2017年6月23日金曜日

世代

スマホ依存、という学生さんも多くなったわけだが、ある意味では、こういった電子機器の扱いには慣れてきたという見方もあるだろう。
コンピュータが必須の授業が始まった頃は、キーボードが「コワい」という学生さんが少なからずいた。タイピング、ということすらしたことがなかったので、キーボードで「d」はどこか、「k」はどこか、などと大騒ぎだった。ブラインドタッチなど申すまでもない。一本指打法である。「左クリック」を、右手でクリックするから「右クリック」と信じて疑わない学生さんもいた。マシンの電源を落として、と言ったら、すかさず電源ボタンを押して、作業中のデータを全部飛ばしてしまった学生さんもいた。
ここ数年だと、スマホのフリック入力は出来るのに、キーボードをあまり知らない、という学生さんもいる。「コントロールキー」や「デリートキー」を知らない、というわけだ。違う授業科目の話だが、レポートを作成するのにスマホで作業している学生がいたらしい。あんな細かい画面で良くやるなあ、と感心したが、それより前に親指が腱鞘炎にならないか心配にもなった。データでテキストレポートを送ってきたらしい。印刷の方法は知らなかったようだ。ここいらへんも、「スマホ世代」である。

2017年6月22日木曜日

現場

担当している授業の一つは、1年生のクラスである。当然のように、毎年1年生を見るわけだ。最近の学生さんは浪人が少ないので、概ね18−19歳くらいの「青二才」である。
10年以上前から「ケータイ」世代。そういえば、「ポケベル」世代というのもあったよな、などと思うのだが、ここ数年は「スマホ」世代である。ケータイ以上に、自他共に認める「依存症」が多い。いくらケータイ好き、と言っても、今のスマホ好きにはかなうまい。
構内の廊下や、通路など、こっちが気をつけないと、歩きスマホ学生に正面衝突しかねない。教室や廊下のコンセントは、必ずどこかで「充電中」のガジェットがぶる下がっている。そんなに熱中していてバッテリーを消耗して、肝心の連絡がつかなかったらどうするのだろうと思っていたら、鞄の中からモバイルバッテリーを出して見せてくれた学生がいた。ひとつ、ではない。二つ、三つである。
授業中のtwitterが数年前までのトレンドだった。「いま授業なう」、である。さて、ここ1−2年はLINEが流行である。twitterやfacebookなどは、投稿すれば一段落するSNSだが、LINEは常時相手がいてやりとりするような構造で、必然的にスマホ凝視状態である。もちろん授業中もひっきりなしに何か打っている。打ち終わると、1−2分したらまた打ち始める。私の世代で言えば、長電話状態である。受話器を置かずにずーっと抱えている感じである。
授業中に情報を収集したり、デバイスで書類を参照したりすることが多くなって、授業中スマホ禁止と大声でアナウンスはしていない。デバイス上のマニュアルを見るついでにLINEを始めてしまうと、授業の方は上の空である。途中でお腹が痛いのでトイレに行っていいですか、というので、本当に具合が悪いのであれば保健室に行きなさいね、と言ってドアを開けたら、ハンカチではなくスマホを握りしめている。お腹が痛くてトイレに行くのに、なぜスマホが必要なのか、理解に苦しむ。あげくに、スマホで授業以外の作業はしないように、特にLINEは、などと中学生に言うような注意をする羽目になる。これが高等教育の現場なのかと思うとがっくりである。

2017年6月21日水曜日

ダイエット

時折、すれ違う車は真っ赤なのだが、ボンネットの色が真っ黒。色が違うのが気になっていた。詳しい人に聞くと、ボンネットだけをカーボンにしているのでは、ということだった。
クルマのボディーは一般的にスチールでつくられている。鋼鉄だから、それなりに重たい。一方、乗り物などで速度をそれなりに出すには、自重を少なくするというのが基本だ。競馬のジョッキーは小柄である。自転車で言えば、サイクリング用のそれはママチャリよりもかなり軽い。それと同等で、クルマもボディーを軽くすればスピードを出しやすい。街乗り、一般車両であれば、まずはアルミホイルにする、というのが常識、その次にやることは、パネルをカーボンファイバーにするのだそうだ。ただし、全部カーボンにしてしまうと、かなりお高くなってしまうことと、紫外線による劣化が大きく、またクルマの強度は小さくなる。その兼ね合いが面倒らしい。ちょっとでも軽くするために、パネルをひとつカーボンにする、という作戦をとることがあるらしい。
さて、すれ違うクルマのボンネットは黒いので、カーボンファイバーだろうと思われる。従って、オーナーはクルマ好き、しかもラリーとかレース好きなのかもしれない、と思われる。カーボンはお高いので、それなりに懐具合もあるりそうだと思われる。
だから、というわけではないが、ついドライバーに目が行くことになってしまう。
若い、とは言えない。スマート、とも言えない、むしろ懐具合並にフクフク、といった体型である。
うーむ、ボンネットをカーボンにすれば、どの程度自重が減るか知らないが、ドライバーのダイエットの方が効果的な気がするのだが。

2017年6月20日火曜日

マクラ

いまどきの、とマクラがつくようになったら年寄り、と言われる。若いもんに「昔の」などと、生まれる前のことを言っても意味はない。彼らには「いま」しかないからだ。
まあそれでも、年をとってみると、以前との比較で考えることは多くなる。大学の1年生相手でよく考えるのは、高校までの教育成果としての「学生」さんである。
年寄り世代になくて、いまどきの学生にあるのは、「情報科」という科目である。コンピュータとか、情報リテラシーを教える、という科目である。一方減っているんだろうなあと思うのは、いわゆる工学系の技術科、家事系の家庭科である。男子でも5寸釘が打てない、図面が読めない、女子でも裁縫が出来ない、包丁が扱えない、という場面を見かける。個人差なのかもしれないが、授業でやったのでは、と聞いたら、やってません、と堂々と答える。おうちのお手伝いもしたことがないのだろう。
ではいまどきの学生さんは、情報系はばっちり、なはずだが。簡単なプログラミングをやったことがある学生から、パワポで何かつくったことがある、インターネットで調べものをした、程度までかなりばらつきがある。情報科には、学習指導要領などというものがないような印象すらある。教える側の能力差が大きい、と言えばそれまでだろうが、義務あるいはそれに近い教育制度で、なおかつ、いまどきのリテラシーとして重要な「情報」系の科目で、それはまずくはないだろうか、と思う。
今や昔、であるが、技術科という科目でも、学校によってはかなりばらつきがあった。私の世代の男子に聞くと、エンジン全部分解再構築、丸太から板を切り出して椅子と机を作る、などというのがあった。私は女子校だったので、家庭科オンリー。やはりお裁縫が多く、ボタンホールはフランス風を教わった。中学生の頃、ブラウスやスカートをつくったのだが、ジャストサイズで型紙をつくったのが4月、出来上がるのが数ヶ月後で、出来た頃にはサイズが変わっていた。成長期まっただなか、だったのである。
いやしかし、今考えると、エンジン分解など面白そうだなあ、と思うのだが。

2017年6月16日金曜日

蕎麦屋

曾祖父は、大学で教えていた。大正から戦前の話である。
大学は今ほど給料を出さなかったので、ほぼ無給というのが雇用の条件だったらしい。その頃の家訓が、そば屋で昼飯を食べない、というものだったそうだ。
授業の合間に昼食を外でとることになると、どうしても同僚と一緒になる。話はどうしても授業の話だったり、教え子の話になったり、愚痴だったり、する。どこで誰が耳をそばだてているか分からない。学内のことは外部に出すな、という教訓である。
翻って、いまどきの先生たちはよく外に食べに行く。同僚も伴う。近所の飲み屋で大騒ぎしているグループがいて、様子をよーく観察していると、近所の学校の先生だったりする。がっかりである。
新学期になってから、先生のtwitterが話題になった。「思っていたようなクラスのメンバーにならなかった」といった趣旨のコメントである。案の定炎上である。
発言の内容以前に、twitterがいまどき「ひとりごと」だと思っている方もいかがなものか。お仕事の愚痴を外には出さない、というのは、先生という職業以前に、どんなお勤めであっても前提なのだと思っていたが。
人はさまざまな失敗を重ねて大人になるものだが、今日ではちょっとした失敗も、大問題になってしまい、「重ねる」どころの話ではない。辛い世の中、ではある。

