ずいぶんと以前のことである。
定年を70歳で迎えた一般教育の先生がいた。一般教育科目なので、勤務校の卒業生ではない。一般講義、なので、「教え子」はいない。実技の先生ではないので、展覧会もなく、最終講義もこじんまりと行われた。
あまり家庭的には恵まれない先生だったが、退任の10年ほど前、最縁して学校の近くに転居していた。退任してもご近所ですね、などとパーティーでは言っていた。
退任後まもなく、風の便りに離婚されたことを聞いた。70過ぎの離婚が、どういう理由なのかはわからない。近くのアパートに一人暮らしを始めたらしかった。
それから数年後、風の便りにアパートを引き払ったことを聞いた。郊外の老人ホームに入ったそうだ。家族もなく、教え子もいない、誰とも会わない日々であるという手紙が、誰かのところに届いたらしい。
そういえば退任の数年前は、講義の後もずいぶんと長い間研究室に灯りがともっていたことを思い出す。「研究」しているのではなく、どうも家に帰りづらいらしい、というのが噂になっていた。
人生、いろいろである。