2012年4月28日土曜日

現実問題

ビデオカメラで撮影、編集する実習授業を担当している。

授業で撮影した動画素材をプレビューしてもらうと、ときどき「!」とか「?」な素材を見ることがある。

学生がアタマの中で考えているイメージと、映像として撮影しているイメージが、どうにも一致しないことがある。
例えば、「見目麗しき女子学生が、こころもとなげにベンチに座っている」のが学生のアタマの中にある画面だったりする。撮影してきた素材は、「見目麗しき」よりもどちらかと言えば、ショートカットで健康的、「ばんから」な姉御風、ジーパンでスニーカー、大股広げてどっかりと、しかし背中を丸めて座っていたりする。

「こういうイメージだったのかねえ」と学生に問うてみる。
「いえ、ちょっと違うんですけど」。
「ちょっと、かねえ。どういうのが欲しかったの」。
「うーん、やっぱり色白でロングヘアの」。
「ぜんぜん、違うよねえ」。
「まあ、しょうがないですよねえ」。
禅問答風のやりとりが続く。

イメージぴったりの女子がみつからず、とりあえず「違うけど、しょうがない」で、隣の席の女子に座ってもらうと、こうなっちゃうのである。
映像では、キャスティング、衣装、ヘアメイク、持ち道具、大道具、全部揃えて、具体的な被写体で描く。「しょうがない」被写体では、「しょうがない」映像しか撮影できない。いや、隣の席の女子がしょうがないわけではない。隣の席の女子をそのまま座らせても、アタマの中にあるように、「見目麗しく」撮影できない、ということである。
つまりアタマの中のイメージそのものは、映像としては提示できない、というわけだ。

急に色白には出来ないだろうが、せめて、ヘアメイク、衣装や持ち道具、立ち居振る舞いで、自分のイメージを具現化してよ、とハッパをかける。でなければ、最初から「現実化できない被写体」を使うことを想定することは避けなさいよ、と諭すのである。

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