2017年12月31日日曜日

臨機

自分のお仕事としては美術館のワークショップの記録というのをやっている。ワークショップという言葉は、昨今では一人歩きしているようなので、定義としてはさておいておく。一般的には、講座や教室のようなものだが、テキストやカリキュラムがなく、成果ではなくプロセスを楽しむ、あるいは学ぶ、というものが多い。講師、あるいはファシリテーターというリーダーの指示に従って、参加者が作業をする。
学習指導要領も何もないので、その開催場所や日時、リーダーの指向で内容はいろいろである。全く同じ内容のものはない。
…だろうなあと思いながら、ある日インターネットで検索をかけていると、妙なモノが引っかかってきた。「ワークショップのパクリ」である。いわく、「ある人のワークショップの内容を、そのまま自分のモノのように他のワークショップで開催している。著作権などはないのだろうか」といった内容だ。
ああこの人は、ものすごーく時間をかけて内容を練り上げたのだろう。デザインや美術の分野で言えば、著作権というのがあるので、「パクらない」といのが不文律である。時代がデジタルになって、インターネットでさまざまなものが拾えるようになって、その考え方が多少緩くなってはいるのだが。だから、同じような内容のモノを、断りなく実施されてカチンときているのだろう。
一方で、「授業のネタ」の視点で言えば、材料やプロセスが公表され、同じように授業をやっても、同じ結果が得られるとは限らない。だから勉強会だったり、意見交換会だったりが盛んだったわけだ。
プロセスが同じだったとしても、リーダーや参加者、場所や日時で、成果はそれぞれ違う。もし似たような内容を開催したいのであれば、先行実施者を探すだろうし、似たような内容でやりたいのだがとヒトコト断れば、先行実施者はもっといいアイディアを提供するかもしれない。教員であれば、たいがいそういう人が多い。いまどきの先生は「マニュアル」慣れしているので、「臨機応変」とか「アレンジ」などが苦手なのかもしれないが。

2017年12月30日土曜日

ネタ

先生たちの会を見ていると、よく出てくる話に「業界雑誌」というのがある。どんな業界でもあるのだろうが、もちろん教育業界にもある。教科書会社や、教材会社が発行している月刊誌である。本屋さんに出ているのではなく、多くは定期購読なので、一般的には見たことがない。「小学図工」みたいなタイトルの薄い冊子だ。算数関係や、国語関係、音楽や体育など教科ごとにあるし、横断的に「指導と評価」といった類の内容もある。
他の教科は知らないが、図工関係で言えば、こちらも「授業のネタ」なネタが多い。
冷静に見れば、授業をやっている学校のバックグラウンドはもちろん、授業を受けている子どももそれぞれに違うのだから、マニュアルにはならない。アイディアはもらえるだろうが、その通りにやっても、提示された効果が出るとは限らない。だから、教材はキットになっても、指導方法はマニュアルにできない。
業界紙の読者も、研究会の参加者もそれはよく分かっているのだと思う。だから、アイディアはもらっても、全く同じ授業にはならない。自分なりにブラッシュアップしなくてはならない。相手は「ナマモノ」なので、同じ学校、同じ学年であっても、違う年度であればそれなりに違ってくるからだ。
まあ、教える側としては、これを面白がれなくてはならないと、やっていけない。

2017年12月29日金曜日

パッション

どのような会でも、主な作業はいわゆる「情報交換」である。自分の授業の内容を発表、というのが多い。新人は授業のネタを探し、先輩はいろいろな授業のコツを伝授する、という感じだ。あとはお決まりの「懇親会」、授業内容以外の「情報交換」である。
同居人の専攻は図画工作である。小学校の授業というのは、教科書もあるし、学習指導要領もある。ある程度中身は決まっていて、授業の内容も決まっている。図工の場合は、教科書にあることをやらなければならない、教科書以外のことをやってはいけない、というような「範疇」が、ある程度緩いような印象がある。もうひとつ、小学校の図工の場合、専任で教える教員がいる学校と、いない学校がある。美術学校出身の教員がいる学校もある。先生の方を見ていると、ベースが違うこともあって、得意不得意があったりする。
そういうところで、いわゆる「教材屋さん」という商売が成立する。図工方面で言えば、「卒業制作用壁掛け時計工作キット」みたいなものだ。ある程度の大きさの板が数枚と、時計のムーブメントと針とネジなどがビニール袋に一式入っている。板には予め目印があり、小さな穴が開けてある。板に工作するとか、絵を描くとか、彫り込むとかして文字盤として仕上げ、穴に針とムーブメントを組み込んでネジ止めすればオッケー、なセットだ。こういうのがないと、先生は人数分のムーブメントと針とネジを発注し、木材屋に板を発注し、予めサイズに切ってもらっておくなど指示を出さなくてはならない。穴を子どもに開けさせると、穴の位置が違ったり、大きさを間違えたりして、余計に手間がかかる。図工の授業というのは、準備が大変なのである。
さて、図工の先生たち、というわけだから、もちろんちょっと「変わった人」もいる。こういった「安心楽々キット」みたいなものにアンチな人たちだったり、他の人と違うモノを子どもにつくらせたかったりする。だから、他人の「授業」が気になるわけだし、他の学校の授業も参観しに行ったりする。
まあ、そもそも、先生にこういうパッションがなければ、面白い授業にはならないのだろう。それが「ブラック」になってしまう理由のひとつだったりするのだろうが。

2017年12月27日水曜日

同居人は小学校の教員をやっていたので、同業同専攻の先生たちと集まって、研修会、研究会、勉強会、学習会などの類によく出ていた。ひところは、ほぼ毎週のように違う勉強会に行っていた。
公立の小学校だと、地域ごとに集まりがあるし、私学でも同じような集まりがあった。民間研究会、というサークルもあって、地域や私学はもとより、幼稚園、小中学校、高校大学、絵画教室の先生も集まっていたこともあった。 こうやって先生たちは、意外と「横つながり」もあったりする。
公立の小中学校だと「異動」がある。数年ごとに、先生は移ってしまい、同じ学校にずっといるわけではない。だから、公立小中学校・同じ専攻で集まる会は、授業以外にも交換する情報があったりする。 
同居人はほぼ「団塊の世代」である。他の世代と比べて人口が多い年代だ。だから、どこの勉強会でも同じような世代が集まっている。段階的に年齢差がある人たちが集まっているかと言えばそうではないことが多い。同居人世代の後はほぼ減少、一回り下からは激減。だから、同じ世代が平行にトシをとっていき、若い世代が入らない。
団塊の世代は「なんでみんな勉強しに来ないのか」などと言っているのだが、若い世代の先生がそもそも少ない上に、今話題の「ブラック企業」であるところの学校に「セブンイレブン」なお勤めである。所属組織の「研修」であればともかく、民間の研究会はもちろん「持ち出し」、自分の勤務時間以外の活動である。そもそも情報収集や交換は懇親会ではなくインターネットで行っていて、「会う」必要がない。「先生の孤立化」と、先生が過労死でニュースになると話題に出る。他人と出会うような時間的余裕がなさそうだ。

2017年12月20日水曜日

アピール

授業が終わるとしばらくは放心状態、である。先生業は、私としてはエネルギーを使うお仕事、である。
しばらくは授業の後片付け、学生の提出作品の整理をしていると、来年度のシラバスの執筆依頼が来る。大学の授業日程などスケジュールが決まり、送られてくるので、それにあわせてスケジュールを組む。
考えてみれば、この時期に授業をやっているクラスは、現状を見ながら来年度のことも考えなくてはならず、今年度の反省など盛り込む余地がないのではないかと心配になる。
私が学生の頃は「授業概要」程度、どの授業も数行で「何について論じる。テキストはあれこれ」くらいの記述だったような気がする。現在は、もっと記述のルールが厳しい。主語は学生、目的と内容を切り分け、スケジュールは日割りで、採点基準を明確にして、質問に来る学生のためにオフィスアワーを明示、などと「記述の手引き」にあったりする。がんじがらめである。いや、勤務校にオフィスアワーなどという、大層なモノがあったのか。
実際の授業では、学生の動向を見ながら、方向修正したり、スケジュールを調整しながら進めていく。シラバス通りにやっていると、学生がついてこられないこともあるし、反対に学生が馬力を出してしまい、時間を持て余すこともある。相手は「ナマモノ」である。スケジュール通りにやっていくのであれば、オンライン講座と変わらない。
一番がっかりするのは、授業に来ているのに、シラバスを読んでこない学生が、かなりいることだ。シラバスに「初日に持参するモノ」だったり、事前学習を指示していたりするのに、初日にやってくる学生は「そんなもの知らない」状態だったりする。選択科目なら、シラバスを読んで、選択の目安にするのだろうが、必修だと読む必要がないと思っているのかもしれない。10年ほど前までは、分厚い「シラバス」という冊子がどーんと3冊セットで配布された。まあパラパラと読む、可能性はあるかもしれない。現在は「webシラバス」という方式である。シラバスサイトに学生アカウントでアクセスして、授業科目名や開設期間、授業曜日で検索する。うーむ。必要な科目の内容は検索しやすいが、横断的あるいは斜め読み、全体の大まかな把握がしにくい。必要なことだけ読む、という方法になるのだろう。授業名、開設曜日と時間、くらいなのだろうか。
ひところ、受け持っている選択科目の授業の受講希望者が減少したことがあった。担当している研究室の専任の先生に、受講希望者を増やしたいんだが、と言われた。増やしたところで、授業で見られる学生の数はそう多くはないのだが、結局受講希望者が少ないといわゆる消去法で選択する学生が多くなり、モチベーションが上がらないのではないか、というのだ。まあ、そういう見方もあるのか。
結局、最低限学生が見るのは、授業名、開設曜日と時間、くらいなので、アピールポイントは授業名。案の定、授業名を変えたら受講希望者が増えた。シラバスの内容は変えていないのに、である。人間は案外と単純なモノかもしれない。でもやっぱりちょっとがっかりである。

2017年11月23日木曜日

ドミノ

今年度最後のローテーションで受け持ったクラスでは、遅刻がかなり多かった。
通常は、9時に授業が始まる。が、8時半頃から教室や廊下でうろうろしていたり、菓子パンを食べている学生がいる。早いねえ、などと声をかけながら、授業の準備をする。早く来る学生さんは、遠距離通学であることが多い。片道1時間半から2時間半、という程度である。乗り継ぎが多くなると、ちょっとした遅れで、その次の電車、その次の路線での乗り換えが、ドミノ倒しのように遅れる。最初の列車の5分遅れが、最後に乗る電車では10分20分の遅れになってしまうからだ。たいていはその遅れを見込んで、早めに乗る、という知恵がつく。徒歩圏内に下宿している学生が8時半から来ていることなど皆無である。
ほとんどの学生は、9時すれすれに滑り込む。走ってきて息が上がっていたりする。9時に授業が始まるので、少し前に来て、授業の準備をするなどない。滑り込んで、ばたばたと席に着き、周りに話しかけながら、鞄の中からノートを取り出し、何かを床に落っことして探し、他人の足下に潜り込んでいたりする。授業準備万端になるのは、5分から10分先である。さて9時というのは、授業開始なのか、授業のための集合時間なのか、よく分からなくなってきた。
さて、ここ数年、都心の鉄道会社では、安全に配慮してか、ちょっとした「安全確認」で、よく電車が遅延する。時間通り、が日本の鉄道の特徴と言われてきたが、時間厳守で事故が起きてからは、安全第一になってきたようだ。それはそれで、まあ悪いことではないはずだ。ただ、最近はけっこう頻繁なので、逆に前倒しで計算して、早めの電車に乗るようになった。何事も、時間ギリギリ、というのは、やはり「ぎりぎり」だからである。
話は戻って、授業の遅刻だが、電車の遅延というのが「免罪符」だと思っている学生が多い。そのため、9時を過ぎて滑り込んでくる学生さんは、鉄道会社の遅延証明書など渡しに来る。ぎりぎりに攻めようとするから、ちょっとした遅延で遅刻になる。もう1−2本早い電車に乗って、20分前に着くようにすれば、10分の遅延でも余裕の到着なのに、である。しかし最後のクラスは、そういった学習能力のない学生が多いらしく、毎朝のように遅延証明書を持ち込む学生がいた。3週間18回の授業で始業時に教室にいることがなく、来ても毎回遅延証明書付きである。
聞けば専攻は建築。将来大工と仕事することになったら大変である。朝9時に大工仕事をお願いしたら、職人はたいてい8時半にはやってきて、車の中で待機していたりする。お仕事となったら、遅刻癖は治るのだろうか。

2017年11月22日水曜日

ココロ

勤務校での授業は、10月いっぱいで概ね一段落する。学生さんの方は、という意味である。
教える方は、といえば、提出物のチェック、授業成果の採点、という仕事が待っている。
「脱落者を出さない」というのが勤務校のモットー、教務課からお達しが来るので、おいそれと脱落者、つまり「不可」がつけられない今日この頃である。あの手この手で、単位取得に必要なものがそれなりに揃うようにしなくてはならない。出席日数、課題の出来、だけではなく、ノートやレポート、平常点、授業への参加や発言の程度、などなど、点数をつけれられそうなモノをあれこれと揃えたりする。
一番分かりやすいのは「出席日数」である。2/3以上の出席で課題提出、あるいは定期試験受験の資格がある、というシステムである。つまり1/3の欠席でアウト。だから、どの学生も、授業半分ほどで「出席日数が課題提出の条件である」とアナウンスすると、「自分の授業出席数は足りているのか」と質問に来る。いやいや、大人なんだから、自分がいつどこにいるのか、くらいは自己管理の範疇だろう、と思うのだが。
「出席日数が足りている」だけでは単位は出ない。単に、課題を提出できる権利が発生する、程度の話である。もっとも、単位を取得するための第一関門としては目に見えて明らかな条件である。授業に興味がない学生でも、単位取得には興味があるようなので、とりあえず授業に来る、というタイプの学生が出現する。出席を採ったらトンズラする、授業中は爆睡する、授業中にトイレに立つ、トイレに行ったらしばらく帰ってこない、もちろん授業中にスマホいじりなどする、という手合いである。「出席」していても、ココロここにあらず、なので「出席」している状況なのか、というのは大いに疑問である。
出席簿を見返しながら、この学生のココロの出席は授業ではなく、どこにあったのだろうかと、しばし考えたりする。

