2019年7月12日金曜日

ピンボケ

カメラを使った撮影を教えているのだが、ムービーにせよスチルにせよ、まず教えるのは「目的の被写体にピントを合わせる」ことである。どんな画面であれ、ピントが合っているものにオーディエンスはまず目を向けるからだ。「ちょっとピンぼけ」で高名なのはロバート・キャパ、「アレ・ボケ・ブレ」で高名なのは森山大道だが、どちらも、ピンぼけやアレ・ボケ・ブレしか作品がないわけ、ではない。
さて、学生さんを教えていてここ数年気になるのは、ピントを合わせるのに熱心な学生さんが少ない、ということだろうか。「ピントがあっていない」と指摘すると、「そうですか?」と質問で返される。ひどい時には、これでピントが合っているかどうかを確認しにくる。自分で見てピントが合っているか合っていないのかわからない、というのはなぜだろう、と講師仲間で話題になった。理由の一つは「オートフォーカス」で、レンズを向けて、真ん中のコントラストでピントが合う、という機構だ。この機構を多用すると、どうしても画面の中央に常に対象物がある構図になる。必然的に上半分は余白が多くなり、構図としては間の抜けた感じになる。最近はもっと高度なオートフォーカス機構も出ているが、こちとらアナログ歴が長いので、デジタル機能を使いこなすより、マニュアルで合わせた方がずっと早い。もう一つは「スマホ」のカメラである。ホームムービーのようなものであれば、被写体も撮影者もお互いをよく知っているので、「見せたいもの」が既に分かっている状況だったりする。ピント以前の問題である。また、閲覧するサイズで撮影するのでディテールがあまり気にならない。スマホのレンズは一般的にかなり被写界深度が深くなるように作られているものが多い。狭い被写界深度の微妙なピント合わせ、といった状況が発生しにくい。だから一眼レフの「背景ボケ」な効果を得るようなフィルターアプリをよく見かける。ほぼパンフォーカスな状況であれば、ピント合わせに気を遣わない。映画で言えば、パンフォーカスなのは「市民ケーン」と黒澤明だ。当時のフィルムの感度やレンズの性能から言えば、ずいぶんと照明が必要だったと思う。
その昔、実習で使っていたムービーカメラは、16ミリフィルムのボレックスだった。カメラのファインダーはオプションパーツで、レンズで捉える画角が確認できるようになっている。しかし、レンズに入った光の何分の一か、だけがファインダーにまわる機構になっていた。つまり、屋外で撮影してもファインダーはかなり暗い。ファインダーでピントを合わせるどころの話ではない。だから撮影前にカメラとフィルムのテストをした。レンズの焦点距離でどのくらいの画角が包括されるか、レンズの絞りでどれくらいの被写界深度が出るのか、データを取るのが目的だ。それが出たら、データを整理して、撮影である。本番ではカメラ助手が露出計、もうひとりは巻き尺係である。レンズの長さが決まったら画角が決まる。ファインダーを見て、画面左右ぎりぎりにマークをしておく。その中に入ったら「構図に入ってしまう」ので、スタッフや機材はその中に入ってはならない。露出が決まり、絞り値が決まると、被写界深度が決まる。レンズから奥行き、ピントの合う範囲にマークをする。それよりもレンズに寄ったり、離れたりすると、ピントが合わないので、ピントを合わせるべき被写体はそこにいなければならない。役者はレンズに対して前後の動きを考えて芝居することになる。好きなものを好きなように撮影しているように見えて、実はかなり大変な作業である。今は昔、だが。

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