教材室には、静物画のモチーフになるモノがごろごろあって、学生に貸し出したりしていた。
静物画だと、ワインの空き瓶とか、ほうろうのピッチャーとか、果物かご(生ものは各自用意)とか、テーブルに敷く布、そのほかに「なんでこれが」とか、「これはなんだ」というようなもの(しかも新しくはなく、ほどほどに古びていて、ちょいとほこりっぽい)がいっぱいあった。
そんな中にあるのが「ホネ」である。美術学校だとたいがいそれは「牛骨」だ。モチーフにするのは「もも」や「あばら」ではなく、頭蓋骨である。牛のだから、大きくて重い。
モチーフをあれこれ借りて、自分の教室(つまりアトリエ)でセッティングして、絵を描くのである。学校で借りたモチーフなので、自分の部屋に持ち帰るわけにはいかない。自分の部屋でじっくり牛骨を描きたい学生は、牛の頭蓋骨を個人的に入手した。今考えれば、のべつ牛骨を描いているわけもなく、実はインテリアとか見栄だったのかもしれない。
今もかなりのお値段だが、その時分もそれなりに高くて、なかなか手が出なかった。
思いあまって「牛骨自作」という手段に出る者がいた。肉屋で話を付けてもらい、屠殺場で牛の生頭を入手、下処理をして、それをどこかに埋めておく。待つこと1年ほどできれいに「ホネ」だけの状態になっている。というまことしやかな言い伝えを上級生から聞いた(どうすれば白くなる、とか、どの程度埋めておく、などという専門的な話題はこの際置いておく)。
埋めておくところはどこか、というのがアパート住まいの貧乏学生には問題だ。河原に埋めて、犬が掘り出して、飼い主が警察に通報して大騒ぎ、そんなことになってはならない。世間を騒がせたりすることよりも、じっと我慢して待っていた憧れの「牛骨」を失うことの方がコワイからである。
どこに埋めるんだろうねえ。「牛骨の作り方」の話を聞いた後、友人とビールを飲みながら、校舎の裏手のキャベツ畑を眺めていた。
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