2017年11月15日水曜日

刷り込み

こういった「刷り込み」されたBGMというのは、運動会以外にもいろいろある。小学校によって曲目は違うのだろうが、朝礼の集合、休み時間の開始、昼食時、お掃除の始まりと終わり、下校時刻などなど、ことあるごとに音楽がかかる。著作権の関係があるのかもしれないが、たいていはクラシック音楽というジャンルだった。最近はもう少し今日的なポピュラーなものも使われているようだ。鑑賞の時間ではないので、作曲者が誰かとか、指揮者が誰か、など関係なく、「合図」として利用する。おかげで「別れのワルツ」が聞こえてくると、夕方だなあ、帰らなくっちゃ、と一瞬思ってしまう。条件反射である。
映画を作るときは、このような「刷り込み」音楽というのをよく使う。街中の風景で、小さく「クシコスポスト」を入れると、秋の運動会シーズン、という印象になる。雑木林の風景に、小さく「夕焼け小焼け」を入れると、近くに小学校があって下校時刻なんだなあ、という感じになる。
一般に流布している楽曲というのは、聞いている人それぞれに「先入観」がある。家庭の居間の映像に、小さい音で「天国と地獄」を入れると、「近くの小学校で運動会をやっている」と感じる人と、「テレビがついていて、コマーシャルをやっている」と感じる人がいる。作り手の側から言えば、状況として、後者ではなく前者を感じさせたいのであれば、「天国と地獄」だけではなく、他の曲もあわせる、などの配慮が必要になる。
ただ、大学生くらいだと、得てしてそんな配慮などしない。自分の持っているイメージでBGMを選ぶ。授業内の課題制作で、毎年数人は、胸キュンな青春ドラマをつくる。「ほんわか」なシーンに、女子学生が合わせたがるのは、オルゴール音楽である。曲目はいろいろあるのだが、ともかく「オルゴール」、なのである。私にとっては歯医者の待合室でかかっているのが、この手のオルゴール音楽である。オルゴール音楽が流れてくると、どうしても「歯医者の待合室にいて治療の順番待ちをしているビミョーな気分」になる。講評中にキュンとしているのは、胸ではなく、歯、である。

2017年10月12日木曜日

定番

10月に入ると、そろそろ半袖もしまおうか、という気になる日が増えてくる。そうは言っても、季節の変わり目で、気候は不安定、今日は暑くても明日はやたらに涼しかったりする。
街中を歩いていると、どこからか「クシコスポスト」やらカバレフスキーの「ギャロップ」が聞こえてくる。運動会定番のBGMである。
季節の変わり目で運動会当日が急に暑くなる、ということがあり、子どもの熱中症が心配であるから、最近の運動会は春に開催が増えている、と新聞で読んだことがある。最近は春も「マイムマイム」や「トランペット吹きの休日」が、どこからか聞こえてくる。
この手の音楽は、運動会では「定番」である。義務教育期間中であれば9年間は同じようなBGMを聞く。刷り込み、という現象である。すでに「軽騎兵」は、運動会以外のイメージが浮かばなかったりする。私は運動音痴で徒競走はいつもビリだったので、運動会はどちらかと言えばトラウマ、この手の音楽が聞こえてくると、気分は暗くなるのだが。
いまどきの中年世代だと、「天国と地獄」は、文明堂のカステラのコマーシャルも思い浮かぶ。ついでに、クマのような操り人形のぬいぐるみが、ラインダンス、という映像も浮かんでくる。実はこれはシーズンごとに、微妙に背景やら人形の色やら違っていたらしいのだが、そこはあまり覚えていない。音楽、人形、ラインダンス、カステラ一番電話は二番、である。最近はとんと見ない。ちょっとさみしい。

2017年10月11日水曜日

多数

小学校なんかの学級会で、何か決めごとをするときは、たいてい「多数決」だった。これに賛成の人は手を挙げてください、というやつだ。ことによると、それが「民主主義」だと教え込まれたような気がする。学級委員長、遠足で持参するおやつの金額の上限、中学校に入ると更にあれやこれやとクラスで決めることが多くなる。クラス委員、当番、部活、朝の自習の科目、普段の服装やら持ち物やら、挙手をしてください、である。
長じて美術という畑に片足を突っ込んで感じるようになったのは、多数決で決めるのはいかがなものか、ということだった。
確かに多数決、というルールがあれば、決められる「議案」というのはある。しかしそれは「正しいこと」とは限らないことがある。
授業の課題でグループ制作をやるときに、「多数決」によって、制作作品について決めるチームが、必ず出現する。4人編成のチームだと、やりたい人が3人いれば、そちらに「即決」してしまう場面を、よく目撃する。たいてい反対に回った学生が「だんまり」を決め込んでしまう。大人から見ると、それは他の人にはないユニークな視点だったり、ものの見方だったりする。「大多数の意見」はたいてい、無難で、ベタ、ステレオタイプで面白くなかったりすることが多い。
学級会の「賛成の人は手を挙げて」作戦だと、決をとっておしまいである。反対者がいたとしても「黙殺」されてしまう。しかし、「反対」者にも意見はある。「多数」な側は、それをきちんと理解しなくてはならない。ことによると、少ない「反対」側の意見が、「正しい」こともあるからだ。
「12人の怒れる男」という映画がある。主演はヘンリー・フォンダで、もとは舞台の戯曲である。舞台劇らしく、陪審員室のやりとりが、映画では大きな部分を占める。被告に対して大多数が有罪と言っているのに対し、無罪を主張している人がいる。判決は全員一致でなくてはならない。「大多数」派は、面倒くさいと言いながら、「無罪」の根拠を聞いていく。根拠を知るにつれ、陪審員の意見が、ひとり、ふたりと、無罪に転じていく。
「映像の作り方」を教えるときに、これをサンプルにするのは、陪審員室の動線の扱い方だったりするのだが、久し振りに見直しながら、今日の政治情勢を考えてしまった。「数が正義」とでも言わんばかりの解散、所属政党の旗色が悪くなると「数」を頼りに離党したり政党替えしたりする政治家。なんか、ひたすら多数決をとっているだけで、政治を回そうとしているかのようだ。それは「正しい」ことなのだろうか。

2017年10月9日月曜日

ブーム

実習授業では簡単な映像を制作してもらっている。課題の内容や進行方法は以前にも書いたことがある。面白いのは、その時の1年生の指向が見えることだ。「マイブーム」、という言葉があった。1年生の「ブーム」は、ティーチングアシスタントをしてもらっている4年生にとっては、「ブーム」ではないことが多い。たかが2−3年くらいしか年が違わないのだが、「ブーム」は確実に違うらしい。
美術学校、映像系の実技専攻コースなので、必然的にアニメーション指向の学生が多い。ジブリ、ガンダム、ディズニー、というのが彼らの学習動機だったり、目標だったりする。数年前は、ヱヴァンゲリヲン命、というほどマニアックな学生さんが多かったが、最近はそれほどでもない。
実写ドラマ指向な学生さんだと、好みのドラマシリーズとか、映画などがある。担当している授業で、10年以上前に流行ったのは「世にも奇妙な物語」風なもの、である。課題として作ってもらう作品のうち、クラスに数本は、その手のものが出た。現実世界とちょっと違う設定の世界で起こる出来事、といったものだ。この頃はまだテレビドラマを子どもの頃によく見ていた、という世代である。見ているものはほぼ横並びで同じなので、当然のように、脳みその中のアイディアソースも同じになる。
最近は、ご家庭にテレビはあっても、子ども部屋のコンピュータをインターネットにつないで配信動画を見ている、という状況である。テレビ、という言葉でくくっても、あまり共有できる番組やドラマがない。だからなのか、隣の人を見ながら授業をしているような気がする。ブーム、というよりも、右へならえ、なのかもしれない。

2017年10月6日金曜日

皆勤

9月はカリキュラムの都合上、ほぼフルタイムな授業スケジュールである。
午前中は1年生、午後は2年生の実技授業を見ることになる。教える方になって分かるのは、教わるよりも教える方が格段に大変だということだ。先生の時給が高いのは、それなりに大変だからである。
一番大変なのは体調管理だ。スケジュールががっつり決まっているので、おちおち風邪などひけない。学生なら、熱が出たのでおやすみ、といえるのだろうが、教える方はそうはいかない。一般事務業務と違い、ピンチヒッターなど存在しない。先生業をするようになって、友だちづきあいがとんとご無沙汰なのは、明日の授業が心配だからである。二日酔い、徹夜作業、夜更かしも、私的には厳禁である。寝不足に弱い、というより、寝不足になると判断力が鈍るので、作業に支障が出る。20代の頃は無理をしてそんなこともやってみたりしたが、結局仕事に集中できないので二度手間だったり、休憩が多くなってしまうので時間的に「お得」にはならなかった。40代を過ぎると無理がきかないと、さんざん先輩から言われた。おかげで、夜の会は出来るだけパスするようになった。
授業期間中は、ほぼ毎日学校に出向く。だから休日は家事と翌週の授業の仕込みで手一杯になる。おかげで、友人の展覧会やパーティーなども、申し訳ないが、パスすることになる。ごめん。
学生時代は考えても見なかった皆勤賞。ここ数年はあちこちに「ごめん」しているおかげで、ほぼ達成である。ごめんね。

2017年10月5日木曜日

パンク

かくして、学生さんの風体は自由である。
さすがに、いわゆる「コスプレ」風なのは、ここ数年の流行ではあるが。
以前は、風体で概ね専攻学科が分かったものだった。しかかし、最近の学生さんは実技と言ってもいわゆる「美学生」っぽくない。一般大学の学生さんと、外見ではあまり違わない。学内でコスプレして、高校の制服を着ていたりするので、なおさら、区別がつかない。
以前受け持っていた学生さんは、ロック研究会というサークルでバンド活動をしていた。バリバリのパンクロックバンドである。次第に風体が「パンクロッカー」風になっていく。進級すると、「パンクロッカー」度が上がる。男子学生だったが、胸まで長いロングヘア、パーマをかけてウェーブヘア、しかもヘアカラーを入れてメッシュヘア。もちろんいつでもさりげなくアイシャドウを入れている。夏でも革ジャン、安全ピンがあちこちについていて、背中にはドクロマーク。スリムなジーンズはあちこち穴が空いている。その頃はロンドンブーツではなく、ウエスタンブーツが流行だった。年間通してそんな格好なので、夏は汗だくで革ジャンを着ている彼を見る方が「暑い」、冬は穴あきのジーンズで穴から鳥肌が立っているのが見えるのが「寒い」。本人もバリバリのパンクロッカーのつもり、だったのだろう。何事も「パンクロッカー」たるスタイルのためと、暑くても寒くても、その風体は維持されていた。
4年生になると「就職活動」というのがある。夏休み明けに久し振りに学校に来た彼は、短髪、化粧っ気はなし、リクルートスーツでワイシャツにネクタイ、書類鞄で、研究室に推薦状をもらいにやってきた。最初は「どなたさまですか」と言いたいほどの別人ぶりである。
もともと優秀な学生だったので、結果的にはそこそこの会社には就職した。彼の「パンク」は単に外見だけだったんだねえと、卒業式後に、話題になった。パンクな格好で就職活動して、それを受け入れてもらえる度量の広い会社がないものかと、実は密かに期待していたのだが。

2017年10月4日水曜日

変身

夏休み明けは9月初め、勤務校は小学校並みに早い始業である。
授業は3週間の集中授業なので、予め研究室のスタッフに受講生の顔写真を用意してもらうことにしている。年間130人ほどの学生さんを見ることになっているのだが、それぞれ3週間ほどしかつきあわない。さすがに全員の名前と顔を覚え込むのは難しいからだ。
学生さんは4月に身分証明用の写真を撮影する。データが研究室にあって、それを使い回してもらう。ところが、大学に入って1−2ヶ月ほど経つと、最初の顔写真と違う人物になるケースがある。一番変化が大きいのは、髪型や髪色、メガネのカタチである。4月は生真面目風な女子高校生くらいな感じだったりするのが、5月になると頭が赤かったり、メガネがコンタクトになったりする。研究室で用意してもらう顔写真に「頭赤い」「頭青い」「頭黄色い」「頭短い」、パーマかけてアフロヘアになったら「頭爆発」などというメモを記入する。
身体的には、激やせ、激太り、などというのは、ほとんどいない。ファッションの見た目がかなり変わることはある。いきなりゴスロリ風になったり、ストリートダンサー風になったり、フェミニン風になったり、というのはある。これも「今はパンク」などというメモを記入することになる。
学生時代というのは、かくも風体は自由である。本人と確認できる程度の「変身」であれば、問題はない。問題があるのは、肉体作業な実習授業なのに「きれいめOL風」だったり、夏だと「ほとんどお肉丸出し」みたいな女子学生である。授業の内容に即したファッションが望ましい、のだが。

2017年9月4日月曜日

点灯中

またまた、輸入車の日常として、警告センサーや警告ランプの点灯など気にしない、というのがある。
多いのは「エアバッグ異常」だろうが、こういったセンサー類をリセットするのは、整備工場で整備コンピューターにつないで、と少々手間がかかる。まあ走行系に問題なければ、接触不良だろう、くらいで乗るようになってしまう。ピーターと狼、状態だ。ぶつかってみなければ、正常なのか接触不良なのかわからない。
今使っているのは、懲りもせず3代目のフィアットだ。同じメーカーで数台乗ると、なんとなく共通の癖がある。このメーカーは「オイル注意」である。警告灯が点灯しなくても、エンジンオイルの減りが早い。3代目は、ドライブに行った先で、思い切りオイルが少なくなっており、焦ったことがあった。以来、ドライブのお供はオイル缶である。
さてその後、ある日「エンジン異常」が点灯した。走行系で気になる。数日後、同居人と一緒に、購入したディーラーに持ち込むことにした。ちょっと遠方で、高速道路に乗らねばならない。走っていたら、いきなり具合が悪くなった。エンジンの回り方がおかしい。踏んでもスピードが出ない。走行に不安があり、レッカーに来てもらい、ディーラーにそのまま入院。数週間後の検査結果はバルブ破損。エンジンオイルの減りが早かったわけだ。イタリアの本社とやりとりしてエンジン交換と大工事になった。
その際に、ディーラーが代車を持って来た。営業担当者が帰った後で、エンジンをかけたら「警告ランプ点灯」中、である。しかも「エンジン異常」中、である。入院中のクルマと同じ状況である。あわててディーラーに連絡したら「あーすみません、点灯しっぱなしで大丈夫です。それで乗ってきたので問題ありません」。大丈夫か警告灯。いやいや、営業マン。
で、自車の方は入院が3ヶ月以上になった。その間、ディーラーの都合で、入れ替わり立ち替わり代車が3台。ちょっと長期の試乗のようだ。帰ってきた自車のエンジンはぴかぴかの新品である。
不幸中の幸い、事故もなく、生命の危機もなかった。今となれば、いいネタではある。国産車ではあり得ないだろうが。

2017年9月3日日曜日

ご機嫌

そんなわけで、国産車では「見かけない故障」というのもあった。同居人ともども、困ったなー、と言いながら、まあ生命の危険はなかったので、今となっては笑い話になったのもある。

