2013年7月14日日曜日

反射

動画であれ静止画であれ、撮影するときにはまずどうやって撮ろうかということを考える。しょせん、レンズと機械である。結局人間の視野や視界と同じようには撮影できない。

今の学生さん達は、生まれた時から親族がレンズを向けていて、運動会でも学芸会でも撮影の対象であった世代である。物心ついたときに手にした携帯電話やスマートフォンにはカメラ機能がもれなくついており、撮影してはSNSに投稿している。さっとスマホを出すのはすでに脊髄反射に近いものがあるのかもしれない。昼ご飯やおやつ、通学路で見たもの、学内の風景などぽちぽちと、タイムリーに情報として発信している。

先日彼らと話していて気になったのは、「記憶」と「記録」の違いだった。

共有機材や工房の使用は「現状復帰」が前提である。最初に、作業にかかる前の様子を良く覚えておくように、と注意すると、誰彼ともなくスマホで写真を撮る。
授業中の注意事項を板書すると、すすーっと寄ってくる学生がいて、スマホで撮影である。
時代が変わったんだなあ、こうすれば絶対現状復帰できるし、注意事項を何度も言ったり書き写しを間違えて失敗したりはしないよねえと感心する。
しかし、違うのである。写真をとっても現状復帰はできないし、板書を撮影した学生に同じ注意を何度もするはめになっている。写真を撮っても、有効活用できないのである。
写真を撮る、つまり、「記録」したことが、ストレートに頭に入っている訳ではない。記録を活用すべきときに、その記録を再利用できない。「記録」したことすらも、覚えていないのかもしれない。


彼らは「記録」はするのだが、「記憶」することはしないのかもしれない。

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