2017年6月15日木曜日

未来

食洗機が故障した。杞憂してから2ヶ月である。https://tcd5m.blogspot.jp/2017/04/blog-post_6.html
製造がとっくに中止されている業務用メーカーの家庭用卓上型機器である。修理が出来るかと電話をしたら、速攻でサービスマンがやってきた。製造中止機器なので修理できるのかと言えば、倉庫にある在庫のパーツをかき集めてみます、と言う。翌日見積書をわざわざ持参して、ほぼ8割のパーツが集まったので、オーバーホールしますか、と言う。軽く大手メーカーの卓上型製品値段になる。これで数年はしのげるのか、と一発奮発である。
入院中は食器手洗い、ということになる。いない間に食洗機のありがたみをしみじみ感じる。手荒れのひどい人や、油汚れの多いものを洗う人には、文明の利器である。アンダーカウンターの据え付け型だと、4人家族1日分まとめて洗う、という感じになる。少人数の家や、食器をよく使い回す家なら、小容量で回転を多くした方が便利に思える。
大手家電メーカーだと、小容量だが1回の運転が小1時間である。実家でもそうだが、鍋釜までは突っ込めない。
ほとんどの国産電機メーカーが撤退した現在、食洗機の未来が心配である。

2017年6月14日水曜日

煎餅屋

学生さんと話をしていると、世の中は「自分たち世代」しかいない、という感じがすることが多い。流行の歌や番組など、「知っていてしかるべき」という前提で話をする。他の世代は「世の中に存在しない」というのが彼らの常識である。
さて、2年生の授業ではフィールドワークを含めて作業をする。学外に放り出すと、いろいろなものを見るし、さまざまな人と関わる。そして自分たちの視野の狭さを知る。ただし、「自分たち世代しかいない」と思っている学生さんは、視野の狭さを知るのにすごく時間がかかる。ところが1学年に数名ほど、早い時期に、視野がものすごーく広がる学生さんがいる。こういう学生さんは、フィールドで他人のお話を聞くのが上手である。決まった傾向があって、他人、といっても年寄り、にである。ニコニコと挨拶をして、おしゃべりをするのが上手い。あげくに、あめ玉をもらったり、缶コーヒーを買ってもらっていたりする。
こういうタイプを、授業内用語で「年寄り転がし」と言っている。
ある学年で、地味な女子学生がいた。小柄で声が小さく、引っ込みがち、目立たない学生である。ところがフィールドワークをすると、年寄りとおしゃべりするのがえらく上手い。一気に「デビュー」、クラスで注目の的、である。よく聞いてみると、実家が草加市で煎餅屋をやっており、兄が跡取りとして修行中、妹の彼女は売り子の看板娘、なのだそうだ。どうりで、年寄り扱いが上手いわけだった。

2017年6月11日日曜日

営業

大学は厳しい時代である。黙っていても受験生が群がる時代ではないので、積極的に営業を行う。
大規模な営業活動の一つに、「オープンキャンパス」というのがある。お若いと何でも略語にしてしまうので、通称「オーキャン」。初めて聞いたときは、ドタキャンの親戚かと思ってしまった。
勤務校では、6月初めの週末がそれにあたっている。学科ごとにバナーをつくり、パンフレットをつくり、授業参観が出来たり、課題作品を展示したり、という作戦である。普段の授業を見せるのが、オープンキャンパスのそもそもの意図だったと思うのだが、今やお祭り騒ぎである。研究室のスタッフ、受付をしていたりする学生たちがお揃いのTシャツで廊下に並んでいる。うーむ、こういうお祭り好きが多くて、普段は何やってんだか、ということを見せるには良いのだろうが。
実際のところ、展示をしたり、パンフレットをつくったりという実務は、研究室のスタッフが担っている。私の頃にはなかったイベントである。余計なお世話だろうが、研究室スタッフは、余計な業務だと思わず、一生懸命やっている様子が泣かせる。
こんなにしてまで営業しなくてはならない、ということも泣かせる。ここまでするのであれば、もっとダウンサイジングすることを考えれば良いのに、と考えたりもするのだが、ことに男の人はイケイケどんどんというタイプの人が多いので、ダウン、などとは考えたくもないのだろうが。
毎年イベントとは関係なく、通常授業をやっていると身としては、いつも通りに授業をさせてほしいものである。

2017年6月10日土曜日

ベクトル

写真の先生と少し立ち話をしていた。最近の学生さんは−、というのがマクラである。
写真の先生がここ数年がっくりしていることがあるそうだ。授業時に、褒めた学生さんが、しばらくして「写真を見てください」とやってくる。見せてくれたのは「鎌倉に遊びに行ってきました」な感じの、記念写真だったそうだ。
そういえばなあ、と自分の授業も思い起こす。私の方は実写のビデオを担当しているのだが、そちらもここ数年「ホームムービー」風な作風が目立つからである。
それが意図してか意図していないかはよく分からなかったのだが、最近の学生さんはスマホで動画、インスタグラムなどのSNSで公開、というフローが多い。小学生の「憧れの職業」に「You Tuber」が入っている。初期のそれはかなり計算されて台本が書かれているように見えるのだが、表面上は「お気楽ムービー」に仕上げている印象がある。それに騙されているのか、本質を読み込めないのか、動画作成は「軽いノリ」で「稼げる」と思っているのかもしれない。やたらカメラを振り回す、ピントも露出も関係なし、表現の特性や特長も理解しない、とりあえず機材をいじり倒す、という印象である。
ビデオカメラや編集ソフトの宣伝コピーを眺めると、「プロ級の仕上がり」「ハイクオリティ」「最高画質」なのが多い。決して、「作り手のコンセプト」などには立ち入らない。
写真で言えば、ライカを持っていてもアマチュアはアマチュア、「写ルンです」で作品を制作するプロ。ホームムービーを否定するわけではないが、美術の畑で作品を制作するのであれば、少しベクトルが違うような気がする。

2017年6月7日水曜日

シベリアへの道

学校というところは、どこでもそうなのだろうが、構内に校舎が点在している。私が学生だった頃は、まだあまり建物がなくて、敷地のど真ん中にグラウンドがあった。
20年以上前から、グラウンドの上に道路が計画されていた。いつなくなるか、と言いながら数十年経ったのだが、やっとここ数年でグラウンドが撤去された。つまり道路を境に、キャンパスは南北に分断された。
数年前から南北を自由に横断するのは歩道橋か地下道か、などと教授会で話題になっていたようだが、それも結局地下道に落ち着いた。工事状況を眺めていたが、土木工事というのはすごいものである。
さて、昨年出来た南北地下道だが、いまどきの学校らしく「愛称募集」などというポスターがしばらく貼ってあった。1等賞に豪華賞品! だったかどうかは知らないが。
分断された北の方には彫塑のアトリエがある。ほぼ全ての学生が必修で学ぶ実習科目のアトリエである。かなり肉体労働な科目だったので、デザイン志望のヤワな学生には辛かった。ドロップアウトする学生が何人かいた。単位を落としてしまうと「再履修」である。つまり、その科目で何が何でも単位を修得しなくてはならない。落としたままでは卒業できないからである。カリキュラム編成上の都合で、正規の授業時間内には「再履修」することができない。それで、授業が開講されていない期間、つまり冬休みに1週間の集中履修が用意されていて、そこに参加することになる。
彫塑のアトリエは冷暖房がなかった。ふきっさらしで、下はコンクリの打ちっ放し。木彫だとアトリエは「建物」の中だが、コンクリの塊を彫塑する課題だと、屋外、上は雨よけの「テント」だけである。当然のように、再履修期間は冬である。寒いどころではなく、すごく寒い。再履修して通うのは「シベリア」と言われた。私の場合、「シベリア」に通いたくないがために、彫塑の単位取得に一生懸命だったと言ってもいいくらいだ。だから、北に向かう通路の名前は、私の世代だとそれは「シベリアへの道」としか考えられない。
最近の課題では再履修の学生が少ないのかもしれないし、冷暖房完備なアトリエになったのかもしれない。アトリエや再履修のクラスをシベリアとは言わなくなったようで、もちろん採択された通路のお名前は「ガレリア」だった。なんか、ショッピングモールのようである。

2017年6月6日火曜日

方言

同居人の最近のお仕事のひとつは、「スクールカウンセラー」である。
いじめ問題や教員の不祥事など、メディアで良く取り上げられている。その対策に、文科省が旗を振って「チーム学校」などと音頭を取っている。その「チーム」にいる、というわけである。
文科相が旗を振っているからと言って、全国的に即座に配属されたわけではない。こういうのは、自治体の教育委員会の裁量なので、全国一律同じように配属されてはいない。
一般的に思い浮かぶのは、生徒相談室で生徒個人のお悩み相談、というところだろう。必要な資格に「臨床心理士」などというのがお馴染みである。翻って、同居人の方は、学校心理士、という資格である。どちらかと言えば、先生側のサポートのウェイトが大きい。今のところは、市の教育委員会で設置されているチームで、市内の小中学校を巡回し、学級運営をサポートしている。
サポートするからには、学校内の授業の様子も見ることになる。
先日は、市内の小学校に出向いて行って授業参観してきた。「英語」の授業だったらしい。小学生相手なので、外国人講師が、歌やゲームをしながら、日常的な会話に慣れる、という内容だったようだ。外国人講師、と言われればそうなのだろうが、その学校では明らかにフィリピンなまりの英語で、かなり派手なお姉さんが教えていたらしい。英語、と言っても、フィリピン風である。
まあ、インドなまりとか、エジプトなまりとか、コックニーなまりとか、オーストラリア風とか、英語と言ってもそれぞれあるので、国際的、と言われればそうなのかもしれないが。

