2012年1月25日水曜日

フィクサチーフ


実技試験というのは、「無理難題」なんだなあと思うことがある。以前も今も、そうである。

油絵学科の試験科目に「油彩」がある。キャンバスに油絵の具で描く、あれだ。
入学試験では6時間のコースなので、その時間内に仕上げなくてはならない。
油絵の具というのは、基本的に「乾きにくい」画材だ。しかも「普通」は塗り重ねていくことで「味」が出てくる。
6時間の内に乾かしながら塗り重ねる、というのはどだい難しい注文である。私なぞは油絵というものは数週間、数ヶ月、ねちねちと粘りながら描くものだと思っていた。
速乾性の油を使うと、さらさらして厚塗りが難しい。厚塗りしようとするなら、乾燥は遅くなる。
未完成なら評価はしてもらえない。受験生は6時間で1枚の絵を仕上げるべく、いろいろとあの手この手を考え、トレーニングを重ねるのである。

ある年、絵の具に「混ぜもの」をするのが流行った。「メディウム」という作戦である。たぶんどこかの予備校の教室で考えついたのだろう。違う受験会場で、数名の学生が、絵の具に砂を混ぜていたのである。試験監督としては、指定されていない「画材」だったので、一応「試験監督室」におうかがいをたてる。「まあ持ち込み禁止とは明確に指定していないからなあ」というので静観することになった。乾燥促進剤としてはどうかと思うが、テクスチャーが出るので、隣の人とは違う「画風」には見える。
翌年の油絵の実技では、「混ぜもの」は石膏になった。強力に油を吸収するので、「厚塗り」には見える。1週間後も同じ状態なのか、というのが試験監督室の雑談ではあった。採点は2-3日中だから、その間保てばいい、という作戦である。
次の年の流行は「混ぜもの」ではなく、「フィクサチーフ」だった。木炭デッサンでおなじみ、定着用の液体である。速乾性可燃性の液体で、これをキャンバスの上にふきかける。下辺からライターで火をつける。炎はめらめらっと、画面上を走って、上辺まで行って消えていく。炎の熱で乾燥させるという作戦である。試験監督側としては、びっくりである。アトリエ内は灯油ストーブを焚き、絵の具の溶剤は「油」である。筆洗用に一斗缶にたっぷりと灯油も入れてある。
案の定、ライターは翌日から持ち込み禁止になった。

同じ作戦をとっていた受験生がいたので、単独で開発した手法ではなく、予備校で「共同開発」したのだろう。いろいろと考えるものだと感心することしきりだった。

0 件のコメント: