2012年11月29日木曜日

精進

今や写真と言えばデジタルで、シャッターを押すことさえ出来れば大丈夫、な時代になった。ありがたいのかありがたくないのかはよく分からない。

アナログな方は、光学やら化学やらの賜物、という感じが強かった。どちらかと言えば、理科の実験風なのが暗室作業である。暗室作業が好きになるタイプは、整理好きだったりデータ取り好きだったりする。勘、とか、雰囲気、だけでは作業は思い通りの結果にならないからだ。
美術学校の授業なので、最終的には1枚のプリントを仕上げる、ことが目標である。しかし、何年かに1人は暗室作業の「作業」だけに没頭するタイプがいた。
データをやたら細かくとって、テストプリントをかなり厳密にとり、プリントの技術は完璧、だったりする。修整無し、レタッチなしで、このクオリティはすごいよねえ、という出来だ。しかし撮影されているものは、とってもしょぼかったりするのである。もう少し、せめて構図を考えた方が、とか、背景にこれが映り込んでいなければ、とかいった具合である。
一方同じクラスの学生に、撮影した写真はいいのだが、もう少し暗室技術があればなあ、というのもいたりする。足して2で割れればいいのに、と思わせるクラスもあった。

デジタルの作業だと、こんな感じではなく、コンピュータのディスプレイの上でうんうんとうなっていたりする。この「すごいクオリティ」は、本人の作業ではなく、コンピュータとか周辺機器、アプリケーションの性能とか能力によるところが大きかったりする。「精進のし甲斐」があまり見えないような気がする。

2012年11月28日水曜日

使い勝手

写真用の暗室というのは、特殊な内装である。

勤務校には、何カ所かの写真用の暗室やスタジオがある。管理、利用するセクションが違う。そもそも実習用の施設は授業の管理母体が設備を用意することになっていた。そこで授業をする教員が中心になって、設備を決めたり、運用管理をするようになった。だから、違うセクションで、全く違った、しかし同じような授業があったりするのである。

暗室やらスタジオは、オーダーで内装を決めていくものだ。使用する人間が中心になって仕様を決めていく。だから、隣の校舎にある、違う学科の写真暗室の仕様は、こっちの校舎とは全く違う、という状況になった。あっちの暗室は温度管理用に製氷庫が設置されているが、こっちは恒温槽を使っている、あっちのフィルム現像はリール式だが、こっちはベルト式、といった具合である。
使う人によって、それぞれの「使い勝手」があって、「基本的な仕様」の基準というのが存在しない。もちろん「暗室内装専門業者」というのもないので、手元の業者と作業をすりあわせていくしかない。

かくして、キャンパス内に仕様の違う暗室やスタジオがいくつもある、という状況になった。アナログな作業というのは、けっこう面倒なのであった。

2012年11月27日火曜日

完全

どんな職業でもそうだと思うのだが、一般の人が考える「基準」と、仕事として考える「基準」が違うことがときどきある。

10年以上前になるのだが、新校舎に写真用の暗室をつくることになった。教室の配当は教務課から割り当てられ、なんとそれが2階の南側の教室になった。
建物外観はミラーガラス張りのおしゃれな建物である。この建物は基本設計が最初に出来て、かなりフレームが決まったところで、教室の配当が決まった。暗室の配当はかなり後で決まったので、この位置になってしまった、というわけだ。すでに外観が決まっているので、内装工事で暗室にするわけだ。
写真、をやったことのある人なら分かるだろうが、暗室をつくるのは大変なのである。

内装工事の打ち合わせの時に「完全暗室」を要求した。真っ暗でなければ、フィルム現像の作業は出来ないからだ。請負業者から仕上がったので見に来てくれと言われ、行ってみたらびっくりだった。窓をコンパネで「ふさいで」いるだけである。窓枠や扉の隙間から光線が漏れている。フィルムどころか、印画紙も危うい。「ぴかぴかに明るい」のだった。
内装業者は、天井照明を消せば、ほら暗いですよねー、と自慢げである。我々には、全く、暗くない。

その後、いやがる業者の作業中に押しかけ、窓に遮光フィルムを入れたり、コンパネを補強したり、暗幕を追加注文したりした。やっと「真っ暗」になったのは、授業開始寸前である。
写真をやっている方から言えば、昼間に完全暗室をつくるのは大変である。個人的には暗室作業は夜間になるし、昼間使う暗室は地下に作った方が遮光はらくちんである。南側になったのは不運だったのかもしれない。