2017年6月5日月曜日

登録

新学期が始まって2ヶ月が過ぎた。ぼちぼち学生も落ち着いてきた頃、と思っていると遅めの5月病になっていたりする。難しいお年頃である。
同居人の方は今年は90人前後の受講生を抱えている。出席者の確認チェックは帰宅後の私の作業である。
昨年度までは、同じ時間帯に行われていた授業の講師が、あろうことか同居人とルックスがそっくりだった。短身、メタボ、坊主頭、メガネ、チョビ髭である。教職課程、必修科目なのも一緒である。おかげで、授業を取り間違えている学生が数名いた。本人は当然のように受講しているのだが、登録名簿に名前がない。教務課で調べてもらうと、あちらの授業の受講生である。授業名が全く違うし、シラバスの内容とも違うのに、疑問に感じないのだろうか、というのが謎だった。
そちらの授業の講師は無事定年退職で、今年度から後任の先生が新しくやってきた。今年度は講師が変わったので、受講間違いはないのだろうかと思っていたら、あにはからんや、今度の先生の方が同居人にそっくりらしい。やはり短身、メタボ、坊主頭、メガネ、チョビ髭である。類は友を呼ぶらしい。

2017年6月4日日曜日

対策

インターネットでメールを使うようになってしばらくになる。使うようになった、ということは、一方で使わなくなったものもある。メールでやりとりするようになって、急激に使用頻度が落ちたものにファックスがある。
ファックス、という機械が出現したころは画期的だった。なにせ、自宅にいて、海外と即座に文書のやりとりが出来る。国際電話だと時差があるので、先方のオフィスアワーに電話するのに夜中に起き出さなくてはならない。致命的なのは、会話力の差なのかもしれないが、それよりも前に、あの「タイムラグ」でなかなか意思が通じなかったことだ。おかげで
、新聞社でテレックス、などというものを拝借したことがあったくらいだ。ファックスが出てきて一番先にやったのは、ホテルの予約とその確認だ。テレックスも今や死語だが、今やファックスもその後を追いそうだなーと思っていた。
電子メールの少し前は、文書のやりとりは郵便よりも早いファックス、というのが便利だった。ぴろぴろー、という音色を聞いていると、機械さんが一生懸命通信している実感があった。
電子メールになってから、それよりも高精細、大量の文書もあっという間に送れるのである。もちろん、あっという間に、ファックスの使用頻度が激減した。しばらく使わなかったので印刷用紙が残り少なくなっていたり、用紙切れで受信できなかったり、インクリボンの具合がよろしくなかったり、などというトラブルとは無縁である。
何かの時のために、自宅でもファックスを置いてはいるが、私の仕事に関しては、ファックスのやりとりはほぼ皆無になった。せいぜいあっても、家電修理の見積もりを送ってもらうくらいである。
同居人の方は、未だにファックスのやりとりがある相手がある。電子メールなど使いこなせない年寄りだと思われているのかもしれない。早朝、ぴろぴろーとファックスを送信している。
ところが、同居人の勤務先では、最近ファックスが復活した。電子メールの添付ファイルにウィルスが入っていた、ということがあったらしい。ウィルス対策していれば問題はないのだが、役所というのはそういうことにあまり強くない。対策を立てる前に用心、ということになったらしく、メールサーバーで添付ファイルが使えない設定にしたらしい。ファックスならウィルスは来ないのだろうが、やはりこちらも、早朝ぴろぴろーとやりとりをしている。
アナログな風景復活である。

2017年6月3日土曜日

別々

授業期間以外は、ぼちぼちとフリーの仕事をしている。どんなお仕事であっても、請求という事務作業がある。いまどき現金でギャラをくれるところはないので、口座に振り込んでもらうことになる。口座番号と口座名など伝えるのが事務作業、である。
普段のお仕事は旧姓でやっている。まわりを見回すと、そういう人も多い。大学の延長上で仕事をしていることもあって、あまり不自然さはない、と思っている。これで三度目の名字なのだが、変わるたびに姓名判断では運勢が落ちていく。右肩下がりな人生である。生まれたときに姓名判断でもして、命名したのだろう。親心である。しかし、名字が変われば判断が変わるなど、赤ん坊の頃には思われていなかったに違いない。ともあれ、右肩下がりではいやなので、一番運勢の良い名字で仕事を続けている。
勤務校ではあまりうるさいことを言われなかったので、職員名簿と給与振り込み明細書の名前が違っていた。その頃は経理の係と顔パスだったので、毎度毎度、などと挨拶して明細書をもらっていた。まあ業界としては、ペンネームなど使う先生も多かったのだろう。
面倒なのは、フリーで仕事をしていて、お仕事場と振込口座の名前が違うと、問い合わせが入ることである。赤の他人の口座ではないかと考えてくれるらしい。振り込む側としても、お仕事名前で振込を手続きしてしまい、口座名見当たらず、と組み戻しになってしまい手数料が発生したりする。
こんなトラブルがたまにあるのだが、こういうときに夫婦別姓だったら面倒ではないのだがなあ、と思ってしまう。通称で問題がない、と国会議員は思っているのだろうが、面倒くさいのを我慢している、のである。

2017年5月2日火曜日

セブンイレブン


同居人が小学校の先生業をやっていたので、どうしてもマスコミに「先生」ネタが出てくると二人で気になったりする。先日の夕刊のトップは、中学教諭の残業時間、だった。何を今さら、ではあるが。
先生業も「ブラック」な商売である。話題になった「学芸員」も同様である。時給いくら、というサラリーマンの給与体系に見合わないところがある。もちろん見合わなくてもやりたい仕事でやりがいがある仕事なので、時間など気にせず仕事をしてしまう、という癖のある人も多い。企画展の準備で徹夜、ということもあったのに、「がん」呼ばわりされると、なんとも言えない。
セブンイレブン、というコンビニがある。先生業もそう言うのだそうである。同居人は小学校勤務だったので、6時前には家を出て、7時前には学校に着いていた。一番最初の子どもが、開門と同時に入ってくるので、その前には「居る」ためである。授業は概ね3時頃まで、その後クラブや委員会、PTAの会議、遠足や運動会など行事の準備、職員室での業務連絡、学年内の業務連絡、その後担当教科ごとの業務連絡、それからやっと、明日の授業の準備である。一段落するのが午後8時頃、それからぼちぼち夕食を食べて帰るかなあ、帰宅後も明日の授業の準備である。
私学にいた時は、勤務管理がかなり厳しいところだったので、夕方5時か6時には強制的に退校だった。だから業務が少ないかと言えば、そんなことはなくて、持ち帰れるものはお持ち帰り、帰宅してからはかなり夜遅くまで長電話で打ち合わせ、ということが多かった。
ずいぶん前から、過労死、燃え尽き症候群などいろいろと言われているのに、現場はあまり変わらない。むしろ仕事が増えているのか、自分たちで増やしてしまっているのか。いずれにせよ、長時間労働だったので、週末はほぼ使いものにならず、ずーっと寝ていたことが多かった。
今でもヒマがあれば寝てしまう癖は抜けない。

2017年5月1日月曜日

一掃


さて、学芸員のことである。
大臣さんも、あるいは反論している人もそうなのだとおもうが、学芸員という立場とか職業自体がかなり大雑把なイメージなのかなあと思う。
博物館に勤務、している学芸員であっても、自治体が雇用していたり、財団が雇用していたり、とそれぞれまちまち。終身雇用の人もいれば、1年または数年契約だったりする人もいる。嘱託で学芸員の業務をする人もいれば、ボランティアで参加している人もいる。展示と普及活動を学芸員が同時に担う施設もあれば、展示だけ、普及だけと、別々に活動している施設もある。
十人十色、ということばがあるが、博物館、学芸員ごとに、やっている仕事もそれぞれ違う。大臣が「なんじゃこいつ」と思った人が、学芸員の「ひとり」だったとしても、それが学芸員すべて同じ、というわけではない。
そんなこと言えば、政治資金でワインや、子供服、当の発言者は高級玉子を買っていた。政治に関係ないお買い物をするような議員は一掃しろ、という論法になる。
まあある意味で、社会的な話題にはなったのかもしれないが。

