2020年5月21日木曜日

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コロナ騒ぎが続いているのか、落ち着いてきたのか、よくわからない今日この頃である。
ニュースで「本日の感染者数」がトップで伝えられるようになって久しいが、数字的には減少してきて、居住している首都圏以外では「緩和」に動いているようだ。首都圏は引き続き「外出自粛」とは言われているが、道路はひところよりも交通量が増えてきている。結局、流通は、都内や首都圏を経由するルートも多いと言うことなのだろう。
同居人の仕事も、「在宅勤務」モードから「少しは出勤して仕事するようにという無言の圧力」モードに変わってきたようだ。こうやって、日常が戻ってくる、というわけなのだろう。

2020年5月20日水曜日

連絡

友人の兄上の訃報が届いた。年齢としては還暦を過ぎた頃で、早いと言えば早いのだろうが、人生40年と言われた時代もあった。彼なりに、走り急いだのかもしれない。
美術史を学んでいると、「夭折」という言葉によく出くわす。短い画家生活の中で、大作を若い頃からそれなりに出した人もいる。今さら枚挙に暇がない、などとは言わない。一方で、長命で不遇、隠遁生活を送りながら、ひたすら描き続けていた人もいる。人生の長短と、作品の点数や評価など、本人の「人生の満足感」とは、最終的にあの世で本人が考えることなのかもしれない。
「太く短く生きようよ」とは、昔見たドラマの台詞ではあったけれど、このトシになるとお祝いごとよりも、寂しい知らせも増えてくる。残された家族が感じていることは、友人としては計りしれない。ただ、付かず離れず、見守っていた様子が伺えて、だからこそ兄上も安心して旅立ったのだと思いたい。

2020年5月16日土曜日

私は「車運」がよろしくない。
就職してから自動車を使い始めたが、「ノートラブル」だった自動車にあたったことがない。機械だから、当たり外れはあるだろうし、人間の作ったモノであるから不具合もあるだろう。ただ、今日の国産車はとても出来がよろしいので、ほぼノートラブル、という話をよく聞く。こうなるとむしろブラックボックスになってしまって、いざという時に困るのではないかと、逆に不安になる。
同居人と生活するようになり、郊外に引っ越したら、自動車複数台持ちな生活になってこともあって、「トラブル」は深刻なものでなければ、「まあそんなもんよね」と考えられるようにはなった。
深刻だったのは、大雨時にワーパーが突然動かなくなった。走行前にギアが入らない。走行中にギアが落ちた。エンジンバルブがひとつ、いきなり死んだ。
その他の走行系以外の細かいトラブルは、むしろ「困ったチャン」くらいに思えてしまうようになった。パワーウインドウのガラスがいきなり落ちて窓が閉まらなくなった。運転中に足下にボルトが落ちてきた。エアコンの排気口の奥に何やら派手な色のマスキングテープがある。リモコンキーがいきなり効かなくなった。グローブボックスの蓋が突然落ちた。エアコンを入れると足下でパタパタと音がする←以来、その車は「パタパタ君」と呼んだ。計器の交換もした←総走行距離がいきなり減った! 異常警告灯が点灯して慌てて点検しても「誤動作です」と戻ってくることが多いので、警告灯にはあまりびっくりしなくなった。これはディーラーでも同じようで、代車として借りた車に「エンジン異常」の警告灯がばっちり点灯していた。ディーラーとして「整備不良の代車を出すとは何事か」とねじ込もうと思ったら、「以前からついています全然大丈夫です」と営業マンに言われてしまった。そのディーラーでは「警告灯」は「ピーターと狼」状態である。本当に警告したいとき、自動車君はどうすれば良いのか。
さて昨日のトラブルは、「ヒューエルキャップが閉まらない」。同じメーカーの違う車種で2度目、同じような構造のパーツである。そもそも設計がよろしくないと誰も考えないのだろうか。ディーラーに連絡しても、営業は驚かない。やっぱりなトラブルなのではないかと勘繰っている。