VWゴルフは、大きなエンジンを積んでいた。いつものように乗っていたら、シフトアップしないことがあった。ローでかなり引っ張らないとシフトが上がらない。いまどきの自動車はコンピュータが入っていて、ときどき自分でメンテナンスするらしい。私はあまりふかして乗るタイプではないのだが、クルマの方はときどきふかして乗って欲しいらしかった。
フィアットのプント、というのも、「ざっくばらん」だった。こちらは朝一番の発進時に、ときどきシフトが入らない。一旦パーキング、ニュートラル、それからドライブと、順番にゆっくりシフトを入れ直す、のが「コツ」らしいことを発見した。マニュアルに書いてはいない「癖」である。
その後、助手席の床が水浸し、になった。近所のディーラーに入れたら、屋根から水漏れだろうと言うことで入院。それがかなり長期になり、2ヶ月後に戻ってきたが、状況が改善していない。雨もないのに、水浸しである。運転席は大丈夫なのだが、助手席は水浸しである。購入ディーラーが遠方だったが、こちらに持ち込んだら、エアコンの配管接続ミスで、よくあるんですよー、と30分で解決。
懲りもせず、次もフィアット、グランデプントを買ってしまった。昔から好きなデザイナーの手がけた車種だったからだ。これは、走行中にシフトが「抜ける」。走っていたら、突然シフトがニュートラルになって走行不能になった。出先だったので、最寄りのコンビニにやっとこさたどり着き、購入時の営業マンに遠路はるばる来てもらった。入院1ヶ月。これもその後あまり状況が良くなく、ときどき機嫌が悪くなった。修理工場を換えたり、パーツを換えたり、オイルを変えたりしたのだが、劇的には改善しなかった。結局これが手放す要因にはなった。
このフィアットはオートエアコンを積んでいた。温度計で外気と室内を測って、希望温度にする、というやつだ。冬の寒い日に乗り込んで、室内設定温度は20度、エアコンのスイッチオンで自動的に「温風」が出るはずなのだが、凍えるような冷気が出る。見ると測定外気が30度を示している。室内を20度にしようと、エアコン君は「外は真夏だー、それよりはマイナス10度にするぞー」と頑張っているのである。手動のエアコンと違って、こうなると欲しい温度の風が出ない。外気温の温度センサーを交換したら、即解決。
ここまでいろいろな故障があると、退屈しない。機械のご機嫌を見ながら、今日もエンジンをかける。

2017年9月2日土曜日

らしさ

引き続き。
同居人はクルマ好きである。何かヒマがあると、自動車ディーラーをのぞいている。購入する気もないのにカタログをもらってくる。市場把握と称して試乗の予約をする。
そういうことをする人がいるから、営業費というのが多額に必要で、それが車両価格に反映されているのである。
その後も何台か自宅の自動車は入れ替わった。家を引っ越して、自動車の台数が増えた。それでもどれかは輸入車という状況である。サイズの手頃さと、クルマとしての面白さ、というのは、国産車ではあまり両立しないらしい。マニュアル好きの同居人と、オートマの私が運転するので、私の常用はどちらかといえば、「マニュアルライクな乗り方が出来るオートマ」がチェック項目である。
何台か輸入車を乗り継いで思ったのは、ディーラーではなくアフターメンテナンスを考えないといけない、ということだ。輸入車ディーラーに付属している修理工場がベストか、と言えばそんなことはなかった。街で見かける「輸入車ディーラー」は、看板が同じだけで、実はフランチャイズみたいなところがある。近所の同じディーラーで情報を融通し合う、という状況ではないことがあり、保証期間の修理は必ず購入ディーラーで、というお約束がある。自宅の近所にディーラーがあれば問題はないだろうが、BMWのときはディーラーは近所、ディーラーの直営修理工場は駅をいくつか越えた別の場所だった。ショールームは、購入後は不要である。修理の出し入れで半日くらいは潰すことになる。
どのクルマでも問題なくノーメンテナンスで乗れた、ということはない。いつでもどこでも何かしら、だましだまし乗っているようなところはある。まあ「機械」というのはそんなもの、である。国産車だと、たいていの場合、こうはならない。だから「機械らしい」のだろうが。

2017年9月1日金曜日

消耗

入院期間が多いと、生活するのに時々不便である。修理しても状況が改善しないのはあまり嬉しくないので、次のクルマを物色し始めた。その頃、トヨタがVWの代理店を始めた。トヨタがやるなら、アフターの面倒見はいいだろうと、知り合いを紹介してもらって車種を物色。同居人が海外で生活していたときに初代ゴルフを使っていたそうなので、信頼度は抜群。試乗車はあまりぱっとしなかったようだが、たまたま従業員が使っていたグレードが気に入って即決。結果的にはこれが一番気に入って、長く乗った。
自動車としては完成度は高く、乗ったときの信頼度がある。一方で、国産車のような「かゆいところに手が届く」ような感じがしない。良い意味で無骨だ。参ったのは、エアコンのききが今ひとつ、ではなく、三つほど良くない。ドイツは暑くないからいいのかもしれないが、夏の暑い日など大変だった。
2回目の車検を通した後で、ぼちぼち気になり始めたのは、樹脂系パーツのもろさである。外も中も、樹脂やゴム系のパーツがダメになってきた。この辺の耐久性が国産車とは違うところなのだろう。トヨタで面倒を見てもらうのだが、どうしてもパーツの供給に時間がかかるようになったので、ぼちぼち手放すか、という話になった。クルマとは消耗品、という側面が大きいのだなあと実感した。

2017年8月31日木曜日

亡霊付き

その頃から、輸入自動車というのが買いやすくなってきた。外国車のディーラーというのが街中に出現してきた。トヨタ、日産、その隣にベンツ、BMW、という感じだ。消費者としては、選択の幅が大きくなるわけで、うちの条件に合うサイズが当時売り出し始めたBMWの「コンパクト」。同居人の憧れの「BMW」だった。
最初はニコニコしながら近所を乗っていた。しばらくしてから、慣らしも兼ねて名古屋の墓参りへドライブした。知多半島経由である。夜の知多半島は、ライトのついているビニールハウスや温室が並ぶ畑の中の一本道。街灯もなく、真っ暗である。窓を開けて、走っていると、ブオーと音がする。2サイクルの二輪車が後ろからあおっているような音だ。しかし後ろにヘッドライトはない。もしや幽霊か、などと話しながらドライブ続行。その後から、やたらやかましい音が室内に反響するようになった。
もちろん保証期間なのでディーラーに持ち込む。修理点検も兼ねて入院となった。診断の結果はコンプレッサーの不良で交換。戻ってきてしばらくは静かなのだが、数ヶ月も経つと、またやかましくなった。再び入院、帰ってきてしばらくは静か、その後また再現。常に「2サイクルの二輪車の亡霊があおっている」状態である。なかなか賑やかなクルマだった。

2017年8月30日水曜日

曲がり角

ずいぶん以前になるのだが、同居人と暮らし始めるにあたり、自動車を買い換えることになった。
自動車産業というのは、世間の景気の一歩後を追うようなところがある。開発に時間がかかるので、世間の流行と同調、というわけにはいかないからだ。
その頃は、バブル景気の少し後。国産自動車は大型化、ラグジュアリー化が流行だった。住むことになる住居は、どちらかといえば都心の住宅密集地。車庫は狭く、近隣の道路も狭い。角を回って、自宅前の道路に侵入できる自動車、つまり回転半径がなるべく小さい、5人乗り、高速で遠出もするので軽自動車はなし、車庫に入る大きさ、というのが条件だ。同居人は欲しい車を物色した。試乗に行って気に入ると、自宅まで乗らせてもらう。角を一発で曲がらなければアウト、車庫に切り換えなしでスムーズに入らなければアウトである。気に入っても、曲がれないのがいくつもあって、どんどんと条件は厳しくなった。
同居人の父親はその頃ベンツに乗っていた。これがびっくりするほどよく曲がる。国産自動車のほとんどはFF、父親のベンツはFRということもあるのだろう、自分の運転が上手なのかと錯覚するほどの曲がりようである。せまい道の交差点でも気持ちよくまわる。高級車、のイメージがあったが、むしろ実用車だと思った。もう少しサイズの小さいものがあればベストなので断念したが。

2017年8月29日火曜日

アシあれこれ

すでに夏休みが終わった学校もあるのだが、私にとっては、残り少ない夏休みである。閑話休題で、しばらく前に友人と話題にしていた、自動車の話である。

私は郊外暮らしで育った。都心の団地住まいの2年ほどを除いては、駅から遠く、バスの便もまばらなエリアの一軒家。妹のお稽古事の送迎が必要なので、自動車が必需品だった。
私の世代は、大学時代に運転免許取得が、社会人へのパスポート代わりだった。もちろん、現在と異なり、マニュアル車での教習である。苦労して取得したのに、自分で運転するようになった頃は立派なペーパードライバー。クラッチのつなぎ方がどうも上手くない。結局オートマで乗るようにはなった。
その後も郊外暮らしで自動車が「アシ」な生活である。

同居人の方は「アシ」など不要な都心で育ったが、父親がクルマ好き、男三人兄弟で、兄はラリー、弟はサーキットで走るライセンス持ち。当然真ん中の同居人も、それなりにクルマ好き。その当時は「軽自動車」免許というのがあって、試験場一発、16歳で取得、以来ドライバーで、JAF歴50年をすでに越えた。もちろんご両親も免許持ちだが、こちらはもっと前に免許取得なので、免許証はほぼ「全部入り」。バイクなどとんと無縁なのに「大型二輪」なども入っている。自転車に乗れないのに、大型二輪免許保有、という人もあったらしい。食い詰めたらタクシー運転手、と言っていたが、二種免許入り、だったからだ。

今はほとんどの人が「オートマ免許」取得なのか、販売されている自動車もほぼオートマ車である。クルマ好きの同居人はマニュアル大スキなので、自動車購入の際はまずトランスミッションがチェック項目である。日本車はほぼマニュアル壊滅状態なので、寂しそうである。高齢者の「アクセル踏み間違いで暴走」、という事故のニュースを見る都度に、マニュアルならこういう事故はないよねえ、とつぶやいている。

2017年8月23日水曜日

減少

普段はいわゆる「通学課程」というところで授業をやっている。面と向かって授業をやって、実習やって、というものだ。一方、勤務校には「通信教育課程」というのがある。以前は、短期大学という位置づけだったが、2002年に4年制、学士の資格が取れるようになった。
学校の組織としては、「通学」と「通信」が微妙に分かれていて、それぞれに専任教員、非常勤講師、専任と非常勤のスタッフと配置されている。
通信教育課程で、ここ数年顕著なのは、最初の頃ほど学生数が増えない、ということらしい。通信課程なので、社会人も多く、4年で卒業するのではなく、もう少し長く学生として在籍する学生が多い。そうは言っても、「新入学」な学生は、一時期ほどの増加がないらしい。ひところは、スクーリング(面接授業)の学生数が多すぎで実習授業が出来ないから急遽クラスを増やす、ということもあったようだ。最近は、生徒の数より教員の数の方が多いクラスもあったりするらしい。
私学なのだから、経営が成立しなければならない、というのは仕方がない。2年ほど前は添削非常勤講師のペイが時給ではなく、「半分時給半分出来高」制になった。時間をかけてとことんじっくり指導、ではなく、それなりにスピード出してこなしてね、ということらしい。今年は、専任教員の空きを埋めない、という作戦に出たらしい。仕方がないが、教える側としてはモチベーションが下がる。
先日は、通信の専任教員が「縮小されたら困る」などと言っていた。困るのは、学生なのか、雇用されている本人なのかわからないが。
学生としては、先細りする学校で教わるのは、心細い。入手していた情報で選択する授業を想定していても、進級時にそれが存続しているかどうか分からない。先細りするから隣の学校と併合するからねー、などという、「分校の生徒が少なくなるから分校廃止」という小中学校のような作戦はとりようがない。先細りが見えた時点で、先がある学校に移りたくなるのが普通だろう。こうやって、先細りが見えてくると、沈む船からネズミが逃げ出す、という状況になり、あっという間に学生数が減るのである。
別の学校のケースだが、学校の閉鎖が決まっても、先生の数はむやみに減らせない。その学生は、転出する学生を横目に、むしろぎりぎりまで在籍することで、潤沢な教員数で授業をする、という作戦を採った学生がいた。強者である。

2017年8月22日火曜日

サイズ

そんな中でも、現状の大学経営の観点から、新学科設立、あるいは統廃合によって、学生数確保、などという勇ましい理事会の会議録がちらほらと見えるようになった。先般の獣医学部新設でも、その手の指向が見えるような気がする。一般的に、オジサンというのは、守備範囲を広げるのが好きである。おうちは豪邸、クルマは大型車、というのが価値観の上位に来る、という感じだ。
「トランジスタラジオ」という商品が一世を風靡した時代があった。大柄な高見山関が、華麗にステップを踏んで宣伝していた。小型化、というのが、「日本のお家芸」だった時代である。
翻って、少子高齢化で、お客さんが少なくなるので、入りやすい=受験生が集まりやすい学校を目指す。あるいは、多くの学科や専攻を構えて、どんなお客さんが来てもOKな状態にする。何か、真綿で首を絞めているのではないかという気がする。こんな時代だから、ダウンサイジングにもっと知恵を出すべきではないか、とも思う。

2017年8月21日月曜日

勤務校の授業の方は7月半ばで終了する。学生さんの方はその後テストや補講などあって、それから夏休み、である。 私が学生の頃よりも、夏休みは幾分減っているような気がする。もっとも、専任の教員に聞くと、トータルの授業日数は変わっていないはずだそうだ。どちらかといえば授業期間のシフトがそう思わせているのではないか、と言う。大学にとって入学試験というのが大イベントである。以前は、一般的に入試一発、だった。しかし、少子化時代、お客さんを集めるために入学試験のバリエーションがえらく多くなった。前期公募推薦、後期公募推薦、外国人留学生、帰国子女、などというのがある。一般入試にしても、センターAだのBだの、専門試験は4科目から2科目選択だのと、やたら試験科目数が多い。間違いなく願書を書く方が大変そうである。もちろん、編入、転科、修士課程は別日程で、学部の入学試験前に行われるから、こちらは1月の終わりまでに日程が組まれる。そんなわけで、入学試験の期間が長くなる。前倒しで授業の方は12月でほぼ終わるように組まれている。その前倒しで、後期授業の始まりが早まっていて、今や9月1週目、近所の小学校と同じ日に始業である。
さて、入学試験にそんなにたくさんバリエーションがあって、1年生のクオリティが高くなったか、と言われると、申し訳ないが、それはビミョーである。現状の入試方式だと、クオリティの幅がありすぎるという状態になる。教える方は大変である。担当している学科では、専任教員は主に上級学年をみている。低学年は非常勤が持ち回りである。だから、幅がありすぎて大変、なのを、粒を揃えて上級学年に回しているのがこちらの状況である。専任教員には、こちらの苦労は分からないだろうなあ、と思う。