2017年4月30日日曜日

対価


先日のニュースで、とある大臣の発言が取り上げられていた。「学芸員はがん」。その後も失言があったようで、その後辞任した。
ともあれ、美術館でいささかのお仕事をしている身としては、ちょっと気になっちゃうところである。いやいや学芸員は雑芸員で、がんではない。
もとい、見出しだけだと非常にセンセーショナルである。間髪を入れず、twitterではお祭り状態だった。
当の発言をした大臣の人となりや経歴、発言のリソースとなっていそうな資料、言及した施設のデータなど、インターネット上の人たちは、よくよく集めてくるものだと思う。こういうのが集合知なのかもしれないが、怖いところでもある。
先日の、とある航空会社のオーバーブッキングのニュースもそうだった。前後関係がよくわからないまま、引きずり出されている男性しか見えない。次第に、その人物の過去の業績や、勤務先などもあちこちに雨後の筍のように出てくる。航空会社炎上、ではなく、被害者炎上、になりつつあった。そもそもの問題の発端とか、根本的な解決策に向かっていかない。なぜかテレビのニュースでも、インターネットの情報をそのまま出したりする。ジャーナリズム、というのは、日本の報道では認識されていない、ような気さえする。
インターネットで情報を入手するようになった以上に、「発信する」ことがらくちんになった。らくちん、ということは、それなりの対価がある、ということでもある。タダほど高いものはない。

2017年4月21日金曜日

発信


先日のニュースで、とある大臣の発言が取り上げられていた。「学芸員はがん」。
見出しだけだと非常にセンセーショナルである。間髪を入れず、twitterではお祭り状態である。
当の発言をした大臣の人となりや経歴、発言のリソースとなっていそうな資料、言及した施設のデータなど、よくよく集めてくるものだと思う。こういうのが集合知なのかもしれないが、怖いところでもある。
先日の、とある航空会社のオーバーブッキングのニュースもそうだった。前後関係がよくわからないまま、引きずり出されている男性しか見えない。次第に、その人物の過去の業績や、勤務先などもあちこちに雨後の筍のように出てくる。航空会社炎上、ではなく、被害者炎上、になりつつある。そもそもの問題の発端とか、解決策に向かっていかない。なぜかテレビのニュースでも、インターネットの情報をそのまま出したりする。ジャーナリズム、というのは、日本の報道では認識されていないのかもしれない。
インターネットで情報を入手するようになった以上に、「発信する」ことがらくちんになった。らくちん、ということは、それなりの対価がある、ということでもある。タダほど高いものはない。

2017年4月20日木曜日

変化


実家の近所も典型的な新興住宅地である。私鉄沿線、郊外、駅からバス、一戸建て庭付きが並んでいる。私鉄が開発しただけあって、それぞれの駅に住宅地が並ぶ。数駅隣は、一世を風靡した「金曜日の妻たち」というドラマのロケ地だった。サラリーマン、亭主元気で留守が良い、というコピーがあった頃だ。人口ドーナツ化現象、という言葉もあった。郊外に家を買い、都心に働きに出てくる、という状況だ。東京都心の昼間人口と夜間人口の違い、なども、社会科の教科書には出ていた。
さて、金妻エリア、こちらも世代交代で子ども世代は独立している。子ども世代は夫婦共稼ぎなので、駅近くの物件に引っ越して戻らない。かくして、高齢化した住宅街だけが残される。
一方、現在住んでいるところも、郊外の住宅地なのだが、近所の雑木林や畑は庭もないような一戸建て建売住宅に変貌している。こんなに建て込んでいたら、外壁の塗り替えは大変だろうなあと余計なお世話を考えたりもする。
住宅政策、というのがあったのかどうかわからない。社会情勢が変わっていない、と考えているのは政治家だけなのかもしれないと思ったりもする。

2017年4月19日水曜日

値段


近所の空き家が売りに出ていた。数日内に、ちらしが郵便受けに投函されていて、お値段が判明した。そこそこのお値段ではあるが、まあ手が出せないわけではない、という感じだ。都内のマンションだったら、ちょっと郊外で手狭な中古になってしまう。
その向かいにあった家は解体され、現在新築中である。近くにあった家も現在解体中、更地になっている。
数年前は、更地が駐車場になっていた。今や、その駐車場も空きが多い。高齢者が多いと、クルマも減ってくるわけだ。
エリアとしては少子高齢化の典型である。ただ、年寄りが多いと、昼間人口が多くなる。朝と言わず、夕方と言わず、誰かしらがどこかにいる。昼間は誰もいないワンルームマンションよりは、用心がいい。騒いで遊ぶ子どもも少ない。ぶいぶい言わす暴走族な兄ちゃんも、夜中に騒ぐ酔っ払いもいない。年寄りは早く寝る。必然的に静かである。まあちょっと、静かすぎるかもしれないが。

2017年4月18日火曜日

基準


東日本大震災の後、建築物の耐震性能がずいぶんと話題になった。
同居人が以前つとめていた小学校が建て替えになる、という話が出た。築30年にも満たない、比較的新しい校舎だ。耐震基準が変わって、建て替えざるを得ない、という。ずいぶんともったいない感じがした。まあそこで、けちってしまって、いざ地震で倒壊してしまったら元も子もないのだろうが。
その頃はそういった理由で、古い建物がずいぶんと建て替えになったり、取り壊されたり、大きくてごっつい鉄骨が建物の外側にがっつり貼り付けられたりした。
スクラップアンドビルド、という言葉が浮かぶ。あるいは、日本の経済は建築で回っているんだなあと言う気もする。

2017年4月11日火曜日

エリア


もうひとつ近所に東久留米団地というのがある。
これも築4−50年ほどのいわゆる「公団住宅」だ。10年ほど前から建て替え、再開発をしている。これも高層の住宅に集約して、公園のエリアを増やし、余剰地を事業地としている。商店街があったところに大手スーパーが入り、南の端に老人ホームが新設された。いろいろな意味でリニューアルである。
同じエリアで人生を過ごす、というわけだ。近所の小学校の桜は満開、ひらひらと花びらの舞う今日この頃である。

2017年4月10日月曜日

整理


4−50年も経てば、社会状況が変わった、というだけではなく、ハードウェアとしての機能とか耐震基準なども影響するのか、近隣の公団住宅ではいくつか建て替えているところがある。
団地、といえば老舗、ひばりが丘団地、というのも近所にある。ここも、数年かけて建て替えていた。以前はメゾネットの長屋風「テラスハウス」があった。築年数も古く、2階建てなので、庭の木の方がはるかに背が高い。それなりに生活感があって、眺めるのは楽しかった。終の棲家に良いなあなどと思っていたのだが、住んでいる方にすれば違うのだろう、しばらくぶりに通りかかると、空き家が増え、解体されてしまった。その後、区画整理されて、建て替えになった。テラスハウスのエリアには、庭もないような小さな一戸建てが並んでいた。いわゆる普通の新興住宅地風である。集合住宅のエリアも、エレベーターのある高層住宅になっていた。その分、というわけでもないのかもしれないが、芝生のある公園エリアが増えた。
新築を機会に、また新しい住民が入るようになるのだろう。日本では住宅は消耗品、である。

2017年4月9日日曜日

階段


東京郊外のこの辺りでは、やたら「団地」が多い。築40年から50年ほど、それこそ「団地族」と言われていた頃の「公団住宅」である。広い敷地に平行に建てられた、階段室型5階建ての集合住宅棟が並んでいる。
5階建、というのは、エレベーターを設置しないフロア数だと聞いたことがある。案の定、エレベーターはない。
違う市になるのだが、やはり団地の5階に住んでいる友人がいた。遊びに行くために、えっちらおっちら階段をのぼる。私は団地住まいの経験がないので、息をついたところで何階にいるのか失念したり、だいぶ上がったところで「違う階段」を上っていることに気がついたりした。自然に足腰の鍛えられる日常である。
妹の婿殿のご実家は大阪の団地住まいだった。あちらは万博を機に建てられたもっと大規模団地である。が、やはり5階建エレベーターなし5階住まい、だそうである。初めて会った婿殿のお母さんはかなり恰幅が良い人だった。押し出しのいい、大阪のおばちゃんである。5階住まいは大変だろうなあと思ったら、やはりそうだったらしい。体格もあって糖尿病、高血圧。5階まで上がるのが大変なので、次第に日常の買い出しなど外出は小柄なお父さんのお仕事になり、お母さんは必要最小限しか外出しなくなった。運動不足に輪がかかってしまい、もっと恰幅が良くなっていった。糖尿病で目が悪くなってしまい、家の中でもあまり動くことが出来なくなった。その後、自宅で具合が悪くなり、救急車を呼んだ。ところが、古い団地なのでエレベーターがない。階段室型で、ストレッチャーが階段を回らない。結局救急士がお母さんを抱えて降りることになったのだが、これが重たい。途中で救急士が音を上げて大変だったそうだ。結局、運び下ろすまでに相当な時間がかかったそうだ。
この話を聞いたのは、彼女がその後亡くなったときだ。頭に浮かんだのは、ラッセ・ハルストレムの「ギルバート・グレイプ」という映画だった。
団地を建てた頃は「バリアフリー」などという言葉はなかった。こんな事態になるとは考えてもいなかったのかもしれない。