2012年11月25日日曜日

立場

考えてみれば、私が学生の頃は、校舎は冷暖房完備ではなかったし、校舎内禁煙という状況でもなかった。
お堅い方のミッションスクールから現役で大学に行ったので、もちろんまわりの浪人経験済みの学生はとうに成人式を過ぎている。酒もタバコもオッケー、で、びっくりである。

教室の中には、学食の厨房で使ったとおぼしき、大きなケチャップやソースの缶が置いてあって、それが「灰皿」である。机も床もタバコの焼け焦げだらけ、狭い教室の壁はもとは白かったのだろうが薄い茶色である。まあさすがに授業中にタバコを吸う学生はいなかったが、休み時間や放課後は当然のようにタバコタイムである。

2年のある授業の講師は初日に、コーヒーの入ったマグカップを持ってやってきて、授業開始後いきなりタバコに火をつけた。いわく「俺は教える側で大人なのでタバコを吸うし、飲み物も持ち込むが、君たちは学ぶ側で俺とは立場が違うので、タバコを吸ったり飲食をしてはならない」。講師はくわえタバコで学生の作品を見てチェックをしたりしていた。途中で切れたタバコの買い出しや、コーヒーのお代わりを学生は言いつかった。こっちも息抜きがてら近所の酒屋にショートホープを買いに行った。
ある日、個人の作業チェックで時間がかかっていて、教室の隅で待ちくたびれた学生がタバコに火をつけた。講師はそれに気付くと、作業を中断してその学生のところに行って、教室から追い出した。会話は聞こえなかったが、学生の方も、抵抗せず出て行ったので、自分の非を知っていた、というところだろう。立場、というのは、簡単には越えられないものである、と知った。あるいは、授業中にタバコを吸いたければ教える側になるということだ、とも思った。

その頃は、そんなもんだと考えていたし、別に不満もなかったが、今だったらパワハラとかアカハラで問題になるのだろうなあ。

2012年11月24日土曜日

なう

初夏になってくると、メディアは水分補給を声高に叫ぶようになってくる。熱中症の予防である。
それはそれで構わないのだが、ところ構わず水分補給という習慣は、ときどきいかがなものかと感じることがある。

数十年前にアメリカのハイスクールに行ったとき、コカコーラの缶を机の上に置いて授業を受けている生徒がいて、びっくりしたことがある。こちとらがちがちのミッションスクールの女子学生で、食欲制御がけっこうやかましかったからだ(飲食物の持ち込みは弁当以外不可。また、早弁とか間食、下校時の買い食いは、ばれるとけっこう、いやかなりまずかった)。

今や大学の授業では、コーラの缶どころではなく、ペットボトルやら500mlくらいのジュースの紙パックにストローをさして、机の上に置いていたりする。授業をするこっち側は、3時間しゃべりっぱなしだったり、実習中は学生の間を走り回っていたりで、水を飲むヒマもない。授業を受けている方は、紙パックからストローでリンゴジュースをちょいちょいと飲みながら、あるいは下手をするとおやつを食べながら授業を受けていたりする。

ずいぶん以前から、学生は「ながら族」であると言われていた。教壇の上はテレビのようなもので、お客さんはポップコーンを食べながら視聴する、というスタイルである。最近はもっとエスカレートしていて、私語雑談は当たり前、携帯電話やスマホで誰かとメールやらLINEやらでやりとりしている。「授業なう」などと誰かにつぶやく前に、ノートをとってほしいものである。

2012年11月23日金曜日

無意識

ペットボトルというものが世間に出現してからどのくらいになるだろうか。缶ジュースは飲みきらなければならないもの、であったが、飲みかけに蓋をして後で続きを飲むということは、とても画期的に思えた。当時、大人は水筒を持ち運ぶ習慣もあまりなかったので、ことさらである。
ペットボトルを持ち運ぶ、という習慣が一般的になってくると、気になるのはTPOである。

特に夏になると「水分補給」を声高にメディアが叫ぶようになったので、大人も子供もペットボトルや水筒を持ち運ぶようになった。いまどきの小学生は、毎日水筒持参である。「いつでもどこでも水分補給」は健康のためにはよいと言われるようになってから、人はのどの渇きを我慢することなく、ペットボトルで水分補給である。無意識にペットボトルを取り出して飲む、のである。
だから、大学の図書館の閲覧室、美術館のロビーや展示室なんかで、ペットボトルを取り出して飲もうとしている人を見たときは、目を疑った。本人的には、のどが渇く—ペットボトルを取り出す—飲む、という行動が無意識に行われていて、悪気はないのだろうが。

