2012年2月1日水曜日

背景


入学試験のデッサンというのは、学校ごとに少しずつ傾向が違う、と予備校では習ったものである。
例えば、背景を全く塗らずに「白く」残したり、背景を真っ黒くして空間感を出したり、といったことだ。自分のために描いているならいざ知らず、時間内に完成させることと、採点者が何を見るのかということで、背景の扱い方に関する考えは変わってくる。
試験監督をして眺めていると、背景を塗らない、ということが合格不合格の条件ではないということは分かってくる。しかし、受験生当事者としては「わらをもすがる」状態で予備校講師のいうなりになりがちである。
だから同じ予備校で習っている受験生は後ろから見ていると分かるものだ。試験に手慣れていて、描きはじめの段取りがほぼ一緒だったりする。

モチーフ台の上の静物が課題だった年があった。
3時間の鉛筆デッサンである。モチーフ台の上に並んでいるリンゴ3個、ワインのボトル、ほうろうのピッチャーなんかがあったりする、あれである。
受験予備校だと、モチーフ台の上のモチーフそのものを描き、背景や台は極力描かないように、と「指導」される。
試験会場だとまあ8割方が、こういう「指導」に基づいて描き始める。
ところが、画面の中にモチーフがほとんど入っていないデッサンを描き始めた受験生がいた。詰め襟の学生服、なんとなく垢抜けない、朴訥な感じである。回りの状況や隣の人の絵を全く見ないで作業を始めているのだろう、何の躊躇もなく、モチーフ台の向こうのイーゼルや受験生を描いている。描いている受験生の「肖像」である。

回りに、リンゴとボトルとピッチャー以外が構図に入っている受験生はいない。普通は、しばらく描くと席を立ち、2-3歩下がってあがりを確認したりするのだが、彼は一心不乱にモチーフ台の向こうを見つめていた。

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