私が学生時代に下宿生活を始めた頃、固定電話を引くのは、かなり贅沢なことだった。友人に電話をするのに、10円玉をためて、夜中の公園の公衆電話で長電話、というのがよくあるパターンだった。
私の下宿はたまたま先住者が固定電話を引いていたこともあって、その電話を引き続き使っていた。しかしなぜか時々知らない年配の女性から、夜遅くに電話が来る。
「もしもし」
「はいはい」
「●●さんのお宅でしょうか」
「はいはい」
●●は私なのだが、先方の声に聞き覚えがない。
「実は……」
と聞いていると、どうも近所に住む同級生の親御さんのようである。
「電話をするように伝えてもらえないでしょうか」
早く言えば、私は「伝言板」であった。同級生は緊急用に私の電話番号を、実家に伝えていたのである。
暗い夜道を走って、同級生の部屋の扉を叩き、お母さんに電話するようにと伝えに行った。
社宅に住んでいた子どもの頃を思い出す。隣近所に電話を引いている家がなかったので、自宅の電話が「公衆電話」状態であった。玄関先に電話機があり、貯金箱が横に置いてある。うちに近所の住人あての電話が入る。その家に「電話が来ましたよ-」と呼びに行く。すいませーん、とうちに来て、電話局の交換手を通して電話する。通話が終わると、料金を交換手が教えてくれる。通話料金を貯金箱に入れる、という仕組みである。
母の生家は、家の中に電話ボックスがあったという。戦前の話だ。やはり近所の人が電話をよく借りに来るので、その配慮と言うことだったのだろうか。
今は、誰もが携帯電話を持つので、逆に固定電話を引かなくなった。「確実に連絡がつく方法」は時代によって変わるものである。
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