2017年4月9日日曜日

階段


東京郊外のこの辺りでは、やたら「団地」が多い。築40年から50年ほど、それこそ「団地族」と言われていた頃の「公団住宅」である。広い敷地に平行に建てられた、階段室型5階建ての集合住宅棟が並んでいる。
5階建、というのは、エレベーターを設置しないフロア数だと聞いたことがある。案の定、エレベーターはない。
違う市になるのだが、やはり団地の5階に住んでいる友人がいた。遊びに行くために、えっちらおっちら階段をのぼる。私は団地住まいの経験がないので、息をついたところで何階にいるのか失念したり、だいぶ上がったところで「違う階段」を上っていることに気がついたりした。自然に足腰の鍛えられる日常である。
妹の婿殿のご実家は大阪の団地住まいだった。あちらは万博を機に建てられたもっと大規模団地である。が、やはり5階建エレベーターなし5階住まい、だそうである。初めて会った婿殿のお母さんはかなり恰幅が良い人だった。押し出しのいい、大阪のおばちゃんである。5階住まいは大変だろうなあと思ったら、やはりそうだったらしい。体格もあって糖尿病、高血圧。5階まで上がるのが大変なので、次第に日常の買い出しなど外出は小柄なお父さんのお仕事になり、お母さんは必要最小限しか外出しなくなった。運動不足に輪がかかってしまい、もっと恰幅が良くなっていった。糖尿病で目が悪くなってしまい、家の中でもあまり動くことが出来なくなった。その後、自宅で具合が悪くなり、救急車を呼んだ。ところが、古い団地なのでエレベーターがない。階段室型で、ストレッチャーが階段を回らない。結局救急士がお母さんを抱えて降りることになったのだが、これが重たい。途中で救急士が音を上げて大変だったそうだ。結局、運び下ろすまでに相当な時間がかかったそうだ。
この話を聞いたのは、彼女がその後亡くなったときだ。頭に浮かんだのは、ラッセ・ハルストレムの「ギルバート・グレイプ」という映画だった。
団地を建てた頃は「バリアフリー」などという言葉はなかった。こんな事態になるとは考えてもいなかったのかもしれない。

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