2017年7月1日土曜日

緊縮

さて、こちらの勤務校の方は、今さらながらだが、研究室宛に会計事務の方から「お知らせとお願い」が回ってきていた。
カラーコピーの代金は30円、モノクロは半額です。出来るだけモノクロを使ってください。前期のコピー料金は大学全体でウン千万円です。緊縮財政にご理解とご協力をお願いします。といった内容である。
まあ、これも時代なんだろうなあ、とは思う。しかし、人間は一旦便利に使ったものはおいそれとは手放せないものだ。「お知らせ」の文言だけでどれくらい効果があがるのだろうか。
似たような「倹約」に、「ミスコピーの裏紙を使う」という作戦があった。ただし倹約になるのは紙代だけで、プリント料金はかかるわけだし、コピーという機械自体に、「両面印刷」はドラムというパーツにあまりよろしくない、という話もあって、あまり積極的に実行するところは少なくなった。
授業をやっている方としては、資料を配付するのは自分の「アリバイ作り」みたいな気がする。いまどきの学生さんは、参考資料や図書を挙げておいても、事前に読んでくる学生はほぼ皆無。だから参考文献の該当箇所を、授業の進行に合わせて配布する、などという作戦をとらなくては、学生が文献を読むことにならない。そうでもしないと、学生さんは文章を読まないのである。話をメモする学生も少ない。板書すればそれをノートに丸写しをしていた。現在は、ノートに「書き写す」のではなく、スマホでパシャリである。だからサマリーをプリントして配布したくもなる。でも資料を配付したからと言って、それをみっちり読む学生もあまりいない。資料をもらったことで学生さんは安心してしまうので、作業はそこで終わってしまうようだ。来年は資料無しにしてみようかなどと、毎年のように思ったりもする。

2017年6月30日金曜日

会計

数年ごとに研究室のコピーはリース期間の更新と共に新しくなる。新しくなるとそれなりに新しい機能もついてくる。いろいろとかゆいところを探して機能にしているわけだ。
もちろん、この手のリース物件は、ランニングコストは別会計である。機械内にカウンターというのが入っていて、プリントした枚数を勘定している。1枚いくら、である。もちろんファックスすれば電話代は別。メーカーの保守契約代金も必要だ。ある程度の消耗品は保守料金だろうが、紙代は別。使えば、使ったなりに、お金がかかってくるようになっている。
日頃眺めていると湯水のように使っている文明の利器である。同居人の勤務校では1−2年ほど前から「コピー緊縮令」が出た。カラーコピーで、学生に毎回10枚ほどを配布している美術史の授業があったらしい。美術学校の美術史だから、受講生も多い。カラーコピーが1枚30円として、一人300円、300人ほどの授業なら1回の授業で90000円、15回の授業があるのでプリント代だけで135万円、講師料よりもはるかにお高い。現在はプリントは回収の必要があるものだけになり、資料配付はサーバーから学生がダウンロードする方式になったらしい。やっとペーパーレスになってきたというわけだ。

2017年6月29日木曜日

コピー

勤務校の研究室にはコピー機がある。今やオフィスの必需品である。多くのこの手のオフィス用機械がそうだが、これもリース物件である。両面読み取りフィーダー、ソーター、ホチキス止め機能があって、プリンター、ファックスもできる。なんでもこい、というのがここ数年の流行である。
四半世紀前はこんなものはなく、あっても高嶺の花だった。コピー、と言えば、青焼きである。当然のように、授業内でプリント配布などない。あったとしても、最初の授業での「ガイダンスシート」程度である。その頃は、「コピーする」ではなく「ゼロックスする」だったし、英語で言えば「photocopy」である。
ゼロックスがぼちぼち普及してきた頃は、まだまだアナログな機械で、拡縮率は数通り。それがデジタルになり、1%単位で拡縮できるようになった。画期的だ! と感動したものだが、その普及に伴って、デザイン事務所からは「デザインスコープ」がなくなっていった。デザインスコープというのは何か、というのは余談になるので置いておく。
その時分から授業内配布プリントというのがぼちぼち増えてきた。相前後してワードプロセッサというのが普及してきて、レジメをつくってくる先生が増えてきた。研究室のお仕事に、授業用プリントのコピー作業、と言うのが増えたわけだ。
さて、同居人の場合は、大人数の授業なのでプリントは100部。学校では、同じ時間帯にいくつもの授業があるから、それぞれ100部ほどプリントする先生がいる。プリント1枚、で済む人はまれで、中にはひとりに10枚近くのプリントを1日に配布する人がいる。授業開始時間よりも早く控え室に行くのは、コピー機争奪戦があるからだ。
毎日コピー機さんお疲れさま、である。

2017年6月23日金曜日

世代

スマホ依存、という学生さんも多くなったわけだが、ある意味では、こういった電子機器の扱いには慣れてきたという見方もあるだろう。
コンピュータが必須の授業が始まった頃は、キーボードが「コワい」という学生さんが少なからずいた。タイピング、ということすらしたことがなかったので、キーボードで「d」はどこか、「k」はどこか、などと大騒ぎだった。ブラインドタッチなど申すまでもない。一本指打法である。「左クリック」を、右手でクリックするから「右クリック」と信じて疑わない学生さんもいた。マシンの電源を落として、と言ったら、すかさず電源ボタンを押して、作業中のデータを全部飛ばしてしまった学生さんもいた。
ここ数年だと、スマホのフリック入力は出来るのに、キーボードをあまり知らない、という学生さんもいる。「コントロールキー」や「デリートキー」を知らない、というわけだ。違う授業科目の話だが、レポートを作成するのにスマホで作業している学生がいたらしい。あんな細かい画面で良くやるなあ、と感心したが、それより前に親指が腱鞘炎にならないか心配にもなった。データでテキストレポートを送ってきたらしい。印刷の方法は知らなかったようだ。ここいらへんも、「スマホ世代」である。

2017年6月22日木曜日

現場

担当している授業の一つは、1年生のクラスである。当然のように、毎年1年生を見るわけだ。最近の学生さんは浪人が少ないので、概ね18−19歳くらいの「青二才」である。
10年以上前から「ケータイ」世代。そういえば、「ポケベル」世代というのもあったよな、などと思うのだが、ここ数年は「スマホ」世代である。ケータイ以上に、自他共に認める「依存症」が多い。いくらケータイ好き、と言っても、今のスマホ好きにはかなうまい。
構内の廊下や、通路など、こっちが気をつけないと、歩きスマホ学生に正面衝突しかねない。教室や廊下のコンセントは、必ずどこかで「充電中」のガジェットがぶる下がっている。そんなに熱中していてバッテリーを消耗して、肝心の連絡がつかなかったらどうするのだろうと思っていたら、鞄の中からモバイルバッテリーを出して見せてくれた学生がいた。ひとつ、ではない。二つ、三つである。
授業中のtwitterが数年前までのトレンドだった。「いま授業なう」、である。さて、ここ1−2年はLINEが流行である。twitterやfacebookなどは、投稿すれば一段落するSNSだが、LINEは常時相手がいてやりとりするような構造で、必然的にスマホ凝視状態である。もちろん授業中もひっきりなしに何か打っている。打ち終わると、1−2分したらまた打ち始める。私の世代で言えば、長電話状態である。受話器を置かずにずーっと抱えている感じである。
授業中に情報を収集したり、デバイスで書類を参照したりすることが多くなって、授業中スマホ禁止と大声でアナウンスはしていない。デバイス上のマニュアルを見るついでにLINEを始めてしまうと、授業の方は上の空である。途中でお腹が痛いのでトイレに行っていいですか、というので、本当に具合が悪いのであれば保健室に行きなさいね、と言ってドアを開けたら、ハンカチではなくスマホを握りしめている。お腹が痛くてトイレに行くのに、なぜスマホが必要なのか、理解に苦しむ。あげくに、スマホで授業以外の作業はしないように、特にLINEは、などと中学生に言うような注意をする羽目になる。これが高等教育の現場なのかと思うとがっくりである。

2017年6月21日水曜日

ダイエット

時折、すれ違う車は真っ赤なのだが、ボンネットの色が真っ黒。色が違うのが気になっていた。詳しい人に聞くと、ボンネットだけをカーボンにしているのでは、ということだった。
クルマのボディーは一般的にスチールでつくられている。鋼鉄だから、それなりに重たい。一方、乗り物などで速度をそれなりに出すには、自重を少なくするというのが基本だ。競馬のジョッキーは小柄である。自転車で言えば、サイクリング用のそれはママチャリよりもかなり軽い。それと同等で、クルマもボディーを軽くすればスピードを出しやすい。街乗り、一般車両であれば、まずはアルミホイルにする、というのが常識、その次にやることは、パネルをカーボンファイバーにするのだそうだ。ただし、全部カーボンにしてしまうと、かなりお高くなってしまうことと、紫外線による劣化が大きく、またクルマの強度は小さくなる。その兼ね合いが面倒らしい。ちょっとでも軽くするために、パネルをひとつカーボンにする、という作戦をとることがあるらしい。
さて、すれ違うクルマのボンネットは黒いので、カーボンファイバーだろうと思われる。従って、オーナーはクルマ好き、しかもラリーとかレース好きなのかもしれない、と思われる。カーボンはお高いので、それなりに懐具合もあるりそうだと思われる。
だから、というわけではないが、ついドライバーに目が行くことになってしまう。
若い、とは言えない。スマート、とも言えない、むしろ懐具合並にフクフク、といった体型である。
うーむ、ボンネットをカーボンにすれば、どの程度自重が減るか知らないが、ドライバーのダイエットの方が効果的な気がするのだが。

2017年6月20日火曜日

マクラ

いまどきの、とマクラがつくようになったら年寄り、と言われる。若いもんに「昔の」などと、生まれる前のことを言っても意味はない。彼らには「いま」しかないからだ。
まあそれでも、年をとってみると、以前との比較で考えることは多くなる。大学の1年生相手でよく考えるのは、高校までの教育成果としての「学生」さんである。
年寄り世代になくて、いまどきの学生にあるのは、「情報科」という科目である。コンピュータとか、情報リテラシーを教える、という科目である。一方減っているんだろうなあと思うのは、いわゆる工学系の技術科、家事系の家庭科である。男子でも5寸釘が打てない、図面が読めない、女子でも裁縫が出来ない、包丁が扱えない、という場面を見かける。個人差なのかもしれないが、授業でやったのでは、と聞いたら、やってません、と堂々と答える。おうちのお手伝いもしたことがないのだろう。
ではいまどきの学生さんは、情報系はばっちり、なはずだが。簡単なプログラミングをやったことがある学生から、パワポで何かつくったことがある、インターネットで調べものをした、程度までかなりばらつきがある。情報科には、学習指導要領などというものがないような印象すらある。教える側の能力差が大きい、と言えばそれまでだろうが、義務あるいはそれに近い教育制度で、なおかつ、いまどきのリテラシーとして重要な「情報」系の科目で、それはまずくはないだろうか、と思う。
今や昔、であるが、技術科という科目でも、学校によってはかなりばらつきがあった。私の世代の男子に聞くと、エンジン全部分解再構築、丸太から板を切り出して椅子と机を作る、などというのがあった。私は女子校だったので、家庭科オンリー。やはりお裁縫が多く、ボタンホールはフランス風を教わった。中学生の頃、ブラウスやスカートをつくったのだが、ジャストサイズで型紙をつくったのが4月、出来上がるのが数ヶ月後で、出来た頃にはサイズが変わっていた。成長期まっただなか、だったのである。
いやしかし、今考えると、エンジン分解など面白そうだなあ、と思うのだが。

2017年6月16日金曜日

蕎麦屋

曾祖父は、大学で教えていた。大正から戦前の話である。
大学は今ほど給料を出さなかったので、ほぼ無給というのが雇用の条件だったらしい。その頃の家訓が、そば屋で昼飯を食べない、というものだったそうだ。
授業の合間に昼食を外でとることになると、どうしても同僚と一緒になる。話はどうしても授業の話だったり、教え子の話になったり、愚痴だったり、する。どこで誰が耳をそばだてているか分からない。学内のことは外部に出すな、という教訓である。
翻って、いまどきの先生たちはよく外に食べに行く。同僚も伴う。近所の飲み屋で大騒ぎしているグループがいて、様子をよーく観察していると、近所の学校の先生だったりする。がっかりである。
新学期になってから、先生のtwitterが話題になった。「思っていたようなクラスのメンバーにならなかった」といった趣旨のコメントである。案の定炎上である。
発言の内容以前に、twitterがいまどき「ひとりごと」だと思っている方もいかがなものか。お仕事の愚痴を外には出さない、というのは、先生という職業以前に、どんなお勤めであっても前提なのだと思っていたが。
人はさまざまな失敗を重ねて大人になるものだが、今日ではちょっとした失敗も、大問題になってしまい、「重ねる」どころの話ではない。辛い世の中、ではある。

2017年6月15日木曜日

未来

食洗機が故障した。杞憂してから2ヶ月である。https://tcd5m.blogspot.jp/2017/04/blog-post_6.html
製造がとっくに中止されている業務用メーカーの家庭用卓上型機器である。修理が出来るかと電話をしたら、速攻でサービスマンがやってきた。製造中止機器なので修理できるのかと言えば、倉庫にある在庫のパーツをかき集めてみます、と言う。翌日見積書をわざわざ持参して、ほぼ8割のパーツが集まったので、オーバーホールしますか、と言う。軽く大手メーカーの卓上型製品値段になる。これで数年はしのげるのか、と一発奮発である。
入院中は食器手洗い、ということになる。いない間に食洗機のありがたみをしみじみ感じる。手荒れのひどい人や、油汚れの多いものを洗う人には、文明の利器である。アンダーカウンターの据え付け型だと、4人家族1日分まとめて洗う、という感じになる。少人数の家や、食器をよく使い回す家なら、小容量で回転を多くした方が便利に思える。
大手家電メーカーだと、小容量だが1回の運転が小1時間である。実家でもそうだが、鍋釜までは突っ込めない。
ほとんどの国産電機メーカーが撤退した現在、食洗機の未来が心配である。

2017年6月14日水曜日

煎餅屋

学生さんと話をしていると、世の中は「自分たち世代」しかいない、という感じがすることが多い。流行の歌や番組など、「知っていてしかるべき」という前提で話をする。他の世代は「世の中に存在しない」というのが彼らの常識である。
さて、2年生の授業ではフィールドワークを含めて作業をする。学外に放り出すと、いろいろなものを見るし、さまざまな人と関わる。そして自分たちの視野の狭さを知る。ただし、「自分たち世代しかいない」と思っている学生さんは、視野の狭さを知るのにすごく時間がかかる。ところが1学年に数名ほど、早い時期に、視野がものすごーく広がる学生さんがいる。こういう学生さんは、フィールドで他人のお話を聞くのが上手である。決まった傾向があって、他人、といっても年寄り、にである。ニコニコと挨拶をして、おしゃべりをするのが上手い。あげくに、あめ玉をもらったり、缶コーヒーを買ってもらっていたりする。
こういうタイプを、授業内用語で「年寄り転がし」と言っている。
ある学年で、地味な女子学生がいた。小柄で声が小さく、引っ込みがち、目立たない学生である。ところがフィールドワークをすると、年寄りとおしゃべりするのがえらく上手い。一気に「デビュー」、クラスで注目の的、である。よく聞いてみると、実家が草加市で煎餅屋をやっており、兄が跡取りとして修行中、妹の彼女は売り子の看板娘、なのだそうだ。どうりで、年寄り扱いが上手いわけだった。