習慣とか無意識とかいうのに、ときどきびっくりさせられるのである。

2012年11月16日金曜日

混線


映像系の授業をしているので、出来上がった作品を見るのは「上映」というかたちになる。上映できる教室というのはたいていいろいろな設備があらかじめ組み込まれていたりする。よく授業で使う教室にはワイヤレスマイクの設備が入っている。
ワイヤレス、というのは無線であるから、使っている周波数が同じだと違う教室の音声を拾ってしまったりする。
講評をしているのに、英語の授業やらフランス語の授業やらがかすかに聞こえたりする。他の授業の講評が混ざってしまったりすると、学生ではなく私のアタマの中がワープしてしまう。

講評で使っている校舎には、ビデオ収録実習のスタジオが入っている。いわゆるテレビ局のスタジオのようなものである。そこの実習と講評が重なった日に、スタジオの音声が飛び込んできたことがある。
「はーい、1カメさーん、下手の方へカメラ振ってじわじわズームしてくださーい。わかりますかあー」。
音声はかすかに、だが聞こえてくる。おー、3年生の実習中かなあ。

教室で聞いているとディレクターの指示もいまいちまどろっこしい。まあ学生だからこんなものか。
「おーい、1カメ、聞こえてるー?」
「……」
「分かったら返事してえー」
「……」
「あーあーあー、間に合わない、2カメ、急いでカバーしてー」

1カメはなぜかぼーっとしていたようである。悲痛なディレクターの叫びに、思わず教室で学生さんと聞き入ってしまった。
実習中にぼーっとすると、いけないのである。先輩の悪い見本である。

2012年11月12日月曜日

スピーカー


担当している授業は、進行上「講評」というのがある。映像系の作品をつくっているので、「講評」と言えば上映会のようなセッティングである。
教室は、プロジェクターがあって大きなスクリーンとディスプレイがある。いまどきのそういった教室は、機械があらかじめ教室に組み込まれている。機材がラックに入って、教卓上のボタンで操作する。教卓の引き出しを開けるとさまざまな「リモコン」があって、それぞれの機械の操作が細かくできたりする。

教室の拡声装置といえば「マイク」である。
私が学生の頃は、教室のマイクと言えばワイアード、長い電線を引きずりながら先生は教壇を右往左往しながら話をして、ときどきけつまずいたり線を踏んづけたりしていた。いまどきはワイアレスなので、現在使っている教卓の引き出しにもワイヤレスのマイクが何セットか入っている。マイクが用意されている、ということはそこそこの広さの教室であると施設準備側が認識しているわけで、ワイヤレスになると教室内をうろうろできて都合が良かったりする。ただ、困るのが「混線」である。

私自身は、講評ではいろいろ資料を眺めたり、メモを取ったり、教室内を右往左往したりするので両手を使う必要があるし、面倒くさいので「マイク使用しない派」である。しかし他の先生方の中には、声が小さいと認識していたりされる人がいて、いくら小さなゼミ室でも「マイク使用したい派」の人がいたりする。
私の教室ではマイクを使わないのだが、なぜかときどきスピーカーから声が聞こえてくることがある。ちょっと明確には聞き取れないが日本語、会話ではなくスピーチ風、力説ではなくて原稿棒読み風だったりする。こっちの話が佳境にかかろうというのに、スピーカーからはぼそぼそと「……そういうわけなので、……この作家の日常的な嗜好が反映されており、……この場所における空間の許容性というのは……」。こっちのモチベーションが、ぼきっと音を立てて折れたりする。

便利になったかも知れない教室の設備であるが、困ることもときどきある。

2012年11月9日金曜日

音の効果


小学校の「先生」業というのは、声が大きくなるのが職業的な性癖である。
小学校で、わんわんと蜂のように騒いでいる子どもたちには、それより大きな声でなければ聞こえない。音のマスキング効果である。「静かにしなさーい」とお上品に声をかけるくらいでは効果がない。「○△×!」と放送禁止用語を地球の中心に向かって叫ぶくらいでなくては、子どもたちは気がつかない。音のカクテルパーティー効果である。

同居人に、以前の同僚、小学校の現役教員から電話がかかってくる。
2階で電話をしているのに、1階に同居人の声が響いてくる。大きな声だと様子を見に行くと、電話口の声がこちらまで聞こえてくる。耳から受話器を少し離しているだけで、内容が筒抜けである。内容はと言えば、まあ世間話である。大声で叫ぶような内容ではないのである。

電話が終わった。同居人は「あいつ、耳が遠くなったみたいだ」。どうしてか、と言えば「耳が遠くなると声が大きくなるっていうだろ、何もそんなに大きな声で話さなくてもいいのに」。

