2012年3月21日水曜日

行方不明


私が大学に勤め始めた頃、下宿生活者は固定電話を引くのがポピュラーになった。就職活動でアパートに電話がないと会社から連絡が付かず、「落ちる」ようになったからである。留守番電話はまだあまり普及していなかったので、就職活動をしている学生は電話待ちでアパートにこもりっぱなしである。
もちろん下宿している学生は、親御さんに電話を引いてもらっているはずで、電話番号は周知の事実のはずである。

ある日、研究室に電話がかかってきた。学生のお母さんである。しかも取り乱している。子どもが学校に来ているかどうか、確認したいと言う。
なぜなのか理由を聞いてみると、アパートに電話しても出ない。朝昼晩、電話しても出ない。もしかしたら悪いことが起きているのではないか。アパートで病に倒れている、交通事故で大けがかもしれない。学校に来ていないのであれば行方不明かもしれない。失踪届を出さねばならない。
学生は学校にきちんと出席していた。取り乱していたお母さんには、授業が忙しくて学校の工房や友だちの家で昼夜問わず制作活動にいそしんでいるようなので、連絡するよう伝えておきます、と返事して電話を切った。

学生は学校には来ていた。常にガールフレンドとつるんでいた。だから、単にガールフレンドのところに毎晩しけ込んでいただけである。しけ込むのは勝手だが、親に心配をかけないようにと、後日当人に注意したのは言うまでもない。

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