映像をつくる、という作業の中で一番楽しいのは、音の作業だろう。
イメージの音を物理的な音として探すことは、とても大変だ。
例えば、「ずばっ」「ばっさり」と「人を斬る音」も、イメージだったりする。
誰も「人を斬った音」など聞いたことがないからだ。
逆に、これだけ「人を斬った」イメージの音が流布してしまうと、実際にはそんな音がしないことに愕然とすることもある。
私が習っていた効果マンは、人を切るときは「白菜」なのだそうである。
白菜の葉っぱの間に、葉っぱの繊維と同じ方向に、うどんの乾麺をはさんでおく。切られるのが男性なら、葉っぱ少なめ、うどん多め。女性なら、葉っぱは多め、うどんは少し。まな板の上で、大きな菜切り包丁を水平に持ち、ギロチンの要領で、繊維に対して垂直に、一気に上から一発でばっさり。
重ねられた着物の湿気具合が新鮮な白菜の音にマッチ、乾麺が肋骨の細いホネにあたる刀の音を表現してかすかにぽきんと、「いい音」なのである。
答えを聞けば「なーんだ」だったりする。「イメージの音」と物理的な「記録された空気の振動」との違いでもある。
今時の学生はインターネットで「効果音素材」など探しだし、コンピュータで加工したりする。
その昔はアナログで、実際に音を出さなくてはならなかったのである。いろいろと試行錯誤して、キャベツではなく白菜、そばではなくうどん、出刃でなく菜切り包丁、に行き着いたのだそうである。しかしこれも「企業秘密」だったり、「我が社の方針」があったりして、効果マンそれぞれ、すこしずつ手法が違うそうである。
映画というのは、大勢の「よくわからないかもしれない」が、えらーく「地味」な努力で出来上がっているものなのである。
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