2014年6月8日日曜日

いろいろ

編入、というのは、その当時は、ほかの美術学校にはなくて、ちょっと変わった制度だった。それもあって、短大の授業はかなりモチベーションが高い、ということを聞いたことがある。

編入志望の学生は、短大の授業はもちろん熱心である。編入するにはいったん短大を卒業しなくてはならないので、卒業制作と編入試験の準備が並行で進む。編入試験は近作の持ち込みと口頭試問、専攻によっては筆記試験があった。作品制作には課題ならずとも力が入る。
晴れて短大から編入すると、まわりは2年生の基礎課程を終えた学生である。編入した当人はすごーく頑張って、すでにひとつ学校を「卒業」していて、もはや「基礎課程」どころではなかったり、ちょっと「大人」だったりする。

助手の頃に私が担当した学年には、とても極端な編入学生がふたりいた。短大の卒業制作をこつこつと続ける、自分の表現分野を深化させるタイプと、短大とは全く異なったジャンルにチャレンジしようとするタイプである。
前者は、授業の選択では短大の卒業制作の延長上にあるようなものを選んでいて、出席もそつなく、目立たなかった。卒業制作は地味だが、労作だった。
後者の方は、短大では設定されていなかったジャンルの授業や、編入生にはちょっとハードルが高い履修条件のある授業にも履修希望を出した。4年制の学生では、3年になると卒業制作をにらんで専攻ジャンルを絞り込むようになる。しかしその学生の履修希望は、専攻ジャンルを絞り込むのではなく、むしろ拡散するように授業を選択した。いろいろなことを経験したかったのだろうが、時間的にはあとで大変だよと、本人に伝えた。しかし当人は、強引に自分の選択したい授業を主張し、履修した。案の定、途中でモチベーションは下がってしまった。前提知識や技術のない授業はついていくのが大変だ。どの授業の課題も何となく不完全燃焼、といった印象になる。その学生は、短大卒業時の作品とは全く異なった趣向の作品で卒業した。

もちろん、人生にとってどちらが良いとは言えないかもしれない。カリキュラムは次第に専攻ジャンルを絞り込み、ステップアップするように組んでいる。編入する学生のために特別に補講や講座を設けてはいない。
前者の学生は短大の時から本の装丁のデザインをやっていて、今も出版社で、地味だが良い仕事をしている。後者の方は、全く異なったジャンルの仕事を転々としている、と聞いた。
人生いろいろ、である。

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