実技の授業はたいてい3時間または6時間の1本勝負であった。これは今でもあまり変わっていない。学科試験に比べれば長い時間だ。
デザイン系の実技試験に「平面構成」というのがある。
ケント紙にポスターカラーで、色面構成をする。
美術予備校のサイトやパンフレットにはさまざまな「構成」がサンプルに出ていたりする。ケント紙は試験だから配付される。画材は基本的に持ち込みなので、試験によってはかなり大きな荷物になったりする。寒い時期に、お引っ越しのように大きな鞄を抱えて試験に向かうのである。
入試要項の持参画材の指定は「ポスターカラー」である。その頃はプラスチックの瓶詰めで、24色とか36色セットをとりあえず揃えたりする。
入学試験に行くのに、瓶詰めを持っていくのは重たいので、「詰め替え容器」に入れる、というのが流行だった。
平面構成をやり慣れる頃になると、瓶から出した色そのままではなく、混色して使うようになる。これも「詰め替え容器」に調色して入れておく。試験の現場で混色を始めると時間が足りなくなるからだ。
まだ写真がフィルムだった時代なので、35ミリフィルムの空き容器を写真屋さんでたくさんもらって流用した。50-60個は当たり前、多い人は100個以上の「詰め替えオリジナル色入りポスターカラー」を持って、入学試験に出かけた。
後輩のFちゃんも、「詰め替え」カラーをたくさん持って入学試験に出かけた。画材一式重たいので、お母さんのショッピングカートを借りてきた。
試験会場で画材を出して準備をし始めようとしたら、カートが妙に軽い。
カートの底に穴が空いていて、そこから「詰め替え」カラーが、ぽとん、ぽとん、と落ちてしまったらしい。数本しか絵の具の容器が残っていなかったそうである。
普通ならそこで真っ青、パニック、悲鳴、というところなのだろうが、彼女は慌てず騒がず試験監督に事情を話したらしい。
「絵の具が落ちちゃったみたいなんです」。
ここで既に大物の片鱗がうかがえる。
こういうときのために、入学試験中は構内の画材屋が営業中である。とりあえずの色数の絵の具を調達して、試験を受けたそうである。
間に合わせのポスターカラーで、無事合格した。
大物である。
しかし必死に調色して用意した100個近くの「詰め替え」は、彼女にとって何だったのだろうか。
落とした絵の具は「厄」に違いない、落として良かったねー、と入学後の笑い話になった。