キャンパスには猫がいる。
こちらが授業で四苦八苦しているのに、あちらはベンチでのんびりひなたぼっこである。くやしい。
春先は子猫を連れて、学内を散歩している。
女子学生がお弁当のおこぼれなどをやっていたり、アトリエの外の廊下に餌の皿が置いてあったりする。
郊外の、のどかな学校風景である。
近所のアパート住まいの学生が大家に内緒で猫を飼い、就職に伴う転居のために、困って大学に猫を放したのが始まりだったらしい。私が学生の時にも、別に人を襲うわけではなし、学生のおこぼれでお腹いっぱいらしくゴミも漁らないし、だから掃除のおばちゃんも邪険にはしなかったし、守衛のオジサンはおやつを分けていたりした。
もちろん、誰の猫、というわけではないので、自然に繁殖が行われる。ねずみ算、というほどでもないけれど、春先にはあちこちで子猫を見かけた。わーかわいい、などと言っているうちはまだいい。かわいいと言いながら、下宿に連れ帰る学生もいたりする(こういう学生は、卒業時にまた猫を学校に「戻し」たりもした)。
美術学校というのはたいがいのアトリエや教室がかなり「オープン」なつくりになっている。エアコン完備ではない時代だったから、夏はあちこち開けっ放し、冬も灯油のストーブだからあちこち開ける。猫もお出入り自由な状況である。特定の研究室に出入りする猫もいて、あの白いのは油絵の、あのサバトラは彫刻の研究室の、などという縄張りもあった。
ある年、とある研究室でノミが大発生した。もちろん原因はお出入り自由の猫である。それまでにも被害がなかったわけではないだろうが、その年は特に大発生して大騒ぎになった。事務職員の中には学内から猫を一掃すると宣言する人すら出た。ノミの被害よりも「猫駆除」の方が大騒ぎになったのは、週刊誌にすっぱ抜かれたからだ。大学名は伏せられたが、たかが猫を「駆除する」なんて、という動物愛護者論調で、事務職員側が悪者扱いだ。その週刊誌を見た学生たちが、発行翌日に、うろうろしている猫を一斉に、一時的に連れ帰って、学内の猫の数が激減し、「一掃」しようにも猫がいなくなった。美術学校の学生は、常日頃は協調性があるとは思えないのに、こういう時だけ団結する。
事務職員の中には、その騒ぎ以前から、猫の状況を憂いている人がいた。独身、年配の女性で猫好きである。年に何頭かずつ捕獲して、ポケットマネーで避妊手術を受けさせていた。子猫には、もらい手を探してやっていた。友人はそんな子猫をもらって帰った。アパートで一人暮らし、家族としてとてもかわいがっていたのだが、帰省時に猫を預けるあてがなく、猫を連れて実家へ向かった。一人住まいだった彼女のお母さんがその猫を気に入った。「あなたが東京に行くなら、猫はおいていってね」。人質、いや猫質だと彼女は言っていたけれど、ずいぶんと長生きして、お母さんと仲良く暮らしたそうだ。
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