うーん、何か違うような気がする。

2012年11月4日日曜日

一段落


学園祭が終わると、在学生の方は一段落、するかのように見える。
しかし、4年生には卒業制作、院2年生には修了制作、というのがある。
学期末に「卒業制作展示」で、作品を発表、採点されて、学生生活はおしまいである。

年末は学内も世間様もお休みなので、いつも通りのスケジュールというわけにはいかない。外注を含んだ作業の場合は、年内にかなりハードなスケジュールを組むことがある。
最終的には展示をすることになるので、学生で係を決めていろいろと準備をする。設営や後片付けの準備と段取り、目録やDMの用意と発送、当日の監視員、会場と作品の記録とパッケージ、これらも当該学生が担当する。自分の作品もやらなきゃならないので、かなり大変なお仕事である。しかし、そうやって歴代の卒業生も作業をしてきたのだから、やってやれないわけはない、という理由で毎年仕事が割り振られていく。
もちろん学生にとっては初めての作業なので、五里霧中である。だからその学年担当の研究室スタッフはそちらの指導も忙しい。
以前にも書いたが、私の場合は正月はほぼ返上に近かった。
それと相前後して学期末の試験、大学院の入試と続き、それが終わると大学は一気に入学試験モードになる。入試業務は1ヶ月と半分くらい、それが終わると卒業判定とか入学のためのもろもろの手続きとか準備とかがあったりして、大学の舞台裏というのは授業以外のことがとても多い。

私は現在非常勤なので、授業だけに出ているわけで、12月で授業が終われば、長い春休み状態である。

2012年11月3日土曜日

伝統

秋は学園祭のシーズンである。
2週間ほど教える側は「お休み」なのだが、学生さんはそれぞれお忙しいのである。

平たく言えばお祭り騒ぎなのだが、それなりに「伝統的な」のがあったりする。
男子体育会系のサークルがやっている「ゲイバー」、ふんどしモヒカン彫刻科男子の「おとこ御輿」などというのが、双璧である。芸術系といえど、4-50年前はほとんど男子ばっかり、しかもバンカラな校風だったのだが、今や女子率7割になっても「伝統」は存続している。偉すぎる。

こういうことは真面目にやっていたりするので、つい「沈没」しちゃうんだろうなあ。

2012年11月2日金曜日

お祭り騒ぎ


秋は学園祭のシーズンである。
2週間ほど教える側は「お休み」なのだが、学生さんはそれぞれお忙しいのである。

美術学校の学園祭なので、当然、文系や理系の大学とは様相が違う。
他の学校であれば、美術系なら教室で展覧会、というのがまあ平均的なパターンである。
私が学生の頃は、キャンパスが広くて空き地が多く、そこに「模擬店」がたくさん出来るのが、学園祭の風景だった。一般の大学のように、テントに折りたたみ机とベンチ、どころではない。突如、簡易だが屋根付き木造の2階建てが出現していたりする。
大がかりなイベントも多く、毎年恒例なのはファッションショー、各種パレード、デモンストレーション、御輿行列などなど。酔っ払いも多く、学校周辺はおまわりさんが巡回、鳴り物も多く近所迷惑な祭りである。

今は、学生側も管理を厳しくしているので、以前ほど「破天荒」なことはないだろう。が、学生時代の無茶なことほど、楽しく思い出されたりするのである。

2012年11月1日木曜日

求人


秋は学園祭のシーズンである。
2週間ほど教える側は「お休み」なのだが、学生さんはそれぞれお忙しいのである。

学園祭期間中の構内の管理要員は、当該年度の学園祭実行委員会が組織している。それなりにさまざまな仕事があって、人を割り振らなくてはならない。
私が学生の頃は、サークルから何人警備に、何人が介護に、といったように「ノルマ」があった。現在の学園祭は、サークルと言うよりも個人とか数名のグループで登録して参加する方式のようなので、そういったノルマ制が機能しないのだろう。夏休み前後から学内のあちこちに「学園祭警備員大募集!」といった貼り紙が出没する。

しばらく前の研究室助手が、学生と話をしていたら「管理要員が集まらなくて」という愚痴を聞かされたらしい。まあ、ペイもなく、自分のやりたい仕事ではないだろうからなあ、というのである。助手は「やりたい仕事にすれば」とアドバイスしたらしい。コスプレである。介護班は白衣のセクシーナースの衣装を用意する、あるいは自前歓迎にすればどうか。

大当たりだったらしい。
「やりたい」と思わせることが、求人のツボである。