2012年5月17日木曜日

ロース

映像をつくる、という作業の中で一番楽しいのは、音の作業だろう。
オーディエンスをだますのが一番良く「見える」からかもしれない。

殺陣に効果音を入れたのは黒澤映画が始めた、というのが通説である。
特に、人を斬る音を入れたのは、当時としては画期的で、映画音響効果業界が騒然としたそうである。私が音響効果を習ったのは、その当時の効果マンで、技術者らしく非情に勉強熱心な人だった。彼は映画を何回見ても「人を斬る音」が何によって作られているのかわからず、その秘密を知りたかったそうである。当該の音響スタッフにご馳走して、秘密を聞き出す、という古典的な手法で技術を盗みにかかった。
「実はねえ」
だいぶきこしめしてから、スタッフは語り始めた。
「和牛のロースの塊を、スタジオにつるして、居合いの達人に切ってもらったのよ」。

早速、その手法を再現してみたそうである。
答えは、「がせ」だった。
肉は切っても音はしないのである。みんなで自腹を切って、実験用にと購入した高級なロースの塊は、結果を出すことなく、スタジオマンの胃袋に消えたそうである。

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