2017年4月8日土曜日

代謝


いつも使うバス停留所のある通りを隔てた向こう、東京都側に、それなりの規模の公団住宅がある。築50年ほどになるだろうか、典型的な「団地」で、去年は是枝裕和監督の映画の舞台になった。これを機会に話題にもなったが、こちらも高齢化率が高く、県境の商店街は既にシャッター通り、コンビニの進出もなく、午後7時を過ぎると営業している商店はほぼ皆無、鮨屋に焼き肉屋くらいである。商店街の中ほどに、引っ越した当時、2000年には米屋があったが、1年後に撤退、しばらく空き店舗だったが、2年ほど前にデイサービスセンターが開所、朝はリハビリに来る老人の「通勤」ラッシュである。引っ越してからなくなったのは、豆腐屋、魚屋、総菜屋、自転車屋、天ぷら屋、定食屋、和菓子屋、米屋、本屋、タバコ屋、などなど。増えたのは、薬局と歯医者とデイサービスセンターである。
引っ越す前が渋谷区で、新宿から一駅め、アパートも小規模マンションも高層マンションも多く、商店街が近かった。若い独り者の住まいのアパートやワンルームマンションは入れ替わりが多い。住民の年齢層からか、夜遅くまで飲食店は営業している。駅から家まで歩く10分あまりの間にコンビニは3軒、今だともっと多くなっている。このあたりでは空き家が出来るとさっさと更地になって建て替えてしまうので、しばらく行かないと町の風景がかなり変わってしまう。一軒家数軒が、ワンルームの中層マンションになったりする。
利便性はいいのだろうが、窓から見える空が小さくて、夜中まで酔っぱらいの声が聞こえたりするようなところだったので、私はあまり落ち着かなかった。
住民の「新陳代謝」というのが、町の隆盛に関わるのだろう。地方都市では「移住」がキーワードである。ただ、結局子どもや孫の世代が住宅を「引き継ぐ」ことでしか、ロングスパンの定着はしないものだ。後がいないから廃業、という業者は、どこでもいる。戦後、土地に縛られなくなって、引っ越しが自由になったおかげ、でもある。
では、「跡取り」で全部解決するか、あるいは移住によって若い世代を引き込むことで解決するか、と言えば、こちらも怪しい。次の世代、いや30年ほどはなんとかなるだろうが、その子どもの世代がまた跡を取る、定着する、とは保証できないだろう。
団地を眺めていると、ハトロン紙が貼ってある窓がある。いわゆる「空き室」である。どういう家族が住んでいたのだろうかと、ちょっと気になる。

2017年4月7日金曜日

変化


さて、10年ほど、という期間で、周囲の状況もずいぶんと変わった。
現在住んでいる場所は、50年ほど前に宅地開発された地域だ。いわゆる「新興住宅地」の様相である。開発したのは私鉄傘下の不動産業者なのだが、その私鉄の駅まではバスで15分ほど、歩くのはちょっときついエリアである。
父が若いときに買ったのだが、家を建てるチャンスもなく、長い間更地になっていた。そこに上物だけつくらせてもらった。
宅地開発されたときに住み始めた世代が、ちょうど父の世代だ。私が引っ越した頃は既に子ども世代は独立しており、大きな一軒家に夫婦住まい、というパターンが多かった。それから10年あまり、父親世代もぼちぼち鬼籍に入りつつあり、大きな一軒家に老人一人住まい、というパターンが増え始めた。そうはなっても、子ども世代は帰っては来ないのである。
地所がそこそこのサイズなのだが、お世辞にも駅が近い、小中学校が近い、という環境ではない。100メートルも行かない通りの向こうは東京都なので、行政の福祉のありようの格差が気になる場所ではある。
最近は空き家も気になるようになった。多摩ニュータウンなどの状況がメディアで取り上げられることがあるが、どんな地域であっても「新興住宅地」はご同様で、その規模や住宅状況が違うだけだ。

2017年4月6日木曜日

杞憂


他の杞憂機種は食器洗い機である。
同居人は海外生活をしていたこともあってビルトイン食器洗浄機というのをキッチンに入れていた。アメリカのおうちにあるようなものだ。概ね1日分の食器をいれて、寝るときにスイッチを入れる。ごーんごーんと、夜中に働いて、朝には乾燥した食器になっている、というものだ。
実家はアナログに手洗いしていたので、初めて使ったときは感動した。ただ、どんな機械にも一長一短というのはあって、スイッチを入れたら機械の仕事が終わるまで1時間から2時間かかる。途中で扉を開けたら、また最初から作業開始である。食器のローテーションを考えながら動かさないと、結局食洗機から汚れた食器を取り出して手洗いして使う羽目になる。使っているときに一度故障をしたのだが、この修理がけっこう大変だった。ビルトインの宿命である。
であるから、新築時には卓上型を探して、設置した。その頃は、国内メーカーがいくつか製造していたのだが、これも15年あまり経つ間に、ほとんどのメーカーが撤退した。
現在使っているのは、業務用メーカーの個人コンシューマー向けの機種なのだが、これも製造を中止している。ワンサイクルの運転が10分かからない。乾燥機能はないが、扉を開けておけばほぼ乾く。隣に食器洗いのアシスタントがいる、という感じである。便利なことこの上な、ここ10年ほどは故障もなく動いている。デザインも素っ気なく、さすがは業務用メーカーである。これが禍して、買替え需要がなくて製造中止なのかもしれない。悲しいことである。復活、しないだろうなあ。

2017年4月5日水曜日

修理


10年でこれほど入れ替わるので、もうひとつ心配したのはオーブンだった。ガス会社の扱っている「卓上ガスオーブンレンジ」というもので、簡易な電子レンジ機能がついている。これの電子レンジ、というのが壊れる。かれこれ3回目なので、4年でおしゃか、という計算である。今年がそのローテーションの12年目にあたる。過去2回とも「マイクロトロン交換」という修理状況で、初回はガス会社が、次は電機メーカーから技術者がやってきた。こちらも開発メーカーが買収により消滅、買収メーカーの修理窓口が担当である。
いまどきの家電量販店へ行けば、電気のオーブンレンジというのが並んでいる。修理代金3回あれば、相応の機種が買える。ところが修理を依頼した時点で、「修理OK」というモードになるらしく、技術者は「修理意欲満々」でやってきた。修理代金が高いから新品を買った方がお得、などと言わない雰囲気である。ちゃっちゃと分解していき、こちらもパーツを交換、再点検して他のパーツを交換した。まだしばらくは部品の在庫がありますよ、などというご挨拶である。新品買い換えで心機一転、ではなく、あと4年頑張ろうかね、という具合である。
こちらの「卓上型電子レンジ機能付きガスオーブン」も、今は後継機種がひとつだけである。サイズアップもしているので、現行機種とそっくり入れ替え、というのはちと辛い。とうとう修理不能になったらどうしようかと思う。
そういえば、この買収したメーカーの修理というのは、かなり古い製品でも直してしまうことが、メディアで取り上げられたことがある。うちの生ゴミ処理機1代目は修理に出したら、故障パーツ交換、それに不具合が出そうな箇所につけるパーツを技術者が自作して補強修理して戻ってきたことがあった。手作り感満載である。故障で買い換え、ではないのがこのメーカーの「気合い」なのかもしれない。その後、さすがに修理部品がもうなくなって修理不能になったので、買い換えることにはなったのだが、やはり同じメーカーになった。2台目君も頑張って稼働中である。

2017年4月4日火曜日

ぞろぞろ


その同時期に、小さな生活家電が軒並み挙動不審になった。掃除機、温水洗浄便座、浴室換気扇、シュレッダー、卓上用の手元ライト、などなどである。2人住まいなのでこの程度なのだから、4人家族、2世帯同居ならもっと挙動不審時期が早くなるか頻度が高くなるのだろう。もちろん商売柄コンピューターなどの周辺機器、カメラなどはもっと頻繁に入れ替わっている。また同時期に、使っているケーブルテレビ会社の電話回線の仕様が変更になるのでモデム交換、などというおまけもついた。おかげでホームセキュリティ会社のモデムも同時交換せねばならず、こちらもスケジュールをやりくりして対応。セキュリティ会社はさすがに対応がすばらしく、工事中営業担当者が様子を見に来て不足部品など調達してくる。対して、同時にケーブルテレビ会社の方は若者2人が入れ替えに来たのだが、はっきり言って早く作業をして次に回らねばという「ノルマ」に追われた感じがしていた。案の定翌日から具合が悪い。その後の電話対応もあまりよろしくなく、何度も修理の技術者が来る羽目になった。ところが来る技術者が毎度違うので、同じ説明を繰り返しせねばならない。他に選択肢があれば、ケーブル会社ごと入れ替えたいくらいだ。
落ち着いた翌年はエアコンの総入れ替え、寒くなってきて故障したら大変だからと給湯器とガスコンロの交換、その後キッチンシンク下が水浸しになり、修理業者が全く違ったところをassy交換して再発、結局シンクの水栓が経年劣化でまずいんだろうとassy交換。これだけほぼ一気に入れ替えると、また10年後が怖い。貯金せねば。