2020年5月15日金曜日

試運転

いやぼちぼち暑くなってきそうだと、サボっていた暖房器具の大掃除をして片付け、扇風機やサーキュラーなど出してホコリを払い、エアコンの試運転などしようと思ったのは、ある晴れた日だった。
当方、エアコンという空調設備があまり得意ではない。暖房に至っては、てきめんに具合が悪くなる。暖房はもっぱら石油かガスのストーブである。石油ストーブのありがたいところは、おでんなどの鍋物、焼き芋、もちろんやかんものっけて、いつでもティータイムでおやつ、夜はお燗もつけられる。まあ、子どももペットもいないから出来るゼイタクではある。
一応、一番滞在時間の長い寝室と書斎にはエアコンが設置してあるが、これは夏専用。いまどき、冷房専用機器はない。だから、半年ぶりにスイッチを入れる。寝室の方はすぐに風がやむ。書斎の方はなんだか冷えない。明らかに挙動不審だ。マニュアルを読みながら、故障対処のエラーコードなどリモコンで呼び出して、設置業者に電話した。
出入りの業者は、いわゆる「ビジネスビル空調管理」が専門である。このところのテレワークの余波か、ビジネスビルの作業が少なくなっているのかもしれない。いつもは数日経ってから様子を見に来るのだが、早速明後日朝一で行きます! と元気の良い連絡が来た。ビジネスビル管理の朝一は、朝8時、会社の始業前に一仕事、である。

2020年5月14日木曜日

1日3枚

いきなり夏である。
いやぼちぼち春夏物を出さねばと思っていたら、いきおい夏衣類が欲しいと同居人が言い出した。良いお肉を肉体にお持ちなので、暑がりである。人間暑いと湿気を出すので、この時分から自動車に同乗するときはエアコン必須である。同居人の窓の側だけが曇るからだ。冬は「メシ食ってバタンキュー」なのだが、夏は日に何度もシャワーをお使いになる。洗濯物が急激に増えてくると、ああ夏なのだ、と感じるようになる。3日に1パンツから、1日3パンツになると、我が家では夏モード、である。
しかし、今年はコロナ騒ぎである。うちでは不織布マスクが品切れになったころから布マスク、という作戦なのだが、1日3マスク、用意すべきかなあと考えている。

2020年5月13日水曜日

作戦中

東京など首都圏ではまだまだ外出自粛が継続中である。
ではあるのだが、一応5月6日が最初の区切りだったこともあって、勤務校の通信教育課程では7日から添削業務再開になった。まあ、通常通信教育課程では、4月の学期始めはあまり提出がそれほど多くはない。通学課程の方はオンライン授業だの、補習だの、夏休み返上だのといった対策に出ているが、通信教育の方はそもそも対面授業の割合が少ないので、学生の学習にはあまり影響はないのかもしれない。
添削室は人数制限があり、前日までの予約制、机を一つあけて座り、窓や戸口は開放、などそれなりな作戦。普段から黙々作業をしているので、あまり代わり映えはしない雰囲気。
昼休み、スタッフはそれぞれ自分の机で弁当を広げて、他人と顔を合わせず黙々と食べている。以前、「おひとりさま外食」で見たような風景である。今までだと大きなテーブルにスタッフが集まってわいわいとお弁当や出前を食べていたので、こちらの方が「対策作戦中」っぽい。

2020年5月10日日曜日

窓口

こういったわけで、引き続き事務書類を作成している。
提出先によって、必要な書類がその都度違うので、揃えるのに神経を使う。「出生から死亡までの戸籍謄本全部」が必要なものがいくつかある。このご時世なので、戸籍のある役所に郵送で請求を出す。不要不急、ではないにせよ、郵送で済むなら済ませようという作戦に出ることにした。
役所宛に書類を作成し、返信用封筒を入れて、定額小為替を同封する、というのが、ほぼ全国共通のアナログな請求方法である。これとて、マイナンバーカードがあり、コンビニで謄本が入手できれば、お手軽で早く確実、大規模予算をかけてシステム構築した恩恵に他ならないと思うのだが。居住地の書類ならすぐに取りに行けるので、遠隔地のめったに使用しない証明書類の取り寄せになら、マイナンバーカードに巨額の予算を投じたありがたみがあるだろう。でもそうはならないので、数十年前と同様に、アナログな作業を進めることになる。
で、書類を作成して発送しに郵便局へ向かう。ところがびっくりの長蛇の列である。通常、郵便局の「行列」と言えば、年金支給日に窓口でハンコついて現金引き出しする高齢者の行列なのだが、いわゆる「郵便」窓口が長蛇の列で、たいがいの人が定形外郵便の大きな封筒やゆうパック発送用の段ボール箱を抱えている。20分ほど行列に並んで、やっと返信封書用の切手を数枚買って、役所宛の書類を発送した。
外出自粛は、郵便や宅配便など、「配達業」の繁忙期となっているのかもしれない。

2020年5月9日土曜日

記念品

こういったわけで、役所や金融機関などと書類のやりとりをしている。
このご時世なので、窓口業務も人員を減らしているのだろうから、大変忙しいことは想像に難くない。年金保険の手続きなどは、書類を持ち込んで手続きをしなくてはならないようなので、老齢の父を伴って役所に出向く。
存外、人が来ているなあと思われるのは、やはり春先で「引っ越しシーズン」「新生活開始シーズン」でもあるからだろう。
それよりも、マイナンバーカード手続き窓口の方がぴりぴりしていた。予約オンリー、当日飛び込みはNGという貼り紙がある。結構ナーバスだなあと思っていたら、新型コロナに伴う個人10万円支給にマイナンバーカードが必要で、パスワードの再設定などの手続きが混雑していると言うことだった。うーむ、こうならないようにマイナンバーカードというモノが出来たのではなかったのか。
こちらの所要の手続きには、年金、介護保険、高齢者健康保険と、窓口を順繰りに回る(順番通りに回らないと二度手間らしい)必要があるらしい。そんなことにならないように、個人番号で管理して一元的に手続き出来る、といのが最初のセールスポイントではなかったのだろうか。
しかも、マイナンバーカードは死亡時返却の必要はない、と窓口の係に言われた。「記念にお持ちください」だそうである。なんかちがう。

2020年5月8日金曜日

ばたばた

世はコロナ騒ぎであるが、その合間に母が他界した。
認知症というのは、あまり「詳細」ではない病名である。症状の出方は、人それぞれ、らしい。母親の場合は、「考えがまとまらない」と当初の本人の弁だったが、実際に本人がどう感じているのか、意思疎通が出来ないだけなのか、それは傍目には分からない。傾眠傾向が秋頃から強くなり、日中ほぼうつらうつらと眠っているようで、その時間が次第に長くなった。次第にフェードアウトしていった、という印象ではあった。
外出自粛で非常事態宣言の出ている折りでもあり、親戚知人友人に周知して集まってもらい、という状況ではなく、自宅に神父に来てもらってお祈りしてもらって見送った。カトリックであったことも幸い、さっぱり見送った。
友人の言うことによると、「死んでからが忙しい」、のは言い得て妙である。その後の事務手続きなどが結構忙しい。日頃やり慣れていない(慣れたくはないが)作業なので、二度手間三度手間も発生し、バタバタしている。一番面食らったのは、死亡届に記入するのに「本籍地」ってどこだっけ、ということだった。はて、一昔前なら免許証に本籍地が記載されていたものだが、今時本籍地など確認する書類が手元にない。夜遅く葬儀屋と書類を書きながらバタバタした。その後も、各種手続きに戸籍謄本が必要なのだが、結婚前や出生時の戸籍謄本など、遡って必要になる。同一家族なら本籍地も一緒だが、結婚前の本籍地など、関係ないから父はさっぱり覚えていない。このご時世でもあり、郵送で書類を請求するので、電話と郵便のやりとり数度、隔靴掻痒な書類集めの最中である。

2020年5月7日木曜日

リスケ

延長である。
相変わらずお詫びはするが責任はとらない首相の、あまり前回と代わり映えしない記者会見で、何だまたかと思ってしまうところが相手の思うツボなのかも知れないが。
結局、7月半ばまで学生は入構禁止になった。皆勤まで、講義科目は流行の「オンライン授業」である。
しつこいようだが、担当しているのは実習授業なので、オンラインではあり得ない。どうやら研究室のスタッフはアクロバティックな方法で、試験期間の隙間や補習期間をかきあつめ、なんと7月半ばからの授業実施を宣告してきた。
あああ、やっぱり、である。
夏休みは暑くて授業にならないから夏休みなのではなかったのか。オリンピックは暑い時期なので非現実的だと思っていたら、授業が現実になってしまっていた。7月初旬の授業では、学生の熱中症に気を使うものだが、8月ではなおのことである。