大学に女子寮があった。
正門入って左側で、校舎の隣、あまり広くないキャンパスなので、本当に「学内」だった。
入学1年目の女子だけが入っていて、2年生になったら自分でアパート借りなさいね、という寮である。
当時大学は午後8時半ロックアウトという制度があって、その時間には守衛さんを除く全員が下校する。人気があるのは女子寮だけだった。
もちろん、どんなところにも「怪談」の類はあって、女子寮の学生が8号館のピロティに幽霊を見たらしい、などどいうことが、まことしやかに伝えられていた。女子寮にも、もちろん「幽霊」は出るらしく、伝説のように語り継がれていた。
学期末の課題に間に合わず、3階の自室で必死に作業していた女子学生の部屋の窓がほとほとと叩かれる。「誰?」と問うも返事はなく、しばしの静寂。中庭に面した窓外にベランダや通路はなく、叩くためにははしごをかけなくてはならない。「全員下校のはずなのに」と件の学生は考える。はしごや脚立で足場をかければ、音や気配で他の誰かが起きてしまう。おかしいなあと考えていると再び、ほとほとと窓が叩かれる。女子学生は窓に近寄り、そっと耳を澄ます。窓外からささやくような女の声。「……課題、できた?」
女子学生は窓を勢いよく開けるが、外は真っ暗闇。
学期末によく出てくる、元女子寮の住人だった幽霊らしいと知ったのは翌朝のことだった。
幽霊はガセかもしれないが、「課題、できた?」は美術学校の学生にとって、恐ろしくリアリティがある。