2017年4月3日月曜日

10年


その次に挙動不審になったのは洗濯機だった。当時流行だったカウンター下収納ドラム式洗濯乾燥機というやつで、これもまた国内メーカーが製造を撤退した。新築時に導入したのはイタリア開発の機種で、当時の新築マンション設備御用達だったらしい。今では店頭販売もなく、国内代理店だけが販売を扱っているようだ。インターネットで検索しても、あまり情報はなく、あっても悪評が多い。得てしてインターネット上の「口コミ」というのは、ネガティブな情報が多いから、あまり気に病むことはない、といっても、あまりにも悪評が多いので、すこーし気にはなる。国内代理店に電話をすると、あまり要領を得ないおじさんが対応に出る。同じことを何度も説明するうちに、代理店業務そのものが心配になる。こちらも冷蔵庫同様、洗濯機の入るサイズという物理的な条件が決まっている。選択肢は、同じメーカーの後継機種に買い換えるか、洗面所の造作を大工に頼んで作り替える、という方法になる。そもそもドラム式洗濯機のお値段は高いのだが、大工仕事を入れて国産縦型を購入してもご予算はほぼ同じ。どうしようかとしばらく悩んで、同じメーカーの後継型を頼むことにした。
新築時に予想外だったのは、ドラム式の洗濯機はかなり重たいことだった。新築時に入れたときは、業者がかなり手こずったので、今回も大丈夫なのか心配した。意に反して、交換に来たおじさんたちは、かなり手慣れた様子でほいほいと入れ替えていった。やはり後継機種に入れ替えるご家庭が多いそうだ。そうだろうなあ、サイズとお値段を考えると、入れ替えるにあたってほかのメーカー、などと言う選択肢がほとんどないからだ。使用電圧を上げなくてはいけなかったので、前日に電気屋が来て工事済み、洗濯機が使えなかったのが挙動不審になってから1週間から10日ほどだった。
電圧が上がり、洗濯機が格段に静かに動くようになった。どうして早く買い換えなかったのかと悔やむほど快調である。給湯器直結で、60度の高温洗浄、汗臭い同居人のTシャツもさっぱり、スイッチをいくつか組み合わせて、洗濯から乾燥までおまかせである。国内で普及しないのが不思議である。
10年たったら、家電業界というのは劇的に変わった。国内メーカーなら安心、と思っていたが、倒産やら海外のメーカーに吸収などということもある。国内メーカーだと思っていたら、他の国で製造していたりする。メーカーやブランド、というのがどこまで「アテ」になるのかもわからなくなった。難しいところ、ではある。

2017年4月2日日曜日

経年


あっという間に4月である。年をとると月日の過ぎるのは早いというが、まあ毎度のようにそう思いながら日々を過ごしている。うかうか、の間に何をやっていたかと言えば、時間のある間に家事と、私の場合、相場は決まっている。
家を建ててから15年ほどが経つ。経年変化というか、劣化が進むのは意外に早いんだなあと思う今日この頃である。使っていればあまり感じないものの、現在の建材やら設備やらの寿命は概ね「10年前後」という目安らしい。
一番始めに「きた!」のは、冷蔵庫だった。どうも氷の出来るのが遅いなあと思っていたら、挙動が怪しい。夏に入りかけな季節だったので、修理を依頼したら、冷蔵庫業界から製造メーカーが撤退しており、そこそこの年数なので買い換え、と言われてしまった。メーカーを変えることになるので、前機種と同様のスペックとかサイズがない。冷蔵庫を置く場所の物理的なサイズは決まっているので、そこから逆算して購入できる機種が決まってくる。
こちらのスケジュール、納品日とをすりあわせて、速攻入れ替え状態でスタンバイする。設置の方はしごくあっさり入れ替えて終わるのだが、中身の食材の保冷確保など、気を遣う。入れ替えは冬の時期の方が簡単そうだ。
翌日から氷が出来るようになったので、記念に氷入りの麦茶など堪能した。日頃は空気のごとしだが、はやり文明の利器、冷蔵庫さまさまである。

2017年3月15日水曜日

簡単


さて、撮影される子どもの方も慣れたもので、親が見ているとやたらにっこりとカメラ目線である。ほほえましい風景、なのかもしれない。
しかしそれは、子どもにとって「欲しい画像」なのかどうか、はまた別問題だったりする。
授業始めのきっかけに、運動会のビデオ、という話をしている。親御さんは、運動会の様子を撮影している。親にとっては、どんな子どもであっても可愛いものである。徒競走でビリになっても、リレーで頭から転んで大泣きしても、玉入れの時にエキサイトしたクラスメートに張り倒されていても、列に並んで順番を待っているときに鼻をほじくっていても、隣の子どもに肘鉄を食らわしていても、である。
本人にとってはそれが人生最大の汚点、になるかもしれない。今までは、撮影した画像は、自分の内で楽しむもの、であった。現在は、即座にSNSにアップロードされ、全世界に広がってしまう。子どもが親を訴えた、というニュースが、ちょっと前にあった。
まあ、親としては悪気はないのだろうが、「簡単」なのでついぽちっと、という感じだろうか。

2017年3月14日火曜日

探す


美術館で開催される講座の映像記録をしている。
記録しているのは、美術館、なので、いわゆる造形的な講座やセミナー、といったものである。いまどきのコトバで言えば「ワークショップ」というものである。コトバの定義については、この際置いておくが。
さて、コースのいくつかは、子ども向けのものだ。通常行うものだと、小学生から上が募集対象である。
25年、考えてみれば四半世紀も関わってきたのだが、その間の「小学生」は、いつの間にか大人になっていたり、お母さんになったりした。担当している学芸員と、時折、感動している。
手伝い始めた最初の頃、お母さんたちは時々コンパクトカメラで子どもたちのスナップを撮影していた。数年経つと、ビデオカメラを持ち込む人が出てきて、その後コンパクトデジカメ、デジタル一眼、デジタルビデオカメラ、携帯電話、いまやスマホやタブレットである。毎度毎度、子どもを撮影する、というモチベーションには、びっくりさせられる。ともあれ、それが日本のカメラやフィルムの「写真産業」、「映像産業」を支えるものではあるのだが。
ともあれ、カメラと称する機器を持ち込んでいる親は、「撮るぞー」という気合いが、それなりにあった。学芸会や運動会の撮影風景は以前にも何度か書いたことがある。最近はスマホなので、気合いがない。良い意味でさりげない、悪い意味で習い性である。「とりあえず撮っとくか」モードである。
友人のスマホもそうなのだが、やたら写真を撮る。スマホのメモリーは写真データでいっぱいである。ではそれを良く見直すか、と言えばそんなこともなく、ダカラと言って見直さないものを整理するか、と言えばそんなこともない。あのときの写真は−、と見せてくれようとするときには、あれこれと探し始めてしばらーく、いやもっとしばらーく、待たされる。「いつか見るかもしれないからメモリーから削除しない」モードである。
ああだから、アプリケーション上で「顔認識」やら「イベント認識」なんかの機能がついてくるわけである。

2017年3月8日水曜日

事実


閑話休題。新聞の読み比べであった。
あまたくるレポートを読んでいて感じるのは、良くも悪くも、素直な人が多いんだなあ、ということだ。新聞を丁寧に読んではいる。ただし、記事をかなり信用している気配があるのも気になる。
ベタな例だが、2007年に「あるある大事典」というテレビ番組で信憑性が問題になった。それ以前からも、番組で「ダイエットに納豆が効く」という放送があれば、翌日のスーパーから納豆が品切れになる、という社会現象も起きていた。あれあれ、メディアの伝えていることを鵜呑みにしてしまうんだなあ、くわばらくわばら、と思った。
もちろん、新聞も同様である。新聞では主観的な記述をない交ぜにして、あたかも「客観的事実」であるような書き方をすることがある。特に、あれ新聞、とは言わないが、社会的認知度も高く、販売部数も多く、インテリ層がよく読む、という新聞でも、である。新聞側としては、世論を応援している、という自負があるかもしれないが、むしろ世論を形成しているような印象すらある。
まあ、日本人は素直だから、つい納豆を買いに走ってしまうのだろう。こういう国民性だから、インターネットの情報にも踊らされてしまう。だからこういうこともよく起こる。用心用心。

