2013年10月16日水曜日

主語

ビデオカメラを扱う基本的な映像構築の作業を実習している。
実習、なのであれこれと機材や消耗品を使うのである。
今時の学生で気になるのは「ぞんざい」な感じである。機材を扱っているのに、扱いがすごく「雑」なのである。

いくら高価な機械でも、少し使い込まれた機材というのは扱いがぞんざいになるのかなあという感じもする。
カメラは落としたら壊れるよ、とさんざん、口を酸っぱくして注意しているにもかかわらず、ここ1ヶ月で2台のカメラが落とされた。そこそこのお値段のカメラなのだが、使用して3年目、学生さんが入れ替わり立ち替わり使って使用頻度が高い。使っているうちに、あちこちの塗装がはげ、ねじが落ちたら代用品をはめるので見栄えが悪くなってくる。まあそれは「性能」とは少し関係ない気はするが。

メカニカルな機材を使っていた頃は、セコハンは当たり前、あちこちへこんだり、傷のあるカメラを使っていた。
きれいなうちは丁寧に扱い、ちょいと年季がいったらぞんざいになるのは、世の中の奥方の扱われ方と一緒か、新しいものを尊ぶ日本人の性癖か、と思ったりもする。

昨日の学生は授業終了後「僕が落としました」と言いにきた。なぜ落としたのか、といったころもある程度自覚はしているようだ。案の定、三脚にきちんと固定されていない、という定番の理由で、何度も注意したことである。言っても無駄だったのかとむなしくなったりもする。

まあこういったのはまだましなほうだ。

先月の学生は「カメラが落ちました」と言いにきた。主語がカメラである。あり得ない。カメラが自発的に落ちる訳はない。落ちるには訳があるが、それに心当たりがない場合、あるいは心当たりにしたくない場合、主語はカメラになるのである。

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