2017年6月11日日曜日

営業

大学は厳しい時代である。黙っていても受験生が群がる時代ではないので、積極的に営業を行う。
大規模な営業活動の一つに、「オープンキャンパス」というのがある。お若いと何でも略語にしてしまうので、通称「オーキャン」。初めて聞いたときは、ドタキャンの親戚かと思ってしまった。
勤務校では、6月初めの週末がそれにあたっている。学科ごとにバナーをつくり、パンフレットをつくり、授業参観が出来たり、課題作品を展示したり、という作戦である。普段の授業を見せるのが、オープンキャンパスのそもそもの意図だったと思うのだが、今やお祭り騒ぎである。研究室のスタッフ、受付をしていたりする学生たちがお揃いのTシャツで廊下に並んでいる。うーむ、こういうお祭り好きが多くて、普段は何やってんだか、ということを見せるには良いのだろうが。
実際のところ、展示をしたり、パンフレットをつくったりという実務は、研究室のスタッフが担っている。私の頃にはなかったイベントである。余計なお世話だろうが、研究室スタッフは、余計な業務だと思わず、一生懸命やっている様子が泣かせる。
こんなにしてまで営業しなくてはならない、ということも泣かせる。ここまでするのであれば、もっとダウンサイジングすることを考えれば良いのに、と考えたりもするのだが、ことに男の人はイケイケどんどんというタイプの人が多いので、ダウン、などとは考えたくもないのだろうが。
毎年イベントとは関係なく、通常授業をやっていると身としては、いつも通りに授業をさせてほしいものである。

2017年6月10日土曜日

ベクトル

写真の先生と少し立ち話をしていた。最近の学生さんは−、というのがマクラである。
写真の先生がここ数年がっくりしていることがあるそうだ。授業時に、褒めた学生さんが、しばらくして「写真を見てください」とやってくる。見せてくれたのは「鎌倉に遊びに行ってきました」な感じの、記念写真だったそうだ。
そういえばなあ、と自分の授業も思い起こす。私の方は実写のビデオを担当しているのだが、そちらもここ数年「ホームムービー」風な作風が目立つからである。
それが意図してか意図していないかはよく分からなかったのだが、最近の学生さんはスマホで動画、インスタグラムなどのSNSで公開、というフローが多い。小学生の「憧れの職業」に「You Tuber」が入っている。初期のそれはかなり計算されて台本が書かれているように見えるのだが、表面上は「お気楽ムービー」に仕上げている印象がある。それに騙されているのか、本質を読み込めないのか、動画作成は「軽いノリ」で「稼げる」と思っているのかもしれない。やたらカメラを振り回す、ピントも露出も関係なし、表現の特性や特長も理解しない、とりあえず機材をいじり倒す、という印象である。
ビデオカメラや編集ソフトの宣伝コピーを眺めると、「プロ級の仕上がり」「ハイクオリティ」「最高画質」なのが多い。決して、「作り手のコンセプト」などには立ち入らない。
写真で言えば、ライカを持っていてもアマチュアはアマチュア、「写ルンです」で作品を制作するプロ。ホームムービーを否定するわけではないが、美術の畑で作品を制作するのであれば、少しベクトルが違うような気がする。

2017年6月7日水曜日

シベリアへの道

学校というところは、どこでもそうなのだろうが、構内に校舎が点在している。私が学生だった頃は、まだあまり建物がなくて、敷地のど真ん中にグラウンドがあった。
20年以上前から、グラウンドの上に道路が計画されていた。いつなくなるか、と言いながら数十年経ったのだが、やっとここ数年でグラウンドが撤去された。つまり道路を境に、キャンパスは南北に分断された。
数年前から南北を自由に横断するのは歩道橋か地下道か、などと教授会で話題になっていたようだが、それも結局地下道に落ち着いた。工事状況を眺めていたが、土木工事というのはすごいものである。
さて、昨年出来た南北地下道だが、いまどきの学校らしく「愛称募集」などというポスターがしばらく貼ってあった。1等賞に豪華賞品! だったかどうかは知らないが。
分断された北の方には彫塑のアトリエがある。ほぼ全ての学生が必修で学ぶ実習科目のアトリエである。かなり肉体労働な科目だったので、デザイン志望のヤワな学生には辛かった。ドロップアウトする学生が何人かいた。単位を落としてしまうと「再履修」である。つまり、その科目で何が何でも単位を修得しなくてはならない。落としたままでは卒業できないからである。カリキュラム編成上の都合で、正規の授業時間内には「再履修」することができない。それで、授業が開講されていない期間、つまり冬休みに1週間の集中履修が用意されていて、そこに参加することになる。
彫塑のアトリエは冷暖房がなかった。ふきっさらしで、下はコンクリの打ちっ放し。木彫だとアトリエは「建物」の中だが、コンクリの塊を彫塑する課題だと、屋外、上は雨よけの「テント」だけである。当然のように、再履修期間は冬である。寒いどころではなく、すごく寒い。再履修して通うのは「シベリア」と言われた。私の場合、「シベリア」に通いたくないがために、彫塑の単位取得に一生懸命だったと言ってもいいくらいだ。だから、北に向かう通路の名前は、私の世代だとそれは「シベリアへの道」としか考えられない。
最近の課題では再履修の学生が少ないのかもしれないし、冷暖房完備なアトリエになったのかもしれない。アトリエや再履修のクラスをシベリアとは言わなくなったようで、もちろん採択された通路のお名前は「ガレリア」だった。なんか、ショッピングモールのようである。

2017年6月6日火曜日

方言

同居人の最近のお仕事のひとつは、「スクールカウンセラー」である。
いじめ問題や教員の不祥事など、メディアで良く取り上げられている。その対策に、文科省が旗を振って「チーム学校」などと音頭を取っている。その「チーム」にいる、というわけである。
文科相が旗を振っているからと言って、全国的に即座に配属されたわけではない。こういうのは、自治体の教育委員会の裁量なので、全国一律同じように配属されてはいない。
一般的に思い浮かぶのは、生徒相談室で生徒個人のお悩み相談、というところだろう。必要な資格に「臨床心理士」などというのがお馴染みである。翻って、同居人の方は、学校心理士、という資格である。どちらかと言えば、先生側のサポートのウェイトが大きい。今のところは、市の教育委員会で設置されているチームで、市内の小中学校を巡回し、学級運営をサポートしている。
サポートするからには、学校内の授業の様子も見ることになる。
先日は、市内の小学校に出向いて行って授業参観してきた。「英語」の授業だったらしい。小学生相手なので、外国人講師が、歌やゲームをしながら、日常的な会話に慣れる、という内容だったようだ。外国人講師、と言われればそうなのだろうが、その学校では明らかにフィリピンなまりの英語で、かなり派手なお姉さんが教えていたらしい。英語、と言っても、フィリピン風である。
まあ、インドなまりとか、エジプトなまりとか、コックニーなまりとか、オーストラリア風とか、英語と言ってもそれぞれあるので、国際的、と言われればそうなのかもしれないが。

2017年6月5日月曜日

登録

新学期が始まって2ヶ月が過ぎた。ぼちぼち学生も落ち着いてきた頃、と思っていると遅めの5月病になっていたりする。難しいお年頃である。
同居人の方は今年は90人前後の受講生を抱えている。出席者の確認チェックは帰宅後の私の作業である。
昨年度までは、同じ時間帯に行われていた授業の講師が、あろうことか同居人とルックスがそっくりだった。短身、メタボ、坊主頭、メガネ、チョビ髭である。教職課程、必修科目なのも一緒である。おかげで、授業を取り間違えている学生が数名いた。本人は当然のように受講しているのだが、登録名簿に名前がない。教務課で調べてもらうと、あちらの授業の受講生である。授業名が全く違うし、シラバスの内容とも違うのに、疑問に感じないのだろうか、というのが謎だった。
そちらの授業の講師は無事定年退職で、今年度から後任の先生が新しくやってきた。今年度は講師が変わったので、受講間違いはないのだろうかと思っていたら、あにはからんや、今度の先生の方が同居人にそっくりらしい。やはり短身、メタボ、坊主頭、メガネ、チョビ髭である。類は友を呼ぶらしい。

2017年6月4日日曜日

対策

インターネットでメールを使うようになってしばらくになる。使うようになった、ということは、一方で使わなくなったものもある。メールでやりとりするようになって、急激に使用頻度が落ちたものにファックスがある。
ファックス、という機械が出現したころは画期的だった。なにせ、自宅にいて、海外と即座に文書のやりとりが出来る。国際電話だと時差があるので、先方のオフィスアワーに電話するのに夜中に起き出さなくてはならない。致命的なのは、会話力の差なのかもしれないが、それよりも前に、あの「タイムラグ」でなかなか意思が通じなかったことだ。おかげで、新聞社でテレックス、などというものを拝借したことがあったくらいだ。
ファックスが出てきて一番先にやったのは、ホテルの予約とその確認だ。テレックスも今や死語だが、今やファックスもその後を追いそうだなーと思っていた。
電子メールの少し前は、文書のやりとりは郵便よりも早いファックス、というのが便利だった。ぴろぴろー、という音色を聞いていると、機械さんが一生懸命通信している実感があった。
電子メールになってから、それよりも高精細、大量の文書もあっという間に送れるのである。もちろん、あっという間に、ファックスの使用頻度が激減した。しばらく使わなかったので印刷用紙が残り少なくなっていたり、用紙切れで受信できなかったり、インクリボンの具合がよろしくなかったり、などというトラブルとは無縁である。
何かの時のために、自宅でもファックスを置いてはいるが、私の仕事に関しては、ファックスのやりとりはほぼ皆無になった。せいぜいあっても、家電修理の見積もりを送ってもらうくらいである。
同居人の方は、未だにファックスのやりとりがある相手がある。電子メールなど使いこなせない年寄りだと思われているのかもしれない。早朝、ぴろぴろーとファックスを送信している。
ところが、同居人の勤務先では、最近ファックスが復活した。電子メールの添付ファイルにウィルスが入っていた、ということがあったらしい。ウィルス対策していれば問題はないのだが、役所というのはそういうことにあまり強くない。対策を立てる前に用心、ということになったらしく、メールサーバーで添付ファイルが使えない設定にしたらしい。ファックスならウィルスは来ないのだろうが、やはりこちらも、早朝ぴろぴろーとやりとりをしている。
アナログな風景復活である。

2017年6月3日土曜日

別々

授業期間以外は、ぼちぼちとフリーの仕事をしている。どんなお仕事であっても、請求という事務作業がある。いまどき現金でギャラをくれるところはないので、口座に振り込んでもらうことになる。口座番号と口座名など伝えるのが事務作業、である。
普段のお仕事は旧姓でやっている。まわりを見回すと、そういう人も多い。大学の延長上で仕事をしていることもあって、あまり不自然さはない、と思っている。これで三度目の名字なのだが、変わるたびに姓名判断では運勢が落ちていく。右肩下がりな人生である。生まれたときに姓名判断でもして、命名したのだろう。親心である。しかし、名字が変われば判断が変わるなど、赤ん坊の頃には思われていなかったに違いない。ともあれ、右肩下がりではいやなので、一番運勢の良い名字で仕事を続けている。
勤務校ではあまりうるさいことを言われなかったので、職員名簿と給与振り込み明細書の名前が違っていた。その頃は経理の係と顔パスだったので、毎度毎度、などと挨拶して明細書をもらっていた。まあ業界としては、ペンネームなど使う先生も多かったのだろう。
面倒なのは、フリーで仕事をしていて、お仕事場と振込口座の名前が違うと、問い合わせが入ることである。赤の他人の口座ではないかと考えてくれるらしい。振り込む側としても、お仕事名前で振込を手続きしてしまい、口座名見当たらず、と組み戻しになってしまい手数料が発生したりする。
こんなトラブルがたまにあるのだが、こういうときに夫婦別姓だったら面倒ではないのだがなあ、と思ってしまう。通称で問題がない、と国会議員は思っているのだろうが、面倒くさいのを我慢している、のである。

2017年5月2日火曜日

セブンイレブン

同居人が小学校の先生業をやっていたので、どうしてもマスコミに「先生」ネタが出てくると二人で気になったりする。先日の夕刊のトップは、中学教諭の残業時間、だった。何を今さら、ではあるが。
先生業も「ブラック」な商売である。話題になった「学芸員」も同様である。時給いくら、というサラリーマンの給与体系に見合わないところがある。もちろん見合わなくてもやりたい仕事でやりがいがある仕事なので、時間など気にせず仕事をしてしまう、という癖のある人も多い。企画展の準備で徹夜、ということもあったのに、「がん」呼ばわりされると、なんとも言えない。
セブンイレブン、というコンビニがある。先生業もそう言うのだそうである。同居人は小学校勤務だったので、6時前には家を出て、7時前には学校に着いていた。一番最初の子どもが、開門と同時に入ってくるので、その前には「居る」ためである。授業は概ね3時頃まで、その後クラブや委員会、PTAの会議、遠足や運動会など行事の準備、職員室での業務連絡、学年内の業務連絡、その後担当教科ごとの業務連絡、それからやっと、明日の授業の準備である。一段落するのが午後8時頃、それからぼちぼち夕食を食べて帰るかなあ、帰宅後も明日の授業の準備である。
私学にいた時は、勤務管理がかなり厳しいところだったので、夕方5時か6時には強制的に退校だった。だから業務が少ないかと言えば、そんなことはなくて、持ち帰れるものはお持ち帰り、帰宅してからはかなり夜遅くまで長電話で打ち合わせ、ということが多かった。
ずいぶん前から、過労死、燃え尽き症候群などいろいろと言われているのに、現場はあまり変わらない。むしろ仕事が増えているのか、自分たちで増やしてしまっているのか。いずれにせよ、長時間労働だったので、週末はほぼ使いものにならず、ずーっと寝ていたことが多かった。
今でもヒマがあれば寝てしまう癖は抜けない。