2017年3月7日火曜日

多面性


ものごとにはすべからく多面性がある。見る側面によって、それは異なって見える。もちろんそれは人間でも同様で、成績はよろしくないが人間性がすばらしくよろしいひともいる。先生にとっては「おそろしく劣等生」、妹にとっては「すばらしく頼れる兄ちゃん」である。たとえば、成績というラベルだけでは、人間は判断できない。
ただ、学生さんにとっては、「成績」だけが人間評価の基準になってしまうことがある。何が何でも成績、になってしまうから、カンニングだったり、他人をおとしめたり、してしまう。もっと多面性が評価されたり、発揮できたりする社会であればいいのになあ、と思う。

2017年3月6日月曜日

真実


通信教育課程では、数年かけて単位を修得する学生が多いので、課題の内容をおいそれとは変えられない。数年かけて様子を見ながら、根回しをせねばならない。
たまたま、担当している専任教員が変わったことと、資格取得の取得条件が変わったこともあって、受け持っている科目の一つは来年度、つまり4月から課題変更である。
さて、現在の課題は、マスメディアである新聞の読み比べ、といったものだ。一紙しか新聞を購読しない、というご家庭が国内では大多数である。いまや新聞すら購読しない家庭もあったりはするのだが。まあともあれ、数紙を並べて読む経験がないと、新聞とはかくも違うものかということはわからない。
そんな感じのレポートなのだが、学生の文章に意外に多いのは、「マスメディアは真実を伝えるべき」といった内容である。 

そういったことを考えてしまうのは、ある意味でとても危ないことでもある。伝えるべき真実とは何なのか、それを考えずに、新聞は真実を伝えている、はずだと思ってしまうからだ。
かつて新聞がスクープと称した記事が、実は誤報であったり、ガセであったりしたこともあった。喉元過ぎれば、ではないが、そういったことを覚えてはいないのかもしれない。真実を伝えているはず、という前提でものごとを受け取るようでは、トランプ流に言えばフェイクニュースをそのまま受けとってしまうことにもなる。
報道記事を書くときに気をつけろ、と言われたことがある。事件にはそれに関わった人の数だけ真実がある、ということだ。ある人にとってはそれは「正しい」ことだが、他の人にとっては「正しくない」こともある。戦時下のメディアがそうであったように、である。
2013年に行われた新聞広告クリエーティブコンテストの最優秀賞である。
こういった作品が「新しく」評価されること自体が、実は危ういのではないかと思う。

2017年3月3日金曜日

隙間


そんなことを考えていたら、新聞で「就活解禁」の見出しを見かけてしまった。
さて、私の母親はせっかちなので、浪人するよりは入れた学校に通って卒業、という主義である。私は幸い浪人せずに済んだが、全部落ちていたらどうなっていただろうかと思うことがある。
しかし、通った学校では、1浪2浪は当たり前だった。二つ年上でも同級生、仲良く「ちゃん」づけで遊ぶ仲になる。
長じて思うのは、長い人生なんだから、1年2年はどうってことないかな、ということだ。
新学期に時折見かけるのは、「大学って入ってみたら、想像と違ってた」と感じている1年生だ。「入れたところに行きなさい」作戦なのか、事前のリサーチ不足なのかはわからない。でも浮かぬ顔をして授業に「出てるだけ」では、むしろ人生の無駄になっているような気がする。
就活している学生さんを見て思うのは、卒業と同時に会社に通い、と「隙間なし」の人生計画だ。無駄のない人生計画に見えるが、反面打たれ弱いのではないか。「会社に入ってみたら、想像と違ってた」ことにはならないだろうか。大学は4年ほど辛抱すれば卒業できるかもしれないが、会社ではそうは言えないだろう。だから真面目な人ほど「違ってた」けど「頑張って」しまうのである。「燃え尽き症候群」になりやすいのではないかと心配してしまう。
人生挫折を経験して知ることもあるだろうし、卒業して1年じっくり人生計画を立てるのもいいだろうし。就活、などとあおられなくても、のんびりやれるようになるといいのに、と思う。

2017年3月2日木曜日

年度末

毎年、年度末はやってくる。学校の場合は、新年明けが年度末である。大学の場合は、ほぼ12月から1月半ばまでに授業や試験が終わる。重なるように卒業制作展と審査があって、その後は入試、というのが通学課程の年度末である。もう片方でやっているのは通信教育で、こちらの方は入学考査は書類審査だし、秋入学というのもある。通学課程ほどではないにせよ、それなりに年度末である。私はこちらでは、レポート担当、赤ペン先生である。通信課程の年度末レポート締め切りは2月末日。2月初めからぼちぼち「駆け込み提出」というのが増えてくる。「とりあえず」ビール、ではなく提出、である。

2017年2月9日木曜日

食事中

そんなわけで、「人を斬る音」は以前にも書いたことがある。
…のだが、ほかにもいろいろな音がある。
日本語はオノマトペがたくさんあるし、漫画や劇画ではよく使われる。イメージの音として日本人にはお馴染みである。
いやはや閑話休題。ともあれ、映像にタイミングの合った音がついていれば、それが発する音だと思ってもらえる。
そういったことを習ったのは、音響効果をやっていた人からで、彼は「すばらしき世界旅行」をずいぶん長い間担当していた。
当時のドキュメンタリーももちろんフィルムベースで撮影をしていたので、音声は後でタイミングを合わせる。足りない音はそれなりに足していくわけだ。向こうの山にパンダがいて、笹を食べている。むしゃむしゃ。
カメラは超望遠で、谷一つ越えた向こう側のパンダである。画像は撮れても、音声はさすがに録音できない。彼はマイクの前でキャベツを食べたそうである。むしゃむしゃ。
出来上がった番組は、山の向こうの林にいるパンダが「むしゃむしゃ」とかすかに音を立てて笹を食べている。
食べている音はパンダではないんだが。

2017年2月8日水曜日

ばっさり


別々なのが一番よく分かるのが時代劇である。のだが、最近の学生さんは時代劇をテレビでも見なくなったので、授業では伝えにくくなった。ちょいと前までは「水戸黄門」という誰もが知っている番組があったので、話はしやすかったのになあとよく思う。
いや、閑話休題。水戸黄門でもかならず後半にチャンバラの場面が入る。お約束である。ところが芝居で使っているのはもちろん本物の刃物ではない。刀と刀を合わせても「チャリーン」などという音は、実際にはしない。逃げる悪者を刀で斬りつけても「ばっさり」という音は、実際にはしない。後ではめこむのである。
人を切ったときに血しぶきが上がったのは黒澤明の映画が最初だと言われているが、人を斬ったときの音も黒澤映画が最初だと言われている。何でも最初が好きな組なのかもしれない。
人を斬った音、というのはさすがに衝撃的だったらしい。だれも聞いたことのない音だからだ。

2017年2月7日火曜日

ベツモノ


さて、大学に行って映像を勉強していた頃のメディアはフィルムである。8ミリ、あるいは16ミリのフィルムを回して作業をした。現在のビデオというメディアと異なって、フィルムは同時録音をしない。映像と音声はまったく別のチャンネルで作業して、最後にひとつにしていく。
フィクションであれば、画像に合わせて役者が台詞を「あてる」、効果音を「はめる」、BGMを「つける」という作業が必要である。役者は、撮影と、アテレコと、2回同じ台詞をしゃべる、というわけだ。足音も、ドアの開閉音も、ちゃぶ台を叩く音も、ぜんぶスタジオで音をつくる。画像のタイミングに合わせて、オープンリールのテープを切り貼りしてつなげていく、という作業をした。
絵と音のタイミングを合わせるので、それが全く別のタイミングで制作されているとは、オーディエンスは思いもしない。特に現在のテレビ、ビデオに慣れていると、絵に音がついているのは「当然」だと思っている。ところがフィルムで作業したことのある経験があると、絵と音が「別」だと無意識に思っている。

2017年2月6日月曜日

硬派


地上波の番組が面白くなくなった、と言われて久しいが、自宅にケーブルテレビで多チャンネルな状態になると、どうしても興味のある方向で番組を選ぶ。選択肢が増えたわけだ。
チャンネルが増えれば、それぞれが特化した内容になる。私にとってありがたいのは、映画専門と、ドキュメンタリー系のチャンネルがある、ということだ。
子どもの頃、まだチャンネルは少なかったが、「すばらしい世界旅行」という牛山純一が制作した番組があった。どちらかといえば人類学に近い内容が多かったと思うが、海外旅行があまりまだポピュラーでない頃、視野が広がった感じがした。最近ではこういった硬派なシリーズ番組はなくて、映像をかじっている側としては少しサビシイ。制作期間が長く、それなりの手間がかかるドキュメントは、だからといって視聴率が稼げない。どうしても制作本数が少なくはなる。
商業的なベースで言えば、タレントを並べて、芸を見せたほうが、当然のように視聴率が稼げる。地上波のゴールデンタイムの番組表を見ていると、ちょっと悲しい気がする。

