2012年1月29日日曜日

くじびき


モチーフを描く試験では、1台のモチーフ台に向かってイーゼルを設置する。全員が同じ場所から同じモチーフは描けないので、準備担当係がモチーフ台が見えるか、前後のイーゼルの位置が適当か、数名で代わりばんこにあっちに座り、そっちを眺めたりして、綿密に準備をした。
受験生は、会場に入るまでどこに座るか分からない。予め適当に番号が振られ、会場前や会場内でくじを引かせたりする。受験番号とは関係なく場所が決められたりする。窓際や扉の隣で寒かったりもするし、ストーブの真横でとても暑かったりする人もいる。全員が同じ環境、同じ場所、同じ条件で実技試験を受けられるわけではない。しかし、だからといって、好条件の場所にあたったからと言って受かるわけではない。

私が試験監督をしていた頃は、「多浪」がごろごろいた。芸大受験4回目などという猛者がいるわけである。髭面で長髪、道具は年季が入っていて、試験会場慣れしているらしく、「あ、去年とくじびきの方法が違うんだねえ」などと、段取りの比較もしてしまう。他方、ぴかぴかの現役生もいるわけで、セーラー服にスモックを着て、おっかなびっくり準備する女子もいる。
自分の割り当て場所に陣取って画材を広げ、イーゼルを動かさない、他人の邪魔をしないなど、基本的な試験の諸注意など終わると、試験開始である。

経験者は慣れているもので、絵を描き始めると自分の陣地をそろそろと広げ始める。少しでも描きやすいようにするために、イーゼルを少しずつ動かしたりする。後ろに割り当てられてしまった現役女子は、次第にモチーフが見えにくくなってしまって、試験時間もかなり過ぎてから、べそをかいて試験監督に窮状を小声で訴えたりする。
これが逆の立場だと、髭面の受験生は大声で苦情を訴える。
「監督! 前の人のイーゼルが邪魔で見えません!」。
「……えー、、、、すいませーん」。
前の人である現役女子は、遠慮がちにそろそろと移動したりする。実は「邪魔」ではなく、プレッシャーを与える作戦だったりする。

これが同じ立場だとこうなる。
髭面の受験生が大声で苦情を訴える。
「監督! 前の人のイーゼルが邪魔で見えません!」。
「俺は動かしていません! これが所定の位置なんです!」
大声で苦情を退ける「前の人」も髭面の見るからに多浪。下手をすると言い合いになってしまって、試験監督がまあまあまあ、などと言おうものなら「俺の一生がかかっているんだ」とすごい剣幕になったりする。回りの現役女子がびびってしまって、絵を描く手が止まってしまう。

もちろん「多浪」して態度がでかく、試験慣れしているからと言って受かるわけではないのである。べそをかきながら描いていた現役女子が合格することも、ある。

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