2017年5月1日月曜日

一掃

さて、学芸員のことである。
大臣さんも、あるいは反論している人もそうなのだとおもうが、学芸員という立場とか職業自体がかなり大雑把なイメージなのかなあと思う。
博物館に勤務、している学芸員であっても、自治体が雇用していたり、財団が雇用していたり、とそれぞれまちまち。終身雇用の人もいれば、1年または数年契約だったりする人もいる。嘱託で学芸員の業務をする人もいれば、ボランティアで参加している人もいる。展示と普及活動を学芸員が同時に担う施設もあれば、展示だけ、普及だけと、別々に活動している施設もある。
十人十色、ということばがあるが、博物館、学芸員ごとに、やっている仕事もそれぞれ違う。大臣が「なんじゃこいつ」と思った人が、学芸員の「ひとり」だったとしても、それが学芸員すべて同じ、というわけではない。
そんなこと言えば、政治資金でワインや、子供服、当の発言者は高級玉子を買っていた。政治に関係ないお買い物をするような議員は一掃しろ、という論法になる。
まあある意味で、社会的な話題にはなったのかもしれないが。

2017年4月30日日曜日

対価

先日のニュースで、とある大臣の発言が取り上げられていた。「学芸員はがん」。その後も失言があったようで、その後辞任した。
ともあれ、美術館でいささかのお仕事をしている身としては、ちょっと気になっちゃうところである。いやいや学芸員は雑芸員で、がんではない。
>もとい、見出しだけだと非常にセンセーショナルである。間髪を入れず、twitterではお祭り状態だった。
当の発言をした大臣の人となりや経歴、発言のリソースとなっていそうな資料、言及した施設のデータなど、インターネット上の人たちは、よくよく集めてくるものだと思う。こういうのが集合知なのかもしれないが、怖いところでもある。
先日の、とある航空会社のオーバーブッキングのニュースもそうだった。前後関係がよくわからないまま、引きずり出されている男性しか見えない。次第に、その人物の過去の業績や、勤務先などもあちこちに雨後の筍のように出てくる。航空会社炎上、ではなく、被害者炎上、になりつつあった。そもそもの問題の発端とか、根本的な解決策に向かっていかない。なぜかテレビのニュースでも、インターネットの情報をそのまま出したりする。ジャーナリズム、というのは、日本の報道では認識されていない、ような気さえする。
インターネットで情報を入手するようになった以上に、「発信する」ことがらくちんになった。らくちん、ということは、それなりの対価がある、ということでもある。タダほど高いものはない。

2017年4月21日金曜日

発信

先日のニュースで、とある大臣の発言が取り上げられていた。「学芸員はがん」。
見出しだけだと非常にセンセーショナルである。間髪を入れず、twitterではお祭り状態である。
当の発言をした大臣の人となりや経歴、発言のリソースとなっていそうな資料、言及した施設のデータなど、よくよく集めてくるものだと思う。こういうのが集合知なのかもしれないが、怖いところでもある。
先日の、とある航空会社のオーバーブッキングのニュースもそうだった。前後関係がよくわからないまま、引きずり出されている男性しか見えない。次第に、その人物の過去の業績や、勤務先などもあちこちに雨後の筍のように出てくる。航空会社炎上、ではなく、被害者炎上、になりつつある。そもそもの問題の発端とか、解決策に向かっていかない。なぜかテレビのニュースでも、インターネットの情報をそのまま出したりする。ジャーナリズム、というのは、日本の報道では認識されていないのかもしれない。
インターネットで情報を入手するようになった以上に、「発信する」ことがらくちんになった。らくちん、ということは、それなりの対価がある、ということでもある。タダほど高いものはない。

2017年4月20日木曜日

変化

実家の近所も典型的な新興住宅地である。私鉄沿線、郊外、駅からバス、一戸建て庭付きが並んでいる。私鉄が開発しただけあって、それぞれの駅に住宅地が並ぶ。数駅隣は、一世を風靡した「金曜日の妻たち」というドラマのロケ地だった。サラリーマン、亭主元気で留守が良い、というコピーがあった頃だ。人口ドーナツ化現象、という言葉もあった。郊外に家を買い、都心に働きに出てくる、という状況だ。東京都心の昼間人口と夜間人口の違い、なども、社会科の教科書には出ていた。
さて、金妻エリア、こちらも世代交代で子ども世代は独立している。子ども世代は夫婦共稼ぎなので、駅近くの物件に引っ越して戻らない。かくして、高齢化した住宅街だけが残される。
一方、現在住んでいるところも、郊外の住宅地なのだが、近所の雑木林や畑は庭もないような一戸建て建売住宅に変貌している。こんなに建て込んでいたら、外壁の塗り替えは大変だろうなあと余計なお世話を考えたりもする。
住宅政策、というのがあったのかどうかわからない。社会情勢が変わっていない、と考えているのは政治家だけなのかもしれないと思ったりもする。

2017年4月19日水曜日

値段

近所の空き家が売りに出ていた。数日内に、ちらしが郵便受けに投函されていて、お値段が判明した。そこそこのお値段ではあるが、まあ手が出せないわけではない、という感じだ。都内のマンションだったら、ちょっと郊外で手狭な中古になってしまう。
その向かいにあった家は解体され、現在新築中である。近くにあった家も現在解体中、更地になっている。
数年前は、更地が駐車場になっていた。今や、その駐車場も空きが多い。高齢者が多いと、クルマも減ってくるわけだ。
エリアとしては少子高齢化の典型である。ただ、年寄りが多いと、昼間人口が多くなる。朝と言わず、夕方と言わず、誰かしらがどこかにいる。昼間は誰もいないワンルームマンションよりは、用心がいい。騒いで遊ぶ子どもも少ない。ぶいぶい言わす暴走族な兄ちゃんも、夜中に騒ぐ酔っ払いもいない。年寄りは早く寝る。必然的に静かである。まあちょっと、静かすぎるかもしれないが。

2017年4月18日火曜日

基準

東日本大震災の後、建築物の耐震性能がずいぶんと話題になった。
同居人が以前つとめていた小学校が建て替えになる、という話が出た。築30年にも満たない、比較的新しい校舎だ。耐震基準が変わって、建て替えざるを得ない、という。ずいぶんともったいない感じがした。まあそこで、けちってしまって、いざ地震で倒壊してしまったら元も子もないのだろうが。
その頃はそういった理由で、古い建物がずいぶんと建て替えになったり、取り壊されたり、大きくてごっつい鉄骨が建物の外側にがっつり貼り付けられたりした。
スクラップアンドビルド、という言葉が浮かぶ。あるいは、日本の経済は建築で回っているんだなあと言う気もする。

2017年4月11日火曜日

エリア

もうひとつ近所に東久留米団地というのがある。
これも築4−50年ほどのいわゆる「公団住宅」だ。10年ほど前から建て替え、再開発をしている。これも高層の住宅に集約して、公園のエリアを増やし、余剰地を事業地としている。商店街があったところに大手スーパーが入り、南の端に老人ホームが新設された。いろいろな意味でリニューアルである。
同じエリアで人生を過ごす、というわけだ。近所の小学校の桜は満開、ひらひらと花びらの舞う今日この頃である。

2017年4月10日月曜日

整理

4−50年も経てば、社会状況が変わった、というだけではなく、ハードウェアとしての機能とか耐震基準なども影響するのか、近隣の公団住宅ではいくつか建て替えているところがある。
団地、といえば老舗、ひばりが丘団地、というのも近所にある。ここも、数年かけて建て替えていた。以前はメゾネットの長屋風「テラスハウス」があった。築年数も古く、2階建てなので、庭の木の方がはるかに背が高い。それなりに生活感があって、眺めるのは楽しかった。終の棲家に良いなあなどと思っていたのだが、住んでいる方にすれば違うのだろう、しばらくぶりに通りかかると、空き家が増え、解体されてしまった。その後、区画整理されて、建て替えになった。テラスハウスのエリアには、庭もないような小さな一戸建てが並んでいた。いわゆる普通の新興住宅地風である。集合住宅のエリアも、エレベーターのある高層住宅になっていた。その分、というわけでもないのかもしれないが、芝生のある公園エリアが増えた。
新築を機会に、また新しい住民が入るようになるのだろう。日本では住宅は消耗品、である。

2017年4月9日日曜日

階段

東京郊外のこの辺りでは、やたら「団地」が多い。築40年から50年ほど、それこそ「団地族」と言われていた頃の「公団住宅」である。広い敷地に平行に建てられた、階段室型5階建ての集合住宅棟が並んでいる。
5階建、というのは、エレベーターを設置しないフロア数だと聞いたことがある。案の定、エレベーターはない。
違う市になるのだが、やはり団地の5階に住んでいる友人がいた。遊びに行くために、えっちらおっちら階段をのぼる。私は団地住まいの経験がないので、息をついたところで何階にいるのか失念したり、だいぶ上がったところで「違う階段」を上っていることに気がついたりした。自然に足腰の鍛えられる日常である。
妹の婿殿のご実家は大阪の団地住まいだった。あちらは万博を機に建てられたもっと大規模団地である。が、やはり5階建エレベーターなし5階住まい、だそうである。初めて会った婿殿のお母さんはかなり恰幅が良い人だった。押し出しのいい、大阪のおばちゃんである。5階住まいは大変だろうなあと思ったら、やはりそうだったらしい。体格もあって糖尿病、高血圧。5階まで上がるのが大変なので、次第に日常の買い出しなど外出は小柄なお父さんのお仕事になり、お母さんは必要最小限しか外出しなくなった。運動不足に輪がかかってしまい、もっと恰幅が良くなっていった。糖尿病で目が悪くなってしまい、家の中でもあまり動くことが出来なくなった。その後、自宅で具合が悪くなり、救急車を呼んだ。ところが、古い団地なのでエレベーターがない。階段室型で、ストレッチャーが階段を回らない。結局救急士がお母さんを抱えて降りることになったのだが、これが重たい。途中で救急士が音を上げて大変だったそうだ。結局、運び下ろすまでに相当な時間がかかったそうだ。
この話を聞いたのは、彼女がその後亡くなったときだ。頭に浮かんだのは、ラッセ・ハルストレムの「ギルバート・グレイプ」という映画だった。
団地を建てた頃は「バリアフリー」などという言葉はなかった。こんな事態になるとは考えてもいなかったのかもしれない。

2017年4月8日土曜日

代謝

いつも使うバス停留所のある通りを隔てた向こう、東京都側に、それなりの規模の公団住宅がある。築50年ほどになるだろうか、典型的な「団地」で、去年は是枝裕和監督の映画の舞台になった。これを機会に話題にもなったが、こちらも高齢化率が高く、県境の商店街は既にシャッター通り、コンビニの進出もなく、午後7時を過ぎると営業している商店はほぼ皆無、鮨屋に焼き肉屋くらいである。商店街の中ほどに、引っ越した当時、2000年には米屋があったが、1年後に撤退、しばらく空き店舗だったが、2年ほど前にデイサービスセンターが開所、朝はリハビリに来る老人の「通勤」ラッシュである。引っ越してからなくなったのは、豆腐屋、魚屋、総菜屋、自転車屋、天ぷら屋、定食屋、和菓子屋、米屋、本屋、タバコ屋、などなど。増えたのは、薬局と歯医者とデイサービスセンターである。
引っ越す前が渋谷区で、新宿から一駅め、アパートも小規模マンションも高層マンションも多く、商店街が近かった。若い独り者の住まいのアパートやワンルームマンションは入れ替わりが多い。住民の年齢層からか、夜遅くまで飲食店は営業している。駅から家まで歩く10分あまりの間にコンビニは3軒、今だともっと多くなっている。このあたりでは空き家が出来るとさっさと更地になって建て替えてしまうので、しばらく行かないと町の風景がかなり変わってしまう。一軒家数軒が、ワンルームの中層マンションになったりする。
利便性はいいのだろうが、窓から見える空が小さくて、夜中まで酔っぱらいの声が聞こえたりするようなところだったので、私はあまり落ち着かなかった。
住民の「新陳代謝」というのが、町の隆盛に関わるのだろう。地方都市では「移住」がキーワードである。ただ、結局子どもや孫の世代が住宅を「引き継ぐ」ことでしか、ロングスパンの定着はしないものだ。後がいないから廃業、という業者は、どこでもいる。戦後、土地に縛られなくなって、引っ越しが自由になったおかげ、でもある。
では、「跡取り」で全部解決するか、あるいは移住によって若い世代を引き込むことで解決するか、と言えば、こちらも怪しい。次の世代、いや30年ほどはなんとかなるだろうが、その子どもの世代がまた跡を取る、定着する、とは保証できないだろう。
団地を眺めていると、ハトロン紙が貼ってある窓がある。いわゆる「空き室」である。どういう家族が住んでいたのだろうかと、ちょっと気になる。

2017年4月7日金曜日

変化

さて、10年ほど、という期間で、周囲の状況もずいぶんと変わった。
現在住んでいる場所は、50年ほど前に宅地開発された地域だ。いわゆる「新興住宅地」の様相である。開発したのは私鉄傘下の不動産業者なのだが、その私鉄の駅まではバスで15分ほど、歩くのはちょっときついエリアである。
父が若いときに買ったのだが、家を建てるチャンスもなく、長い間更地になっていた。そこに上物だけつくらせてもらった。
宅地開発されたときに住み始めた世代が、ちょうど父の世代だ。私が引っ越した頃は既に子ども世代は独立しており、大きな一軒家に夫婦住まい、というパターンが多かった。それから10年あまり、父親世代もぼちぼち鬼籍に入りつつあり、大きな一軒家に老人一人住まい、というパターンが増え始めた。そうはなっても、子ども世代は帰っては来ないのである。
地所がそこそこのサイズなのだが、お世辞にも駅が近い、小中学校が近い、という環境ではない。100メートルも行かない通りの向こうは東京都なので、行政の福祉のありようの格差が気になる場所ではある。
最近は空き家も気になるようになった。多摩ニュータウンなどの状況がメディアで取り上げられることがあるが、どんな地域であっても「新興住宅地」はご同様で、その規模や住宅状況が違うだけだ。

2017年4月6日木曜日

杞憂

他の杞憂機種は食器洗い機である。
同居人は海外生活をしていたこともあってビルトイン食器洗浄機というのをキッチンに入れていた。アメリカのおうちにあるようなものだ。概ね1日分の食器をいれて、寝るときにスイッチを入れる。ごーんごーんと、夜中に働いて、朝には乾燥した食器になっている、というものだ。
実家はアナログに手洗いしていたので、初めて使ったときは感動した。ただ、どんな機械にも一長一短というのはあって、スイッチを入れたら機械の仕事が終わるまで1時間から2時間かかる。途中で扉を開けたら、また最初から作業開始である。食器のローテーションを考えながら動かさないと、結局食洗機から汚れた食器を取り出して手洗いして使う羽目になる。使っているときに一度故障をしたのだが、この修理がけっこう大変だった。ビルトインの宿命である。
であるから、新築時には卓上型を探して、設置した。その頃は、国内メーカーがいくつか製造していたのだが、これも15年あまり経つ間に、ほとんどのメーカーが撤退した。
現在使っているのは、業務用メーカーの個人コンシューマー向けの機種なのだが、これも製造を中止している。ワンサイクルの運転が10分かからない。乾燥機能はないが、扉を開けておけばほぼ乾く。隣に食器洗いのアシスタントがいる、という感じである。便利なことこの上なく、ここ10年ほどは故障もなく動いている。デザインも素っ気なく、さすがは業務用メーカーである。これが禍して、買替え需要がなくて製造中止なのかもしれない。悲しいことである。復活、しないだろうなあ。

