大学の授業は朝9時に始まる。
助手として勤務していた頃、遅刻の常習者であった先生がいた。授業開始5分前に研究室に電話が入る。遅れそうなので先に出席を取り、宿題を回収、資料を配付して、15分ほど時間を稼いでおいてくれ、という内容だ。うちの大学はそういうところは鷹揚なので、助手としては快諾し、時間を稼ぐことになる。
携帯電話がまだ普及していなかった頃、高級車に自動車電話なセレブ、というのが流行ったことがあった。先生はその「セレブ」な人で、遅刻予告の電話も自動車からである。遅れることが分かっているなら自宅からでもいいだろうし、毎度遅くなるなら15分は助手が出席をとるなどの作業というルールを決めておけばいいのだが、先生は「自動車電話」を使いたいのであった。だから「15分ほどよろしく」の後は、遅刻の理由の会話が続く。しかもその理由は毎度違うのである。
出る直前に電話が入った、宅急便が来た、奥様が風邪をひいた、電子レンジのなかで朝食が爆発した、駐車している車の前に猫が寝ていた、車のウィンドウが凍っていたので溶かしていた、前を走る車が異常にとろかった、幼稚園送迎のバスがいた、自転車が前を突然横切った、犬が飛び出してきた、ボールが飛んできた、鳥とぶつかった、などなど、同じ理由を使ったことがなかった。
それはそれで、ある意味すごいと思ったのは、理由がいつも違うなあと気付いた数ヶ月後である。ああくやしい、最初から理由を書き留めておけば良かった。
0 件のコメント:
コメントを投稿