2014年6月9日月曜日

シューカツ

いまや、通年で大学生の就職活動がメディアに取り上げられたりする。当の本人は、大変だろうなあ、と、こちとら他人なのでよく思う。

高校の同級生では、4年生の大学を蹴って、短期大学に入学したのがいた。その当時、男女雇用機会均等法などなく、求人票には性別や生年月日が明確に条件づけられていた。メーカーはおしなべて、男子、浪人留年2回まで、というのが通り相場だった。女子は、と言えば、4年制よりも短大、現役の方が求人が多かった。女子社員は「腰掛け」であり、数年で寿退社する、のが「前提」だった時代である。少しでも長く働くためか、あるいは若い方が教育しやすかったのか、就職したければ、短大、という時代だ。

美術学校での就職活動は夏休み明けにぼちぼち始まった。プロダクションや個人事務所は、卒業制作の作品を持ち込むことが多いので、1月2月からが正念場、だった。卒業式前に滑り込みで内定をもらったり、卒業後に決まることも多かった。

まあ、高校の進学指導とは違って、大学卒業後の就職は基本的に本人の問題であるし、大学の研究室とはあまり関係ない。美術学校なので、就職しても、転職やヘッドハンティングも日常茶飯事、いつの間にか自営業、というのも多い。ときどき、全く畑の違う商売をしていたりして、何十年かぶりに会ってびっくり、ということもある。

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