2017年4月5日水曜日

修理

10年でこれほど入れ替わるので、もうひとつ心配したのはオーブンだった。ガス会社の扱っている「卓上ガスオーブンレンジ」というもので、簡易な電子レンジ機能がついている。これの電子レンジ、というのが壊れる。かれこれ3回目なので、4年でおしゃか、という計算である。今年がそのローテーションの12年目にあたる。過去2回とも「マイクロトロン交換」という修理状況で、初回はガス会社が、次は電機メーカーから技術者がやってきた。こちらも開発メーカーが買収により消滅、買収メーカーの修理窓口が担当である。
いまどきの家電量販店へ行けば、電気のオーブンレンジというのが並んでいる。修理代金3回あれば、相応の機種が買える。ところが修理を依頼した時点で、「修理OK」というモードになるらしく、技術者は「修理意欲満々」でやってきた。修理代金が高いから新品を買った方がお得、などと言わない雰囲気である。ちゃっちゃと分解していき、こちらもパーツを交換、再点検して他のパーツを交換した。まだしばらくは部品の在庫がありますよ、などというご挨拶である。新品買い換えで心機一転、ではなく、あと4年頑張ろうかね、という具合である。
こちらの「卓上型電子レンジ機能付きガスオーブン」も、今は後継機種がひとつだけである。サイズアップもしているので、現行機種とそっくり入れ替え、というのはちと辛い。とうとう修理不能になったらどうしようかと思う。
そういえば、この買収したメーカーの修理というのは、かなり古い製品でも直してしまうことが、メディアで取り上げられたことがある。うちの生ゴミ処理機1代目は修理に出したら、故障パーツ交換、それに不具合が出そうな箇所につけるパーツを技術者が自作して補強修理して戻ってきたことがあった。手作り感満載である。故障で買い換え、ではないのがこのメーカーの「気合い」なのかもしれない。その後、さすがに修理部品がもうなくなって修理不能になったので、買い換えることにはなったのだが、やはり同じメーカーになった。2台目君も頑張って稼働中である。

2017年4月4日火曜日

ぞろぞろ

その同時期に、小さな生活家電が軒並み挙動不審になった。掃除機、温水洗浄便座、浴室換気扇、シュレッダー、卓上用の手元ライト、などなどである。2人住まいなのでこの程度なのだから、4人家族、2世帯同居ならもっと挙動不審時期が早くなるか頻度が高くなるのだろう。もちろん商売柄コンピューターなどの周辺機器、カメラなどはもっと頻繁に入れ替わっている。また同時期に、使っているケーブルテレビ会社の電話回線の仕様が変更になるのでモデム交換、などというおまけもついた。おかげでホームセキュリティ会社のモデムも同時交換せねばならず、こちらもスケジュールをやりくりして対応。セキュリティ会社はさすがに対応がすばらしく、工事中営業担当者が様子を見に来て不足部品など調達してくる。対して、同時にケーブルテレビ会社の方は若者2人が入れ替えに来たのだが、はっきり言って早く作業をして次に回らねばという「ノルマ」に追われた感じがしていた。案の定翌日から具合が悪い。その後の電話対応もあまりよろしくなく、何度も修理の技術者が来る羽目になった。ところが来る技術者が毎度違うので、同じ説明を繰り返しせねばならない。他に選択肢があれば、ケーブル会社ごと入れ替えたいくらいだ。
落ち着いた翌年はエアコンの総入れ替え、寒くなってきて故障したら大変だからと給湯器とガスコンロの交換、その後キッチンシンク下が水浸しになり、修理業者が全く違ったところをassy交換して再発、結局シンクの水栓が経年劣化でまずいんだろうとassy交換。これだけほぼ一気に入れ替えると、また10年後が怖い。貯金せねば。

2017年4月3日月曜日

10年

その次に挙動不審になったのは洗濯機だった。当時流行だったカウンター下収納ドラム式洗濯乾燥機というやつで、これもまた国内メーカーが製造を撤退した。新築時に導入したのはイタリア開発の機種で、当時の新築マンション設備御用達だったらしい。今では店頭販売もなく、国内代理店だけが販売を扱っているようだ。インターネットで検索しても、あまり情報はなく、あっても悪評が多い。得てしてインターネット上の「口コミ」というのは、ネガティブな情報が多いから、あまり気に病むことはない、といっても、あまりにも悪評が多いので、すこーし気にはなる。国内代理店に電話をすると、あまり要領を得ないおじさんが対応に出る。同じことを何度も説明するうちに、代理店業務そのものが心配になる。こちらも冷蔵庫同様、洗濯機の入るサイズという物理的な条件が決まっている。選択肢は、同じメーカーの後継機種に買い換えるか、洗面所の造作を大工に頼んで作り替える、という方法になる。そもそもドラム式洗濯機のお値段は高いのだが、大工仕事を入れて国産縦型を購入してもご予算はほぼ同じ。どうしようかとしばらく悩んで、同じメーカーの後継型を頼むことにした。
新築時に予想外だったのは、ドラム式の洗濯機はかなり重たいことだった。新築時に入れたときは、業者がかなり手こずったので、今回も大丈夫なのか心配した。意に反して、交換に来たおじさんたちは、かなり手慣れた様子でほいほいと入れ替えていった。やはり後継機種に入れ替えるご家庭が多いそうだ。そうだろうなあ、サイズとお値段を考えると、入れ替えるにあたってほかのメーカー、などと言う選択肢がほとんどないからだ。使用電圧を上げなくてはいけなかったので、前日に電気屋が来て工事済み、洗濯機が使えなかったのが挙動不審になってから1週間から10日ほどだった。
電圧が上がり、洗濯機が格段に静かに動くようになった。どうして早く買い換えなかったのかと悔やむほど快調である。給湯器直結で、60度の高温洗浄、汗臭い同居人のTシャツもさっぱり、スイッチをいくつか組み合わせて、洗濯から乾燥までおまかせである。国内で普及しないのが不思議である。
10年たったら、家電業界というのは劇的に変わった。国内メーカーなら安心、と思っていたが、倒産やら海外のメーカーに吸収などということもある。国内メーカーだと思っていたら、他の国で製造していたりする。メーカーやブランド、というのがどこまで「アテ」になるのかもわからなくなった。難しいところ、ではある。

2017年4月2日日曜日

経年

あっという間に4月である。年をとると月日の過ぎるのは早いというが、まあ毎度のようにそう思いながら日々を過ごしている。うかうか、の間に何をやっていたかと言えば、時間のある間に家事と、私の場合、相場は決まっている。
家を建ててから15年ほどが経つ。経年変化というか、劣化が進むのは意外に早いんだなあと思う今日この頃である。使っていればあまり感じないものの、現在の建材やら設備やらの寿命は概ね「10年前後」という目安らしい。
一番始めに「きた!」のは、冷蔵庫だった。どうも氷の出来るのが遅いなあと思っていたら、挙動が怪しい。夏に入りかけな季節だったので、修理を依頼したら、冷蔵庫業界から製造メーカーが撤退しており、そこそこの年数なので買い換え、と言われてしまった。メーカーを変えることになるので、前機種と同様のスペックとかサイズがない。冷蔵庫を置く場所の物理的なサイズは決まっているので、そこから逆算して購入できる機種が決まってくる。
こちらのスケジュール、納品日とをすりあわせて、速攻入れ替え状態でスタンバイする。設置の方はしごくあっさり入れ替えて終わるのだが、中身の食材の保冷確保など、気を遣う。入れ替えは冬の時期の方が簡単そうだ。
翌日から氷が出来るようになったので、記念に氷入りの麦茶など堪能した。日頃は空気のごとしだが、はやり文明の利器、冷蔵庫さまさまである。

2017年3月15日水曜日

簡単

さて、撮影される子どもの方も慣れたもので、親が見ているとやたらにっこりとカメラ目線である。ほほえましい風景、なのかもしれない。
しかしそれは、子どもにとって「欲しい画像」なのかどうか、はまた別問題だったりする。
授業始めのきっかけに、運動会のビデオ、という話をしている。親御さんは、運動会の様子を撮影している。親にとっては、どんな子どもであっても可愛いものである。徒競走でビリになっても、リレーで頭から転んで大泣きしても、玉入れの時にエキサイトしたクラスメートに張り倒されていても、列に並んで順番を待っているときに鼻をほじくっていても、隣の子どもに肘鉄を食らわしていても、である。
本人にとってはそれが人生最大の汚点、になるかもしれない。今までは、撮影した画像は、自分の内で楽しむもの、であった。現在は、即座にSNSにアップロードされ、全世界に広がってしまう。子どもが親を訴えた、というニュースが、ちょっと前にあった。
まあ、親としては悪気はないのだろうが、「簡単」なのでついぽちっと、という感じだろうか。

2017年3月14日火曜日

探す

美術館で開催される講座の映像記録をしている。
記録しているのは、美術館、なので、いわゆる造形的な講座やセミナー、といったものである。いまどきのコトバで言えば「ワークショップ」というものである。コトバの定義については、この際置いておくが。
さて、コースのいくつかは、子ども向けのものだ。通常行うものだと、小学生から上が募集対象である。
25年、考えてみれば四半世紀も関わってきたのだが、その間の「小学生」は、いつの間にか大人になっていたり、お母さんになったりした。担当している学芸員と、時折、感動している。
手伝い始めた最初の頃、お母さんたちは時々コンパクトカメラで子どもたちのスナップを撮影していた。数年経つと、ビデオカメラを持ち込む人が出てきて、その後コンパクトデジカメ、デジタル一眼、デジタルビデオカメラ、携帯電話、いまやスマホやタブレットである。毎度毎度、子どもを撮影する、というモチベーションには、びっくりさせられる。ともあれ、それが日本のカメラやフィルムの「写真産業」、「映像産業」を支えるものではあるのだが。
ともあれ、カメラと称する機器を持ち込んでいる親は、「撮るぞー」という気合いが、それなりにあった。学芸会や運動会の撮影風景は以前にも何度か書いたことがある。最近はスマホなので、気合いがない。良い意味でさりげない、悪い意味で習い性である。「とりあえず撮っとくか」モードである。
友人のスマホもそうなのだが、やたら写真を撮る。スマホのメモリーは写真データでいっぱいである。ではそれを良く見直すか、と言えばそんなこともなく、ダカラと言って見直さないものを整理するか、と言えばそんなこともない。あのときの写真は−、と見せてくれようとするときには、あれこれと探し始めてしばらーく、いやもっとしばらーく、待たされる。「いつか見るかもしれないからメモリーから削除しない」モードである。
ああだから、アプリケーション上で「顔認識」やら「イベント認識」なんかの機能がついてくるわけである。

2017年3月8日水曜日

事実

閑話休題。新聞の読み比べであった。
あまたくるレポートを読んでいて感じるのは、良くも悪くも、素直な人が多いんだなあ、ということだ。新聞を丁寧に読んではいる。ただし、記事をかなり信用している気配があるのも気になる。
ベタな例だが、2007年に「あるある大事典」というテレビ番組で信憑性が問題になった。それ以前からも、番組で「ダイエットに納豆が効く」という放送があれば、翌日のスーパーから納豆が品切れになる、という社会現象も起きていた。あれあれ、メディアの伝えていることを鵜呑みにしてしまうんだなあ、くわばらくわばら、と思った。
もちろん、新聞も同様である。新聞では主観的な記述をない交ぜにして、あたかも「客観的事実」であるような書き方をすることがある。特に、あれ新聞、とは言わないが、社会的認知度も高く、販売部数も多く、インテリ層がよく読む、という新聞でも、である。新聞側としては、世論を応援している、という自負があるかもしれないが、むしろ世論を形成しているような印象すらある。
まあ、日本人は素直だから、つい納豆を買いに走ってしまうのだろう。こういう国民性だから、インターネットの情報にも踊らされてしまう。だからこういうこともよく起こる。用心用心。
https://tcd5m.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html

2017年3月7日火曜日

多面性

ものごとにはすべからく多面性がある。見る側面によって、それは異なって見える。もちろんそれは人間でも同様で、成績はよろしくないが人間性がすばらしくよろしいひともいる。先生にとっては「おそろしく劣等生」、妹にとっては「すばらしく頼れる兄ちゃん」である。たとえば、成績というラベルだけでは、人間は判断できない。
ただ、学生さんにとっては、「成績」だけが人間評価の基準になってしまうことがある。何が何でも成績、になってしまうから、カンニングだったり、他人をおとしめたり、してしまう。もっと多面性が評価されたり、発揮できたりする社会であればいいのになあ、と思う。

2017年3月6日月曜日

真実

通信教育課程では、数年かけて単位を修得する学生が多いので、課題の内容をおいそれとは変えられない。数年かけて様子を見ながら、根回しをせねばならない。
たまたま、担当している専任教員が変わったことと、資格取得の取得条件が変わったこともあって、受け持っている科目の一つは来年度、つまり4月から課題変更である。
さて、現在の課題は、マスメディアである新聞の読み比べ、といったものだ。一紙しか新聞を購読しない、というご家庭が国内では大多数である。いまや新聞すら購読しない家庭もあったりはするのだが。まあともあれ、数紙を並べて読む経験がないと、新聞とはかくも違うものかということはわからない。
そんな感じのレポートなのだが、学生の文章に意外に多いのは、「マスメディアは真実を伝えるべき」といった内容である。
そういったことを考えてしまうのは、ある意味でとても危ないことでもある。伝えるべき真実とは何なのか、それを考えずに、新聞は真実を伝えている、はずだと思ってしまうからだ。
かつて新聞がスクープと称した記事が、実は誤報であったり、ガセであったりしたこともあった。喉元過ぎれば、ではないが、そういったことを覚えてはいないのかもしれない。真実を伝えているはず、という前提でものごとを受け取るようでは、トランプ流に言えばフェイクニュースをそのまま受けとってしまうことにもなる。
報道記事を書くときに気をつけろ、と言われたことがある。事件にはそれに関わった人の数だけ真実がある、ということだ。ある人にとってはそれは「正しい」ことだが、他の人にとっては「正しくない」こともある。戦時下のメディアがそうであったように、である。
2013年に行われた新聞広告クリエーティブコンテストの最優秀賞である。
http://www.pressnet.or.jp/adarc/adc/2013/no1_b.html
こういった作品が「新しく」評価されること自体が、実は危ういのではないかと思う。