2017年2月5日日曜日

オールド


拙宅で見られるノンフィクションのチャンネルで、同居人のお気に入りは、DiscoveryとNational Geographicである。硬軟取りそろえたコンテンツで楽しんでいる。お気に入りはクルマ関係である。
チャンネルの本拠地、アメリカやイギリスは、日本とはクルマ事情がずいぶんと違う。特にお気に入りなのは、古いクルマをレストア、あるいはカスタマイズするもので、イギリスの番組だ。クルマのレストア、というのは、日本の車検制度ではなかなか難しい。アメリカでは高校でクルマの整備の授業があったりするようで、簡単な整備は自分でやってしまう。日本の場合は、ほとんどブラックボックスになっているので、いじれること自体も、うらやましくもある。
番組では20年オチは当然、40年50年という年季のいった古い自動車をレストアし、検査を通して再び車道に戻す。もとより交換部品がなかったり、整備費用や整備期間が限られている。とうぜん、舞台になっている整備工場だけではレストアは出来ない。シートはシート屋さん、タイヤはタイヤ屋さん、メッキはメッキ屋さんに外注に出かける。こういう古い工業製品を整備できるイギリス、というのはいいなあ、と眺めている。職人作業を見せてもらっているわけだが、概してオジサン、いやジイサンが多く、若者の担い手があるのかとちょっと不安にもなるが。
日本の整備状況で言うと、車の不調が、と持ち込むと、たいがいはアッセンブリ交換といってパーツの塊をごそっと入れ替えられる。単に、あそこのゴムの具合が悪いので、パッキンだけ換える、というわけではない。確実で簡単、なのかもしれないが、なんとなく機械をいじっている感じがしない。
番組では、レストアは無事に済んでめでたしめでたし、という結末になるのがお約束なので、安心してみられるのもいい。古いクルマが「生き返った」感じも、職人作業が見られる感じもいい。残念ながら、こういった古い工業製品を維持し、使い続けられる制度や社会環境は、日本にはない。買い換えることで、需要を増やして、経済を回そうとするからだ。特に、数年来流行のハイブリッドやEVなど、電気、バッテリーを使うようなクルマは、ほとんど消耗品になる。50年前の電気自動車が動く、とは考えにくい。どちらが長期的にいいのか、よくわからないが。

2017年2月4日土曜日

選択


ケーブルテレビを使うことになったのは、屋根の上にアンテナを立てたくないためだった。使い始めたのは、15年以上前になるが、その頃と比べるとチャンネル数も多くなった。
行きがかり上というか、セット料金のせいか、むやみにチャンネル数の多い契約になった。生活しているとどうしても見るチャンネルというのは限られる。認知心理学のアンケートでも、インターネットのインターフェースの設計でもよく言われるのだが、人間、選択肢が増えたところで選びようがない、のである。たいていの人は、かなり絞り込んだところで、自分の意図で選択肢を選ぶ。30ほどの選択肢からひとつを選ぶのはかなり難しいが、多くて6−7、二つ三つなら確実に自分の意図で選択する、というものである。
だからチャンネル数が多い、と言っても、どちらかといえば、見ないチャンネルの方が多い。
見るチャンネルはどうしても民放とは違う傾向のものになる。うちで言えば、コンテンツとしてはノンフィクションのジャンルだった。

2017年2月3日金曜日

浦島


最近の学生さんはテレビを見ない。ひとり住まいなどしているとテレビすらない。隔世の感があるなあと思っていた。
…のだが、自宅をケーブルテレビにつないだら、当然のように「多チャンネル」になった。四六時中BBCニュースとか、映画ばかりとか、MTVばかり流している専門チャンネルがある。
その中に興味のある番組やチャンネルがあると、当然のように、地上波を見ることが少なくなる。テレビ、という箱であっても、以前のように皆がほぼ同じ番組を見ているとは限らなくなった。
地上波と違うのは、コマーシャルである。隙間時間に多いのは通販である。地上波のようなメーカーのコマーシャルはほとんどない。おかげでコマーシャルに関しては、すごーく浦島太郎な状態になりつつある。

2017年1月27日金曜日

変換


そういうわけで、今年度からレポートはワープロ作成可、という条件がついた。いわゆる標準的な書式と書体で、表紙をつけて、カウントされた文字数を表記しておいてね、というものだ。
ただし、プリントアウトの提出である。データで提出ではない。ワープロ、と言っても、単なる「タイプライター状態」ではある。蛇がのたうち回っているような文字で、解読に苦労する、ということはなくなったが、逆に妙に漢字が多くて漢和辞典を抱えるようになった。
ワープロで作業するときに、仮名漢字変換、というのを使う。ひらがなで入力して、変換キーで漢字にする。ぼーっとしていると妙な変換ミスが発生する。
たいていは「同音異義語」の様相を呈するのだが、なかには「やたら漢字」というのがある。とにかく、文節ごとに変換してしまうのである。其れは兎に角この様な状態の事である。普段からこんなに漢字の多い文章に接しているのだろうかと考えてしまう。

2017年1月26日木曜日

解読


時代の波に乗らなくてはならないときがあって、昨年あたりからレポートの課題はワープロ提出も可、という条件をつけなくてはならなくなった。いまどき手書き、というのは流行らないようである。

以前は誤字脱字おもしろ当て字などリストアップしていた。
レポートでは手書き、という条件にしていた。なぜかと言えば、たとえコピペであっても書くことで少しでも頭に入れることが出来るかもしれない。ひとさまに読んでもらうために丁寧に作業をする、かもしれない、という親心である。年に数本は悲しいかな、かなり殴り書きなレポートが届く。生来の悪筆なのか、急いでいたのかは分からない。
ただ、悪筆であっても、ゆっくりと丁寧に書くことで、かなり読みやすくなる。丁寧に書いているか、ということのほうが、字面から読めることが多い。妹などは悪筆の部類なので、テストの点数が低いのは字が汚いからだ、などとよく言うのだが、そんなことはない。字がきれいで中身のない答案と、字が汚いが中身のある答案であれば、前者の方が点数は低いのである。中身があっても、蛇がのたうち回っているような解読不可能な答案なら、有無を言わさず低得点であるが。きれいであっても、悪筆であっても、少なくとも「読める」ことが大切なのである。それには、急ぐのではなく、時間をかけてゆっくりと書けば良い。早くきれいに書きたいのであれば、それなりに練習は必要である。

2017年1月25日水曜日

整理


そういうわけで、毎度1月の半ばまでは年賀状を眺めながら住所録を整理することになる。よその家の息子が大学に行こうが、嫁をもらおうが、関係もないし、関心もない。年賀状は単なる「年中行事」、あるいは生存確認になりつつある。
住所録もそろそろ「恩師」といった世代が鬼籍に入りつつあり、喪中葉書で住所を削除する。返事が来ないのは、病気療養中かあちらに行ってしまったか、である。そうやって住所録の人数もぼちぼち減少していく。

2017年1月24日火曜日

ごあいさつ


毎年暮れには、毎度毎度と言いながら、年末年始の挨拶状などしたためる。最も多い年に比べれば半分程度なのだが、それでもそれなりの枚数にはなる。めんどくさいなあと言いつつ、年が明ければ年賀状が配達される。おおかたは友人なので、年齢に併せて、披露宴の写真、赤ん坊の写真、幼稚園入園と、家族写真がやってくる。ひところこれが「大きなお世話だ」と話題になったこともあった。他人の家族状況など知りたくもない、という人もいるからだ。
写真で多少なりともクチを糊している側から言えば、写真が身近になったという感慨ひとしおである。以前はちょっととっつきにくい「趣味」であったものが、フィルム付きカメラ、街中のスピードDPEサービス、それに伴った各種プリントサービスと、外注でそれなりのクオリティが出せる、というのが画期的だった。
今やフィルムもそろそろ「下火」なサービスになりつつあるが、取って代わったのはデジタルカメラと自宅でプリントアウトである。それも「下火」になりつつあるようで、最近はスマホでプリントアウトサービスとか、スマホでそのまま自宅プリント、という作戦である。機械や発注先は変わっても、配達される「葉書」は変わりはない。
携帯電話がポピュラーになった頃は「あけおめコール」で電話がパンクしたことがあったし、昨年はSNS上の「あけおめメッセージ」を自粛して、などとニュースになっていた。
ぼちぼち「葉書」から脱する方向になるのかもしれないが、ご挨拶はまだまだ続く。