、実家が草加市で煎餅屋をやっており、兄が跡取りとして修行中、妹の彼女は売り子の看板娘、なのだそうだ。どうりで、年寄り扱いが上手いわけだった。