2017年3月3日金曜日

隙間

そんなことを考えていたら、新聞で「就活解禁」の見出しを見かけてしまった。
さて、私の母親はせっかちなので、浪人するよりは入れた学校に通って卒業、という主義である。私は幸い浪人せずに済んだが、全部落ちていたらどうなっていただろうかと思うことがある。
しかし、通った学校では、1浪2浪は当たり前だった。二つ年上でも同級生、仲良く「ちゃん」づけで遊ぶ仲になる。
長じて思うのは、長い人生なんだから、1年2年はどうってことないかな、ということだ。
新学期に時折見かけるのは、「大学って入ってみたら、想像と違ってた」と感じている1年生だ。「入れたところに行きなさい」作戦なのか、事前のリサーチ不足なのかはわからない。でも浮かぬ顔をして授業に「出てるだけ」では、むしろ人生の無駄になっているような気がする。
就活している学生さんを見て思うのは、卒業と同時に会社に通い、と「隙間なし」の人生計画だ。無駄のない人生計画に見えるが、反面打たれ弱いのではないか。「会社に入ってみたら、想像と違ってた」ことにはならないだろうか。大学は4年ほど辛抱すれば卒業できるかもしれないが、会社ではそうは言えないだろう。だから真面目な人ほど「違ってた」けど「頑張って」しまうのである。「燃え尽き症候群」になりやすいのではないかと心配してしまう。
人生挫折を経験して知ることもあるだろうし、卒業して1年じっくり人生計画を立てるのもいいだろうし。就活、などとあおられなくても、のんびりやれるようになるといいのに、と思う。

2017年3月2日木曜日

年度末

毎年、年度末はやってくる。学校の場合は、新年明けが年度末である。大学の場合は、ほぼ12月から1月半ばまでに授業や試験が終わる。重なるように卒業制作展と審査があって、その後は入試、というのが通学課程の年度末である。もう片方でやっているのは通信教育で、こちらの方は入学考査は書類審査だし、秋入学というのもある。通学課程ほどではないにせよ、それなりに年度末である。私はこちらでは、レポート担当、赤ペン先生である。通信課程の年度末レポート締め切りは2月末日。2月初めからぼちぼち「駆け込み提出」というのが増えてくる。「とりあえず」ビール、ではなく提出、である。

2017年2月9日木曜日

食事中

そんなわけで、「人を斬る音」は以前にも書いたことがある。
https://tcd5m.blogspot.jp/2012/05/blog-post_17.html
…のだが、ほかにもいろいろな音がある。
日本語はオノマトペがたくさんあるし、漫画や劇画ではよく使われる。イメージの音として日本人にはお馴染みである。
いやはや閑話休題。ともあれ、映像にタイミングの合った音がついていれば、それが発する音だと思ってもらえる。
そういったことを習ったのは、音響効果をやっていた人からで、彼は「すばらしき世界旅行」をずいぶん長い間担当していた。
当時のドキュメンタリーももちろんフィルムベースで撮影をしていたので、音声は後でタイミングを合わせる。足りない音はそれなりに足していくわけだ。向こうの山にパンダがいて、笹を食べている。むしゃむしゃ。
カメラは超望遠で、谷一つ越えた向こう側のパンダである。画像は撮れても、音声はさすがに録音できない。彼はマイクの前でキャベツを食べたそうである。むしゃむしゃ。
出来上がった番組は、山の向こうの林にいるパンダが「むしゃむしゃ」とかすかに音を立てて笹を食べている。
食べている本人はパンダではないんだが。

2017年2月8日水曜日

ばっさり

別々なのが一番よく分かるのが時代劇である。のだが、最近の学生さんは時代劇をテレビでも見なくなったので、授業では伝えにくくなった。ちょいと前までは「水戸黄門」という誰もが知っている番組があったので、話はしやすかったのになあとよく思う。
いや、閑話休題。水戸黄門でもかならず後半にチャンバラの場面が入る。お約束である。ところが芝居で使っているのはもちろん本物の刃物ではない。刀と刀を合わせても「チャリーン」などという音は、実際にはしない。逃げる悪者を刀で斬りつけても「ばっさり」という音は、実際にはしない。後ではめこむのである。
人を斬ったときに血しぶきが上がったのは黒澤明の映画が最初だと言われているが、人を斬ったときの音も黒澤映画が最初だと言われている。何でも最初が好きな組なのかもしれない。
人を斬った音、というのはさすがに衝撃的だったらしい。だれも聞いたことのない音だからだ。

2017年2月7日火曜日

ベツモノ

さて、大学に行って映像を勉強していた頃のメディアはフィルムである。8ミリ、あるいは16ミリのフィルムを回して作業をした。現在のビデオというメディアと異なって、フィルムは同時録音をしない。映像と音声はまったく別のチャンネルで作業して、最後にひとつにしていく。
フィクションであれば、画像に合わせて役者が台詞を「あてる」、効果音を「はめる」、BGMを「つける」という作業が必要である。役者は、撮影と、アテレコと、2回同じ台詞をしゃべる、というわけだ。足音も、ドアの開閉音も、ちゃぶ台を叩く音も、ぜんぶスタジオで音をつくる。画像のタイミングに合わせて、オープンリールのテープを切り貼りしてつなげていく、という作業をした。
絵と音のタイミングを合わせるので、それが全く別のタイミングで制作されているとは、オーディエンスは思いもしない。特に現在のテレビ、ビデオに慣れていると、絵に音がついているのは「当然」だと思っている。ところがフィルムで作業したことのある経験があると、絵と音が「別」だと無意識に思っている。

2017年2月6日月曜日

硬派

地上波の番組が面白くなくなった、と言われて久しいが、自宅にケーブルテレビで多チャンネルな状態になると、どうしても興味のある方向で番組を選ぶ。選択肢が増えたわけだ。
チャンネルが増えれば、それぞれが特化した内容になる。私にとってありがたいのは、映画専門と、ドキュメンタリー系のチャンネルがある、ということだ。
子どもの頃、まだチャンネルは少なかったが、「すばらしい世界旅行」という牛山純一が制作した番組があった。どちらかといえば人類学に近い内容が多かったと思うが、海外旅行があまりまだポピュラーでない頃、視野が広がった感じがした。最近ではこういった硬派なシリーズ番組はなくて、映像をかじっている側としては少しサビシイ。制作期間が長く、それなりの手間がかかるドキュメントは、だからといって視聴率が稼げない。どうしても制作本数が少なくはなる。
商業的なベースで言えば、タレントを並べて、芸を見せたほうが、当然のように視聴率が稼げる。地上波のゴールデンタイムの番組表を見ていると、ちょっと悲しい気がする。

2017年2月5日日曜日

オールド

拙宅で見られるノンフィクションのチャンネルで、同居人のお気に入りは、DiscoveryとNational Geographicである。硬軟取りそろえたコンテンツで楽しんでいる。お気に入りはクルマ関係である。
チャンネルの本拠地、アメリカやイギリスは、日本とはクルマ事情がずいぶんと違う。特にお気に入りなのは、古いクルマをレストア、あるいはカスタマイズするもので、イギリスの番組だ。クルマのレストア、というのは、日本の車検制度ではなかなか難しい。アメリカでは高校でクルマの整備の授業があったりするようで、簡単な整備は自分でやってしまう。日本の場合は、ほとんどブラックボックスになっているので、いじれること自体も、うらやましくもある。
番組では20年オチは当然、40年50年という年季のいった古い自動車をレストアし、検査を通して再び車道に戻す。もとより交換部品がなかったり、整備費用や整備期間が限られている。とうぜん、舞台になっている整備工場だけではレストアは出来ない。シートはシート屋さん、タイヤはタイヤ屋さん、メッキはメッキ屋さんに外注に出かける。こういう古い工業製品を整備できるイギリス、というのはいいなあ、と眺めている。職人作業を見せてもらっているわけだが、概してオジサン、いやジイサンが多く、若者の担い手があるのかとちょっと不安にもなるが。
日本の整備状況で言うと、車の不調が、と持ち込むと、たいがいはアッセンブリ交換といってパーツの塊をごそっと入れ替えられる。単に、あそこのゴムの具合が悪いので、パッキンだけ換える、というわけではない。確実で簡単、なのかもしれないが、なんとなく機械をいじっている感じがしない。
番組では、レストアは無事に済んでめでたしめでたし、という結末になるのがお約束なので、安心してみられるのもいい。古いクルマが「生き返った」感じも、職人作業が見られる感じもいい。残念ながら、こういった古い工業製品を維持し、使い続けられる制度や社会環境は、日本にはない。買い換えることで、需要を増やして、経済を回そうとするからだ。特に、数年来流行のハイブリッドやEVなど、電気、バッテリーを使うようなクルマは、ほとんど消耗品になる。50年前の電気自動車が動く、とは考えにくい。どちらが長期的にいいのか、よくわからないが。

2017年2月4日土曜日

選択

ケーブルテレビを使うことになったのは、屋根の上にアンテナを立てたくないためだった。使い始めたのは、15年以上前になるが、その頃と比べるとチャンネル数も多くなった。
行きがかり上というか、セット料金のせいか、むやみにチャンネル数の多い契約になった。生活しているとどうしても見るチャンネルというのは限られる。認知心理学のアンケートでも、インターネットのインターフェースの設計でもよく言われるのだが、人間、選択肢が増えたところで選びようがない、のである。たいていの人は、かなり絞り込んだところで、自分の意図で選択肢を選ぶ。30ほどの選択肢からひとつを選ぶのはかなり難しいが、多くて6−7、二つ三つなら確実に自分の意図で選択する、というものである。
だからチャンネル数が多い、と言っても、どちらかといえば、見ないチャンネルの方が多い。
見るチャンネルはどうしても民放とは違う傾向のものになる。うちで言えば、コンテンツとしてはノンフィクションのジャンルだった。

2017年2月3日金曜日

浦島

最近の学生さんはテレビを見ない。ひとり住まいなどしているとテレビすらない。隔世の感があるなあと思っていた。
…のだが、自宅をケーブルテレビにつないだら、当然のように「多チャンネル」になった。四六時中BBCニュースとか、映画ばかりとか、MTVばかり流している専門チャンネルがある。
その中に興味のある番組やチャンネルがあると、当然のように、地上波を見ることが少なくなる。テレビ、という箱であっても、以前のように皆がほぼ同じ番組を見ているとは限らなくなった。
地上波と違うのは、コマーシャルである。隙間時間に多いのは通販である。地上波のようなメーカーのコマーシャルはほとんどない。おかげでコマーシャルに関しては、すごーく浦島太郎な状態になりつつある。

2017年1月27日金曜日

変換

そういうわけで、今年度からレポートはワープロ作成可、という条件がついた。いわゆる標準的な書式と書体で、表紙をつけて、カウントされた文字数を表記しておいてね、というものだ。
ただし、プリントアウトの提出である。データで提出ではない。ワープロ、と言っても、単なる「タイプライター状態」ではある。蛇がのたうち回っているような文字で、解読に苦労する、ということはなくなったが、逆に妙に漢字が多くて漢和辞典を抱えるようになった。
ワープロで作業するときに、仮名漢字変換、というのを使う。ひらがなで入力して、変換キーで漢字にする。ぼーっとしていると妙な変換ミスが発生する。
https://tcd5m.blogspot.jp/2012/02/blog-post_06.html
たいていは「同音異義語」の様相を呈するのだが、なかには「やたら漢字」というのがある。とにかく、文節ごとに変換してしまうのである。其れは兎に角この様な状態の事である。普段からこんなに漢字の多い文章に接しているのだろうかと考えてしまう。

2017年1月26日木曜日

解読

時代の波に乗らなくてはならないときがあって、昨年あたりからレポートの課題はワープロ提出も可、という条件をつけなくてはならなくなった。いまどき手書き、というのは流行らないようである。
以前は誤字脱字おもしろ当て字などリストアップしていた。
https://tcd5m.blogspot.jp/2012/02/blog-post_08.html
レポートでは手書き、という条件にしていた。なぜかと言えば、たとえコピペであっても書くことで少しでも頭に入れることが出来るかもしれない。ひとさまに読んでもらうために丁寧に作業をする、かもしれない、という親心である。年に数本は悲しいかな、かなり殴り書きなレポートが届く。生来の悪筆なのか、急いでいたのかは分からない。
ただ、悪筆であっても、ゆっくりと丁寧に書くことで、かなり読みやすくなる。丁寧に書いているか、ということのほうが、字面から読めることが多い。妹などは悪筆の部類なので、テストの点数が低いのは字が汚いからだ、などとよく言うのだが、そんなことはない。字がきれいで中身のない答案と、字が汚いが中身のある答案であれば、前者の方が点数は低いのである。中身があっても、蛇がのたうち回っているような解読不可能な答案なら、有無を言わさず低得点であるが。きれいであっても、悪筆であっても、少なくとも「読める」ことが大切なのである。それには、急ぐのではなく、時間をかけてゆっくりと書けば良い。早くきれいに書きたいのであれば、それなりに練習は必要である。

2017年1月25日水曜日

整理

そういうわけで、毎度1月の半ばまでは年賀状を眺めながら住所録を整理することになる。よその家の息子が大学に行こうが、嫁をもらおうが、関係もないし、関心もない。年賀状は単なる「年中行事」、あるいは生存確認になりつつある。
住所録もそろそろ「恩師」といった世代が鬼籍に入りつつあり、喪中葉書で住所を削除する。返事が来ないのは、病気療養中かあちらに行ってしまったか、である。そうやって住所録の人数もぼちぼち減少していく。

2017年1月24日火曜日

ごあいさつ

毎年暮れには、毎度毎度と言いながら、年末年始の挨拶状などしたためる。最も多い年に比べれば半分程度なのだが、それでもそれなりの枚数にはなる。めんどくさいなあと言いつつ、年が明ければ年賀状が配達される。おおかたは友人なので、年齢に併せて、披露宴の写真、赤ん坊の写真、幼稚園入園と、家族写真がやってくる。ひところこれが「大きなお世話だ」と話題になったこともあった。他人の家族状況など知りたくもない、という人もいるからだ。
写真で多少なりともクチを糊している側から言えば、写真が身近になったという感慨ひとしおである。以前はちょっととっつきにくい「趣味」であったものが、フィルム付きカメラ、街中のスピードDPEサービス、それに伴った各種プリントサービスと、外注でそれなりのクオリティが出せる、というのが画期的だった。
今やフィルムもそろそろ「下火」なサービスになりつつあるが、取って代わったのはデジタルカメラと自宅でプリントアウトである。それも「下火」になりつつあるようで、最近はスマホでプリントアウトサービスとか、スマホでそのまま自宅プリント、という作戦である。機械や発注先は変わっても、配達される「葉書」は変わりはない。
携帯電話がポピュラーになった頃は「あけおめコール」で電話がパンクしたことがあったし、昨年はSNS上の「あけおめメッセージ」を自粛して、などとニュースになっていた。
ぼちぼち「葉書」から脱する方向になるのかもしれないが、ご挨拶はまだまだ続く。