2012年3月23日金曜日

たたり


デザインを勉強していた学生だった頃に学ぶのは、「デザインエレメント」というものだった。グラフィックデザインの基本となる技術、印刷や写真なんかを一通りやるのである。当時はまだそれほどレアではなかった活字を組み、活版で印刷をしたり、写真を撮影して現像焼き付けする、などというプロセスを通して、グラフィックデザインを学ぶ。

当然のように、写真はフィルムである。自分でフィルム現像や引き伸ばしをするので、当然モノクロ。自分の部屋に暗室を作ることが授業のノルマだった。当然のようにフィルムは長いのを買ってきて、自分でパトローネに詰め、昼間は撮影、夜は現像という毎日を過ごさないと、課題がこなせない。部屋中薬品の匂いで、何を食べても「酢酸」の香り、冷蔵庫は牛乳ではなく茶色の薬液ボトルが並び、窓は遮光のために目張りしてあって、昼間でも灯りをつける生活になった。

そんなことで、友人は数人で集まって学校の近くの安アパートを借り、共同暗室を作った。これなら自分の家は薬品くさくならずに、心おきなく自炊が出来るし、明るい部屋で他の宿題も出来る。
そんな共同暗室だったが、ときどき伸ばしが上手くいかないトラブルが続発した。ピントが合うものと合わないものがランダムに出た。いくらテストしても、機器や道具のトラブルが見つからない。これぞという伸ばしに限ってピンぼけになる。もしかしたら、古い安アパートでもあり、誰かのたたりかと、お札を貼りまくったりした。課題提出寸前になって、こんな状態では間に合わないかもしれないと研究室の助手に泣きつきに来た。
助手は機械の様子を見てあげようと、ある日の帰りに寄ることにした。

アパートは線路の近くに建っていた。
電車が通るたびに、伸ばし機が揺れて、ぶれていたのだった。焼き付けに熱中していた学生たちは、音は気になっていたが、揺れるとぶれるとは思っていなかったらしい。
以後、時刻表が伸ばし機の横に貼り付けられ、引き延ばしの本番は終電以後始発前の深夜作業になった。

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